エピローグ
「ふーん、そんなことがねぇ……」
俺の話を聞き終えた高橋は、神妙な顔で言った。
俺が嫌われ者を演じる所以を須崎に話したのは2日前のこと。今日は月曜日で、俺は昼休みに高橋を誘い、校舎1階の自販機コーナーで菓子パンを食べていた。
結果的に誰よりも先に須崎がすべてを知ることになったが、唯一の友人でいてくれた高橋にそれを言わないのは不誠実だろうという考えから、彼にも同じ話をしたのだった。高橋が噂を歯牙にもかけないところを見ても、ある程度は俺の事情を察してはいたのだろうが、俺の口から打ち明けるのは初めてのことだった。
ちなみに坂井先生には、須崎に事件のあらましを伝えたこと、高橋にもそれを言うつもりであることを報告してある。坂井先生はやれやれといった表情で、「うちの学園には2000人も生徒がいるんだぞ? 隠し事をする相手が1人や2人減ったところでそんなもの誤差じゃないか」と言っていたが、それでも嬉しそうだった。自ら嫌われ者になった俺が、次第に人に心を開いていくのを喜ばしいとでも思っているのかもしれない。そんな坂井先生も、俺が悪評の放置を頼んだ理由は知らない。過去の経験から来る事情を知ったら、先生はきっと俺の復権にやっきになるだろう。だから今後も言うつもりはない。
「須崎に先を越されたのはちょっと気に食わんが……まぁでも話したから許す。話してくれて、ありがとな」
ツイッターを介して須崎と邂逅したことを含め、すべての話を聞いた高橋はそう言った。そして神妙な顔はどこへやら、たちまちニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
「で、須崎と付き合うん?」
「……俺の話聞いてたか?」
「もちろん。須崎に告られたんだろ」
それは話の本旨じゃないんだが……。俺は呆れたが、高橋はそれを見てもどこ吹く風といった様子だ。
「なぜそうなる。あれは告白っつても、そういうことじゃないだろ」
「おいおい、好きって言われたならちゃんと誠意ある答えを伝えなきゃだぞ。鈍いフリして誤魔化すようじゃあ無礼ってもんだ」
俺はため息をついた。
「あいつとは付き合わない。本人にもそう言ってある」
「ほう。その心は?」
高橋は余程その手の話が好きなのか、やたらとそこを詰めてくる。もしかしたら、話が重たくならないようにという計らいなのかもしれないが……いやしかしこの顔は素で楽しんでるだけだな。
「俺は嫌われ者だからな。それを今さら返上するつもりもないし、恋人なんて作って仲良しこよしじゃ台無しだろうが」
「俺とは友達でいいのに?」
そう問う高橋に、バーカと笑って言う。
「それはゴリ押しに負けただけだ、勘違いすんな」
そう、高橋はいきなり学校でキャラ変し始めた俺の異変にいち早く気づき、ずっと友達でいようとしてくれた。俺は事件の直後にサッカー部を退部したが、毎日のようにサッカー部に戻らないかと声をかけ、毎朝おはようと言ってきたのだった。仏頂面で何度無視してもそれをやめようとしないので、半年経って俺が折れた。
「1年やって無理だったら、佐藤は変わっちまったんだと思って諦めるつもりだったけどな。あの変わりようは何か事情があると思うのが普通だろ。むしろほかの奴が受け入れるの早すぎなんだよ」
高橋はなんのことはないとばかりに笑うが、それは誰にでもできることではない。すっかり変わってしまったチームメイトに無視されたのだから、恐らくそれだけ傷ついたはずだ。それでもなお、俺の友人でいてくれている。
「お前はすごいな」
「いいや、正義感だけで青春を全捨てできるお前の方がすごいよ。なんならキモイ」
高橋はおどけて言った。俺もわざわざ彼の軽口を咎めはしない。
「だからまぁ……友達から始めることになった」
これが俺なりの落とし所だった。嫌われ者であるには友達が少ないに越したことはないと思うが、中学時代の思い出を胸に明確な好意まで告げられてしまった以上、今までの態度でいるのは無理だ。そして何より、洋梨との付き合いを続けた俺自身が、すっかり気を許していたからというのもある。それなりに親しい間柄でいるのは必然というところだろう。
「友達ねぇ。だってもう友達みたいなもんなんだろ、何回も密会しちゃって」
「いいや。友達はネット上のあいつであって、須崎は別に友達でもなんでもないさ」
「ふーん。それじゃ、佐藤の唯一の友達っていうポジションはこれでおさらばってことか」
高橋はそう言い、「俺は須崎の恋路の応援でもすっかね」と続ける。余計なことするなよと釘を刺そうとしたところで、後ろから「佐藤くん」と声をかけられた。
「5限の日本史で配るプリントがあるから印刷室に来てって坂井先生が。今からいいかしら」
噂をすればというか、振り返ると立っていたのは須崎だった。先日サラッと告白してきたのが幻だったのではないかと思えるほど、平然とした佇まいだった。
「あ、あぁ」
俺は曖昧に返事し、ベンチから立ち上がる。坂井先生の人使いの荒さは相変わらずだ。
「そういうことらしいんで、じゃあな高橋」
高橋のほうに向き直って声をかけ、須崎について印刷室に向かう。後ろから「ヒューヒュー」と小学生みたいな野次を飛ばされた。
特に話すこともないので黙って須崎の後ろを歩いていたが、不意に須崎が「佐藤くん」と呼ぶ。
「ん?」
いつもなら返事などまずしないところだが、今日からは違う。その返事に安心したのか、須崎はこちらを見ずに続けた。
「川越に新しいアニメショップができたらしいんだけど……よかったら一緒にどう?」
直接誘われるのは初めてのことなので、俺はちょっと動揺した。それを悟られないよう、軽口を言って誤魔化す。
「それは洋梨さんと須崎、どっちからのお誘いかな」
「細かいわね。どっちだっていいでしょう」
須崎はそう言ったが、一瞬の沈黙の末「DMじゃなくて今ここで誘ったんだから……分かるでしょ」と付け加えた。
「洋梨はもう用はないってか」
「何それ。つまらないシャレね」
須崎は学校と異なる俺と会うために、洋梨という仮面を被り、正体に気づかないフリをして俺を誘い続けたのだという。最初のエンカは本当に事故だったらしいが、それ以降は口実だというのが本人談。一応須崎とも友達となった以上、俺の前に現れるのは洋梨ではなく須崎となるはずだ。
「別に行かないならひとりで行くからお構いなく」
「いや、行く行く。いつにするか後で決めようぜ」
逆に俺は、嫌われ者という仮面を今後も被り続けることになる。なし崩し的に須崎とは友達になってしまったが、そのせいで須崎に迷惑がかかったり、あるいはプラスイメージがついてはならない。
でもいつか俺がその仮面を外したとき、俺はしっかりと須崎や高橋に向き合いたいと思う。
印刷室で俺たちを待っていた坂井先生は、こちらを見るなり「お前たち、いつもより仲よさげじゃないか」と冷やかすように言った。しかし2人には悪いが、2人に向き合うのはまだ少し先になるだろう。少なくとも、在学中にこの仮面が外れることはない。だから俺ははきりと言った。
「そんな訳ないですよ、俺は嫌われ者ですから」
これにて完結です。最後まで応援ありがとうございました。
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