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第3章 一緒に映画に行くだけでデートな訳がない

「それはもう、完全に気がある奴じゃん」

 俺がツイッターのフォロワーと頻繁に会っているという話を聞いた高橋は、開口一番にそう言った。

「そういうつもりで言ったわけじゃないんだが……」

 ある日の昼休み、俺と高橋は校舎1階にある自販機コーナー前のベンチに座り、購買の菓子パンを食べていた。洋梨との邂逅かいこうからは2ヶ月ほどたち、今は7月の頭。まだ梅雨つゆ明けこそ発表されていないが季節はすっかり夏で、外では立っているだけで汗が出るようなカンカン照りの陽気である。

「でもこの2ヶ月で5回も会ったんだろ。ネットで知り合ったってのを考えれば、ただの友達にしては距離が近すぎやしねぇか」

 そうなのである。シュガーの正体に気づく素振りもない洋梨から誘いを受ける形で、俺は結構頻繁に彼女と会うようになっていた。しかし俺は、ちょっとした雑談の中で「お前は俺のほかに友達はいないのか」と問う高橋にこのことを話しただけに過ぎず、色恋と絡められては決まりが悪い。ちなみに、そのフォロワーの正体が須崎陽奈だということは伏せてある。

「そんなに会って何するんだ?」

「マックでくっちゃべって、買い物して……」

「デートじゃん」

 案の定、高橋はそう言う。俺はちょっと面倒なことになったと、この話を彼にしたことを後悔した。

「別にそういうんじゃねぇんだよ。ただ単に趣味が一緒だから話も合うってだけで」

 と俺は言ったが、なんとなく言い訳がましくなっているのを自覚していた。

「趣味って?」

 そう聞かれ、俺はしまったと思った。俺がアニメにハマっていることを高橋は知らない。なんとなく、一応去年まで一緒にサッカーをやっていた仲間にアニオタになったと言うのは抵抗があった。

「……いろいろ」

 結局、俺はにごした。高橋は深くは詮索せんさくせず、「ふーん」と言う。その顔は妙にニヤニヤしていた。

「なんだよ」

「で、好きなん?」

「うるせぇ」

 俺は、この話は終わりとばかりに腰を浮かしかけるが、高橋はこれ以上面白い話が存在しないとでも言いたげにそれを制す。

「まぁそう言うなって。……ただまぁ、友達が俺しかいなかったお前にそういう付き合いができるってのは、いいニュースだよ」

「親かよ」

 実際には俺の親ですらそんなことは言わない。まぁ母親も俺が去年の事件を契機にとんでもない嫌われ者になっているとは思ってもいないだろうが……。

「また近いうちに会うんだろ」

 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて聞く高橋に、「別に」と曖昧に返す。本当は次の日曜日に会う約束をしていたが、それを言っては余計に冷やかされるのが目に見えていた。

 さすがに茶化しすぎたと思ったのか、高橋は急に真面目な顔になり、「別に友達だろうがなんだろうがどっちでもいいけど」と前置きして、

「大事にしろよ。恋愛的な意味かはこの際置いておくにしても、お前に好意的に接する人間なんてそれだけでレアだ。お前のいいところを理解してるってことだろ」

と言う。

「暴力事件起こした嫌われ者にいいところなんてねぇよ」

 いよいよ馬鹿らしくなり、俺はそう言うと今度こそ立ち上がった。座ったままの高橋が俺を見上げ、「事件なんて起こしてないんだろ。いい加減に噂くらい否定したらどうだ」と言ってきたが、俺はそれには答えない。高橋もこの場で言い合う気はないらしく、それ以上は深入りしなかった。

 それでも場の雰囲気が少し悪くなったのは否定できない。だから俺が「さっきの問いだが」と前置きして言ったのは、単純にサービスみたいなものだった。

「別に好きではない。ただ――嫌いでも、ないな」

 何を、とは言わなかったが、それを聞いた高橋は満足げに笑って見せた。


 洋梨と会うのは毎回池袋だった。別にそういう取り決めがあるわけではなく、最初に会った場所が池袋だからなんとなくその流れが続いているに過ぎない。洋梨もとい須崎の家がどこにあるかは知らないが、埼南さきなんの生徒なら大抵は東武東上線の沿線に住んでいるはずで、単純に集まりやすいという理由もあるだろう。

 今日、俺は洋梨から映画に誘われ例によって池袋に来ていた。先日高橋にデートだと茶化されたばかりだが、洋梨は俺を単純なネッ友と見なしているに過ぎず、そこに恋愛要素なんてないはずだ。高橋のせいでどうも調子が狂うが、俺はその邪念を振り払うかのように待ち合わせ場所へ急ぐ。

「たびたびお誘いしてすみません」

 待ち合わせ場所「いけふくろう」の前に先に来て待っていた洋梨は、俺を見るなりそう言った。シュガーとして会うのはこれで6回目だが、6回とも誘ってきたのは洋梨からで、俺はその付き合いというか単なる付き添いみたいなもの。洋梨も何か意味があって俺を誘い出している訳ではないはずだ。俺が断れば別の誰かを誘うかひとりで行くと思われるので、やはり先日の高橋のげんはお門違かどちがいというものだろう。

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 学校とは打って変わった応対も6回目ともなれば慣れたものだ。学校では須崎にもそれ以外にも依然いぜんとしてつっけんどんな態度だが、今では違和感なく切り替えができている自負があった。洋梨が再三さいさん俺を誘うことから見ても、隣の席の佐藤だとはつゆほども思っていないのだろう。

「今日見る映画は俺も気になっていたやつですから」

 ……しかしその誘いに律儀に毎回応じている俺は、やはりそれだけ洋梨に気を許しているということなのだろうか。


 サンシャイン通りといえば、池袋のシンボルたる高層ビル「サンシャイン60」と池袋駅東口を結ぶ、街のメインストリートである。この通りを中心に裏路地まで飲食店がのきつらねており、歓楽街としての色が強い西口に対しこちらは若者が昼間に遊びに来る場所といった感じだ。

 池袋駅周辺には駅ナカをはじめ多数の映画館があるが、このうちサンシャイン通りにある映画館はブックオフとゲームセンターが同居しており、オタク仲間で行くにはちょうどいい。別に打ち合わせたわけでもないのに、俺たちは自然とサンシャイン通りに向かっていた。駅前のスクランブル交差点での待ち時間がなければ、5分ほどで着いてしまう。

 今日誘われた映画はアニメ映画だった。漫画やラノベを原作とするものではないオリジナル作品で、映像美とキャストが公開前から話題を呼んでおり、先ほど洋梨に「俺も気になっていた」と言ったのも紛れもない本心だ。

 1階の外にある窓口でチケットを買い、エレベーターで6階まで上がる。公開からは半月ほど経っているはずだが、日曜日のせいかなかなかの盛況だった。親子連れもいれば同級生5人くらいの集まりもいたし、当たり前と言えば当たり前だがカップルもいた。全体としては若い客が多い印象。俺たちの席は最後部に近い中央列だった。

 席に座り、新作映画の予告編をぼんやり眺める。特にポップコーンも飲み物も買わなかったので、ちょっと手持ち無沙汰だ。何の気なしに隣を見ると、洋梨は手を膝の上で組んで静かにスクリーンを見ている。まだ予告編だから見入る場面ではないし、そもそも彼女は洋梨だろうが須崎だろうが表情の変化に乏しいやつだから、至っていつも通りといったところか。ただ、心なしかいつもよりはしゃいでいるように見えなくもない。暗がりの中で見るその横顔が妙に新鮮で、俺は洋梨が視線に気づくより早くに、訳もなく目をそらしたのだった。


「いい映画でしたね」

 およそ2時間後、俺と洋梨は満足して劇場を出た。いい映画だと評す彼女は、いつもと同じ静かな口調ながら、わずかに興奮している様子も感じ取れた。

「ええ。見に来て良かった」

 と俺も応じる。

 背景の美しさ、緻密ちみつさは前評判まえひょうばん通りで、ここ最近のアニメでは随一づいいちじゃないかと思う。オリジナルのアニメ映画にありがちな、話題性を狙った人気俳優がメインキャラクターに起用されていたが、さほど棒読みという訳でもなかったし、サブキャラクターは深夜アニメでもおなじみの実力派揃いで迫真の演技がなかなか見物だった。

 そのように感想を言うと、「本当にそうですね」と言い、

「これはアニメファンでもそれ以外でも大満足だと思います」

と太鼓判を押す。実際、前評判もかなりのものだったし、記録的なヒットになるんじゃないかという予感があった。

 その後はそのまま映画館の下にあるブックオフを二人で見物し、昼ご飯を食べるため近くのファミレスに入る。雑居ビルの二階にある小さな都市型店舗で、昼時ということもあり満席だった。10分ほど待って、やや窮屈きゅうくつな小さな席に通される。

 メニューを見るまでもなく俺はトマトソースのパスタ、洋梨はドリアに決め、店員にそれとドリンクバーを注文する。それぞれが飲み物を席に持ってきて、ほっと一息ついた。

「友達とアニメの映画を見に行くのって少し憧れていたので、今日はシュガーさんと来れてよかったです」

 洋梨はティーカップの紅茶にフレッシュを入れながら言った。「こちらこそ誘ってくれてありがとうございました」と俺も応じる。明確に友達と言ったので、向こうも特に意識していないことが分かって俺は安堵あんどしていた。高橋のせいで調子が狂い気味だったが、やはりそこに変な意味はないのだ。

「私がオタクだと知っている友達は、学校にはひとりもいません。別に隠している訳ではないですけど、自分から言うとなんとなく誇ってるみたいに思えて」

 須崎の交友関係については知らないが、学校での姿からアニメを好んでいるというイメージは皆無だったので、それは意外な話ではなかった。かく言う俺も高橋にすらアニメ趣味は教えていないわけで、わざわざ自分から言うほどでもないというのも同意だ。

「でもアニメ映画を堂々と見に行けるなんて、いい時代だと思いません?」

 と洋梨が言う。俺はアニメを見るようになってまだ1年足らずのニワカだから分からないが、長いことオタクをやっていればそういう感慨かんがいもあるのかもしれない。

「アニメファンは長いんですか」

「そうですね……長いと言えるかは分かりませんけど、深夜アニメを見始めたのは中1のときなので、もう4、5年は経ちますね」

 洋梨が懐かしそうに言う。

「私中学のときはテニス部だったんですけど、ケガで部活に出られない時期があったんです。手首をひねってしまったので球拾いすらまともにできなくて、コーチからも部活に出なくていいから安静にして早く治しなさいって言われてしまったんですよね」

 それで部活のあった時間を埋めたのがアニメという訳か。俺も部活を辞めた後の暇つぶしでアニメと出会った。ケガか事件かという大きな違いはあるが、それでも俺は洋梨に親近感を覚えていた。

「テニスは今も続けてるんですか?」

「いえ、元は親の勧めで始めただけで、それほど上達もしなかったので辞めました。高校では学級委員をやっていますけど、それと勉強で精一杯ですね」

 アニメを見る時間も欲しいですし、と洋梨は付け加える。俺たちの学校は中高一貫校で、俺も須崎も中等部からの持ち上がりなので中等部時代から須崎を知ってはいたが、テニス部の話は初めて聞く話だった。

 料理が運ばれてきてので、会話は一旦中断した。その再開を促すかのように「学級委員なんですね。すごいなぁ」と俺が言ったのは、正体を誤魔化すための方便である。

「そんなに大した仕事じゃないですよ。どちらかというと雑用係みたいなものです」

 それには完全に同意だったが、俺はさぞ初めて聞いたかのごとく、興味深そうに相づちを打つ。

「でもやっぱりすごいですよ。クラスの中心じゃないですか」

「イメージはそうかもしれませんけど、実際は本当に雑用ばかりですし、うとまれたりすることもあります。でもそうですね、誰からも頼られるような――たとえばクラスメイトからちょっとした相談を受けるような――そういう委員長になりたいと思っています」

 立派な心がけだこと。その場のノリでやらされているだけの俺とは大違いだ。

「シュガーさん、学校は楽しいですか」

「え」

 あまりに急な問いだったので、俺は絶句してしまう。だがその表情は、いつも通り乏しいながらも真剣そのものだということは理解できた。

「……まぁ普通ですね」

 そう答えるが、彼女の顔つきは浮かない。

「私のクラスにも悩みがある人はたくさんいると思うんです。私は学級委員だから力になりたいけれど、私を頼りにしてくれる人はそういません。もしシュガーさんが学校で困ったことがあっても、私は同級生ではないですから手助けすることもできないでしょう。だから代わりにシュガーさんも周囲を頼ってください。お友達でも、先生でも――学級委員でも」

 他でもない俺のクラスの学級委員長にそんなことを言われ、俺は思わず言葉を失う。一瞬の沈黙の末「そうします」と返すと、洋梨もようやく「お説教臭くなっちゃいましたね」と冗談めかして笑った。


 翌日、すなわち月曜日、高橋と廊下を歩いていると後ろから須崎に呼び止められた。

「佐藤くん。さっき坂井先生から、授業プリントを印刷室から持って行くように頼まれたのだけど、昼休みに一緒に来てくれない?」

 その立ち振る舞いが須崎というよりなんとなく洋梨に見えて、俺は洋梨に接するときのように返事をしかけてしまう。

「お……ああ」

 だがここは学校。相手は洋梨ではなく須崎だ。直前で踏みとどまった俺は眉間にしわを寄せてけわしい顔を作り、「……分かった」とぶっきらぼうに返す。

「……昼休みにまた声かけるから。よろしくね」

 一瞬口ごもったあと、須崎はそう言い残すと俺の反応を待たずに去って行った。やりとりを横で見ていた高橋は「またそんなツンツンやってんのか。相変わらずだなー」と言っているが、俺の耳には半分も届かない。

 俺は振り返って、去って行く須崎の後ろ姿に目をやる。その背中は、なんだかとても小さく見えた。

次回、第4章「覗いてもいない深淵がこちらを見ている」は3月5日(金)23時00分投稿予定。引き続き応援よろしくお願いいたします。


作者ツイッター(ハンネ違いますが本人です)→ https://twitter.com/Hayato_neetrain

ツイキャス→ https://twitcasting.tv/hayato_neetrain

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