表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第2章 オタバレ・垢バレお疲れ様です

 端的に言って、非常にマズイ事態だった。親しいフォロワーだと思って会ってみたら、まさか同級生だったとは。須崎陽菜がオタクだったとは知らなかったが、そんなことより、危険人物として悪名高い俺がオタクだとバレるのが非常にマズイ。なんならこれで垢バレまでしてしまった。とにかく一刻も早く立ち去るべきか、と思案しあんする。

 と、俺はそこで改めて相手の風貌ふうぼうを見、普段の須崎とはなにか違うことに気づいた。あぁ、普段は後ろでひとつにっている長い髪を、今はストレートに下ろしているのだ。それから、学校では裸眼のはずだが、今は丸渕まるぶちの大きなメガネを掛けている。元から華やかなイメージは内が、今日の彼女はいつも以上に地味なで立ちに思えた。

 かく言う俺は、目深まぶかにキャップ帽を被り、須崎と同様いつもは使わないメガネを掛けている。なにより、学内の俺であれば仏頂面で威圧感を醸しているのに対し、今日は完全に休日モードだったので表情が違うはず。見間違うほどかは分からないが、鈍感な人間であれば、他人のふりをして誤魔化せるかもしれない。

「今日は時間を作っていただきありがとうございます。お会いできて光栄です、シュガーさん」

 果たして、須崎は鈍感な人間らしかった。彼女は俺が佐藤裕也ないし顔見知りであると疑う素振りも見せず、ただ純粋にオタク仲間のフォロワーとして接しているようだった。さすがに鈍感すぎやしないかと内心軽く引いたが、別に親しいわけでもないから学内で顔を合わせる機会も少ないし、気づかないのも無理はないだろう。須崎は中等部時代から学級委員長を毎年やっており、真面目なやつなんだろうと思っているが、案外抜けているところもあるのかもしれない。

 須崎の鈍感さに助けられる形になったが、そうと決まれば俺も別人になりきるしかない。「こちらこそお誘いありがとうございます」と、普段須崎にするそれとは真逆の柔らかな表情で応じる。

 そうは言ってもこんなものは茶番、相手が同級生と分かった上で長話する理由もないので、適当な用事でもでっち上げて退散したほうがいいだろう。だが須崎――ここでは洋梨と名乗っているが――がそれを許しはしなかった。

「せっかくですからお茶でもしていきませんか。と言っても、もうお昼時ですけど」

 考えてみれば当然の話で、わざわざフォロワーと会ったのだから、それで速攻解散というのも不自然だ。俺自身も誘いに乗った以上、このあと用事があるとは言いずらい。なにより、洋梨は俺が誰だか分かっていないのだ。俺は洋梨を同級生と分かっているので居心地が悪くて仕方がないが、洋梨はそうではないだろう。仕方なく、「そうですね」と応じる。

 「マックでいいですか」と問う洋梨に曖昧に返事し、歩き出した彼女の後を追う。その後ろ姿を見ながら、俺はどうやらややこしい事態になったらしいことを悟った。


 昼食にはちょうどいい時間帯であるが、須崎と昼食をともにする気分にはなれなかった。俺がホットコーヒーだけを注文すると、隣の列に並んでいた洋梨もそれに合わせてかミルクティーを注文したようだった。

 12時半のファストフード店はかなりの混雑だったが、ちょうど窓側のカウンター席が2席空いたのでそこに腰を落ち着ける。洋梨も隣に座り、小袋からティーパックを取り出すとお湯の入った紙コップに入れた。

 特にこちらから話すこともないので、洋梨のコップの中身が次第に赤く染まるのをぼんやりと眺める。すると、洋梨が不意に「シュガーさんは女性の方だと思ってました」と言った。

「そうですか」

 と俺は気のない返事。親密なフォロワーである洋梨への恨みはないが、普段つっけんどんな態度をとっている相手だけに、どうも気分が乗らない。ただ、今時いろいろ物騒なんだからせめて性別は確認してから会うべきだったのではないかと、気遣う間柄でもないのにそんなことを考えた。

「アニメの趣味が結構近いみたいだったので、私前から勝手に仲間意識みたいなのを抱いていたんです。だから今日会えてよかった」

 いえいえこちらこそ、と答え、コーヒーをすする。実際、洋梨とはアニメの趣味がかなり近かった。洋梨がオススメする作品は大抵俺も気に入ったし、逆に俺が勧めたものにも「面白かったです」と毎回律儀に感想を言っていた。

「それ、何を買ったんですか?」

 洋梨が俺の青いビニール袋を見ながら言う。先ほどアニメイトで買ったライトノベルの新刊だ。何も言わずに中身を取り出して見せると、「あ、これ知ってます」と言った。

「結構人気みたいですよね。私も買おうか悩んでて」

「……割と面白いっすよ」

「じゃー今度買ってみますね」

 俺が佐藤裕也だと気づく様子はやはり一切なく、洋梨はあくまでフォロワーとのオタクトークを続ける。あまりにすんなり納得したので、俺はもう少し探りを入れるべきかと考えていたが、どうやらそうするまでもないようだった。

「そちらは?」

 今度は俺が洋梨の買ったものを尋ねる。洋梨が中から取り出したのは、最近世間で流行のきざしがある漫画作品の単行本だった。

「アニメイトの店舗特典が欲しくて」

 と洋梨が言う。なるほど、俺はあまり特典には頓着とんちゃくしないほうだが、確かに購入店舗によってポストカードなどの特典が封入されていることがある。須崎は結構ちゃんとオタクなんだなぁとどうでもいいことで感心してしまう。

 それからしばらく最近見た作品について喋り、お互いに飲み物を飲み終えた辺りでお開きということになった。

「今日は楽しかったです。ありがとうございました」

 集合場所と同じ東口のパン屋の前で、洋梨は言った。俺も「こちらこそ」と笑顔で応じる。

「――ここだったのね」

 俺を見た洋梨が何か言ったような気がしたが、雑踏の中でよく聞き取れなかった。

「じゃあ、また」

 そう言うと洋梨はクルッと向きを変え、駅の中へ消えていった。彼女も恐らく俺と同じ路線で帰るはずで、俺がこのまま帰ろうとしては再び鉢合わせしてしまうだろう。少し時間を潰してから変えるのがベストだ。

「『また』、ね……」

 残された俺はそうつぶやくと、彼女が消えた方とは反対に向かって歩き出した。


 自宅の最寄り駅である鶴瀬つるせまでは、東武東上線の準急電車で30分ほど。そこから歩いて10分ほどのところにある小さなアパートの一室が、俺の家である。

 家の中は誰もいない。看護師の仕事をしている母親は、昼の勤務と当直を繰り返す不規則な生活をしている。今日は当直ではないはずだが、昼の勤務と言っても病院で夜明かしをしないだけの話で、帰宅は夜遅くになるはずだ。

 居間のほかには和室1部屋とトイレ、風呂場があるだけの小さな家だ。和室は母親の寝室で、俺は居間に布団を敷いている。

 俺はリビングにある仏壇代わりの小さな棚の前に立つ。棚の上には父親の遺影と線香立て、りんが置かれていて、俺は線香はあげずに鈴だけ鳴らして手を合わせた。

 父親は3年前、俺が中学2年のときに交通事故で亡くなった。それからこのアパートに引っ越し、今は母親と二人暮らし。母親は俺を養うために激務に追われているが、校則でバイトが禁じられている俺はその手助けをすることができない。せめて学費くらいはなんとかしたいと、必死に勉強して私立高校の特待生を勝ち取り、公立高校並の料金で私立に通っている。ちなみに、この特待制度は1年前の事件で当然に問題視されたが、そこで坂井先生にいろいろ世話をかけてもらった経緯があり、俺は今でも坂井先生に頭が上がらない。

 昼食は結局食べていないが、不思議と空腹は感じなかった。俺は居間に敷きっぱなしになっている布団に寝転がり、「洋梨、ね……」とつぶやいた。

 まさかフォロワーが同級生、しかも須崎陽菜はるなだとは思わなかった。彼女は本当に俺が別人であることに納得したらしいが、それでもまだ確実とは言えないし、そうでなくてもちょっとしたことでバレる可能性はある。とにかく、今は洋梨が気づいていないと信じるしかない。

――「陽菜」を「ような」と読み替え、それをもじって「洋梨」ではないだろうな……。

 俺は買ってきたラノベを読む気にもならず、本当にどうでもいいことを考えていた。


 1日挟んだ月曜日、俺は昼下がりの日本史の授業をぼんやりと眺めていた。教壇では、坂井先生が大日本帝国憲法の内容について説明している。日本史の授業は1年からの続きで、2年の授業は明治時代の内容から始まっていた。

 須崎とはあれから一言も話していない。元から、須崎と会話することは滅多めったになかったし、なんなら学内で話す相手といえば高橋くらいのものだ。だからそれ自体は不自然なことではなかったが、土曜日の奇妙な邂逅かいこうについて探りを入れておきたい気持ちもないわけではない。

「ぼーっとしてんなよー」

 いつの間にか横に来ていた坂井先生に軽く小突こづかれる。周囲から視線が集まっているのを感じたが、俺がそちらを向くと連中は慌てて目をそらした。

「いいかー、社会科は家で勉強するもんじゃないからな。日本史なんて勉強してる暇があったら英語か数学をやれ。そのためには授業内で完全に理解しなきゃだから、ぼんやりしてる余裕はないぞー」

 社会科を勉強するなというのは坂井先生の決まり文句みたいなものだ。日本史教師がそんなことを言っていいのかと思うし、実際1年の最初では生徒から突っ込まれていたが、今では慣れっこになっているので突っ込む者はいない。

「えー、明治憲法と日本国憲法の識別は試験でもよく狙われるから、それぞれの内容をよく理解するように――」

 教壇に戻っていく坂井先生の後ろ姿を眺めていると、横から再び視線を感じる。見ると、しくも席が隣である須崎が、こちらをじっと見つめていた。

「……なんだよ」

 眉をひそめて問うと、須崎は「ぼーっとしてるなんて珍しいわね」と小声で言ってくる。俺はそれには答えなかった。

 授業を終えて休み時間にスマホを開くと、ツイッターのDMが来ていた。相手は洋梨。時間は1時間前で、昼休みに須崎が送ったということだろう。思わず須崎のほうを見ると、須崎は先ほどとは打って変わって、こちらには目もくれず次の授業の準備をしている。

 中を見ないことには仕方がないので、俺はツイッターを開き内容を確認した。


「この間はありがとうございました。土曜日はあまりお話できなかったので、よかったら今度の週末にまた会いませんか」


 ……洋梨とシュガーの奇妙な関係は、どうやらまだしばらく続くようだった。


第3章以降は1週間ごとの更新となります。

次回、第3章「一緒に映画に行くだけでデートな訳がない」は2月26日(金)23時00分投稿予定。引き続き応援よろしくお願いいたします。


作者ツイッター(ハンネ違いますが本人です)→ https://twitter.com/Hayato_neetrain

ツイキャス→ https://twitcasting.tv/hayato_neetrain

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ