席替えから始まるかもしれない俺の恋愛模様
席替え
それは学生における一大イベントの一つであり多くの者にとって様々な思いが交錯するものでもある。
ある者はこれまでの周りの環境から離れられることを願い、ある者は誰と隣になりたいかという願望を口にする。
そして俺、豊実輝もそんな思いを持つ一人だ。
「なあ豊実、今度の席替えどの辺り狙う?」
話しかけてくるのは友人の沢本だ。
「そうだな、壁か窓際が理想だよな」
「お?そんなこと言って、本当は篠崎さんの隣に行きたいとか思ってんじゃないの?」
「う、うるせえ…!」
「お、その反応はマジかな?おーい道川、こいつ篠崎さんの隣の席狙うってよー」
沢本はからかうように道川に声をかける。
まったく、こういう話題になるとみんな途端に入れ食いのように食いつくから厄介だ。
「おーおーそれマジかよ?お前あの子の事好きだもんな?」
道川も調子の良さそうな声で俺に問いかけてくる。
まあ確かに俺は篠崎朱里さんのことは好きだ。それは否定しない。
可愛いというより綺麗なタイプでミディアムロングの髪の毛がよく似合う。
読書が好きでいつも本を読むその姿が美しく心を奪われてしまう。
ちなみにあの2人にバレているのは修学旅行の夜にぶっちゃけトーク大会になりそういう流れで話してしまったためである。
「で、篠崎さんとの進展はどーなのよ?」食い入るように沢本が聞いてくる。
「あー何にも起きてねーよ」
俺は動揺を悟られないように穏やかに答える。
「おうおう、そんなんでいいのか?」
「え、どういうことだよ?」
沢本は少し真面目なトーンで言う。
「そのままだとぜってー後悔するってことだよ」
「ま、まあ否定は出来ないな」
「だろ?アクション起こさなきゃダメだって」
「どうすればいいんだ?」
俺は沢本に問う。
「とりあえずこの後LHRあるだろ?その時に席替えあるよな。その時に篠崎さんに声かけて連絡先聞き出すんだよ」
「は?いきなりすぎんだろ!」
「ばっかお前、ここ逃したらチャンスほぼ無いぞ。」
「そ、そうかよ…。でも…」
「でもじゃねーって。『せっかくなので連絡先交換しませんか?』とか言って聞いてみろよー」
沢本は畳み掛けるように話す。
「わ、分かったよ…。やってやるよ…。」
「その意気だ、やってみろよ。絶対だぞ。」
道川も乗るように茶化す。
「そうだぞ、俺たち見守ってやるからな。」
それは公開処刑に近くないか?と思いながらもどうやら逃げ道を塞がれたのでここはもう言われた通りにするしか無い。
「じゃあ、LHRでな。楽しみにしてるぜ。」
そう言って沢本と道川は席に戻っていった。
なんだか今のでかなりメンタルを減らされた気分だ。
※※※
あっという間にLHRの時間になった。
担任が黒板に席の表を書きそこにランダムで数字を書いていく。そしてくじが用意された。そこのくじに書いてある数字が俺たちの新しい席となるわけだ。
「よーし、くじ引いてけよー。」
担任がそう言って左前の生徒から引かせていく。
どんどんと黒板に名前が書かれていく。
ちなみに道川は最前で沢本は廊下側というなんとも言えない位置になっていた。
そして篠崎さんは真ん中寄りの席を引いていた。
真ん中ってちょっと居心地微妙だよなとか思ってしまう。
俺がくじを引くのは最後の方なので篠崎さんの隣が埋まってしまわないか不安な気持ちが募っていく。
そして俺の番が来た。
幸い篠崎さんの隣はまだ埋まっていない。しかしそれ以外は最前列とかそれに近い位置ばかりなので良いところとは言えない。
くじを引きに行くわずかな時間に道川と沢本の視線を感じる。
俺は色々な思いを込めてくじがある箱の中に手を入れた。
そして番号を確認する。
その番号はーー
「おいおいマジかよ〜」
沢本が驚きとからかいの混じったようなトーンで声をかけてくる。
そう、俺は本当に篠崎さんの隣の席を引き当てたのだ。
くじを確認した時、俺のテンションは恐ろしいくらいに上がったのでそれを周りに悟られないようにする為に抑えるのが大変だったけど何という素晴らしい現実であろうか。
「マジマジ。俺めちゃくちゃテンション上がってるもん。」
「うわーちょっと引くわー。」
「何だよー。そんなに俺やばい顔してるか?」
「ああ、ニヤついてんぞ。憎らしいくらいにな。」
沢本は悔しそうな表情で言う。
「あと、約束忘れんなよ。」
「ああ、分かってるって。」
そう言葉を交わして俺たちはLHRが終わるのを待った。
※※※
LHRが終わり席替えになる。
みんな一斉に動く為教室内はちょっとしたカオスな空間となる。
そのカオスな中を切り抜け俺は新しい席につく。
少し心を落ち着け、左隣を見る。
そこにはあの篠崎さんがいた。
落ち着いた表情にまたしても俺の心は奪われる。
でもそんな暇は無い。
篠崎さんから連絡先を聞かなければ…。
すぐにSHRが始まり、それが終われば部活の時間。猶予は無い。
もうここはどうなってもいい覚悟を決めるしかない。
そう言い聞かせ、俺は言葉を振り絞った。
「篠崎さん。」
「はい?」優しい声で篠崎さんは言葉を返してくる。
「しばらくの間よろしくお願いします。」
あー俺めちゃくちゃコミュ障っぽくなってね?敬語になってるし、たどたどしい感じになってるし。
「はい、よろしくお願いします。」
でもそんな俺を見ても篠崎さんは変わらないトーンで話してくれる。
この人優しいな…。
と、いけないいけない。ここで終わらせちゃいけないんだ…。
「あ、あの…。」
俺の心臓の鼓動が速くなる。でも俺はそれを渡さなきゃいけない。
「これ、俺の連絡先です。良かったらお願いします。」
そう言って俺は連絡先を書いたメモ用紙を渡した。
篠崎さんはそれを受け取ってくれた。
「これに送ればいいんですか?」
「はい、そうです。」
「じゃあ部活終わったら連絡しますね。」
「あ、ありがとうございます。」
え、マジで?
篠崎さんマジで受け取ってくれたよ。
正直連絡先渡した時点でもうメンタル限界来てたから今のやり取りすらちょっと記憶飛びかけてるんですけど?
でも篠崎さん部活終わったらって言ったよな?夜まで気が気じゃ無いんだけど?
でも無理に言ったら変な状況になりそうだし。
ええい、後はどうにでもなれ!
俺はそう言い聞かせてSHRが始まるのを待つしかなかった。
※※※
そしてその日の夜。
スマホに通知の音が来る。
確認するとそれはメッセージアプリのものだった。
メッセージを開くとそこには。
「こんばんは豊実くん、篠崎です。」
とあった。
やっば、マジで来たよ!
と、とりあえず返信しなきゃ…。
「こんばんは、篠崎さん。改めてよろしくお願いします!」
これ簡素じゃね?とか迷いながらメールを送る。
だって好きな子にメールとか送った経験無いんだもん!
程なくして返信が来る。
「こちらこそありがとうございます。明日からの授業も頑張りましょうね!」
文面だけでも伝わる優しさに俺の心が騒ぐ。
「はい!頑張りましょう!」
簡潔な文を送り俺は心を落ち着ける。
とりあえず明日からの学校の楽しみが一つ増えたことに感謝だ。
席替えって悪くないよな。