4-1 ネコ々の晩餐〈1〉
「椅子に深く腰掛けてくださぁい。気を楽にしてね☆」
騒動が一段落し、私はふたたび検査室に戻っていた。
「なんだか、ドッと疲れが……」
ヨハンナさんがぐったりした顔で呟く。私よりも、むしろ彼女に疲労の色が濃い。今朝早くに私の治療をして、ついさっきもレオン君を治療したばかりだというから、さすがに申し訳なくなってくる。……あ、マッスルさんが椅子を持ってきてくれた。
「じゃあ検査を始めるよぉ。 ぽちっとにゃ~ん!」
薄情者、もといエマさんがリモコンのスイッチを押す。
フォォンと奇妙な音があり――ちょうどパソコンを起動したときのあの感じだ――部屋の四方の壁が青白く発光しはじめる。
――え⁉ 光るの⁉
「驚いただろう。これほどの象徴紋を制御できるのは、ウィスカーパッド広しと言えどボクくらいのものさ☆」
そこで私はようやく気付く。ただの石壁だと思っていたそこに、ひっかき傷のようなごく浅い筆致で、何かの図案がびっしりと彫りこんであるのだ。光はそこから漏れている。――うわ、天井にも彫ってある! すごいけど気持ち悪っ‼
――うぃーん、がしょん、がしょん、がしょん!
壁の模様に気を取られていると、なにか不審な音とともに体に締め付けを感じる。
「へ? な、なにこれ……」
椅子を立とうとするが不可能だ。背もたれと肘置きと前脚から、拘束バンドのようなものがガッツリ出てきている。私、ガッツリ拘束されてる!
「じゃあ、エレキテル流しま~す」
「エレキテル⁉」
「心の準備はいいかな~? いいとも~☆」
「よくないですよ⁉」
私の抗議も空しく、落雷のような衝撃が全身を貫い――
「た――はははは! あははははは‼」
思ったのと違う!
くすぐったい。なんだこれは、死ぬほどくすぐったい‼
「や、やめっ……あは、あはははは!」
笑いすぎて息が苦しい。視線で助けを求めるも、ヨハンナさんもマッスルさんも釣られてちょっと笑っている。いや、そんなほのぼのした状況じゃないですよこれ!
「――というわけで、あかりクンの検査結果ですが」
「はああああ……!」
温かい紅茶を前に、私は思いっきりため息を吐いた。
「まーまー、そんなにショゲないでくれたまえよ★」
スコーンを頬張りながら、エマさんが適当すぎるフォローを入れてくる。
「キミは十分カワイイんだから、それだけで財産さ! そうだ、ボクとユニットを組んでアイドル活動をしようじゃないか。ガッポガポ間違いナシだよ?」
私は目を閉じ、首を横にふった。
教会の小さな応接室で、私とヨハンナさん、それにエマさんとマッスルさんを交えて小休憩だ。
あの謎のマジカルくすぐり椅子の拷問に耐えたにもかかわらず、私に突きつけられたのは「無能」の宣告だった。
『キミには何の異常もなければ、これといって何の能力もない! 以上っ!』
エマさんは、そう気持ちよく言い切ったのだった。
以上っ!
(まあ、そんな気もしてたけどさ……)
私はザ・普通の高校生だと言ったじゃないか。異世界にやって来るいわれなどないと。――とはいえ断言されると……なんのために異世界くんだりまで来たんだ、私。
「ほらほら、菓子でも食べようじゃないか。自信作なんだよ、神父の」
エマさんがスコーンの盛られた大皿をすすめ、マッスルさんが心なしかはにかんだ顔をする。もはやマッスルさんを癒しとして生きるしかないのだろうか。
「……そんなはずはありません」
マッスルさん癒やし説を否定されたかと思ったが、そうではなかった。ヨハンナさんがティーカップを両手に包み、神妙な顔をしている。
「テオドールが言っていました。あかりさんに触れたとたん、フェレンゲルシュターデンが小さくなったのだと」
あなただって見たはずでしょう、とエマさんに視線を送る。
「たしかに見たさ。世にも恐ろしいフェレンゲルシュターデンが、ちいさな毛玉生物に変わるのをね」
エマさんはあっさり同意する。そしてきっぱりと主張する。
「しかしボクは天才で、ボクの発明は完璧なんだ。誤診なんてありえない」
「……」
ヨハンナさんが黙りこむ。エマさんはスコーンをぞんざいにつかみ取ると、もぎゅっと自分の口に押しこむ。
「……んむぅ。まあ考えられなくもない可能性としてはね、あかりクンの力の正体はボクたちには観測できないようなモノなんだろう。それは『ある』のだけれど『見えない』のだよ。んぐぅ」
「口にモノを入れたまま喋らないでください」
「まーまー、いいじゃないか。これは喜ばしいことだよ」
エマさんは紅茶をぐいっと飲みほし、ウィンクをひとつ。
「あかりクンに危険性が見つからなかったということは、安心して領主サマの元へ連れていけるじゃないか。今夜は飲めや歌えやの晩餐会だよ☆」
――と、いうわけで。
私は教会に残され、身支度を整えたのちに、エマさん、マッスルさんと共に領主様の屋敷へ向かうことになった。
いやどういうことなの、助けて常識人のヨハンナさん! ……と言いたいところだが、ヨハンナさんは猫二匹とテオ君を引き受け、帰って休むとのことだ。ずいぶんお疲れの様子だったものなあ。
なお、テオ君は大変なことになっていた。
彼はレオン君をおうちまで送り届けた後、教会に戻るなり、ドアを壊した罰として『わくわく★フジツボ体験学習』という映像作品を拘束イスで視聴させられていたらしい。――なんでもフジツボになりきった催眠状態で、現実の一分間が映像中の一年間として体感されるのだとか。
「ううっ……冬の海はつらツボ……さむツボ……!」
もはや意味が分からない。とにかく私が検査を受けている間に、そんなこともあったらしい。
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