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4-2 ネコ々の晩餐〈2〉


「素晴らしい! よくお似合いだ☆」


 私がクロークから姿を現すなり、エマさんは手放しで絶賛した。姿見に映るのは、鮮やかな朱色のワンピースを着た私の姿。

「似合うねえ、それもうキミにあげちゃう」

 エマさんの自室で、私は衣装を見繕ってもらっていた。


 何を隠そう、私は今の今までパジャマを着ていたのだ。もこもこ生地に猫耳つきの、お気に入りのパーカだ。……冷静に説明すると恥ずかしいけれど、就寝時に呼ばれてしまったので大目に見てほしい。


「うん? どうしてこんなに衣装があるのかって?」

 クロークを整頓しながら、エマさんが尋ねてくる。

「いや、私はとくに何も」

「うんうん。発明家の活動にも資金は必要だろう?」

 勝手に話が進められていく。話したいんだなあ。

 たしかにエマさんのクロークには、魔法のように膨大な量のキラキラした衣装が揃えられている。


「なにか効率のいい副業はないかと考えた時に、僕は閃いてしまったんだよ。ああ、自分を売りモノにすればいいんだ、って」

「えっ」

「ずばり、アイドルさ!」

「えええっ?」


 振り返りざまにパチッとウインクしたエマさんの服装が、一瞬にして早変わりする。まさにアイドルのステージ衣装のような、ふわふわした黒いワンピースだ。


「――って、アイドルをしようって、あれ冗談じゃなかったんですか‼」

「そうとも! まあ儲かるよぉ、偶像稼業っていうのはね★」

 エマさんが悪い笑顔を浮かべる。この人の資金源になっているファンがただただ気の毒だ。

「そういうわけで、ココにあるのは全部ボクの副業用の衣装ってわけ。とは言え一着や二着どうってことないから、遠慮なく受け取ってくれたまえ。円盤もバカスカ売れてるしね」

 ほ、本当にファンの人が気の毒だ……。


「じゃあ、お着替えも済んだし、そろそろ行こうか」

「はい。……ん?」


 クロークの扉の裏側に、なにかお札のようなものが貼ってあることに初めて気付く。お札サイズの紙片に、文字というより幾何学模様の連続が描かれている。検査室で見たものよりは、だいぶシンプルだけれど――

「ああ、それも象徴紋(スクリフト)だよ」

「スクリフト?」

「魔術的な手続きさ。あかりクンの出身地には無かったのかな? とにかく、これで空間を圧縮してるんだ」


 なるほど、魔法のように膨大な量の衣装が収まっているかと思えば、本当に魔法だったらしい。



  ◇



 歴史を感じさせる、おごそかな門構え。

 チリひとつない床に敷かれた、踏んでいいものかためらうほどに上質そうなマット。頭上にはキラキラしたシャンデリア。

 領主様のお屋敷、もはやお城じゃないですか!


「お待ち致しておりました」


 いかにも執事、という雰囲気のお兄さんがうやうやしくお辞儀をする。案内されたのは、白いクロスの敷かれた円卓の並ぶ晩餐会会場(ダイニングホール)だ。すでに席の半分ほどがお客さんで埋まっており、その紳士淑女の頭上とおしりからは、もれなく猫耳としっぽが生えている。


「うーん、ニャンダフル……」

「あれが領主サマだよ。レオンハルト・セタリア・フォン・ウィスカーパッド侯爵だ」

 うっとりと場内を眺める私に、エマさんがそっと耳打ちをする。

 視線の先には、席にどーんと構えた大柄なおじさんがいる。そして、その隣にちまっと座っているのは――

「レオン君だ」

「ああ。レオンハルト坊ちゃんだ」

「じゃあ、レオン君のお父さんって領主様なんですか! ――って、レオン君のお父さんもレオンハルト……?」

「うん、領主の嫡子はレオンハルトを名乗るものだ」


 そういうものなのだろうか。ひそひそ話をしていると、領主様がにわかに席を立ち、こちらへ大股で歩いてくるではないか。

 しまった、気に障ったたのだろうか。


「やあやあ! きみがあかり君か‼」


 こ、声が大きい!

 領主様は満面の笑みを浮かべると、なかば強引に私の手を取り、上機嫌でがっしりと握手をする。なんともエネルギッシュなおじさんだ。猫というよりむしろ犬のような人当たりだが――この大柄でモフモフな感じは、ノルウェージャンだろうか。メインクーンかもしれない。


「いやあ、領内はすっかり君の噂で持ちきりだよ。ようこそ、わがウィスカーパッドへ! しかし若い娘さんだなあ、もし気に入った者があればどれでも所望してよいぞ!」

「は、はあ」

「それはセクハラでございますよ」


 私が困惑した矢先、領主様の背後から執事さんが現れ、そっと鋭い一言を放って消える。


「ぬ、ぬうう……。おっと、君はわが息子レオンハルトの恩人だというではないか。礼を言うぞ! ありがとう‼」


 領主様はひとりでに機嫌を持ち直し――なんというか幸せそうなおじさんだ――レオン君を手招きする。

 レオン君が弾かれたように席を立ち、小走りにこちらへ駆けてくる。あいかわらず可愛らしい。


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