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【短編版】フリークス

作者: 遠見 翔

フリークス


「file:オスカーベルモンド」


彼の人生はお世辞にも満ち足りたものではなかった。

孤児。孤独。孤高。

彼のことを語るとすれば、3つの単語で事足りた。


空虚で、何もなく、彼はなにを求めて生きていたのか。

彼自身にも、それはわからなかっただろう。


ただ彼が彼と出会ったことで彼の人生にも意味はあったのだろう。



-------------------


 

歓声が耳に突き刺さる。天井は高く観客の声が反響している。

照明がひりつく炎天を連想させ、肌を焼くような錯覚を催す。


殺せ!!殺せ!!殺せ!!と。


観客達は死を望み、より凄惨な死にざまをみせろと、人という皮を脱ぎ捨てて獣と化している。


人が人の死を望んでいる。

それがいかに狂ったことなのか、観客の彼らは分からなくなってしまったのだろう。

人が人を殺す。日常では決してみることをできないことに興奮し、判断力を失いながらも中央の死刑台を見つめる。


集まった視線の先には二人の人間がいる。


一人は浅黒い肌に、真っ白な髪。身長は190cmほどで隆々とした肉が盛り上がり、まさしく戦士の出で立ちだ。

一人は東洋人。体は固い岩のように鍛え上げられ、拳は鉄のようだ。


二人は壇上で向き合い、前の敵を殺すと気を溜めている。

視線で人を殺す。彼らの視線はまさに、その言葉を体現しているほど強烈だった。


舞台の中央で審判が両手を上げる。

これが始まりの合図だ。

シーン………と会場の観客たちも固唾を飲んで開始の合図を待つ。


永遠のような沈黙が続き、審判の両手がスッとおろされた。


と、同時に会場から歓声と壇上から雄たけびが上がる。




-----------------------



彼には自信があった。


幼少のころから格闘技を習い、自己の肉体を鍛え上げた。誰にも負けないようにと、彼は努力を重ね続けた。


ただ彼のスタイルは一般的な現代のスポーツとはかけなはれていた。


敵はすべて殺す。敵は壊すべきと、彼の遺伝子に刻まれた破壊本能が周りの人間を壊し続けた。


そのような人間が社会に溶け込まれるわけもなく、彼は孤立していった。一人になった彼はより一層、己の肉体を改造していった。

より多くの敵を壊すために、より多くの敵を殺すために、より強い敵と戦うために―――――


彼は、初めて目にした、自分より強いと思える人間と。立ち姿だけで彼の肉体は自分と同じか、それ以上に鍛え上げられていることはわかった。

いままでの木偶とは違う本当の戦士に彼は出会えた。

これほど喜ばしいことはあっただろうか。


―――否、否、否、否ッ!!!


彼は雄たけびを上げ、眼前の敵に迫る。

5Mの距離を一息で詰め、移動から生じたエネルギーをそのまま、足から腰、肩、腕へと伝え、石よりも固いこぶし握り、敵にぶつける。


どんと、鈍い音がした。


渾身の一撃だった。それはすべてを籠めた一撃で”人間”にできる最高峰の一撃だった。

芸術とも呼べる運動エネルギーの変換。擦り切れるほどの反復が生み出した、努力の結晶。


そして――――――彼の胸元には、大きな穴が、できていた。



------------------



電話のベルが鳴り響いている。早く出ろと言わんばかり、けたたましく鳴っている。

その音は、うたた寝をしていた頭には強力な毒となり、無理やり覚醒させられる。

ぼんやりとした頭で、電話のベルが止むのを待っている。

ただ遠くの方で、パタパタとスリッパが床を踏む音が聞こえる。

電話の方へ向かっているのだろう。

そのことにひどく落胆し(でなければいいのに、居留守でもしとけよ・・・・)と心の中で愚痴を零す。


”ガチャ”と受話器を上げる音が廊下の先から聞こえてくる。


「はい、村上相談所です。所長は今うたた寝中でサボタージュする気満々でございます。所長に御用でしたら、後ほどおかけなおしください」

(電話番としては0点の糞対応だが、まぁあいつには100点をやろう)

さぁ、そのまま受話器を下すんだ。と、心の中で喝采のエールを送る。

これで優雅な惰眠は継続される。毒は消え、夢の世界へと足をかける。

「・・・・・・。あー。あなたでしたか。それで本日のご依頼はなんですか、さっさと言ってください」


―――――まじか。


彼女の応対だけで、誰から連絡が来たのかは大よそ見当がついてしまった。

今日のうたた寝はおしまいだな。

そう確信し、ぼんやりとした頭を無理やり覚醒させ、これ以上糞みたいな応対をさせまいと、電話の方へ足を運ぶ。



-------------------



「・・・・・・。この事務所は、わざわざ足を運んで来た依頼人に、お茶もださないのですか? 使えない事務員は即刻解雇してはどうですか? 所長さん」


「あら、ごめんなさいね。わざわざあなたのために、お茶を入れる気になれなくて。ねぇ所長?」


「・・・・・。もういいから、お前ら仲良くしろよ」


「「はぁ?」」


「・・・・・。はぁ。カトレアちょっとコーヒー淹れてきて」


カトレアと呼ばれた彼女は、美しい美貌で人形のような造形をしている。くっきりとした翡翠のような瞳はじっと見つめると吸い込まれそうになる。また彼女の長い金髪は日の光に晒されて、時折きらきらと光を反射しまるで燃える火のように美しかった。


「所長、念のために聞きますけど、こいつにだすコーヒーはないですよ?」


「はいはい、俺の分だから、俺が飲むから、ささっと淹れてこい」


ぶつぶつ言いながら、カトレアが廊下の先に消えていった。


所長と呼ばれた彼は疲れたように「はぁ」と大きく息を零す。

彼の名前は村上 賽。真っ黒な髪で中肉中背の青年。この村上相談所の所長だ。


「お前らの喧嘩に付き合ってたらいつまでたっても話が始まらねーよ、いい加減仲良くしてくれよな」


「それはできない相談です。あいつと私は、いわば水と油です」


彼の前にいるのは柊 藤花。短めの黒髪でショートヘアーが似合う生粋の日本美人だ。

彼女の職業は特殊で日本政府のちょっと特別な公務員だ。


「はいはい、で、今日の案件は?」


「こほん」と咳払いをしてから彼女は続ける


「えー今日はですね、まぁ村上さんにぴったりの案件でして」


バサッとレポート用紙の束が机に置かれる。その表紙には一人の男の写真のプロフィールが書かれていた。


「名前は、オスカーベルモンド。幼少期の経歴は不明。彼の記録は15歳くらいからのものだけ。まぁ目を通してもらったらわかると思うけど」

ふむ、とレポートの束から彼の経歴を確認していく。


最初のページにはこう書かれていた。


―――曰く、戦鬼と。


「彼は、都市部にある地下闘技場のスターでね。戦歴は全戦全勝。圧倒的な強さと、人間を紙屑みたいに扱う凄惨さが悪趣味な連中からしたら受けがいいみたいね」

「オッズは常に1.0。ギャンブルとしては成立していないけど、要は余興みたいなものよ。まぁ彼と戦った人間はすべて再起不能になっているけど」


「ふむ。まぁここまで強ければ、人としては”おかしい”よな」


「ちなみにうちの観察課が入手した映像があるけれど見る?」


「いや、いい。見たら行きたくなるなくなる。こりゃあ痛そうだな」


「実際に彼と拳を交えた人間は全員死んでるしね、あなた大丈夫?」


「大丈夫もなにも、案件持ってきたのはそっちだろうが」


「まぁそうなんだけど、私も迷いはしたのよ。今回のは特にそこまでひどい影響を及ぼしているわけでもないし。しいて言えば、彼の”毒”に魅入られた人間がいるってだけよ」


「それでもいくさ、こいつが”本物”なら助けてやらないとな」


村上は、情報ありがとうと彼女に言い、壁にかけてある神父を思わせるコートを羽織り、事務所をあとにした。




--------------------




夜の街には様々な人間がいる。夢を追うもの、仕事をするもの、ただ生きるもの、惰性を貪るもの、そして、助けを求めているもの。

街の明かりが明るければ明るいほど、色濃く影がさす。

大きい光が大きい闇を生んでいる。

そんな街の中で表通りから裏通りへ、表の正常から裏の異常へ。

正常はだんだんと異常に変わり、その異常さは染みが広がるように、ゆっくりと様を変えていき、気づいたときには落ちないシミとなっている。

染まった世界を常識と捉え、本当の常識がなんなのか麻痺していく。

表通りを進んでいいくと、裏路地にひと際真っ黒な扉がある。

看板もなにもなく、ただ扉だけをライトが照らしている。

重く、この先には闇しかないとわかるような、まさに地獄の扉だ。

その扉を村上は臆することなく開け放つ。


ぎっっと、重く扉は開く。


扉の先は暗く、ただ下へ、下へと階段が伸びている。


一歩一歩と、歩を進めるごとに、人からなにか別のものに変わっていくような錯覚を受ける。


暗い海の底を歩くように。


ほどなく進むと一人の男が立っていた。


黒いスーツ姿の男は一言「入場券をお出しください」そう言う。


村上は柊から渡された偽造カードを男に渡す。


男がカードと村上を交互に見つめ。どうぞと後ろの扉を開ける。


扉が開くと、中からは耳を刺すような歓声が聞こえてきた。



扉の中はクレーターのようになっており、真ん中の窪みには、20メートル四方のリングがあった。それを囲むように観客席が並んでいる。

千秋楽のような形というのが一番しっくりくる。

観客席はすべて満席。観客を見回すとテレビでよく見る著名人なども目についた。

様々な権力と権限が混ざりあって、この会場が成り立っているのがわかる。


まさにそれを証明するかのように、真ん中のリングでは人が”死んでいた”



見るに堪えないことだが、仕方なく村上は壁に寄りかかり真ん中のリングを見つめ続ける。リングの上の死体は手慣れた手つきで片づけられた。

そもそもその光景はふつうであるかのように淡々と行われる。


「さーーーぁ、皆様お待たせしました!」


会場全体に響き渡るマイクの音声。


「本日の大一番 戦鬼オスカーベルモンドの登場です!」


MCが会場全体を盛り上げ、それに呼応するかのように歓声が上がる。


様々に殺せ!殺せ!と人の死を望み、願い、見せろと彼らは声を揃えた。


壇上には、浅黒い肌をした戦士と、肉体を鍛え上げた人間がいた。


会場が息を呑み、審判が両手を振り下ろす。


その瞬間―――

彼らは壇上で衝突し―――――

どんと、鈍い音がした。


渾身の一撃だろう。芸術のような力の流動、人間ができる最高の一撃だった。人間だったならば、穿たれた箇所は陥没し、内臓まで損傷を与えるだろう。


ただ―――それを受け止めたのが人間だったのならば・・・・。


打たれた浅黒い戦士は、渾身の一撃をさも蚊でも飛んでいたのかという呑気さで微動だにせず、防御もせず受け止めた。


驚嘆すべきことだが、一番驚いているのが打った人間の方だった




----------




なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ。


まさしく人体の破壊は免れないはずだ。なのになぜ、俺の拳の方が割れている。


理解ができなかった。ただ戦闘を重ねた経験が彼を後ろに飛ばせた。


しかし、後ろに飛んだがオスカーの拳は彼の胸に風穴を開けていた。



----------



上がる歓声を耳にしながら、村上は迷いも恐れもなく歩を進める。


壇上への階段を一段一段降りながら、


これ以上あいつに人殺しをさせてはいけない。これ以上、人から外れてはいけない。


これ以上あいつを一人にはさせない――――。



-----------



浅黒い肌に、真っ白な髪のオスカー・ベルモンドは、近づいてくる村上を見つめる。


奴が近づく度、鼓動が早くなる。


こんなにも、こんなにも、嬉しいことがあるだろうか。


切実に願い続けたことがやっと叶うかもしれない。


俺はあいつと――――――




オスカーの顔に喜々として歪んだ笑顔があった。




村上が壇上に上がる。


突然の挑戦者に会場がざわめく。

あいつはだれだ。なにかのパフォーマンスか。それともなにか演出か?

と様々な思考がぶつかりあう。


ただそんな外野のことはどうでもいい。


これは彼と彼の物語だ。



「お前、お前は、俺と戦えるか―――」


オスカーが村上に問う。


「ああ、戦えるよ」


彼は一言答えた。


「そうか、そうか、そうか、そうか」


壊れたオルゴールようにオスカーは繰り返す。


ただ村上は見逃さなかった。そうかと呟きながらオスカーの体は直立不動のままだが、彼の肉体が戦闘するために準備をしていた。

肉が躍る、肉が蠢く、人を壊せるように、人を殺せるようにと、オスカーベルモンドは一つの兵器として体を作り替える。


あいつを殺せるくらい、あいつを、あいつを壊せるくらいに・・・・。


そして―――


そうか!!という声同時にオスカーは村上の目の前にいた。


驚く暇もなかっただろう。目にも止まらぬ速さ。


肉薄した近距離でオスカーは拳を放つ。


その拳は先ほど殺した男と同じ結末のように、村上の体を貫いた。


夥しい血と、死の臭い。

臓物のむせ返るような、ひどい匂い。いつも嗅ぐ敗者からする臭いだ。


「なんだ、お前―――なんだよ、お前………お前ならと期待した俺がバカだったのか。お前なら俺と戦えると思ったのに」


あの高揚は間違いだったのか。


ただ、たしかに村上は死んだのだ。



------------------------



こいつは、死んだ。こうもあっさりと死ぬとは思わなかった。

こいつとなら、ギリギリのところまで行けると思ったのに。


―――悲しいという感情は、もう忘れて久しいが少し思い出したような気がした。



ただその感情も、貫いた胸を掴む腕がすべてを忘れさせた。



「ッツ!!」



万力でつかまれたようにビクともせず、指が腕の肉に食い込む。


なぜだ。なぜだ。なぜだ。こいつは、今死んだはずだ。胸を貫き、心臓をつぶした。

肺には穴が開いているだろうし、食道も、肋骨もつぶした。


それなのになぜ―――こいつの目は爛々と生きた目をしている!!


「どうだ、、まだ、終わら、ないぞ」


気管がつぶれ、開いた穴から空気が漏れ、口から血を垂らしながら声を発している。おかしな発声だ。


オスカーはとっさに、刺さった腕を力任せに引き抜く。


引き抜き様に食い込んだ指が肉を削ぎ落していく。


ゾリっ!っと嫌な音と感触が腕に残るが、それでもかまわない。

今はまず、こいつから離れることが必須。


腕を引き抜き、後ろに飛ぶ。


もう一度、一足で飛び込める位置に戻り彼を観察する。


ただ見るべきではなかったかもしれない。


村上の胸はおぞましくも、蠢きつぶれた肉が元の形に戻ろうとしている。


うぞうぞ、うぞうぞ、うぞうぞ、うぞうぞ。


と、ゆっくりだが胸の穴が小さくなっていく。


オスカーは本能的にか、再生されるとまずい、思うより早く彼の体は動いていた。


瞬きの間に近づき、瞬きの間に、村上の体を乱打した。


右肩、腹、左腕、胸、顔。殴れるところはすべて殴る。


殴られたところは、爆発したように爆ぜ、原形をとどめない。


殴られた右肩は吹き飛び右腕が場外へ飛ぶ。

殴られた腹は、穿たれぽっかりと穴が開く。

殴られた左腕は、肘から下がなくなる。

殴られた胸は、蠢く肉を押し退けさらに大きな穴が開く。

殴られた顔は、誰が誰がわからなくなる。


ただ、それでも村上はまだ動いている。


なくなった右肩を後ろに、右足を後ろに下げ、殴打の構えをとる。


人の形をしないものが、人の動きを再生する。


奇妙であろう。奇怪であろう。


誰がこの光景を予想しただろうか。


なかったはずの右肩から腕が再生する。


胸の穴より早く、右肩より下、肘、腕、手の平。そして、拳を造る。


潰れた顔から眼球がギョロリと覗き、オスカーベルモンドを見つめ、


―――そして、穿つ。


人間を超えて、人間が出せる速度を超えて、肉を置き去りにしながら、彼は拳を

オスカーベルモンドに放つ。


普通ならば、正常であったならば、足を置き去りにしないだろう。


拳を放つということは、足から腰へ、肩へ拳へと力を流動させる円運動を用いたものだ。

反復運動が神経細胞を刺激し、思考から反射へと昇華させ肉体の限界値までひっぱりあげる。

ただ、肉体が壊れてもいいと体の崩壊を気にしない殴打が実現できればどうだろう。


円運動はかわらない。ただ円錐の錐のように研ぎ澄まされた力を一点に集中し拳を放ち、そのまま足を腰を肩を置き去りにした。


いままでこんな拳はあったか。いままでこんな風に殴りかかった奴がいただろうか、


いや、居ない。だれもこんな拳を打つものはいない。


芸術的な円運動から生まれたものとは程遠く。芸術的とは言い難いそれは、芸術からもっと遠く、そして、一番芸術に近いものだった。


オスカーは、その拳に感動を覚えた。


見惚れたのだろう。いままで自分が求めた拳、自分が到達しえなかった拳が今ここにあるのだ。


彼は直立したまま、その拳を迎え入れた。


躱す、なんて考えはなかった。


ただ、ただ、その拳の行く様を見つめ、見惚れ、体を貫かれた。


ドンっと。村上にしたように、拳が突き刺さる。


カッ、っと。吐血する。衝撃が体を突き抜け痛みが体を蝕む。


痛み、痛み、痛み、痛み。


ああ―――痛いって。こんな感じだったのか。





--------------------------------------------




彼の人生はお世辞にも満ち足りたものではなかった。

孤児。孤独。孤高。

彼のことを語るとすれば、3つの単語で事足りた。


空虚で、何もなく、彼はなにを求めて生きていたのか。

彼自身にも、それはわからなかっただろう。



彼が覚えている最初の記憶は、血の海だった。


忘れされた施設で、いつまでもいつまでも戦争を忘れないものたちが彼らを改造し続けた。

戦争の残り香。忘れ去られたものを追いすがり、いつまでも戦争を求めて、いつまでも戦争をしたかったのだ。


戦って、戦って、勝利を求めて勝利の美酒に酔いしれたかったのだ。

敗戦者の末路は火を見るよりも明らかで、彼の人生は報われなかった。


報われなかった人生に救いをと、彼らの時代。彼らの世代では、戦えない。

ならば次の世代。次の戦争をと、彼らは考えたのだ。


幸いにか不幸にか、戦争で親を亡くした戦争孤児。材料には事足りなかった。


彼らの実験が彼らを生み出した。


人を殺して、人を壊して、一人でも多くを殺す。一人を殺しても、次の一人を殺して、また次の一人を殺せるよう。一つの兵器を作成する。


ただそれでも、彼らは止まれなかった。

いたい、いたいと子供の鳴き声を耳にし、染みついた汚れが落ちないように、だんだんと心を蝕んでいく。


彼らも、おかしくなっていたのであろう。

だから気づかなかったのだ。


彼らは化け物で、彼らは彼らを超える化け物を生み出してしまっていたことを。






人は、人の思いは、計り知れない。

人とは、思っているほど、弱くない。


足りないものは作って、足りないことは考えて、足りないことを埋めていく。


そして次へ次へと、進化していく。


進化に果てはなく。どこまでもどこまでもと、人が内包している可能性は無限だ。


進化とは、時間をかけてゆっくりと世代を重ねていくものだが。


―――稀に、時間をかけず進化するものがいる。


一般には知られてはいない。知られてはいけないものだ。


過去数々の英雄が、偉人が、そうだったといわれている。


曰く、彼らを指して、「フリークス」


自身の望みを叶えるため、自身の願いを叶えるため、必要な機能を追加していく。


体を造り替え、望みを体現するため人間を超える。


ただ執拗に、ただ目的のため人を捨てる。


叶えたい望みのため、彼らは命を新生する。


喉が焼けるように叫び、慟哭の中で彼らは次へと進み続ける。


届かない願いを叶えるため――――


あるものは、食べることを恐れ、食べたくないから、すべてを食べることを選んだ。


あるものは、無限の命を求めて、他者の命を食らうことができるように体を変化させた。


あるものは、愛しきに人との再会を望み、永遠の命を手にいれた。


誰もが望みを抱えている。


ただ、強く、強く願う心が彼らを変えた。


ただ、彼らは、願いの代償に何かを捨てている。


常識だったり。日常だったり。平穏だったり。


自身の望み以外のものはすべて捨てる。


それだけの覚悟をもって彼らは、フリークスは生まれる。


何を捨てても叶えたい願いが、彼らを生み出す。



だから、オスカーベルモンドも、願ったのだ。


■■が欲しいと―――――


誰だったかもう、もう思い出せない。


血と暗闇の記憶の中で混濁し、染め上げられた泥のようにすべては思い出せないが、


■■の大切さを。


誰だったか、あの施設で、狂った中で、正常でそして狂った人が、彼にある言葉を伝えたのだ。


子供たちの泣き声。叫び声。縋る声。もういやだと、もう殺したくない。もう死にたくないと。


生をあきらめない声を聴く毎日から蝕まれた彼は、オスカーベルモンドに大切なことを教えた。教えるべきではなかったが、彼も壊れていた。


ただ大切な言葉だったとはわかるけど、その言葉は思い出せない。


オスカーベルモンドは、施設の中でたった一人、たった一人で全員殺し尽くしたのだ。


戦争に憑りつかれた彼らが、彼を徹底的に改造し、一人でも多く殺せるようにと、一人でも戦場を越えられるようにと人殺しの技を叩き込んだ。


彼らは、教えるべきだった。


―――誰が、敵で。誰が味方か。誰を殺せばいいのかを。


オスカーベルモンドは、体を造り替えた、望みを叶えるため。


いつから人でなくなったのかは思い出せない。境界線はなく。いつもまにか。彼は変わっていたのだ。


人を全力で殴っても、風穴は開かない/彼なら風穴を開ける。

人を全力でけっても、相手は壊れない/彼なら当たった箇所を切断する。

人を全力で掴んでも、握りつぶせない/彼ならプレス機のように握りつぶす。


そして殺したのだ。


技術を叩き込んだ教官は、腹に風穴を開けて、いつも教練場を清掃していた清掃夫は胴体を引きちぎって、いつも組手をしていた同年代の子供は顔がなくなって、いつも暴力をふるっていた教官は原形をとどめないほど握りつぶして、


そして、あの言葉を教えてくれた、優しかったあの人も―――殺した。





-----------------------------------------------




村上に貫かれた胸からおびただしい血が流れる。


口からは血がこぼれ。視界は痛みでチカチカする。


ただ彼の望みは、まだ叶っていない。


望みを、願いを求めて、彼の心に火がともる。


はじめは小さく、次第に大きく、


どく、、、どく、、どく、どく、どくどくどくどくどく。


ガソリンは想いで、エンジンは心。


トルクを回し、彼の体がまた新生する。


有限の命を、惜しげもなく使い。


彼は命を燃やす。


全身が喜びを上げる。体を巡る血が、筋肉の繊維が膨張し、皮膚が裂け、より強く、さらに上と彼は変わる。


村上の腕をつかみ、今までにない力で彼を片手で放り投げる。


人形を投げるように、放り投げ、村上は闘技場の壁に激突した。


車が人をはねたように、事故のように体をくしゃくしゃにして、村上は壁に埋まっている。


ただ、村上はまだ動いている。


ふと、肉塊に成り下がった村上と目があった。


その目が語るのだ。


――――もう、終わりか? と、


決して言葉を交わしたわけでもない。声が聞こえたわけでもないが、彼はそう言っていた。


そのことが、たまらなくうれしかった。


歪んだが笑みが、子供のように無邪気な笑みが、オスカーベルモンドの顔を歪ませる。




―――闘技場の中心で一羽の鴉が羽を広げた。




両手を伸ばし、黒い体を、翅のような両手を広げる。


雄々しく空を駆ける鴉のように。その姿は自由で、そして――――


そして、バサッと村上へと疾駆する。


移動から生じたエネルギーをすべて力に変換し、一切のよどみを捨て、一つの芸術を完成させる。


踏み込んだ左足からふくらはぎ、膝、腰、背中、右肩、肘、腕、そして拳。


人体を超えた、人力を超えた、人には為せない、エネルギーの置換をもって、村上へと臨む。


脳内で分泌されたアドレナリンが、時間を短縮する。


ひどく、スローモーションな光景の中、拳の先を見据える。


彼は、村上は―――笑っていた。


トラックが衝突したような衝撃と音が会場に響く。


数舜の静寂。音の反響。


会場全体を揺らし、


そして粉塵の中からよろめくオスカーベルモンドが姿を表す。


胸が陥没している。殴った拳は衝撃でつぶれ、ぐしゃぐしゃで原形をとどめていない。

覗く白い骨が花を連想させた。


巻き上がる粉塵の中から黒い神父服の影が線のように、オスカーベルモンドを襲う。


オスカーベルモンドがそうしたように、村上も彼を乱打する。


殴れるところはすべて殴る。そしてもオスカーベルモンドも彼を殴る。


殴れるところはすべて殴る。


彼らは血みどろになりながら、肉体をゴミのように捨てながら殴りあう。


左腕が千切れる/右腕が折れる/腹が陥没する/肋骨が粉々になる/顔の左半分が吹き飛ぶ/顎から下がなくなる


体を再生し、壊され、壊し、再生し、壊され、壊し。


それを繰り返す。


彼らの足元には紅い赤い血だまりと、肉片が転がり積みあがる。


いつまでも、続くような殴打のラッシュ。


ただ次第に、黒い肉体の彼の原形がなくなっていく。


再生が追い付いていないのだ。


肌は再生せず、赤い筋肉、桃色の肉、白い骨をのぞかせる。それでも乱打は続く。


亡い腕を振りかぶり、亡い足を振りかぶり、腕、足が亡いなら頭突きで。


体のすべてを使って、彼は続ける。


ただ、ただ、たのしそうに。


彼らはない顔で笑いあいながら、子供がじゃれるように、子供がはしゃいでいるように。

嬉しく、嬉しくて、たまらないのだ。


目から透明な水が零れる。くしゃくしゃな顔。


泣きじゃくったこどものようだった。






「楽しかったか?」


優しく、微笑むように、横たわるオスカーベルモンドにそう問いかける。


返事はなかったが、彼の顔は満足そうに、微笑んでいた。








--------------------------------------------------------


「ねぇねぇ所長。結局オスカーベルモンドさんの願いってなんだったんですか?」


「ん? ああ、あいつはな、ただ友達が欲しかったんだよ」


誰もいない、誰かはいたけど、たった一人で孤高だった彼。


「んー。友達が欲しくて人殺しを続けてたってことですか? それって色々破綻してますよね」


「まぁな、方法がわからなかったんだよ。ただ友達ってことを教えてもらったから欲しくて堪らなかったんだ。

人殺ししか知らないから、友達なんて作る前に死んじまうしな」


「あー、友達になりたいけど、彼が持っているコミュニケーションって人殺しっていう方法だけですもんね。そら死にますね」


「だろう? だから壊れない死なない友達を探していたんだよ。ずっとずっと殺しながらな」


「なんか切ないですね・・・」


「まぁそんなもんだよ」


「でも、最悪ですよね、人生で出来た最初の友達が所長みたいな根暗なんて」


「おい」


そりゃどういう意味だと、言葉を続ける前に、きゃーとカトレアが部屋から逃げていく。


はぁと嘆息しながら、彼は思い出す。


オスカーベルモンドの最後の笑顔を。微笑みを。


「まぁ満足して行けたならそれでいいさ」





-----------------------------------------------------


「友達をみつけろ。俺が言うのもおかしな話が友達をつくって今は堪えてくれ。俺が必ずこの日常を終わらせる。こんな狂ったことはもう終わりにしたいんだ。もうお前たちが苦しまないようにするから、たえて、たえてくれ」


「………なぁ。友達ってなんだ」


「ああ、そうだな。友達はな大切で一緒にいると楽しくて、毎日が輝くんだ」


「………。よくわからないけど、友達って、いいことなんだな」


「ああ、そうだ。だから、友達を作ってお前たちは未来へ行くんだ。こんな暗い何もないところじゃなくてな」


「………。わかった。じゃあ、俺はあんたと友達になれるか?」



男は出そうになった涙をこらえる。

「っ。ああ、もちろん。ああ、もちろんだ。俺は、もうお前と友達だ」


嗚咽交じりの声。


「そうか、俺とあんたは友達なのか」




―――これからよろしく




無邪気な、屈託のない、暗い底でささやかに咲いた花のような、微笑みがそこにはあった。




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