アリスとエリス
「え、戻ってくるにも早すぎない?」
「君と約束してたからね。それに、中で話している時間よりも移動の時間の方が長くなっちゃったからさ。本当ならパッと行ってパッと帰ってこようと思ったんだけど、道すがらにも何人か配置されているみたいだったから説得もしてみたんだよね」
「説得って、話してどうにかなる相手でもないでしょう。いったいどうやったのよ?」
「最初に死んでくれるか聞いてみて、拒否されたら殺しただけだよ」
「それって、全員殺しちゃったの?」
「いや、さすがに全員は殺してはいないさ。ちゃんと親玉みたいな人は残しておいたからね」
「そ、そうなんだ。お兄さんって本物のルシファー様だったりするのかな?」
「本物とか偽物とかわからないけど、僕の名前がルシファーになったのは最近だったりするけどね。でも、今があれからどれくらい経っているのかわからないから何とも言い難いけど、神と戦った時に正式に改名したことになるのかもしれないな。その前に名乗っていたような気もするけど、何回か死んで生き返っているからよくわからなくなっているんだよね。それでも僕がルシファーな事には変わりないんだけどね」
「神様って本当にいたんだ。でも、神様と戦ってあなたがここにいるってことは、神様はもういないってことなの?」
「戦ったのは戦ったんだけど、本体じゃなかったらしいんだよね。だから神様はまだ存在すると思うけど、その力はだいぶ弱めることが出来たみたいだから前みたいに影響力は無くなってるかもしれないよ」
「もしかして、世界中から悪魔がいなくなったのってその戦いが原因なの?」
「原因と言えばそうかもしれないけど、たぶん君が考えているのとは違う理由だよ」
「え、神様の勢力と戦うためにルシファーは悪魔の軍団を率いて戦ったって話なんでしょ?」
「神と戦うために悪魔の力は利用したけど、それは俺が強くなるための糧として利用しただけで、神と戦うのに他者の力なんて借りたりしないさ。意外と悪魔ってやつは臆病なんで、力の上下関係がはっきりしていると逃げたしたりするもんなんだぜ。圧倒的な力の前では無抵抗になったりもするから戦力としては期待できないもんだしな。それなら力だけ頂いて俺が一人で戦った方がいいと思うんだよね」
「よくわからないけど、悪魔がいなくなったのって良い事なんだよね?」
「それを決めるのはお前達人間だろ。俺は世界を平和にしたいとかそういう気持ちで戦ってたわけじゃないんでね。神の影響が無くなった来た世界が最終的にどうなっていっても構わないと思っているよ。少なくとも、天使なんかもこの世界から消えているだろうから自分の力で身を守る必要はあると思うんだけどね」
「魔王は、魔王はどうなるのよ?」
「それは人間の問題だろ。俺がどうこうする話でもないし、魔王の力だって神も天使もいないんじゃ弱くなるんじゃないかな。きっと、君達だけで解決出来る小さな問題でしかないと思うよ」
「そうなのかな、それだといいんだけど。でもさ、宮殿にいた人達って悪い人だけでもないと思うんだけど、そう言うのも見境なく殺しちゃうの?」
「普段はそうでもないんだけど、今回は時間も限られていたからなるべく短時間で解決したかっただけなんだよね。僕ももう少し説得に時間をかけてあげたかったんだけど、命を奪っただけなんだから与え直せばいいだけだしね」
「命ってそんなに軽いものでもないと思うのだけど、もしかして、ルシファー様は神様になったんですか?」
「どうなんだろうね、その辺はよくわからないんだけど、僕の中には違う神の力も取り込んであるから神に近い存在ではあるのかもしれないよ」
「普通の人は命を奪ったり与えたりって発想にはならないと思うんですよね。失った命を再び与えるなんて無理だと思うのが普通だと思うし、私達はそれがわかっているから命は大切なモノだと理解しているんですよ」
「僕も君達人間と長い時間を一緒に過ごしたことがあるんでわかるんだけど、僕の力じゃどうにもならない命もあるんだよね。それを取り戻すことが僕の目的であって、その答えかもしれない事の一つが神を倒すことだったんだよ」
「その目的って世界征服とかですか?」
「いや、それはいつでも出来そうだから目的にもならないと思うよ。僕にはその昔大切に思う女性がいたんだけど、いくら努力しても仲間の力を借りてもその女性を生き返らせることは出来なかったんだ。命だけは呼び戻すことが出来たんだけど、その魂までは完全に戻すことが出来なかったんだよね。それを完ぺきにするのが僕の目的であり最終目標なんだよね」
「それって、ルシファー様も命の重さを感じているって事じゃないですか」
「それはそうさ、僕だって命を奪うだけで満足しているわけじゃないからね。今頃は僕の仲間が命を与えてくれているはずだよ」
僕が直接命を与え直しても問題はなかったのかもしれないけれど、それをしてしまうと僕の中に余計な負担が出来てしまうような気がしていた。本来なら抱え込まなくてもいいようなものはなるべく背負いたくないのだし、リンネが僕の代わりに何とかしてくれているはずだ。
そう思っていると、遠くの方からいつもよりゆっくりとした速さでふらふらと近づいてくるリンネの姿が見えた。そうとう疲れているのが遠くから見てもわかるくらい動きが鈍く重かった。
「ちょっと、あんなにたくさんだなんて聞いてないわよ。お陰でここまで自力でこなきゃいけなくなっちゃったじゃない。って、あんた一人じゃなかったのね。どこかで見たことあるような気がするけど、それはどうでもいいわ。ねえ、殺すにしてもせめて半分は残しておきなさいよ。残った一人も別にリーダーじゃなかったみたいだし、あんた一人だったら壊すことしか出来ないのかしらね」
「ごめんごめん、ちょっとこの子と約束しててさ、その時間に間に合わせるためだったんだから仕方ないでしょ」
「約束したんだったら仕方ないけど、次からはあんたもあんたも余裕のある時間設定にしなさいよね。あんたはまだスマートに殺しているからいいものの、アレがグチャグチャになっていたとしたら、あんたの命を貰っていたかもしれないのよ。他人ごとみたいに聞いてるけど、わかっているの?」
「ちょっと待ってください。私は時間まで決めてないです。それに、ルシファー様だって知らなかったからこうなるとは思ってもみなかったんです」
「ん、言われてみればそうかもしれないわね。またあんたが勝手に決めてやったのね。少しは自分の影響力とかも考えて行動しなさいよ。神が消えた今、この世界の神はあんただって自覚して行動しなさいよ」
「そんなにピリピリしなくてもいいだろ。妖精王だってそのうち見つかると思うし、きっといいことあると思うからさ」
「それなんだけど、あんたが神と戦っていた時の様子を見て気付いたんだ。あの時の神って妖精王の姿だったんじゃないかってね。全部が全部ってわけじゃなくて、他にも色々な方の体を使ってあの姿を構成していたんじゃないかなって思ってさ。何となく面影があるかなって思ったのも最近なんだけど、神がこの世界に降臨するのに妖精王とかその他モノの力を使っても足りないって凄い事よね。アマツミカボシを呼ぶのに世界がいくつか犠牲になっているんだけど、それをはるかにしのぐ犠牲が必要って事かもしれないよね。この世界のすべてを創ったって考えたら、世界を犠牲にしても足りないってのはわかってたことだけどさ。妖精王の力を全て使っても届かないって、ちょっと異次元過ぎるよね」
「その話が本当だとして、妖精王を探す旅に出なくても良いって事なんだね」
「ちょっと嬉しそうなのが癪に障るけど、そうもいかないわよ。次は私が妖精王になれるようにしてちょうだい。妖精王がいないとしたら、私が妖精王になればいいだけの話だもんね。コンゴトモヨロシク」
「あの、そんな大事な話を私が聞いていていいんですか?」
「大丈夫よ。あんたがこいつと会っていた時の記憶を改竄して新しい記憶を作るからね。こいつは世界を創りかえることが出来るんだからそれくらいなら出来るでしょ。そうだ、最後に名前を聞いておかないとね。私の名前はリンネなんだけど、あなたのお名前はなんていうのかしら?」
「私の名前はアリスです。私達はお兄さんに敵対することはないです。それは昔からずっとそうだし、これから先もずっとずっと」
僕はアリスの記憶を変えようとしたのだけれど、記憶だけを変える方法がわからなかった。結局は命を奪って与え直すときに記憶を変えたのだけれど、その時に触れた命の中に微かなエリスの力を感じていた。それをリンネに伝えると、ただ一言だけ「知ってるよ」と僕に告げた。
今まで僕が触れ合ってきて行動を共にしたアリスはエリスの力を受けた存在だったのだろうか。それとなくエリスに確認してみたところ、エリスは僕に微笑むだけで何も答えてはくれなかった。
サクラを呼び戻す方法もわからないけれど、僕が創った世界にはそのヒントすらないように思えてこれからどうすればいいのかわからない。きっと、その答えはいつまでも出ることが無いのだろうけれど。





