最終決戦
神との戦いにおいて重要な事は何か。それは、生き残る事だ。今までは何度でもやり直すことが容易に出来ていたのだけれど、この戦いだけはリンネの力が及ばないらしい。リンネの唯一のとりえであり最大の強みが使えないという事は今まで以上に慎重に戦う必要があるという事だろう。それなりに自信はあったのだけれど、一発勝負となると余計に緊張してしまう。失敗出来ないという事が余計なプレッシャーを生み出してしまってはいるのだけれど、心のどこかでそんな状況を楽しんでいる僕がいるのも事実だった。
何もない荒野のど真ん中に僕が探していた神は存在した。豪華な装飾が施された神殿でもなく巨大な樹木に囲まれた神聖な空間でもなく、何もない吹きさらしの荒野に神はいた。何もない空間ではあるのだけれど、僕はその森厳たる佇まいに圧倒されていた。
何をするでもなく立っているだけで眉一つ動かさないその姿に圧倒されているのだけれど、それと同時に抑圧されていたものが一気に湧き上がってきてるのも感じていた。ゆっくりと近づいているのだけれど、神は僕に気付いていないのか全く僕を見ようとしなかった。目の前まで移動した時も一切反応が無かったのだ。
「今であれば我に対する無礼の数々をお前の成長を持って是認する。しかし、尚も我に反逆を企てるのであれば、容赦はせぬ。さあ、我が息子ルシフェルよ、お前の行動を持って答えを示すのだ」
僕は少しだけ距離をとって十三個の結界を展開した。どのような攻撃が来るのかわからなかったので色々な種類の結界を展開しているので、相性によっては結界のいくつかが防御の意味をなさないのかもしれない。それでも、僕が死ぬ確率は低くなっているはずだ。
「愚かなり。あくまでも我に反逆するのだな。よろしい、その身をもって思い知るがよい」
そう言い終わると同時に僕に向けて神の手から全てを貫くような雷光が発せられた。その光は僕の結界を通り抜けていったのだが、四個目の結界に到達したと同時に消滅してしまっていた。神の魔法は僕に届くことなく結界の前に散ってしまった。
その後も炎や氷、水や風といった様々な魔法が僕の結界の前に無残にも散っていった。もしかしたら、このまま結界が無くても勝てるのではないだろうかと思えるくらいに神の攻撃は弱弱しく感じてしまったのだった。
「なぜだ、なぜ我の魔法が悉く弾かれるのだ。お前の方が我よりも力が上というのか。そのような事はあってはならぬ。そもそも、なぜお前は我の前で自由に行動しているのだ。我の呪縛から解き放たれたとでもいうのか。そのような事はあってはならぬ。決してあってはならぬのだ」
その後も神の攻撃は続いていたのだけれど、僕が当初心配していたような事態にはならず、逆に全く想像もしていなかった状況になっていた。これほどまで力の差が出ているには理由がいくつかあるのだった。
一番大きな理由は、今いるこの世界が僕にとって都合がよく協力的なのだが、神にとっては不都合なことが多く全く持って協力的ではないのだ。そのように出来たのは神の協力もあったからこそなのだが、神自身もその事には考えが及んでいない様子だった。ここは僕が創りかえた世界のなのだけれど、神がそれに気付かなかったのも理由があった。それは、神の手によって創りだされた世界は“僕にとって都合の良い世界”だったからだ。今まで何度も起きていた僕にとって都合の良すぎる展開は相手がこの世界を創りだした神自身だったとしても有効だったのだ。そもそも、深淵の世界を創りかえることが出来たのも僕の中にあった神の力と意思を切り離すことが出来たのも、この世界が“僕にとって都合が良い世界”だったからだろう。それが無ければ今も僕の中に神の一部が鎮座していただろうし、今のように反旗を翻す事も無かっただろう。神がどういうつもりで僕をこの世界に創りだしたのかは聞いてみないとわからなけれど、ここまで僕に都合が良く話が進むのは少しだけ都合が良すぎるように思えてならない。
「なぜ我の力に抗うことが出来ているのだ。お前の中にある我の呪縛はどこに行ったのだ」
「それなら深淵の世界に放置していますよ」
「そのような事があるわけなかろう。なぜお前が我の力を切り離すことが出来るというのだ。それが真実だとして、なぜその事に我が気付いていないというのだ。おかしいではないか」
「そう言われましてもね。深淵の世界だって僕が創りかえることが出来た世界ですし、今いるこの世界だってあなたの力を抑えることが出来るように変えているんですよ。神であるあなたも気付かなかったようですけどね」
「そんな“都合の良い事”が起こるはずがないだろう。大体、お前ごときが生みの親である我を超えるなどありえないのだ」
「本来ならそうなんでしょうけれど、僕にとって“都合の良い事”が起きるようにこの世界は出来ているんです。それは僕よりもあなたの方が詳しく知っているんではないでしょうか?」
「確かに、お前にとって“都合の良い世界”ではあるのだが、我が相手だとしてもそうなるのはおかしいではないか」
「そう言われましてもね。僕も驚いてはいるんですよ。こんなにうまくいくなんて思ってもみなかったですからね。今のこの状況は俺が考えていた事よりも出来すぎているんです。上手くいきすぎて怖いくらいですから。今の状況もあなたの思い通りの展開であって、俺が止めを刺そうとした瞬間に大逆転されてしまうんではないかと考えてしまっているくらいです。そんな事は無いんでしょうけどね。申し訳ないですが、そろそろこちらから攻撃させていただきますね。安心してください、なるべく多くの苦痛を与えるようにいたしますから。でもね、僕のサクラを完全な状態で蘇らせる手伝いをしていただけるんでしたら、苦痛は与えないようにいたしますよ」
「ふはは、お前は何か大きな勘違いをしているようだ。我を討とうともサクラは戻らぬ。お前が探しているサクラは我が生み出した子ではないのでな。我を討ったところでサクラはお前のもとには戻る事も無い。戻す方法も我は知らぬ」
「今まで過ごしてきて見てきた世界は全部あなたが創ったものなんじゃないのか?」
「そうだ、それは間違いない。ただ、我が創っていないモノもいくつか紛れ込んでいるのも事実である。その一つがサクラであるのだが、他のモノはお前には教える必要のない事だ」
「それが本当だとして、サクラが僕と出会ったのはどんな理由があったって言うんだ」
「それはひとえにお前の成長を願っての事よ。我の作り出した人間との触れ合いではどんなに長い時間を過ごそうともそれなりの成長しか得ることが出来ぬ。しかし、我ではない別のモノが創りだしたサクラとの触れ合いでは時間をかけなくても多くの経験を積んで成長を遂げることになったであろう。時間だけで言えばサクラ以上に長く付き合っていた者もいただろうが、それでもお前がサクラに拘ったのは、“自分とは違う何か”をサクラの中に感じていたからではないか。それによって得たものの積み重ねが今の状況を生み出しているという事だ」
「じゃあ、あんたを倒してもサクラは戻らないってことなのか?」
「そうだ。我を討ってもお前の願いは叶わぬ。そして、我を討たなかったとしても同じことよ」
「そんな事があってたまるかよ。どうせ助かりたい気持ちで嘘をついているんだ。俺がお前の言っている事を嘘だって証明してやるよ」
結界を全て解いた僕は一心不乱に攻撃を繰り返した。時に魔法を撃ち、時には徒手空拳で、それでも神は倒れることはなかった。僕の攻撃はほとんど空を切っていたのだった。
「哀れなり。我が息子ルシフェルよ。我の攻撃が効かぬように、お前の攻撃も我には届かぬのだ。何度繰り返してもその事実は変わりはしない。それはお前が強くなっていたとしても変わらぬことよ。さあ、その行いを悔い改め我のもとに来るのだ」
「今更そんなことが出来るかよ。それに、俺はルシフェルではなくルシファーだ」
「愚かな。我の与えた名を捨て堕ちていったか。もはや貴様にかける情けは無い。地獄の底へ落ちていくのだ」
神が呼び出した七十二体の影は少しずつ変化していって、その姿は以前の僕の姿と瓜二つになっていた。どこかで見たことがあると思っていると、深淵の世界で切り離した僕の中にいた姿にそっくりだった。
「今の貴様の攻撃をもってすればこいつらに触れるだけでも命を奪うことが出来よう。そして、こいつらをその身に取り込むのだ。再び我のもとに帰る為の準備を始めよう」
「こいつらは動きも遅いしアンタだけを狙って攻撃だってできるさ。触れなきゃいいってだけなら簡単な話だよ」
「こいつらは貴様の中にいたモノとは少しだけ性格が異なっているのだ。貴様の中にいたモノはなるべく気付かれないようにと動きを制限していたのだが、今回は貴様に気付かれてもいいのだから動くことが出来るぞ。それも、我を攻撃から守る動きを行うことが出来るのだ。貴様もこいつらを取り込んで我の盾となるのだ」
七十二体の影は僕を襲うそぶりはなく神を護っているようだった。動きは無いのだけれど、その眼は僕をじっと捉えて離れることはなかった。影に触れずに神だけを攻撃するような方法があるのだろうか。それも自分から攻撃に当たりに来るような相手をかわす必要があるのだ。そんな事が可能なのだろうか?
『やろうと思えばできると思うけど、お前は本当にそれでいいのか?』
もちろん、サクラが戻らないってのが嘘かもしれないから倒すことに意味はある。
『聞くまでも無い事だったな。ヒントだけやるよ。多重結界はもっと使い道があるぜ』
多重結界を使うのだとして、あの影が多重結界に触れて死ぬことはないのだろうか?
それで死んだとしたら僕の中に取り込んでしまうのだろうか?
疑問は多くあるけれど、今は神を倒すことに集中した方がいいだろう。弱点がどこかわからないし、そもそも攻撃が当たらないのでは意味がない。どうすれば神に対して一撃でも入れることが出来るのだろうか。
『いいか、神の姿をよく観察するんだ。一番魔力が溜まっている場所を探し出すんだ。それをやるだけの能力がお前にはあるはずだ』
僕は集中力を今までに無いくらい高めることが出来た。影を視界に入れず、神の体の中で一番魔力の高い場所を探す。それは心臓でも脳でもなく、喉の位置にあった。しかし、それを狙い撃つにはあまりにも的が小さく、影も密集していた。
これではどうすることも出来ないと思っていたのだけれど、多重結界の出入り口を喉の部分に充てることで、他のナニモノにも邪魔をされない一本道が出来上がった。一本道が出来上がったのは良い事ではあったのだけれど、肝心の攻撃手段が僕にはなかった。魔法を使ったとしてもそれに反応して影は動いてくるだろうし、弓矢なども持ち合わせてはいなかった。僕の持っている武器といえば大鎌なのだが、このように大きなものを投げたとしても神の前に届く前に影を切り刻んでしまうだろう。そうなってしまっては意味がなさそうだ。どうすればいいか悩んだ結果、僕は大鎌に変わる新しい武器を作る事にした。
僕が創りだした新しい武器は、大鎌の刃先を使った小さなナイフだ。このナイフは小さいながらも威力は高く、大鎌と同じだけの力を持っている素晴らしい武器になっている。それだけではなく、刺さっている相手の魔力を奪うという追加効果も備わっているのだ。
僕はこのナイフに全てを託して、ナイフを持っている腕を全力で振り抜いて投げたのだった。





