与えて奪う事
命の重さは平等だとは思っていなかったけれど、神の命は僕が思っていた以上に軽いものだった。命を与えて奪うという行為にどれほどの意味があったのかはわかっていなかったけれど、奪うために与えるという事がどれほど非道な行いなのかは理解しているつもりではあった。一応は両社が合意している事ではあったのだけれど、第三者が聞いたら非難されることは仕方ないと思う。
何事にも代償は必要になってくるのだけれど、アマツミカボシに命を与える際の代償はほんのわずかな酒と米だけだった。ほんのわずかな供え物だとしてもそれが無数に存在しているのだから総量的に考えると途方もない量になっているのだという。今のアマツミカボシにどれだけの求心力があるのかは知らないし知る方法も無いのだけれど、今でもこことは他の世界で祀られているらしいのだがそれはこことは関係ない話だろう。
アマツミカボシに命を与えて奪うだけの簡単な話だとは思っていたのだけれど、それほど単純な話ではなかった。しょせん僕程度の天使が与えることのできる命は人間ですら完全によみがえらせることが出来るか怪しいものだったりするので、天使や悪魔でも成功する事は稀であり、神様に命を与える事なんて無謀な挑戦でしかないのだ。それでも神様であるアマツミカボシに命を与えることが出来たのは僕以外の力によるところが大きい。
他の天使や悪魔にも信者はいたりするのでその想いが大きければ大きいほど世界に留まろうとする力は強く高いものになる。すなわち、与えた命が定着しやすくなって成功確率が上がるというものなのだ。しかし、定着する確率が高いだけで完全な状態で命が与えられているわけではなかったりするのだ。今回のアマツミカボシは命を与えることは簡単に出来たのだけれど、本来の力を考えると今目の前にいるアマツミカボシの力は極一部と言っても足りないくらい弱弱しいものである。先ほどまで目の前に存在していたアマツミカボシの方が恐ろしさも力強さも格段に上だった。それでも僕はアマツミカボシに命を与えてその命を奪う事を繰り返すだけだった。
「不完全な状態とはいえ君が神である俺の命を奪っている事は紛れもない事実なわけで、君は所謂“神殺し”であって、自分を作った神に反旗を翻しているわけなのだが、その点は何か思うところはあるのかな?」
「神殺しについては正直に言って自覚はありません。結果的には神を殺している事になると思うのですが、それについては手応えも何もないので実感できないです」
「それはそうだろうね。君が呼び出したのは俺の一部でしかないし、それに命を与えて奪ったとしても俺の力に何の影響もない程度でしかないのだからな。それでも、命を奪っては与えてまた奪う、そんな事を繰り返され続ければ俺でも力は弱くなってしまうさ。君は殺した相手の力を持っていく事があるみたいだし、これを何度も繰り返すことによって君がどうにかしたい神に近付くことが出来るかもしれないよ。物理的に近づくことも出来るかもしれないけれど、まずは同じ場所に立てるための努力が必要になるだろうね。じゃあ、これからも君は強くなっていくために俺を殺し続けることになるんだ。それしか今の君が今より強くなる方法なんて無いのだからね」
僕はその後も幾度となく命を与えては奪うといった理不尽極まりない行為を繰り返していた。命を与えることも奪う事もほとんど同時に行えるようになってくると他の事も出来る余裕が生まれていた。ふと思い立ってアマツミカボシに二つの命を与えてみたのだけれど、それは何の効果も無い無駄な事だった。二つがダメなら四つ八つと命を与えてみたものの、それでも何も変化は無いように思えたのだけれど、途中で挟む休憩中にアマツミカボシから意外な言葉を聞くことになった。
「君は俺に同時に何個か命を与えてくれたみたいではあるけれど、それは今後も続けた方がいいね。君が俺に命をたくさん与えてくれることによってわずかではあるけれど、本来の力の一辺が見えてきているように思えるよ。それに、一つの命を奪う事を二回繰り返すよりも一度で二つの命を奪う方が効率もいいのではないかな。ただね、君の力量を見誤って俺に命を与え過ぎないように気を付けてね。君は確かに強いけれど、まだまだ神の領域に足を踏み入れるのは時期尚早だと理解するのだよ。さあ、君の為にも俺の為にもどんどんと続けていこう。俺の力を全て手に入れるまでまだ時間はかかるかもしれないけれど、君は人間じゃないんだし寿命が尽きる事も無いだろうから大丈夫。その後で新しい世界を創って俺みたいに呼び出してやればいいさ。君が一番会いたい相手が誰なのか理解できたらだけどさ」
僕は数えきれないくらいたくさんの命を奪っている。それはアマツミカボシの命を全て頂くまで終わる事は無いのだろう。何度も繰り返しているとただの作業になっているようにしか思えなかった。それでも僕は少しずつではあったけれど確実に強くなっている実感はあった。自分でも過去にないくらい強くなれていると思った時に、アマツミカボシが本来いる場所がどこなのか何となくわかった気がした。そこに行ってみようかとも思ってみたけれど、今の僕とアマツミカボシの本当の力には大きな隔たりがあるような予感がしていた。それを感じることが出来るようになったことも僕が強くなれた証なのではないだろうかと思う事にした。
「君が俺より強くなるにはここまで繰り返し与えては奪ってきたことを一つの単位としてそれを六万回繰り返したとしても足りないだろう。ここで一つ提案なのだが、君が創ったこの世界を一度なかったことにして、もう一度俺を呼び出してみてはどうだろうか?」
「それに何か意味でもあるのですか?」
「確かなことは言えないけれど、前の君より今の君の方が確実に強くなっているんだから創れる世界の規模も変わるのではないかな。これは俺の憶測でしかないのだけれど、きっと君なら大丈夫だと思うよ」
僕はアマツミカボシから出された提案が成功するのだと確信があった。根拠のない自信ではあったけれど、僕にはそれが成功する予感しかなかったのだ。
実際に試してみるとアマツミカボシの思っていた以上の成果があったみたいだった。今まで感じていたアマツミカボシの力よりも大きな力を呼び出すことが出来ていたのだが、僕にはそれほど圧迫感は受けなかった。僕の力が強くなったからなのかアマツミカボシという神の存在に慣れただけなのかはわからないが、僕に時々話しかけてきていたあの女の態度が変化している事は明確だった。
「ルシフェルさん、アマツミカボシに心血を注ぐのもいいのですけど、他の世界の事もちゃんと考えてくださいね。その世界以外にも色々と世界を見ていた方がいいですよ。一つの事に集中しすぎて周りを見失う事ってよくある失敗の要因ですからね」





