創られた世界
始まりは四人の青年が何らかの意思によってこの世界に転生させられたことだった。文明も無いこの世界は各地で小さないざこざが発生しており戦いの火がそこかしこで燻り続けていた。それぞれの思いはあったのだろうが、共通して言えることは“この世界を平和に導きたい”という事だったのだ。
世界を平和に導くことにとって一番重要な事は争いの無い世界だとは思うのだけれど、四人の中にはそれについて意見が異なっていたのだ。皮肉な事ではあるけれど、争いの無い世界を創りたいもの同士が自分たちの意見で争い合っていたのだった。
最終的に意見はまとまることはなく、この世界を四つに増やしてそれぞれが思い描く理想の世界を創る事になった。
あるものは文明を発展させていき自分たちがいた世界を模倣しようとしていたのだが、文明が発展しすぎていくと強固な武力を誇る勢力が誕生して結局は争いに発展してしまう事が多くあり、そのたびに世界を再構築して初めからやり直していたのだ。
また、あるものは文明に頼らずに自然と共存する世界を構築していこうと考えていたのだが、自然の中にも文明が誕生して小さいながらも部族間の衝突は避けられなくなってしまった。その中で勝ち残った部族は他の部族を奴隷のように扱い、それに抗う者が後を絶たず、結局は自然の中でも人間同士の争いが産まれることになっていった。
そのような失敗を何度も繰り返し、そのたびに新しい世界を構築していった結果、この世界には似たような世界が無数に誕生していた。その世界の多くは発展しすぎた人類が戦争を繰り返して荒廃し、とても生物が住めるようなものではなかったのだけれど、多くの鉱物資源が残されていたので利用価値は大きかった。
四人の青年は多くの失敗から得た知識をもとに新しい世界を創りだす事にしたのだ。その世界はある程度の文明を与えてそれなりの規模で街を発展させる事にした。しかし、そのままではまた争いによって世界が終わる事の無いように抑止力としてその世界の誰よりも強い人間を誕生させる事にした。それが転生者と呼ばれる者達である。
転生者はこの世界の住人よりも優れた知識は技術を持っている事が多く、その多くが圧倒的な戦闘力を誇っていた。最初期のごく短い期間は四人の青年の思惑通りに物事は進んでいっていたのだけれど、転生者の中にも能力の強弱はあり、その差が大きくなればなるほど世界を自分のものにしようとする者が現れたりもしていた。
それを住人と転生者の力で解決しようとしたときに生み出された概念が“魔王”と呼ばれる力を持った転生者だ。魔王の中にも圧倒的な戦闘力を誇るものがいるのは当然で、そのようなモノは幾人の転生者が束になってかかっても太刀打ちすることは出来ず、このままでは魔王が世界を牛耳る事になるのだが、四人の青年はそれを解決するために魔王よりも圧倒的な力を誇るものの人間には友好的な人間には敵対しない“天使”を世界に誕生させた。
天使は基本的には住人の安全を守る役割を全うしているのだが、中には自ら行動し進んで魔王と対峙するものもあらわれていた。自由意志を持っている天使は同時並行的に存在している世界間も自由に行き来して各地の争いを平定していったりもしたのだけれど、四人の青年が生み出した天使は成長することが無かったので徐々に力を付けていく魔王に対して対抗できなくなることもしばしば見受けられた。
より強い天使を生み出してはそれよりも強い魔王が誕生していくという、住人にとって恐ろしい世界がいくつも生み出されてはいたものの、町に住む住人は天使の保護下にいる間は比較的安定した暮らしを送れていた。そこで欲を出して町を外に発展させようとしている者もいたのだけれど、欲深いものは魔王の配下によって攫われてしまい魔王の力の礎となっていった。
このようないたちごっこがいつまでも続くことは四人の青年の望みではなく、今以上に安定して平和な世界を築くことが最大の望みだった。そのために必要なモノは、魔王そのものがこの世界から消えてなくなり転生者という抑止力によって無駄な争いの無い平和な世界を創れるもの。つまり、魔王と同じように成長する事の出来る天使の存在が必要だった。
成長する天使はある程度のレベルまでは安定して作ることが出来たのだけれど、魔王と違い天使の成長には限界が生じていた。ゼロから四人が創りだした天使たちはある程度の成長を遂げるとそれ以上の力に体が耐えられなくなって崩壊してしまう事が多くあった。天使によってどれくらい成長できるかの個人差はあったのだけれど、時々生まれる圧倒的な力を持ったまま限界を迎えた天使たち。“大天使”と呼ばれる彼ら彼女らはどの魔王よりも圧倒的な力で世界を平和に導いていた。
そんなときにどこからかやって来たのが“悪魔”と呼ばれる異世界の住人だった。悪魔は言葉巧みに住人をたぶらかし、中には天使を堕落させてしまう者もいた。その中でもとりわけ危険な存在として見られていた悪魔はその名をサタンと言い、人間だけではなく多くの天使や大天使を自分の軍勢に引き入れていた。
サタンを討伐するために結成された大天使の軍団はサタンに対して有効な戦法をとることは出来ずに苦戦を続けていたのだけれど、大天使が死んでしまったとしても即座に青年たちが新たな世界で大天使を誕生させては戦いに送り込むことによって一定の戦果はあげることが出来ていた。
戦いに転機が訪れたのは全く予期しない事だった。大天使の中でも潜在能力の高さは誰もが認めているものの戦う力を持たない大天使がいた。彼は戦場に繰り出していても戦うことはなく、その戦況をただ見守っているだけで何もしない。ただ見守っているだけの存在だった彼がサタンに目を付けられてその体をサタンに乗っ取られてしまった。
結果的に彼はサタンをその体に抑え込むだけの力があったので、その体はサタンに支配される事も無く逆にサタンの力をその身に宿すことが出来ていた。しかし、彼はその力をもってしても戦う事に興味を見いだせず。ただ強いだけの存在として世界各地に君臨する事となった。
悪魔はその後も何度か現れては大天使によって討伐されていたのだけれど、いつからか悪魔がこの世界に現れる事も無くなり、代わりに魔王が多く誕生していた。魔王程度であれば大天使の手を煩わせる事も無いと考えた青年たちは、サタンを吸収している彼と転生者を利用して新たな計画を立てる事にした。
イレギュラーな事態が発生しても対処できるようにそれなりに力を持ちつつ、人間のようにどこまでも成長するような存在。そんな存在を世に生み出してこの世界を完全な平和に導く、天使と悪魔と人間の良いところを取りまとめた存在として生み出されたのが“ルシフェル”である。
ルシフェルは青年たちの期待に応えて魔王や時々現れる悪魔を討伐してその力を伸ばしていたのだけれど、その事によって彼の中に眠るサタンの力と意思も育ててしまっている事になっているとは本人ですら思っていなかった。
多くの平行世界に点在していた悪魔を全て討伐した時にルシフェルの力は四人も予期していなかったような次元に到達していた。天使や悪魔が決して立ち入る事の出来ない青年が住む世界にルシフェルは何の前触れもなくやってきて、四人の青年のうち二人を殺害して元の世界へと戻って行った。残された二人は再びルシフェルがやってくることに恐怖を覚えており、それを防ぐためにもルシフェルの力を奪ってサタンの力を奥深くに封印する事にした。ルシフェルの力を奪う事もサタンの力を封じることも何の苦労もなく行うことが出来たのだけれど、サタンの力が再び目覚めることが無いように監視をする事が必要だったのだ。その方法として生み出されたのが。ルシフェルが死ぬたびにこの世界に呼び戻して力を奪ってから新たに力を与える事だった。
ルシフェルに新しく与えた力が正しく有効に使えるようにルシフェルが訪れる世界は厳選されていた。その結果、ルシフェルに都合の良い世界でなるべく心にストレスを与える事も無くサタンの意思に惑わされないような世界を与えるはずだったのだ。しかし、何者かの手によってルシフェルの心に大きな喪失感を与える事になるサクラが生み出されていた。サクラは青年の力で生み出されたわけでも青年が呼び出したわけでもないのでルシフェルの望むサクラを蘇らせることは出来ず、その事がルシフェルに小さいながらも猜疑心を植え付けることになってしまうのだった。
残された青年のうち一人は全く違う世界を一から作る事にしてサクラを探す事にしたのだけれど、その道は決して平坦ではなく険しく長い道であり、疲労困憊で意識朦朧としていたところを新しく生まれた悪魔によって命を奪われることになった。天使も悪魔もやってくることのできない世界での出来事である。
青年一人では強大な力を有するルシフェルの事を抑えることは不可能なことは明白で、ルシフェルが青年の世界にやってくるたびに青年を攻撃する事を禁じる呪いをかけることにしたのだ。その効果は絶大なモノだったのだけれど、ルシフェルは自身の中から生み出したサタンの力を再び取り入れることによってその呪いを事実上解いてしまったのだ。
僕はその話を聞いてみた思ったのだけれど、この青年を殺したとして本当にサクラが蘇るのだろうか。それはわからないけれど、試してみる価値はあるのかもしれない。その思いとは別に思い止まろうとする気持ちも拭えなかった。
しかし、僕の手は青年の方にしっかりと向けられていたまま動くことはなかった。