妖精と僕
一番大きな変化は羽の色だった。白であったり漆黒であったりと見た目の変化もあったし、なぜか一枚だけ羽が増えていた事も大きな変化だった。片側だけ一枚増えた事でバランスが悪くなるのかと思っていたけれど、羽が増えている事を指摘されるまで僕自身が気付いていなかった事でもわからうように違和感は全くなかった。いまだに自由に空を飛んだりできていないせいかもしれないけれど、特に不便な事は無いと感じている。
他の天使や悪魔たちがその羽の数や大きさである程度の強さをはかっているらしいのだけれど、僕の今までの経験則にはなってしまうのだが、相手の羽の数などで相手の強さが違うといった事も感じてはいない。圧倒的に強いと言われている悪魔も苦戦どころか一日に何体でも戦えそうな感じを受けていた。もしかしたら、僕が圧倒的に強くなってしまったのかもしれないけれど、魔王も天使も悪魔もそれほどの違いがあるようには思えなくなっていた。これから戦うであろう神もその程度でしかないと考えると嬉しいのか悲しいのかわからなくなってしまう。昔はそれほど戦闘は好きではなかったと思うのだけれど、最近は普通に散歩をしている感覚で戦っているところもあるので苦痛に感じることはないのかもしれない。
僕の中にいるはずのサタンはあれから出てくることはなくなってしまったけれど、僕の周りを簡単に握りつぶせそうな妖精が飛び回るようになっていた。その妖精は僕に話しかけてきたりはしないし、僕の質問にも答えようとはしない。ただ、僕の周りを飛びまわっているだけの存在だった。最初の頃は気になっていたけれど、一週間も経つと不思議と気にならなくなっていた。
気にならなくなっていたのだけれど、そうなってからは不定期によくわからない歌を歌うようになっていた。さすがに近くで歌を歌い続けられるのはストレスが溜まるもので、何度か握りつぶそうかと掴もうとしてみたのだけれど、僕の手の中にその妖精が収まることはなかった。
原因はわからないけれど、僕が背中から羽を出している時に妖精が歌うことはなかった。戦闘中には早くなれるという意味もあって、どんなに弱い敵でも羽を出して戦う事にしているのだけれど、その時には妖精が歌うことが無かった。戦いの邪魔をしたくないだけなのかと思って羽を出さずに戦ってみたこともあったけれど、その時は僕を鼓舞するような勇ましい歌を歌っていた。僕の声が聞こえていないだけで姿や行動は見られているのだとその時に確信したのだった。
戦闘中以外にも羽を出して暮らしていこうかとも考えてみたけれど、羽を出して生活することは意外と小さな不便が多くそれが積み重なると大きなストレスとなって僕に降りかかってきていた。町で買い物をするときも城で今後の計画を立てる時もそうなのだが、ほとんどの人は僕の羽に目を奪われてしまって会話が成り立たない事も多くあったりした。
僕がしばらく戦闘に関わっていなかった時期があったのだけれど、その間の妖精は大人しいもので僕の周りを飛びまわるのを止めてじっと見つめるだけになっていた。見られることは好きではなかったけれど、顔の周りを飛びまわられるよりは幾分マシに思えていた。
「ねえ、あんたって本当にあの神を殺すつもりなの?」
誰もいない僕の部屋からその声が聞こえてきたのは戦闘から離れて二年が経とうとしていた時だった。
「誰?」
僕が思わずそう声に出してしまったのだけれど、この部屋には僕と妖精しかいないのだ。妖精は今も僕の横に浮かんでじっと見つめてきているのだけれど、その声は妖精から発せられているのだった。
「ねえ、どうしてあなたは神を殺そうとしているのに二年以上も戦いから離れているの?」
「えっと、それは単純に僕が戦わなくちゃいけない相手がいないってだけなんだけど」
「神と戦えばいいじゃん」
「神と戦えって、君は僕の味方なの?」
「なんであたしがあんたの味方にならなくちゃいけないのよ。どう考えたって神の遣いだと思うでしょ」
「神の遣いって僕が戦ってきた天使とかじゃないの?」
「もう、質問ばっかりで面倒だわ。いい、私は神の遣いだけど天使とは違うの。天使は神が直接創り出したんだけど、あたしたちは妖精王の力によって生み出されたのよ。その妖精王はどこかに失踪してしまったんだけど、あたしの予想では神がそれに一枚絡んでいるような気がするのよね。だって、妖精王があたしを置いてどこかに行ってしまう事なんてありえないでしょ。あんたは妖精王の事知らないみたいだけど、そんな事はどうでもよくて、神をやっつけてくれればいいのよ。わかった?」
「いや、君に言われなくても戦うつもりだけど、どこに居るのか見当もつかないんだよね。そのヒントになればいいかなと思って天使狩りをしてみたんだけど、なぜか天使が補充されなくなってしまって困っているんだよ」
「あたしは神の契約によって縛られているんで神の居場所は答えられないけど、天使が出て来なくなったのは神と関係ないわよ。単純にこの世界に人間を外敵から護る必要が無くなっただけだもの。あんたが悪魔を全て狩りつくしてしまったことが原因ね。でもね、神の居場所は答えられないけれど、ヒントなら出してあげてたじゃない。私の歌をちゃんと理解してたの?」
「歌は理解してないって言うか、どこの言葉なのかもわかってなかったんだよね。最初に言ってくれればちゃんと理解しようとしたんだけどさ」
「なんなの、あたしが悪いって言いたいわけ?」
「いや、そうは言ってないんだけど。もう少し早く言ってくれてたら助かったなって思っただけだからさ」
「その言い方があたしのせいだって言ってんのよ。でも、仕方ないじゃない。あたしがあんたの行動を監視して敵対意志があるが確認してたのよ。悪魔も天使もいなくなったおかげであんたは戦いから一歩身を引いた形になって平和主義者みたいだったわよ。あたしもそのお陰でこうして普通に会話できるようになったんだけど、あんたはその辺どう思っているの?」
「どうって言われてもな。変にうるさいのが出てきてしまったとしか思えないよ」
「もう、いい、そんな言い方してると本当にヒントを出してあげないわよ」
「そう言わずに神のいる場所を教えてください」
「だから、神との契約で教えることは出来ないって言ってるでしょ。あんたはあたしの話を何も聞いていなかったのかな。もしかしてバカなのかしら?」
「バカではないと思うけど、先走ってしまったみたいです。ヒントをください、お願いします」
「これはあくまでもヒントであって答えではないんだけど、確実に神に会える方法だからね」
「ありがとうございます。今までずっと文献をあさったり色んな人に話を聞いてもヒントすら見つからなかったので助かります」
「じゃあ、一度死んで」
妖精の出したヒントは僕の思っていたのとは違ってただの罵倒だった。いきなり死んでと言われてもそんなに簡単に死ぬことは出来ない。何より、僕を殺すことは僕自身でも出来るとは思えないのだ。
「いきなり死ねと言われても困るんですけど。何か気に障るような事言いました?」
「そうじゃなくて、あんたが死なないとイケないのよ」
「死んだら全部終わりじゃないですか。僕が殺した悪魔も天使も生き返ったりはしてないんですよ。死んで全部終わりにしようってのがヒントなんですか?」
「違うわよ。あんたは死んでも大丈夫なのよ」
「なんでそんな事を言えるんですか?」
「だって、あんたは何回死んだって生き返ることが出来るのよ」
「どうしてそんな事を言えるんですか?」
「それは、あたしがあんたを何度も生き返らせてきたからよ」
「はい?」
「あんたは何も覚えていないかもしれないけれど、あたしはずっとあんたの事を監視してきたのよ。かつて神の半身と言われたあなたが神に背いた時、背いたというよりは神がそう感じたってのが正解なんでしょうけどね。その時からあんたは全ての力を奪われて位置から全てやり直してまた神の半身になれるように育てられていたのよ。今のあんたにそんな事を言ったって何も覚えてないんでしょうけどね。だから、あんたが死んでもやり直せるようにあたしがずっとついていたのよ」
僕はこの妖精の言っている事が少しも理解できなかった。理解は出来なかったのだけれど、過去にそのような事があったように思えていた。僕の記憶の片隅にそのような経験がある気がしてならない。
「だからね、安心して死んでちょうだい。そうすれば神に会えるんじゃないかしらね」
「何となくだけど、うっすらかもしれないけれど、君の言っている事が本当なんじゃないかって思えてきたよ。でもね、僕は死ねないんだ」
「どうして死ねないの?」
「だって、僕を殺せるような人はいないし、自分で自分を殺すことだって出来ないだろう」
「ああ、そう言う事ね。それなら簡単よ。その羽を使って太陽の中心を目指せば簡単に死ねるわよ」
「どの太陽でもいいわけ?」
「あんたはバカなのかしら。太陽と言ったら一つしかないでしょ」
「いや、空に今だけでも三個はあると思うけど」
「そんな人工的に作られた物じゃなくって、空のはるか上にある本物の太陽よ」
「月と同じくらいの位置にある方の太陽?」
「まあ、ここから見たらそう見えるかもしれないけど、実際は月よりももっと遠いのよ」
「そっか、ありがとう。最後に一つ質問してもいいかな?」
「神の居場所だったら答えられないわよ」
「そうじゃなくて、君の名前を教えてもらえないかな?」
「はあ、本当に何も覚えてないのね。いいわ、あたしの名前はリンネ。あんたが神を殺すまではよろしくね」





