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少年と僕

 少しだけ心が軽くなっているように思えたけれど、身体的には強くなっている実感は全くなかった。今までも十分強くなれていたのだから仕方ない事だとは思うけれど、ある程度の強さを手に入れた時から肉体的には成長もしなくなっているようだった。そのかわりなのかはわからないけれど、疲労もたまらなくなっているようになってきたし体が衰える事も無いような予感がしていた。


「神と戦える力を手に入れたようだけど、本当にそれで戦う事にしたのかな?」


 フードをかぶって顔を隠している少年が僕に話しかけてきた。その声に聞き覚えは無いのだけれど、どこか懐かしい感じを覚えた。こんな小さな少年に懐かしさを覚えるのは不思議に感じていたけれど、どこかで会っているような気がしてならない。もしかしたら、前世からの繋がりなのかもしれない。


「ルシフェルさんは覚えていないと思うけど、僕はルシフェルさんにお世話になったことがあるんだよね」

「そうだとしても僕にその覚えはないんだけど」

「その時は僕もルシフェルさんも今とは違う姿だったからね。本当はその時にお礼を言いたかったんだけど、今はその時の事も覚えていないようだからどうでもいいかもね。それにしても、その羽は良くないと思うよ。全然似合ってないよ」

「そうかな?」

「うん、僕はルシフェルさんだけが持っている光を強く増幅させるあの綺麗な羽が好きだったんだよ。そんなに闇に近い色になるなんて僕には耐えられないよ。今ならきっとやり直せるんだから僕と主の為にも一旦その命を捨てようか?」

「そんな理由で死ねるわけないじゃないか」

「そんな理由ってのは寂しい答えだな。僕だって今のルシフェルさんを見てるのは心が痛いよ。それに、僕の手でルシフェルさんを殺したくないんだけどね」

「君が誰かはわからないけれど、僕を殺すことなんて不可能じゃないかな?」

「それがね、ルシフェルさんは僕の力を防ぐことが出来ないから難しい事じゃないんだよね。逆に、ルシフェルさんの攻撃は僕に効果が無いんだけどね」

「そんなわけないだろ。正直に言わせてもらうけれど、どう見ても君より僕の方が強いと思うんだけど、そんな事があると思っているの?」

「当り前じゃないか。僕はルシフェルさんが今みたいに暴走した時の為に主によって生み出されたんだからね。生まれる前から僕はルシフェルさんの天敵なんだよ。それも、圧倒的かつ一方的にただひたすらルシフェルさんを攻撃することが出来る、いや、虐殺に近い事をする事が出来るんだよね」


 フードに隠れて目は見えないけれど、少しだけ見える口元は醜く歪んでいた。何がそこまで面白いのかわからないけれど、僕と戦う事に何の恐れも抱いていないのがハッキリとわかった。


「お互いに見た目は変わっちゃったけど、前みたいにちゃんと痛みを感じさせてあげるからね。ああ、主は僕にまた大きな罰を与えてくださるのだろうけれど、ルシフェルさんを止めたご褒美だと思えば全ての罰が甘美なるものになるのです。さあ、楽に殺したりはしないので安心してくださいね。前回みたいに長い時間をかけてゆっくりその体に痛みを刻んであげますからね」


 懐かしいと感じていたのは僕の勝手だったけれど、話を聞く限りでは過去に僕はこの少年の手によって殺されたことがあるみたいだ。殺されたのが過去の自分だとして、それの記憶を持っていない僕は殺された過去の自分とは違う他人なのじゃないかと思った。生まれ変わりという事があるのだとしても、その記憶を持っていないのだったら別人として生まれ変わっているのではないか。それがとても気になっていた。


「ちょっと質問なんだけど良いかな?」

「命乞いですか?」

「いや、僕が君に対して命乞いをする必要はないでしょ」

「ま、そうですよね。で、何なんですか?」

「僕は覚えていないんだけど、君は僕を殺したことがあるんだよね?」

「ええ、今までに三回ほど僕がルシフェルさんを殺しているみたいですよ」

「みたいですよってどういうこと?」

「我が主が仰ったことなので詳しくは覚えていないのですが、僕が過去にルシフェルさんを殺して正しき道に戻るように促したそうです。あ、主だけではなくメタトロンさんとミカエルさんも仰っていました」

「つまり、君も僕もその僕が殺された事を覚えていないってことだよね?」

「覚えていないとしても、主が仰ることが間違いだなんて思えません。メタトロンさんだってミカエルさんだって仰っているんだから間違いないです」

「間違いないって言われても、僕にはその人達が嘘をついているようにしか思えないんだけど」

「ちょっと、その発言はいくらルシフェルさんだって許しませんよ。と言いましても、これからルシフェルさんは死んじゃうんで問題ないですよね」

「どうやって僕を殺すつもりなのかな?」

「そうです、それです。見てくださいよ、主がこの武器を僕の為に作ってくださったんです。こんなに素晴らしい武器を今まで見た事なんてないでしょうからルシフェルさんは恐れおののいてください。いいですか、取り出しますよ」


 少年はその体の二倍はありそうな大鎌を取り出した。その大鎌は何となく見覚えがあるのだけれど、その刃には命を簡単に奪ってしまいそうな恐ろしさを感じてしまった。同時に懐かしさも感じていたのだけれど、どうしてかは思い出せなかった。


「美しいですよね。この独特の形も刃の鋭さも簡単に命を奪えそうですもんね。でもね、安心してください。この刃は見た目とは違って何も斬ることが出来ないんです。そこに生えている草ですら刈り取ることが出来ません。つまり、この刃は何も斬ることが出来ないんです。斬ることが出来ないんですから、ルシフェルさんのその体に傷をつけることも無いんですよ。どうですか、嬉しいですか?」

「嬉しくはないけど、本当にそんなに斬れないの?」

「ええ、僕の前にそれを使っていた方も斬ることが出来ないと仰っていました。メタトロンさんもミカエルさんも使えないと仰っていましたし、戦女神もいらないって言っていたみたいですよ。こんなに切れ味が悪いのってあっさりと終わる事も無いので長く楽しめると思うんですけどね。ルシフェルさんはあんまり早く逝っちゃダメですからね。僕の事をたくさんたくさん楽しませてくださいね」

「申し訳ないけど、それはお断りさせていただくよ」

「そうですよね。是非にでも抵抗してください。僕も一方的に攻撃するだけじゃ飽きちゃいますので適度に反撃を期待していますよ。ルシフェルさんにその気があるのでしたらね」


 少年がその大鎌を両手に持って構えると、僕はその動作を見ていたはずなのに気付いた時には大鎌の刃の内側に立たされていた。少年が構えてから一切動きはなかったように思えたのだけれど、気付いた時には大鎌の刃先が僕の首元に触れていた。


「どうですか、見えませんでしたか?」


 フードの奥から覗く瞳は鮮やかな緑色をしていた。春先に見られる新緑の様な力強さを感じさせるような鮮やかな緑色だった。


「僕はね、ルシフェルさんを殺す為だけに生み出されたんですよ。つまり、全てにおいてルシフェルさんの能力を上回っているのです。さあ、この程度で諦めたりしないで最後まで付き合ってくださいね」

「本当に凄いよ。今まで僕はそんなに戦いで絶望を覚えた事はなかったんだけど、今のはちょっと背筋が冷えたよ」

「ああ、ルシフェルさんが認めてくれました。主よ、僕は今この瞬間の為に生み出されたのですね。無抵抗なんて僕も楽しめませんので力の限り抵抗を続けて死んでくださいね」


 僕の攻撃は少年に一切当たることはなかった。僕の行動は全てが読まれているのだと思っていたけれど、確実に少年の行動を読んで仕掛けたカウンターですら当たることはなかった。もしかしたら、攻撃を読まれているのではなく僕の攻撃を確認してから避けているのではないだろうか。そう思わせるような行動が続いていた。


「いいですね、僕の攻撃は当たるけれどルシフェルさんの攻撃は僕に当たりませんね。もう気付いているかもしれませんが、僕はルシフェルさんの動きを見てから避けることが出来ているみたいです。実際に体験してみると凄い事ですよ。凄い事なんで途中でやめたりしないでくださいね。もう少ししたらルシフェルさんの攻撃が僕に当たるかもしれないですよ」


 そうは言われても僕の攻撃が少年に当たらないのだ。確実に捉えたと思ってもその攻撃は確実に攻撃を確認してから避けられていた。どうすれば僕は少年に攻撃を与えることが出来るのだろうか?

 本当に少年に攻撃が当たるのだろうか。こうも簡単に避けられてしまっては攻撃を繰り出すことも難しい。


『苦戦しているみたいですね。もし、よろしければ私のお力をお使いください』


 僕の中からサタンの声が聞こえてきた。

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