謁見
謁見の間へと通された僕はなぜか目隠しと手枷をされていた。これくらいなら簡単に壊せそうな気もしているけれど、特殊な素材か特別な術がかけられているようで思うように力を入れることが出来なかった。当然のように魔法なども使う事は出来なかった。
「さて、あなたは魔王のみならず天使や悪魔まで倒しているそうなんですが、どうしてたった一人でそのようなことが出来るのでしょうか?」
それは僕が強いからではないでしょうかと言いかけたけれど、僕が言葉を発しようとする前に他の人が僕の意見を代弁していた。
「天使様を倒しているのはいただけない話ではありますが、悪魔を倒しているのに何の非があるのでしょうか。私は思うのですが、悪魔を単独で倒していただけるなんて素晴らしい事ではありませんか。今まで誰一人として悪魔に対抗することが出来なかったのですが、こうしてたった一人でも悪魔を撃退している人がいるのです。これは英雄と呼んでも差し支えないと思うのですが、今の状況を見るとまるで犯罪者の様な扱いに思えてなりません。今すぐこの拘束を解いていただけることを希求いたします」
「それはなりません。その拘束を解いてしまったとして誰が皇帝陛下と法王猊下の安全を保障できるのでしょうか。残念ながら今の時点で対抗できるものはここにおりません。そうなれば拘束させていただくのは致し方ない事かと存じますが、騎士団長殿はその点をいかがお考えでしょうか」
「そうですな。私も、と言いますか、我が騎士団の総力を挙げても陛下を守り切る事は難しいと言いますか、不可能だと思います。ただ、そのような事態にはならないと思いますが」
「なぜそうお思いなのでしょうか?」
「まず、この拘束具の説明を最初から最後まで黙って聞いていてくれたことが一つ。我々を殺害することが目的だとしたら説明など聞かずに事をなしえる事も出来るはずです。それを行っていないのが理由ですね。もう一つは、彼の力は天使様とも悪魔とも違うと感じるからです。それよりももっと神に近い力を感じてしまうのです。私も神に触れたことがあるわけではないのですが、そう思ってしまったのであります」
「つまり、騎士団長殿はこの者が本気を出していれば拘束されること無く我々を殺害していたと言いたいのでしょうか?」
「それは少し違いますね。この方が本気を出さなくても簡単に我々を殺害することは出来ていると思いますよ。なにせ、ここに来るまでの短い時間の中で氷の女王を討伐しておりますからね」
騎士団長のその言葉を聞いて多くの人がざわついていた。聞こえてくる話を要約してみると、ここに来る前に倒していた悪魔はこの国にとって一番と言っていいほどの宿敵であるのだが、その姿を見たものが誰もいないという話だった。その姿を見る前に凍らされて死んでしまったり、姿を見てしまっても生きて帰れなかったりと散々な目に遭っているらしい。そして、氷の女王と呼ばれるだけの事はあって夏でも氷点下近くまで気温を下げることがあり、そのたびに農作物は全滅してしまっていたようだ。食料自体は雪の女王の支配が届かぬところから送られてくるので問題は無いのだが、国全体で見ると生産力が落ちてしまい他国との戦力差が開く要因にもなっていたらしい。
「氷の女王の死体を見たのか?」
「直接見たわけではありませんが、雪山の結界も解けると同時に大地を覆い隠していた氷も無くなっているのです。それが何よりの証拠ではありませんでしょうか?」
「そんなはずはないだろう」
いい加減目隠しだけでも外してもらいたいのだけれど、僕を無視して何人かが走っている音が聞こえていた。
「おお、何という事だ。あの山に緑が戻っているぞ」
「本当に氷の女王を倒したというのか、これはすぐにでも民に知らせなければ」
「待ってください、民はもうこの事実を知っていると思いますよ。自分の暮らしに直接かかわる変化ですし、喜ばない道理も無いでしょう」
「それにしても、めでたい事ですな」
喜んでもらえるのは嬉しい事ではあるのだが、本当に目隠しだけでも外していただきたい。目が合っただけで操ったり殺したりといった事は出来ないのだし、長い時間拘束されているとその気が無くても悪い事をしてしまおうかという気になってしまう。
「もうよい、その者の拘束を解け」
「ですが、陛下の身に万が一の事があれば我々も」
「余の言葉が聞こえないのか。もう一度だけ言う、その者の拘束を解け」
その言葉を合図に僕の拘束が解かれるとその場にいる全員の視線が僕に集中していたことに気付いた。そのほとんどが恐怖心を感じているような怯えた目をしていたが、何人かは僕の事を品定めするようにじっと見つめていた。その中でも一人だけ僕を見下すような目で見ている人がいた。座っている位置からしてもあの人が皇帝陛下なのだろう。
僕が右手を軽く動かしただけでも周りにいた人達は大きく反応してくれた。特に何をするわけでもないのだけれど、僕の行動一つ一つに大げさなリアクションが返ってきた。
「この度は氷の女王を討伐してくれたことに感謝の意を表明する。ところでだ、貴様はいったい何者なのだ?」
皇帝陛下のその言葉に周りにいる臣下たちも僕の答えを待っているようだ。何者と言われても答えるのが難しいけれど、転生者であることは間違いないだろう。目的を聞かれた場合に素直に答えた方がいいのか適当な理由を付けた方がいいのか判断に迷うところではあるけれど、ここは素直に答えることにしよう。
「えっと、私は転生者でして、ある目的のために強い相手と戦っているのです。その目的なんですが」
「やはりそうであったか、貴様は他の転生者と違って悪魔共とも戦えているみたいだが、それはなぜだ?」
「経験の差ですかね?」
「それは何なんでしょうね。転生者はこちらの方たちよりも成長する度合いが高いのかもしれませんね」
「それが本当なら転生者だけの軍を作れば世界を統一することも夢ではないな」
「陛下、恐れながら一言よろしいでしょうか?」
「なんだ、申してみよ」
「確かに、この者は非常に強力な力を持っているようですが、多くん天使を殺めているとの情報も入っております。神の遣いたる天使を殺めている者を信用してよろしいのでしょうか?」
「そうなのか、貴様、その話は真か?」
「天使って宿場とか町の入り口で待ち構えてるやつですよね?」
「その言い方はちょっと違うと思うのですが、おおむねそれで間違いないと思います」
「だったら倒したことありますよ」
僕のその発言を聞いてまた周りがざわついていた。皇帝陛下だけは口元に笑みを浮かべているように見えたのだが。
「陛下、このような者を信用してはなりません。神の遣いたる天使を侮辱した上に殺めているなど断じて許すまじき行為であります。それゆえこの場で死罪を申し付けるべきです」
「法王よ落ち着くのだ。天使は確かに町を護る役割を果たしているのだが、それはあくまでも襲い掛かってくるものから護っているだけにすぎぬ。それに、天使を殺したとしてもすぐに次が補充されていたではないか。法王である貴様も前の法王とは別の人間であることだし、固有の天使にこだわる必要があるのだろうか。何より、この者が天使と戦って成長したことにより氷の女王を討伐できたとは思わんかな?」
「それはもっともな話ではありますが、神の遣いたる天使を殺めるなど言語道断前代未聞であります」
「貴様の言いたいこともわかるが、一体の天使の犠牲でこの者が強くなったのならば何も問題などなかろう。貴様はどの程度までなら戦えると思っているのだ?」
「自分がどれくらい強いのかは正直に言って分かりませんが、氷の悪魔程度だったら何の問題も無く倒せると思いますよ。今回はちょっと楽な方法で戦ってしまったんですけど、望むなら別の方法で戦ったって問題ないとは思っています」
「そうか、貴様にとってあの程度の悪魔は問題にすらならないというわけか。よし、貴様は我が帝国内に置いて自由に活動してよいものとする。悪魔だろうが天使だろうが何なりと戦う事を止めはせん。もっとも、今の時点で貴様を止めることなど不可能ではあると思うのだがな」
「陛下、どうかお考え直しくださいませ。今の状況で天使を殺しているところを民が見たらどのように思うでしょうか、きっと良い感情はわかないと思います」
「ああ、その点なら問題ないと思いますよ」
「いったい何を根拠にそう申されるのですか?」
「今更天使と戦ったって得られる成果がほとんどないと思うんですよね。僕もある時までは天使と戦った後に成長を感じて居たりもしたんですけど、今は全くそう言う事も無くなってしまったんですよね。だから、普通の天使とは戦ったりしないと思います」
「ははは、法王よ、貴様はいらぬ心配をしているようだな。そうだ、大事な事を忘れていた、貴様の名は何と申す」
「僕の名前はルシフェルです」
僕が名前を言うと何度目かわからないざわめきが起こった。
「ほう、その名前は真か?」
「はい、昔からそうです」
「法王よ、どう思う?」
「陛下、私はどうやら思い違いをしていたようです。ルシフェル様に大変失礼な態度をとってしまい深謝いたします。どうか、その寛大なお心でお許しくださいませ」
「え、僕なら別に何とも思ってないので大丈夫ですよ」
僕が名前を告げるとそれまで緊張していた人達の態度も若干緩んだように思えた。
拘束されていた理由は何となく理解出来たけれど、名前を告げただけで周りの様子が一変したのはわけがわからなかった。そのままあてがわれた部屋へと案内してもらっている時に尋ねたのだが、僕の知らない情報を手に入れることが出来た。
「それにしても、ルシフェル様って嘘じゃないですよね?」
「嘘も何もその名前でずっと生きているんだけどね」
「そうなんですね。この国って言うか、この世界にはいくつかの神話が残っていまして、その一つにルシフェルという名前の大天使が人間世界に蔓延る悪を殲滅する話があるのですよ。神話のルシフェルもルシフェル様同様にとても強い方なんですよね」
「へえ、僕と同じ名前の天使がいるんだ」
「ただの天使じゃないですよ、何人かしかいない大天使のトップだって話なんですよね。そう言えば、一説によると大天使ルシフェルがその力を磨くために配下の天使と戦っていたって話もあるみたいなんですけど、ルシフェル様の行動に似てますよね」
案内をしてくれている男はそう言って笑っていたけれど、僕はソレに笑っていいのかわからずに悩んでいた。同じ名前の天使がいるってことは、僕の親は天使にあやかって名前を付けてくれたのだろう。
「もう一つ説があるんですけど、こっちはあまり信じられていないんですよね」
「それってどんな話なの?」
「完全なる創作だと思うんですけど、大天使ルシフェルが神に反逆してしまったのですが、神に勝てる事も無く堕天してしまったという話もあるんですよね。私達はこの話よりも世界を救ってくれる話の方が好きなんです。だから、ルシフェル様にはより多くの悪魔を倒していただきたいと願っております。誰よりも強いあなたならきっとこの世界から悪魔を一掃する事も出来るでしょう。神よりも強くなったらだめですけどね」





