朝
今まであった事の無いようなタイプの少女に見つめられているのだけれど、その眼は空洞になっていて何もない空間が広がっていた。小さな少女の顔にある空間はどこまでも奥行きがあるように深く感じてしまい、その奥には何か恐ろしいものがこちらの様子を覗いているようにすら感じていた。
「お兄ちゃんは人間じゃないみたいだけど、天使でも悪魔でもないのかな。私は神様って見た事無いんだけど、お兄ちゃんみたいな人が神様になってたりするのかもね」
そう言って微笑む少女は口元は確かに笑っているのだけれど、その眼は何を見ているのかわからなかった。
「あのね、お兄ちゃんは知らないかもしれないけれど、私も悪魔の一柱だったりするんだよね。そう見えないってよく言われるんだけど、見える見えないはその人の勝手だからどうでもいいよね。悪魔でも仲良く遊んでくれるのかな?」
「遊ぶくらいならいいけど、何して遊びたいのかな?」
「そうだな、私とお兄ちゃんのどっちが多くの人間を殺せるか勝負しようよ。人が多くいるところは天使もそれなりにいるだろうし、天使がいないところはほとんど人もいないと思うんだよね。あ、お兄ちゃんは天使を簡単に殺せるから勝負にならないかもしれないね。でも、私が決めたルールだからそれでいいよね。えっと、この大陸から人間がいなくなったら終わりね」
僕の話を聞かない少女は何かを探しているようだったけれど、どこからか見つけたぬいぐるみを抱きかかえると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「あのね、このぬいぐるみは人間の魂を吸い取ってくれるんだよ。お兄さんも魂を集めているみたいだけど、この子の方が優秀だからお兄さんが集めている魂も貰っちゃうかもしれないね」
「それは困るな」
「何で困るの?」
「魂が無いとサクラが元に戻らないんだよ」
「あはは、そんなの他人の魂で戻るわけ無いじゃん」
この少女の言っている事が正しいのかわからないけれど、もしも、それが本当だとしたのなら僕は一体何のために強くなっているのだろうか?
「きっと強くなって神を殺すためだよ。私達も神は殺したいほど憎んでいたんだけどさ、私達にはどいつが神でどいつが一般人かわからないんだよね」
「僕だってそう言われても神様だって見た事無いし、君たち悪魔は強いんだから適当に暴れてきたらいいんじゃないかな?」
「何だかお兄ちゃんは私達に対する理解が早い気がするんだよね。もしかして、私達の目的って知ってるのかな?」
「君たち悪魔の目的なんて神を殺して秩序の無い混沌とした世界を創りたいとかそんなもんでしょ?」
「惜しいんだけどちょっと違うんだよね。私達も無秩序で混沌とした世界を好んでるわけじゃなくて、天使の世界に比べると自由が多いってだけなんだよね。全くの無秩序を望んでいる悪魔もいるにはいるんだけど、私達はそんな自由よりある程度自由な不自由を楽しみたいと思っているんだよ」
「それで、今回の遊びってやつがその目的達成のためになるのかな?」
「なるわけ無いじゃん、こんなの暇潰しだよ。暇潰し」
少しは関係があると思われた遊びもただの暇潰しだったようだ。そんな遊びに僕が付き合う理由も無いので相手にせず天使狩りをすることにしよう。あのぬいぐるみは人間の魂だけではなく悪魔も天使も神も等しく魂を奪われるのかもしれない。少女を殺してでも奪い取るつもりはないのだけれど、少しくらいなら貸してもらえないかと思っていた。
「ごめんね、お兄ちゃんが強かったとしてもこの子とは離れられないんだよね。その点も理解してもらえると嬉しいな」
「えっと、もしかして頭の中って覗いたりしてるのかな?」
「覗いたりはしていないんだけど、もしかしたらその時に感じた何かに答えているのかもしれないな」
「そんな風に感じれるなら無敵に近いんじゃないかな?」
「無敵なわけないじゃない。私はそこまで万能じゃないんだよ」
他にも何か隠している事がありそうだとは思ていたけれど、今の状況で全てを聞き出せるとは思っていなかったので諦める事にした。どんな秘密が隠されているにせよ、全てをクリアにしなければサクラを安心して呼び戻せないのかもしれない。少なくとも僕はそう思っていた。
「ねえ、このまま朝になってしまったら私はいったん帰らないといけないんだけど、お兄さんは一人で戦い続けてるのかな?」
「いや、僕も少しは休まないといけないからこのまま休みを取る事にするよ」
「じゃあ、太陽が沈んだらもう一度お兄ちゃんに会いに来るね」
僕はその少女の言葉を信じて少しだけでも体を休める事にした。少し離れた場所で誰かが戦っているように感じていたけれど、今の僕にはそれはどうでもいい事のように思えていた。
僕の知らないところで僕の知らない人が無くなったとしても何も感じないし、僕の知り合いが何かに巻き込まれていたとしても、サクラ以外の人はどうでもいい。それだけの話だと僕は思っている。
「なあ、お前が話していた女はとんでもない曲者だから気を付けた方がいいぜ。俺様はお前が不幸になればいいと思っているけど、あいつはそういう感じでもないからな」
「お前とあの女がどうなろうと知った事ではなけれど、俺はお前が堕ちていくところをこれからも見続けていくさ」
「あたしらより強いとしてももっと強いやつはいるんだろうし、お前はもっと絶望して死ねばいいさ」
「早く死んでこっちにこいよ」
どこからか聞こえてくるその声は耳を塞いでも止むことは無く、声の主を探してみてもどこにも姿を見つけられなかった。聞き覚えのある声や今まで聞いたことのない初めて聞いた声もあったけれど、そのどれにも殺意が込められているように感じた。いくら殺意を込められたそしても、僕はその程度の力にやられたりはしないと思う。寝ている間だとしても僕は無意識のうちに抵抗しているような気がしていた。
そうでもなければどこからか聞こえている声の主に体を乗っ取られているように思えて仕方ないからだ。そうなっていないのも僕の中にある防衛本能が働いている証拠だろう。
とりあえず、天使が多くいるあの場所まで行ってから体を休めることにしよう。人を殺すにしても天使を殺すにしても目標は多くあった方が僕にとって良い事のように思えるから。それ以外の意味は今のところ見いだせてはいなかったのだけれども。





