天使と人間
サクラは蘇ってくれたのだけれど、その体に心が入っていないような感じになっていた。どこか虚ろな表情のサクラは僕と目が合っていても何の反応もなく、漆黒の天使の問い掛けにも答えることは無かった。
「もう少し狩る必要があったかもしれないな。でも、ここから先は私のやる事じゃないし、お前が何とかしてあげるんだね」
サクラを殺した天使はサクラを不完全な形で蘇らせたままどこかへ消えてしまった。自分の意志を持っていないようなサクラではあったけれど、僕の言う事はある程度理解は出来ているらしく、僕の後についてくる事は出来ていた。後をついてくるだけで他に何かするわけでもないのだけれど、時々見かける小動物や虫にも反応を示さないで僕だけを見ていてくれるのは少しだけ助かった。本来ならこのような事態にはなっていないと思うので、助かったという表現は適切ではないのかもしれないけれど、サクラが僕だけを見ていてくれるのは正直に言って嬉しかった。
サクラは蘇ることが出来たようだけれど、以前のように戦う事は出来ないだろうし、僕も魔王以外の相手は出来るか不安があった。とりあえずは拠点にしていた街へ戻ってこれからの計画を練ろうと思っていた。僕の拠点はここからそれほど遠くはないのだけれど、今の状態のサクラと一緒だといつもよりは相当な時間がかかりそうだった。拠点に戻ることが出来たのは予定よりも二週間ほど遅れてしまったのだが、それにはちゃんと理由があった。
拠点へと戻る途中にいくつか村や町があるのだけれど、その途中にも小さい宿場は点在していた。村や町は特に変化はないようだったけれど、宿場の多くは天使によって守護されていた。どうしてそうなったのかはわからないけれど、どの宿場も天使が無償で外敵から護ってくれるようだった。
格の低い天使だとしても普通に魔王クラスと互角以上に戦えるのだし、小さな宿場を護る分には何一つ問題が無いのだった。問題が無く何の報酬も受け取らない天使の事が僕は不思議に思ってしまった。何度か様子をうかがってみたりちょっかいをかけてみたりしたけれど、僕には何の反応も示してもらえず時々サクラを見ては安どしている様子に見えた。
正確に数えているわけでもないし、他の地域の宿場がどうなっているのかはわからないけれど、僕が通ったり休んだ宿場は天使が三体以上は見える場所にいた。見えない場所にも何体かは潜んでいるだろうし、今の僕は戦う理由もなかった。
サクラを完全な状態に戻すためにはまだまだ他人の命が必要になっているようだけれど、宿場には天使がいて村や町は人目に付き過ぎてしまう。いっそのこと天使の命をいただいてしまおうかとも思ってしまったけれど、それを実行するにはいくつか問題があった。
まず一つ目は、そもそも天使を殺すことが出来るのかという事だった。僕の攻撃は魔王にしか効かないはずなのだけれど、ここ最近戦ってきた天使には効果があった。とは言え、町を護っている天使が魔王よりも強くて僕の攻撃がちゃんと届くかはわからない。僕の攻撃が効かずに攻撃した事実だけが残る事は一番避けなければいけない事だ。それを考えてしまうと攻撃をする事に戸惑いが生じ、気付いた時には宿場を後にするといった事が多くなっていた。
宿場を天使が護っている事は力を持たないモノからするとありがたい事であって、それを何のリスクも無く行ってもらえることは神からの贈り物と言っても過言ではないだろう。その贈り物のお陰なのかはわからないけれど、宿場と宿場を繋ぐ道でも怪物などに襲われる事はほぼ無くなっていた。
それはとても喜ばしい事ではあるのだけれど、他のモノの命が欲しい僕にとっては余計なお世話でしかなかった。天使の命をいただくことは出来るかもしれないけれど、出てきていない天使が何体かはいるのだけれど、そいつらを確認するまでは下手に攻撃を仕掛けることも出来ないのだった。
そんな事を考えていると当然のように歩くスピードも遅くなるし、会話は出来なくても話しかけてしまう事も何度かあった。返事が返ってくることは一度も無かったのだ。
今僕に必要なモノは無いけれど、サクラに必要なモノは他者の命だ。命をいただくためには誰が一番適任だろうか。答えは最初から決まっている、倒すべき相手は魔王だ。それも、一体や二体と言った小さな単位ではなく、この星にいる魔王のすべてを倒すことが必要になってくるだろう。
魔王の情報を仕入れに行ったのだけれど、僕の求めているような情報は何一つなく、様々な天使の紹介が延々と続いていた。
「魔王の情報ってここにはないの?」
「ああ、魔王だったら天使の皆さんが片付けてくれたよ。あんたには悪いけれど、転生者の人よりも天使の方が役に立つんじゃないかな」
僕が倒すべき魔王はもう存在していないようだ。このまま人間を殺すことはやろうと思えば簡単なのだけれど、それは胸の奥深くに秘めておこう。魔王がいなくなったことはこの世界の住人にとっては願っても無い事だと思うのだけれど、僕にとってはサクラを元に戻すことのできない残念な世界でしかなかった。
「何かお困りのようですが、よろしければ何か助言いたしましょうか?」
建物の角から顔だけを出して僕に話しかけてきた男は僕の今の状況を理解しているのかわからないけれど、僕にとって一番必要なアドバイスをくれるようだった。
「私は占い師でも予言者でもないので未来は断定することは出来ませんが、今のあなたにとって一番必要な事が何か助言することは出来ます」
「本当に今何をすべきなのかわからなくて困っているんだけど、一体どうしたらいいのだと思いますか?」
「そうですね、今のあなたに出来る事は二つあります。一つはサクラさんを見殺しにする事です。もう一つはこの世界に降臨している天使を殲滅する事です。あなたには出来ますかね?」
「一体ずつなら何とかなると思いますけど、あの数を見てしまうとそうもいかないですね。それとも、多くの敵を相手にするときの方法とか心構えとかあったりするんですか?」
「申し訳ございません。私は戦闘要員ではないためそのような質問には答えかねます。そのかわりと言っては何ですが、複数体の天使がいたとしても徒党を組んでこちらに何かしかけてくることは無いと思います。あくまでも自分に襲ってきたり敵対心を向けてくる相手だけ攻撃するようにできているみたいです」
「本当に大丈夫なのかな?」
「ええ、天使程度を殺せる力を持っているんでしたら問題ないかと思われます。ちなみに、私の教えた方法で一対一は必ず選ばれております」
「それはわかったんだけど、成功率はどれくらいなのかな?」
「正確に数えているわけではなく願望が含まれてしまうかもしれませんが、一応お伝えしておきますね」
天使と戦って天使の命をいただくことはサクラにとってどれくらい必要な事なのだろうか。僕だけの天使を取り戻すために多くの犠牲を払う必要があるのだけれど、それの結果として魔王や怪物が増えたとしても僕には関係のない話だ。それを確認した僕は少しだけ世界の仕組みを理解したような気がしていた。
「そうそう、最後にもう一つ助言させていただきますが、今の神はあなたを作った神とは違う存在ですのでその神の言葉にはくれぐれもお気を付けくださいませ」
僕がサクラをちゃんとした形で取り戻すためには神ですら倒すべき相手になってしまいそうで少しだけ後悔していたけれど、それ以上に戦えることが嬉しかった。





