御霊
明らかに魔王ではないモノとの戦いを通して感じた事ではあるが、僕は魔王以外の生命体に対しても有効な攻撃手段を手に入れてしまったのかもしれない。そう思っていたのだけれど、相変わらず魔王配下の雑魚には僕の技は効果が無いようだった。僕の技はある程度強い相手にしか効果が無いのだとしたなら魔王専用と言われるのも納得いってしまう。
最近闘っていた六枚羽の天使と思われる存在は魔王よりも確実に強いと思うけれど、それ以上に強い存在がいるとして僕はソレに対抗することが出来るのだろうか?
その答えはすぐにわかる事になった。
「ルシフェルさんってどこに魔王がいるかわかったりするんですか?」
「大体はわかると思うんだけど、ここの近くにはいないと思うんだよね」
「じゃあ、さっさと魔王のいる場所に行きましょうよ」
「そうしたいのは僕も同じなんだけど、遠くからここに向かってきている強そうな天使が見えるんだけど」
「そういう冗談って良くないと思いますよ。……って、ほんとにきた」
六枚羽ではなく二枚だけの漆黒の羽を生やした華奢な女性が僕達の目の前に降り立ったのだけれど、先ほどまで戦っていた二人とは明らかに空気感が違っていて知らない間に間合いをあけてしまっていた。僕もサクラも何が危険なのかは言葉に出来なかったけれど、手の届く範囲に居てはいけないと本能的に感じていたようだった。
女性は僕の顔をじっと見つめるだけで何かをするわけではないのだけれど、サクラには一切の興味を持っていないようだった。
「ねえ、あの人ってルシフェルさんにしか興味ないみたいだから私は逃げてもいいかな。って、良くないよね」
「ああ、出来る事ならサクラだけでも逃げてもらいたいけど、きっと逃げ出したら真っ先に狙われちゃうんじゃないかな」
「私もそんな予感はしてるんだけど、どっちにしろ殺される予感しかないよね」
無表情の女性に長時間見つめられているのは不思議な感じなのだけれど、僕から一切目を離さないその意味が理解できなかった。ただ、僕の事が好きだから見つめているといった感じではない事は確実だった。
「お前がある時の言っていたルシフェルなんだろ。私はお前を殺すなと言われているんだけど、どうやったらお前を殺さずに戦えるか考えていたんだ。でも、お前を殺さずに戦うのは無理だと思う。何でお前は弱くなっているんだ?」
「弱くなってるって言われても僕は成長しているはずなんだけど、もっと強くなれるって事かな?」
「そんなのは知らないけれど、私はお前がもっと強かったことを知っているから。どうやったら前みたいに強くなれるのかな?」
「前みたいにってのがわからないけれど、強くなっても君には勝てないんじゃないかな?」
「私が知っているお前は私なんか相手にならないくらい強かったと思うよ。そうだ、お前はあの時は一人ぼっちで周りに誰もいなかったな。その女を殺してしまえば前みたいにお前は強くなれるのかもな」
僕がその言葉を聞いて何かを思う前に漆黒の女はサクラの前に移動していた。あまりにも突然の出来事過ぎて僕もサクラも反応できずにいたのだけれど、漆黒の女はサクラの顔を見るだけで何もせずに僕の前に戻ってきた。
「お前の女を殺すのは危険な感じがするんだけど、それがお前の強さに関係あるか教えてくれよ。お前の女を殺したらお前は強くなるのか?」
「ああ、それならサクラを殺したって僕は強くならないよ。サクラが死んだら僕は弱くなっちゃうと思うんだよね。彼女のいない世界なんてとてもじゃないけど耐えられそうにないよ」
「そういうもんなんだな。お前は本当にそう思っているのか?」
「うん、サクラがいないと僕は強くなんか慣れないよ」
「へえ、お前もその女も強くなるにはお互いが必要なんだな」
「そんな事どうでもいいか」
漆黒の女が再びサクラの目の前に移動すると、何の躊躇いも無く右手を振り抜いていた。
「どうだ、お前は強さを取り戻せたか?」
僕はサクラの頭部を手に乗せている女の姿を見てもその行動の意味が理解出来ていなかった。わかってはいるのだけれど、理解したくないだけなのかもしれない。サクラの頭と胴体が離れている事を理解したくない、それだけの話なのだ。
「あれ、本当にお前は強くならないのか?」
「サクラに何をしたんだよ。どうしてそんな事をするんだよ」
「お前が強くなるかと思ったからな」
「そんな事で強くなるわけないだろ!」
「前に戦ったやつは家族を殺したら強くなってたぞ」
「僕はそんなんで強くなったりしないよ」
「そうか、お前は人間じゃないから違うんだな」
「そういう問題じゃないだろ」
「じゃあ、女を殺したのは意味がなかったって事か」
「意味がないって何だよ。サクラを殺したことが無意味だって事かよ」
「そうだよ。お前が強くならないんだったら意味ないじゃないか」
「僕が強くなったからってお前に何の関係があるんだよ。サクラを返せよ」
「お前が強くなったら私達の主にも勝てるかもしれないじゃないか」
「それが何だって言うんだよ。良いからサクラを返せよ」
「わかったわかった。お前の女を戻してやるよ」
「そんな事が出来るわけないだろ」
「私が殺した奴なら生き返らせる事も出来るよ」
「え、どうやって?」
「生贄がある程度確保出来たら大丈夫。そうだね、君の女は強いから人間だと千人くらい必要かもしれないな」
「そんなに用意できるわけないだろ」
「大丈夫、その点なら心配しなくていいよ。私が勝手に殺してくるだけだから」
「だからと言って、サクラを生き返らせるために無関係な人を巻き込むわけにもいかないだろう」
「ああ、無関係かもしれないけど、近い将来には死ぬ人ばかりだから問題ないと思うけどね」
「それってどういう意味なんだよ」
「私じゃないやつがお前の命を貰いに来ると思うんだけど、そいつらはお前を殺すついでに世界の人口を一割程度まで減らす計画を立てているんだよ」
「そいつは強いのか?」
「普通の人間とか魔王に比べたら強いかもしれないけど、お前からしたら格下なんじゃないかな?」
「そんな程度なら一人や二人くらい何とでもなるだろ」
「ちなみに、その程度の天使はこの星の人口より多くてみんなお前を殺すつもりだよ。私は殺すなって言われてるから殺さないけどな」
そんなに多くの天使と戦ったとして、毎回必ず生き残れるかは不安になってしまう。いや、確実に命はもたないだろう。戦うだけなら何とでもなるんだけど、それが終わりのない連戦となれば話は別だ。僕は無限に戦い続けられる兵器ではないし、スタミナもそれほどあるわけではない。
「じゃあ、お前の女を生き返らせるために適当に人を殺してくるかな。お前はその女が生き返っても大丈夫なように見守っていろよ」
漆黒の羽を羽ばたかせて女は僕が滞在していた街とは別の方向へと飛んでいった。その方角に何があるのかははっきりと覚えていないけれど、この国の首都がある方角のように思えていた。
「そうか、首都なら多くの人がいるからサクラを生き返らせるための生贄がたくさんいるのかもしれないな」
漆黒の女が飛び立ってからそれほど時間は経っていないのだけれど、サクラの体が少しずつ赤みを帯びてきているように見ていた。
「本当にこのまま生き返ってくれたら嬉しいな」





