雷帝
稲光とともに現れたのは褐色の肌をした女性だった。どこか冷たい感じを受けてはいるのだけれど、時折優しい視線を投げかけてきていた。そう思っていたのだけれど、その視線の先は僕ではなくサクラに向いているように思えた。
先ほどの天使同様に背中に羽根が生えているのだけれど、それは純白と呼べるような色ではなくやや黄色がかったクリーム色になっていた。とても優しそうな印象を受けていたけれど、それは僕の気のせいだとすぐに思い知らされた。
「貴様が主の仰っていたルシフェルか。他の男同様腐った野菜くずのような見た目をしているな。そんな貴様がなぜこのような美しい姫君と同じ時間を共有しているのだ。返答次第では貴様が産まれてきたことを後悔するような目に遭う事だろう」
「ちょっと待ってください。ルシフェルさんはあなたが言うようなクズではないです。とても良い人だしみんなのために魔王狩りだってしてるんですよ」
「ああ、あなたの口から零れる声も予想していた以上に甘美だ。許されることならば私の残りの時間はあなたと共に過ごしていきたい。それに、魔王と言ってもその辺に転がっている人間と同じ種族であるし、たまたま勢力が違うだけの存在ではありませんか。あなたのように崇高な存在とは全く異なるのですよ。それに、そこに居るクズも人間ではないですよね」
「言っている意味が分からないんですけど、私とルシフェルさんが人間じゃないみたいに聞こえるんですけど」
「いやはや不思議な事をおっしゃいますな。あなたもそこのクズも我々の主が創りだした崇高なる存在ではありませんか。本来なら人間種もあなた同様崇高な存在に成りえたのですが、自らの欲望におぼれて堕ちてしまったがために今の様な醜い存在に成りはてたのではないですか。あなたはまだ清いままのようですが、そちらのクズは我が主の意志に背いて自分の世界を創ろうとしているように感じてしまうのです。私の勘は良く当たると思うのですが、そんな事は起きえないのですよ。ただ、万が一という事もありますし早めに不安の芽は摘んでおくことにしましょうね。その後は私があなたを御守りいたしますよ」
僕の事をよそに話は進んでいっているようだけれど、僕の知らないところで世界の命運が分かれているように思えてしまった。それだとしても、僕がどうやって世界を創るのだというのだろうか。
「上位の天使を屠ったと言っても相性もあるでしょうし、貴様ごときが私の動きを捉えることなど不可能だろう。上位の天使の中でも早さは誰にも負けたことのない私の動きを貴様ごときがどうこう出来る事ではないのだ」
僕が瞬きをした瞬間には僕の背後に回っていたのだけれど、再び瞬きをした瞬間にはサクラの隣に立っていた。
「あの醜いクズの支配からあなたを解き放って見せますのでご安心くださいませ。雷帝と恐れられた私の技と速さであのクズを亡き者にしてみせますので」
雷帝はサクラのもとを離れると一瞬で僕の目の前に移動してきてその右手を僕の首元へと伸ばしてきた。捕まれたら危険だと本能的に感じ取った僕は一歩後ろに下がって躱すとそのままの勢いで左手を天に向かって振り抜いた。
不完全な体制だったために十分に体重が乗ることは無かったのだけれど、雷帝の顎を捉えた拳はカウンター気味に入ったためか恐ろしいほどの威力になっていた。その証拠に雷帝の体は誇張なしに数メートルは宙に舞っていたのだ。
雷帝は地面に落下する前に意識を取り戻した様子で完全な形で着地すると、僕を睨んだまま物凄い勢いで僕の周りを何度も駆け抜けていった。次第に早くなるそのスピードに体がついていく事も出来ず、目で追うのがやっとの状態ではあったけれど、何となく次に通りそうな場所に右手を突き出すと雷帝の鳩尾を貫いてしまった。
「私の速さについてこられるはずがないのに、どうして貴様ごときクズが同じ領域で活動できるのだ。もしかして、貴様は成長することが出来るのか。そうだとしたら、私はとても危険な失態を犯してしまったのかもしれない。我が主よ、誠に申し訳ありません」
雷帝の体は僕の右手が貫いているため大きな穴が開いているのだけれど、そのまま腕に倒れ込むような形で絶命してしまった。僕の右手には重さも体温もほとんど感じることのない雷帝の体が刺さったままだった。
「あの、一体何があったのかわからなかったのですけど、その人とルシフェルさんは何をしていたんですか?」
「僕もちゃんとは理解していないんだけど、僕の周りを何度も通り抜けていたんで右手を出してみたら体を貫いたんだよね。あれだけ早く動けるってことはかなり体重も軽かったんだろうし、防御力はほとんどなかったのかもしれないね」
僕は雷帝の体から右手をゆっくりと抜くと、その雷帝の死体をその場に横たわらせた。こうしてみると呆気ない終わりだったと思うのだが、これで魔王狩りに集中出来るだろう。最初に集まっていた人達はほとんど殺されてしまったけれど、もともと僕とサクラは他の人と組むつもりもなかったのだから特に問題も無い。生き残った僅かな人達も僕達から距離をとってくれているようなので安心した。
「さあ、これから魔王を倒しに行かないとね。サクラはどこから攻めるのがいいと思うかな?」
「何だか魔王狩りって気分でもなくなってる気がするんだけど、雷帝さんが言ってた魔王も人間と同じだって言葉が引っかかるんですよね」
「あ、それなら私がその疑問に答えますよ」
突然現れた猫の耳を頭につけた少女が僕とサクラの間に割って入ってきた。
「魔王って言うのはある一定以上の力を付けた転生者が自分の支配力を示そうと力を誇示している状態なんですよね。故に、魔王は人間と同じ種族だと言えるのだと思います。ただ、転生者は間違いなく人間ではあるのですが、この世界の人間と全く同じ種族かと問われますと、それは即答しかねますね。人間ではあるけれど、この世界の人間とは異なる異能の力を持っている場合が多いですし、その力が強大であれば強大であるほど魔王としてこの世界に徒なす場合が多くなるでしょう。ルシファーさんも転生者ではあるのですけれど、その経緯は他の転生者と異なっていますし、より特別な存在と言えるでしょう。おっと、あなたはルシファーではなくルシフェルさんでしたね。大変失礼いたしました。それはそうと、あなたがこの世界から与えられた使命は魔王を討伐する事ではありますが、それと同時により強い力を身につける必要があるのではないでしょうか。先ほど対峙しました雷帝のように様々な神の使徒があなたに挑んでくるとは思いますが、その全てを倒さなかったとしても神を越えることは可能だと思いますよ」
「ごめんなさい。突然現れてそんな事を言われても僕は何を思えばいいんでしょう?」
「私の事はそれほど気になさらなくても結構ですよ。あなたに少しだけアドバイスを差し上げているだけの小さな存在でありますから。それに、以前のあなたと違ってこちらの世界では死んでやり直さなくても能力が向上することもありますし、新しい力を手に入れることも出来るようになっていますからね。先ほど学んだ雷帝の動きを徐々にその体に取り入れていく事も出来ると思いますし、炎帝の使っていた炎の柱もそのうち使えるようになるでしょう。最後に、一つだけアドバイスさせていただきますが、こちらの世界での死はやり直しではないかもしれませんのでくれぐれもお気を付けくださいませ」
少女はそれだけ言って消えてしまった。雷帝の時の様なものすごいスピードで移動したのではなく、文字通りこの場から消えていた。
「ねえ、ルシフェルさんが倒すのは魔王で問題ないんだよね?」
僕はサクラの問い掛けに答えることが出来なかった。明らかに魔王よりも強大な力が僕達に襲い掛かってきたのだし、それを感じ取っている魔王も何人かはいるだろう。その場合は魔王と共闘する可能性もあるのだけれど、僕が使える技は魔王を殺す専用なので役には立たないのかもしれない。そのためにも炎の柱と超スピードは自由に使えるようにしておく必要がありそうだった。
どうやってそれを鍛えればいいのかわからないけれど、僕の技は魔王以外にも一応効果はあるみたいなので、それほど焦る必要はないのかもしれない。
炎に雷ときたら次は水か風でも来るのだろう。その力も全て学んでもっと強く逞しくなっていけるといいな。





