闇の入り口と残された時間
目が覚めるとそこは知らない空間だった。目の前に光の柱があるので僕は死んだのかもしれないけれど、そのような記憶は残っていなかった。そもそも、僕はそんなに簡単に死ぬはずはないのだ。
「すいませんね。少しだけルールを変更させていただきました。それもこれも、あなたが目的を果たそうとしないから仕方ないところなんですよね」
「目的ならちゃんと果たそうとしてたと思うんですけど」
「本当にそうだと思いますか?」
「ええ、ちゃんと魔王を討伐しようとしてましたよ」
「その割には余計な場所に行ってたと思うんですけど、どうしてそんな事になるんでしょうね?」
「そう言われましても、それが一番の近道だと思うんですけど」
「うーん、大変申し上げにくいのですが、我が主に残された時間はそれほど多くないんですよね。残された時間が無くなりそうになった時には時間を戻せばいいだけなんですけど、それを繰り返すと良くないことが起ってしまうかもしれないんですよね」
「じゃあ、そうなる前にたくさんの経験をして僕が成長すればいいんですね」
「それはそうなんですけど、あなたがやり直すことによっても我が主は時間を削ってしまう事になると思うんですよ。あなただからこそそれをやっているんですけど、しばらくは助けることは出来ないと思うので自分の力で頑張ってくださいね」
いつもとは違ってその声が消えても僕はその場に残っていた。誰もいない真っ暗な空間で前も後ろも横もわからずに立ち尽くしていると、突然全身を強く掴まれているような感覚に襲われた。
新しい場所に移動するにしてもこのような感じは初めてだった。全身を襲う痛みに耐えていると、暗闇の中なのによりくらい闇があるような気がした。その闇が徐々に近づいてきて僕を飲み込むと、そこは今にも燃え出しそうなくらい赤い篝火花が咲き乱れていた。
僕はその花を踏まないように慎重に歩いていると、遠くにパラソル付きのテーブルがある事に気が付いた。ゆっくり近づいていくと、そこには子供のようにも見えるけれど大人かもしれないような不思議な人が僕をじっと見つめていた。僕はその眼を直視することが出来ないでいた。
「ようこそようこそおいでいただいた。もっとも、私がここに君を呼んだのだけれど、君が無意識の中にでも私を拒否しようとする気持ちが無かったからこそここに来てもらえたのだがね。君の名前はルシファーなのかルシフェルなのかわからないけれど、そんな事はどうでもいい事だね。君が誰なのかという事はそれほど重要ではなく、君がこれから行う事が重要なのだからね。私が誰なのか気になっているようだけれど、そんな事もどうでもいい事なのだよ。大事な事は私の存在ではなく、君が本当の自分の考えに辿り着くことなのだからね。私はそれに関しては手助けすることは出来ないと思うけれど、今の君なら一人でも自分の世界を創ることが出来ると思うよ。そのためにしないといけない事はわかっていると思うけれど、それを今は口に出してはいけないよ。今はまだ少しだけその時ではないのだからね。あと何度か繰り返しているうちに、君を創り出した彼は弱っていき、君に何も抵抗できずに敗れ去るだろう。ただ、今はまだその時ではないのだけれど、そう遠くない将来においてとても重要な決断があると思うのだけれど、その判断は決して間違わないようにね。と言っても、どちらを選んだとしても君にとっては正解なのだろうけれどさ。私が思い描いた未来を創れるのは君だけなのだし、君の創造主が消えてしまっても君が新しい世界を創り出すことが出来るのならば、何も問題ないさ。さあ、私はこれ以上の助言は出来ないけれど、今とは違った形で君の手助けを出来る限りしていくからね」
僕が何か言い返そうと思っていると、篝火花の花弁だけを残して世界は再び闇に包まれていった。まっすぐ立っているはずなのに重力に惹かれているような落下する感覚だけを覚えていた僕は、そのまま何事もなかったかのように見慣れた部屋で目を覚ました。
「ここはどこだ?」
「ちょっと、寝ぼけるにしてもそれは面白くない冗談だね。起きたなら顔洗って着替えて食事を済ませちゃってね。今日は今までよりも忙しくなると思うんだから、朝からしっかり食べて気合入れなきゃダメだからね」
僕はサクラに背中を叩かれるような感じで部屋を追い出されると、いつものように朝の準備をしていた。いつもより量は多いけど味付けも薄めなので飽きずに最後まで美味しく朝食を済ませ、一通り身だしなみを整えるて二人で家を出た。
「もしかしたらこれが見納めになるかもしれないから最後にしっかりと目に焼き付けておこうかな」
「どうしたの?」
「いや、この仕事が上手く行ったらもっといいとこに住めるんじゃないかなって思ってさ」
「私はこのお家は好きだよ。君との思い出もたくさんあるしね。でも、十年以上同じ家に住み続けるのはあんまりいい事じゃないのかもね」
僕はこの家に十年以上も済んでいた記憶は無いのだけれど、ずっとこの家に住んでいたようにも思える。
僕が繰り返してきた時間を合わせたとしても十年も経っているだろうか?
ちゃんと数えたわけではないけれど、きっと十年以上は経っているような気がしていた。だからと言って、サクラと一緒にいた時間が十年以上なのか自信はないけれど、僕の記憶にある様々な行動はサクラを探している時間がほとんどだったと思う。今僕の隣にいるサクラは本当にサクラなのだろうか?
「あれ、なんで私は十年以上あの家に住んでるって思ったんだろう?」
「僕もそれが引っかかっていたんだけど、サクラは僕と出会った時の事は覚えているかな?」
「ええ、覚えているわよ。確か、あなたが住んでいた町にたまたま私が辿り着てそこで知り合ったのよね。それからずっと一緒にいられてるのだから、神様が与えてくれた偶然に感謝しないとね」
「それってこの町じゃないよね?」
「ええ、この町じゃないってはっきり覚えているよ。でも、いつこの町に来たのかは思い出せないのよね。君は覚えているかな?」
「全く覚えてないけれど、ここじゃないってのは覚えているんだよね。もしかしたら、何かに巻き込まれちゃったかな?」
「そんな事は無いと思うよ」





