占い師と優しい娘
僕がサクラと最後に会ったのはもうどれくらい前になるのか思い出すことも出来ない。昨日の事のように覚えているような気はしているのだけれど、もう何十年も会っていないような気もしている。実際のところ、僕もサクラも何度も死んでいると思うので時間の流れがわからないのだけれど、いつか会えると信じて行動していたのだが、ここにいる二人の話ではそれも難しいみたいだ。
サクラは存在していないらしいのだから。
「あのね、お兄さんの記憶の中にはサクラって人がいるみたいなんだけど、そのサクラって人は本当に存在しているのかな?」
「一緒に暮らしていた事もあるから間違いないと思うけど、それでも顔をハッキリ思い出すことが出来ないんで自信がないです」
「それなら、なおさら諦めて私の可愛い人形になるといいわ。マヤさんもそう思うでしょ?」
「あんまり思わないかも、このお兄さんってママの魔法も効かないだろうし、どうしたらここにいてくれるかを考えた方がいいんじゃないかな?」
「それもそうね、どうにかしてここに残すことが出来たら、私の可愛いしもべと変わらないものね」
「そういう話は僕がいないところでやってもらっていいですか?」
「あら、ごめんなさい。でもね、あなたが私たちのところに来たのは何か意味があると思うのだけど、何か感じるかしら?」
「いえ、いつもは選んだスキルが活用できるような場所に行くと思うんですけど、今回はそんな感じじゃないと思うんですよね」
「スキルを選ぶときはちゃんとしないとダメだと思うわ。もしかしたら、私達が思いもしない事で役に立つのかもしれないけど、そんな偶然に頼っちゃ駄目よ。サクラさんが本当にいるとしたら、その人に近付けるような行動を取らなきゃダメよ」
「どうしたらいいんでしょう?」
「そんなの知らないわ」
頼りにしていいのかわからないけど、僕はこの二人の事を信用していたと思う。それで何かが変わってくれればいいのだけれど、もしかしたら、良くない方向に変わってしまうのかもしれない。
そんな事を気にしている余裕はないのだけれど、いつしか僕の中で、ダメなら死んでやり直せばいいと思うようになっていた。なっていたのかもしれない。
「お兄さんはこれからどうしたいのかな?」
「ここにサクラの手掛かりがないなら次の場所に行きたいとは思っているよ」
「じゃあ、私が苦しまないように殺してあげるね」
マヤさんの持っている燭台が鋭さを増して僕の心臓目掛けて突進してきた。鎧や胸当てを身につけていない僕はそのまま抵抗する事も無く受け入れた。受け入れたのだけれど、その燭台は鈍い音を立てて折れ曲がってしまった。
「ちょっと、こんなの聞いてないんだけど。これって結構お気に入りの燭台だったんだけど、どうしてくれるのかな?」
「そう言われても、僕はどうする事も出来ないんだけど」
「こうなったら、ママのアシスタントでもしてもらうしかないね」
「そっちが勝手にやった事なのに、とんだとばっちりだよ」
「文句ばっかり言ってるみたいだけど、意外と楽しいかもしれないよ」
アシスタントは何を行うのかわからないけど、おそらく準備の手伝いや誘導などだろう。ここの中に入るまでは誰も見かけなかったのが気になるけど、もしかしたら時間になったら人で溢れかえるのかもしれない。そう考えると少し面倒な気もしてきた。
「私は占いもやってるんだけど、特別にあなたの事も占ってあげるわ。アシスタントってことは身内になるわけだし、身内は正確に占うことが出来ないので今のうちに見てあげるわね」
占いは向こうの世界にいた時にも合ったけれど、目の前で僕の事を占ってもらえるのは初めての経験だった。よくない事も嬉しい事もどっちでも良いのだけれど、面倒な事はなるべく避けていきたいと思ってしまった。
占いの道具は何を使うのだろうと思っていると、マダムは何も持たずに僕の前に来ると、そのままじっと見つめ合う事になった。何か話そうと思うとソレは全て制止され、結局最後まで一言もしゃべる事無く占いは終わっていた。
「あなたは変わっているわね。強いのか弱いのかわからないけど、最後には大勢の人の前に立って二極化された軍勢の片方を指揮しているみたいね。相手の方が数も多くてかなり危険な状況だと思うけど、あなたなら何とか切り抜けられるかもしれないわね。その時には見方を見捨てちゃ駄目よ」
味方というのはアスカだろうか、それともこれから出会う人の中にいるのだろうか。僕にはわからないけれど、僕はそこで死んだとしても同じ状況でやり直せると思うし、そうなったら負けは市ないのではないだろうか。
「あなたの思っている事が見えたのだけど、出来る事なら仲間が死なないように行動しなさい。あなたが何度でも生き返ることが出来るとしても、私達は一度死ねばそれで終わりなのだからね。あなたなら理解してくれると思うけど、味方を見殺しにする事だけは絶対にやっちゃ駄目よ」
「はい、僕は見殺しになんて出来ないです。今までもなるべくなら全員助かるように試行錯誤していました」
「ここから先の結果はあなたにとって不幸なことかもしれないけれど、聞きたくないとしたらこの部屋から出て行ってください。もしかしたら、今までの行動を全て否定してしまう事になるかもしれないのよね」
僕はマダムの言葉通りに受け取ったのだけれど、部屋から出て行く気にはなれなかった。そもそも、この占いが本当なのかはわからないし、本当だとしても必ずその通りになるわけでもないだろう。
僕とマダムの間に立っているマヤさんは僕達のやり取りにそれほど興味があるわけでもなさそうなのだけれど、時々僕と目が合うと手を振ってくれていた。それだけなのだけれど、何だかその行動が嬉しかった。
「本当に出て行かなくていいのね?」
「はい、占いのすべてを信じているわけでもないし、何か言われてもそれを意識して避けていけばいいと思ってますので。マダムの占いの結果を知ってから気を付けて生きていこうと思ってます」
「そうなのね、最後にもう一度聞くけど、本当にこの部屋から出て行かなくていいのね?」
「ええ、僕は最後まで生き抜くためにもマダムの話を最後まで聞きたいです」
「それならもう止めはしないわ。マヤさん、部屋に誰も出入りできないようにしてちょうだい」
「はーい、でも、本当にこれで良かったのかな」
二人の言葉に少し怖気づきそうにもなっていたが、僕は占い程度では自分の信念を曲げないつもりだ。今までどんな信念があったかと聞かれると、サクラに会いたいという気持ちだけで色々と乗り越えてきたのだと思う。
「じゃあ、あなたにとって少しショックな話かもしれないけど、心して聞いて頂戴ね」
部屋の中はどこにも窓はなくドアも締め切っているはずなのに、どこからか風が吹き込んでいた。どこを見渡しても風が吹き込むような場所はなく、二人も気にしている様子はなかった。
「あのね、あなたは自分の本当の姿を知らないと思うのだけど、それを知った時は自分の今までの行動を後悔するかもしれないのよ。なぜなら、あなたが自分で選んできた道も、全て仕組まれてきたことだったんだけど、私や助言者があなたに近付いたことでその道も少しずつあなたの意志で選ぶことが出来るようになっていったのね。その結果がどうなるかというと、あなたの事を支配しようとしている者から自由になれると思うのよ。ただ、その道はとても険しく辛いものになるでしょう。あなたがその道を選ぶ理由は私には見えないけど、私に見えるのはあなたがとても大きな存在と戦っている姿だけなのよ。結果までは見えないんだけど、それはまだ結果が決まっていないという証拠でもあるのよね。あなた次第では上手くいくだろうし、その逆に失敗してしまうかもしれない。でも、あなたは何度でもやり直せるのだから諦めないで欲しいわ。あなたが諦めた時に一番大きな災いが世界に降り注ぐみたいだからね。それに、あなたを支配しようとしている者がサクラの存在をあなたから遠ざけているようなのだけど、そいつと戦うために非情にならないといけないみたいだから、あなたはきっと非常になり切れずに諦めてしまうんじゃないかしらね」
「僕が諦める事なんて無いと思いますけど、諦めたら全てが終わると知ってしまったらますます諦める事なんて無いと思いますよ」
マダムは僕から視線を外すと、何か辛い事を言い出せないような表情を浮かべていた。マダムが苦悩している様子が僕から見てもハッキリとわかってしまったのだ。
「あなたにはとても酷な話だと思うのだけれど、ここまで来たらちゃんと最後まで聞いて欲しいの。あなたが自分を解放してそのサクラと幸せになるためには、最愛な人を犠牲にしないといけないのよ。でもね、あなたにとって最愛の人を犠牲にしてまで手に入れた勝利の結果、最愛のサクラを失うのは本末転倒よね。あなたは最愛の人を失う事なんて出来ないと思うし、最愛の人を失った結果に手に入れた世界で何をするのかしら」
僕はマダムの言っている事を聞いて何も考えられなくなってしまった。自分の最愛の人を犠牲にしなければ勝ち取れない世界に意味があるのだろうか?
しかし、勝ち取らなければサクラに会えないのだとしたら、サクラを犠牲にしても勝ち取るべきなのだろう。それに、サクラも転生者だから生き返る事が出来るはずだ。生きてさえいればアスカの能力で迎えに行く事だってできるだろう。
「もう一つ、伝えておくのだけど、あなたが最愛の人を犠牲にして勝ち取った世界はサクラさんに会えると思うけれど、その前にサクラさんが死んでしまっていたら会えないわよ」
「同じ世界に転生していないとしても、アスカの能力で迎えに行く事は出来ると思うんだけど。死ぬ前にサクラの魔力を感知してもらえばいいだけだと思うんだけど」
「あのね、あなたとサクラを引き離している者は言ってみれば神に等しい存在で、もしかしたら神そのものなのかもしれないのよ。そんな強大な力を持っている相手を倒してしまったら世界のバランスも崩れるでしょうし、転生者みたいな強力な存在は世界に与える影響も大きいのだから、生き返らせることなんて出来ないんじゃないかしらね。私もその先まで見えるわけじゃないからあくまでも予想でしかないんだけど、あなたが勝ち取った世界ではあなたが神にでもならない限り死者を復活させたり転生させたりは出来ないと思うのよね」
「じゃあ、どうすればいいって言うんですか?」
「そこが問題なのよね。そこで一つ提案があるんだけど良いかしら?」
「なんでしょうか?」
「うちのマヤさんを愛しなさい。それこそ、あなたが思っているサクラよりも深く強く愛しなさい」
「なんでそんな事をしないといけないんですか」
「あなたの中で最愛の人を犠牲にしないといけないのならば、サクラが最愛の人じゃなくてもいいはずよ。それに、マヤさんなら犠牲になっても平気だからね」
「ちょっと待ってください。その言い方はマヤさんにも失礼すぎますよ。僕だってそんなの認められません」
僕はこの人の言葉が信じられなかった。新しい世界ではサクラが生き返れないことがあったとしても、そのサクラを生き残らせるためにマヤさんを犠牲にしろとは酷すぎる。自分の子供を他人の為に差し出して犠牲にしても良いとはどういうつもりなんだろうか。
「その子は大丈夫なのよ。あなた達よりも強いから役に立つし、何より、命を持っていないからね。マヤさん、服を脱いで見せてあげなさい」
先ほどから僕はマダムの言葉の意味をストレートに理解することが出来ないでいた。いったい何を言っているのかわからないけれど、マダムの言葉に頷いたマヤさんは服を脱いでその背中を僕に見せてきた。
さすがに前を見せるのは恥ずかしいのだろうと思っていたけれど、僕もその肌を凝視することが出来なかったので横目に見てみると、背中の中央に大きな穴が開いていて、その穴に鉱石がはめられていた。
「この石は魔力を蓄えることが出来る石なんだけど、マヤさんの心臓の役割も果たしているのよ。最近では魔力を供給する事も難しくなってきたんであまり活動的ではないのだけれど、どこかに魔力溜りでもあれば教えてもらいたいもんだわ。そんなわけで、この子はもう人間じゃないからいくら犠牲にしたって大丈夫よ。たとえ死んだとしても、その石に記録された記憶が新しい石へと転送されて私がまた体を作るだけだからね。そういう意味ではあなたみたいな転生者に近い存在なのかもしれないわね」
「魔力を貯める上限とかってあるんですか?」
「さあ、あるかもしれないけど、そこまで大きな魔力にふれたことが無いからわからないけれど、それなりに蓄えられると思うわよ。本来ならあなたの魔力を吸い尽くしてからにした後で私のペットにするんだけど、転生者のあなたはそれよりももっとこの子の役に立ってくれそうだものね。どこかに魔力溜りがあるのなら教えてちょうだいね。檻の中に捕らえている娘が必要なら解放するわよ」
もしかしたら、俺の魔力を分け与えてあげることが出来るのではないだろうか。そうすればここに捕まっている男の人達も必要なくなるのかもしれない。誰に頼まれたわけでもなけれど、意味も分からずにつかまっているのは気の毒過ぎる。
「あの、それなら俺が魔力を分け与えますよ」
「転生者ってのは魔法が仕えないんだから魔力もないだろ?」
「ま、見ててくださいよ」
俺はいつもの調子で魔力を分け与える事にしたのだけれど、普通の人なら持て余すような量を送っても全く終わりが見えてこない。これ以上はさすがに辛くなりそうなのでやめにしておいたけれど、二人は僕の行動がもたらした結果に驚喜していた。
「これは凄い。あなたの生涯で一度だけの奇跡だとしても凄すぎる。今まで二十年近くかけて貯めてきた量をはるかに超えていたよ。それにしても、マヤさんはどうかな?」
「ママ、凄いよ。このお兄さんの魔力が私の中を駆け巡っているよ。変に汚されてもいないから不快な感触も無いし、純粋な魔力は初めてかも」
「そいつは良かった。よし、これだけの魔力があればマヤさんがあんたの戦うべき相手を探してくれると思うよ。色々な世界を見て回らないといけないから魔力が必要だと思うんだけど、あんたがくれた魔力を使えば痕跡くらいは探せそうだね。ところで、今のはどれくらい待てばもう一度やってもらえるのかな?」
「そうですね。一晩寝たら大丈夫だと思いますよ」
僕の発言が再び彼女たちを驚かせた。
「ママ、私はこのお兄さんと幸せになるよう」
そう言って僕の腕に抱き着いてきたマヤさんの笑顔は無邪気な子供のように見えて可愛らしかった。こんなに無邪気に喜んでくれる女の子を犠牲にする事なんて出来ないと思いつつも、抱き着いてきているマヤさんの体温が感じられずひんやりとした感触が宝石にも思えてしまい、僕の中で複雑な感情が入り混じってしまった。
明日も魔力を注入して元気になって貰えればいいかと思い、アスカも開放してもらわなくてはいけないと考えていた。





