新世界と旧世界
目を開けるとそこは見覚えのある場所とは異なる空間が広がっていた。
今までは死んだ後に目を覚ます場所とは違い、暗闇にいくつかのろうそくの炎が揺らめく静かな空間になっていた。
いつもの女もおらず、僕がこれからどうしたらいいのか考えていると、遠くの方から足音が近づいてくるのが分かった。
「お待ちしておりました。あなた様がこちらにいらっしゃる機会はそうそう多くはありませんので、タイミングを逃すといつになるのかわからなくなってしまうのですよ」
近付いてきた男は以前会った時と違う顔ではあったけれど、声は間違いなくクエリアだった。
「あなた様にもう一つお願いしたいことがございまして、我々の方も裏で色々と行動を起こしていたのです。あなた様が本来の力を取り戻すのも時間の問題だとは思いますが、我々としましてもその時間が早まる事に問題はございません。ここに居られるのもあと数分といったところでしょうか。あちらの世界と都合に無理やり割り込んでいるので融通は利かないのでございます。そうそう、本題に入らせていただきますね」
僕にそれを拒む選択権は無いようではあったけれど、何か言い返したいのに声が出ない。
体にも力が入らないので腕を上げる事すらできなかった。
「そうそう、無理やり割り込んだ事による弊害だとは思うのですが、こちらの世界に連れてこれたのはあなた様の『精神』だけでございます。私どももあなた様と話し合いを望んでいるのですが、今回はあなた様に一方的に話しかけることをお許しくださいませ。これから数分後にあなた様の『精神』も元の体に戻ると思いますが、次のスキルを選ぶ際にですが、私どもが今あなた様に差し上げるスキルを選ばないで頂きたいのです。このスキルは単体では役に立つどころか、あなた様の力を制限してしまいかねないものなのです。今は役に立たなくても後々役に立つと思いますので、それまで辛抱していただけるとありがたい限りでございます」
クエリアはそう言いながらも僕の体に何かを植え付けていた。
不思議と嫌な感じはしなかったのだけれど、このままクエリアを信じてもいいのか疑問に思っていた。
「以前も申し上げましたのですが、誰の事も信用してはいけませんよ。私の事はもちろん、ご自身でさえ信用なさらない方がよろしいと」
それだけを言うとクエリアは消えてしまい、遠くに見えるろうそくから順番に消えていった。
最後のろうそくの灯が消えた時には僕の意識も遠くに行っているような気がした。
「おや、今回はここに来てから意識が戻るまでに少し時間がかかったようですね」
僕が目を開けるといつもの場所で、いつもの女が僕の顔を覗き込んでいるところだった。
「今回も魔王は倒せませんでしたね。
って、魔王のいない世界に行っても意味がないって理解していますか?
あなたが行き先を決めているわけではないと知っているのですけど、これだけは言わせてもらいますね。
あなたの目的は魔王を殲滅する事です。
他の転生者には無理でも、私達が選んだあなたなら大丈夫ですよ。
さあ、今回は真面目に選んでくださいね。
その前に、スキルに変化があったか確認しましょう」
『武器の力を引き出す』が『武器の威力を上げる』
『即死攻撃を無効化する』が『即死攻撃を反射する』
にそれぞれ変化していた。
『水と酸素だけで生きていける』は変化せずそのままであったのだけれど、このスキルの行きつく先がどこなのかが気になってしまう。
「さあ、今回もサクっとスキルを決めて新しい世界で魔王を倒して倒して倒し尽くしましょうね」
そう言いながら嬉しそうにしている女を見ているのも釈然としないので、今回はゆっくりとじっくり選ぶことにしようかと思った。
自分が選べるスキルを見ていたのだけれど、どの組み合わせが最適なのか想像もつかないでいた。
いたいのは我慢できることもあるけれど、罠に気付けないのは困るので一つ目は『隠されている罠を見つける』にしよう。
二つ目は『全体のスピードが速くなる』に決めた。
三つめは今まで選択肢にも出てきたことが無い『効果範囲を限定しない』に決めた。
三つめがどのような感じなのかはわからないけれど、そこまで役に立つものではないだろう。
クエリアが言っていた、『誰も信じるな』って言葉を信じると、選べって事だろうし失敗したとしてもやり直してみたらいいのだから。
僕はスキルを決めたことを伝えると、目の前の女は祈りを捧げるようなポーズから両手を僕の前に伸ばしてきた。
「さあ、あなたが選んだスキルは
『隠れている罠を見つける』
『全体のスピードが速くなる』
『効果範囲を限定しない』
『魔力を与える』
の四つですね。
また私の知らないスキルを選んでるみたいですけど、あなたって自分勝手なんですか?」
女は自分の知らない事があると気分が悪くなるのか、いつもよりも投げやりな感じで僕は光に包まれていた。
「私の知らない人に何をされているのかわかりませんけど、あなたは私達の最後の希望なんですからね」
女の声に何か返そうかと思っていると、目の前の景色が変わっていて、大きな屋敷を見下ろす高台にいるようだった。
「あんたさぁ、自分勝手に何かするのはあんまりよくないと思うよ」
そう言いながらリンネが僕の目の前に現れたのだけれど、その言葉を聞いている途中に右手をリンネに向かって伸ばしてみた。
「ちょっと何するのよ。気やすく掴まないでちょうだい。そうやって私でスキルを試そうとするのは良くないわよ」
僕に掴まれても憎まれ口を辞めないリンネではあったけれど、僕の顔をじっと見つめて何かを言おうとしているようだった。
「今回はお兄さんをすぐに見つけることが出来てよかった。私の世界に戻って探していたんだけれど、今お兄さんがいるのは私の世界のすぐ近くの時間軸なんだよ」
「さすがに今回も魔王がいない世界ってわけではないだろうし、あんたも出来るだけたくさんの魔王を倒しなさいよ」
そう言って消えようとしていたリンネではあったけれど、僕の手に掴まれているからなのか消えることは出来なかった。
僕の後ろから話しかけていたアスカが僕の手の中のリンネを見つめているのだけれど、その視線が何だか醜いものを見るような侮蔑を含んでいるように感じてしまった。
「お兄さんが捕まえているそれって何なのかな?」
アスカの顔は笑顔に戻っているけれど、僕が一瞬見た表情は忘れることが出来ないだろう。
「なんでもいいから離しなさいよ。早くしないと間に合わなくなるじゃない」
リンネを掴んでいる手に衝撃が走ったのだけれど、その時のリンネは背中の羽がハリネズミの様な針に変化していて、僕の手の中で暴れていたからのようだった。
「しばらくは助けてやらないから反省しなさいよ」
そう言い残してリンネは消えていったのだけれど、アスカはその様子をじっと見つめていた。
何やら不敵な笑みを浮かべているようではあったけれど、僕は目の前にある大きな屋敷が気になってしょうがなかった。
「あそこに行ったら何かあるかもしれないわね。仕方ないからついて行ってあげるわよ」
先ほどとは違って嬉しそうな表情を浮かべているアスカではあったけれど、屋敷の目の前までくるとその表情は一気に曇っていた。
「ちょっとこれは悪趣味すぎるわよ」
屋敷を覆う壁には無数の顔が描かれていたのだけれど、近くで確認するとソレはやたらとリアルで精巧に作られているようだった。
「これってもしかして、本物の人間の皮じゃないわよね?」
壁に描かれている顔のうちいくつかを触ってみたけれど、どれも作り物とは思えないような瑞々しさがあったのだ。
「そんなにじっくり触らないでよ。作り物だとしても悪趣味だし気持ち悪いでしょ」
僕が触ったからなのか、アスカが言った言葉に反応したのかわからないけれど、僕が触っていた顔が急に眼を見開いて歌いだした。
僕は驚いてしまったのだけれど、アスカは先ほどとは違って冷静に観察しているようだった。
「ねえ、なんでその顔に魔力を与えたの?」





