強制
リリンとの訓練と言った方が正しいような戦いを繰り広げていて気付いたのだけれど、もう一人のリリンが新しく開発した必ず殺す魔法を僕に試してみているようなのだけれど、もちろん僕には効きはしないのであった。
魔法を撃ち終わった後はかなりの疲労が残っているようで、ほぼ動けなくなっているようなのだけれど、僕が少しだけ魔力を分けてあげると魔法を撃つ前よりも元気になっているような気がしていた。
僕と戦いを繰り広げているリリンも日が落ちるとどこかへ出かけているようで、朝になると嬉しそうに武器をたくさん持って僕の前に戻ってきていた。
どこへ出かけてどこから武器を持ってきているのか尋ねてみると、ここから少し離れた湖のほとりに洞窟があって、その中に入るといつも武器がそこそこ落ちているらしい。
との事だったが、その洞窟は入るたびに中の形状が変わっていて、落ちている武器もその時々で異なるようだった。
その洞窟である程度武器を集め終わると出口を探すことになるらしいのだけれど、リリンは洞窟に穴を開けて外までの道を新しく作っているらしい。
空いた穴も外に出た時には元に戻っているようで、どのような素材でどのような仕組みになっているのかはわからないけれど、内側からは壊すことが出来たとしても、外側からはどのような攻撃も聞かないようだった。
リリンが持って生きた武器の中でも見たことが無いような物や使い方のわからないもがあると、僕が率先して使う事でお互いが使えるようになると言った感じで物事が進み、それを初めて数週間経った時には知らない武器は無くなっていた。
僕もリリンが武器を回収している洞窟に行ってみようと思ったのだけれど、なぜかリリンとリリンは入ることが出来るのに、僕とアスカは中に入ることが出来なかった。
原因は不明だけれど、僕とアスカが近付くと見えない壁に行く手を遮られて、侵入を防ぐかのように強風に体を押し戻されることとなっていた。
それとは別にではあるけれど、時々は怪物たちの街にも行ってみたりしてリリンと怪物たちの仲を取り持ってみたりしていたのだけれど、外にはもう怪物たちを襲うリリン達がいなくなったのを知ると、みんな外に出て今ではちょっとした集落が出来つつあった。
と言っても、僕達と怪物以外に生物のいない世界でどのように暮らしていくのかは少し気になってしまっていた。
その事をアスカも考えていたらしく、アスカの『空間』を使って別の世界からこちらの世界に家畜や他の世界では駆除対象の動物を多く連れてきているようだった。
どれくらいの個体がこの世界で生き残れるのかわからないけれど、この世界は気候も安定していて天敵と呼べる存在もリリン位しかいないので、意外と反映して新たな生態系を築いてしまうのではないだろうか。
アスカは元の世界の罪人たちもこの世界に連れてこようとしていたようだったけれど、さすがにそれはいけない事だと思ったようで、一応偉い人たちに話を進めるだけにとどめてみたようだった。
この世界で最強のコンビであるリリン達がどれくらい他の世界で通用するのかは判断できないけれど、他の世界でも今の力を発揮できるのならばほぼ無敵ではないだろうか。
体勢が無ければ即死してしまう攻撃に耐えたとしても大ダメージを受けてしまい、ソレに生き残ったとしても残ったリリンが確実に殺しに来ると言うのは複数人で戦ったとしても、確実に生き残れるとは限らないのではないだろう。
それに、僕がちょいちょい魔力を与えた影響なのかわからないけれど、リリンの限界魔力値が上がっているようで、最初は一度しか使えなかった魔法も今では連続で五回使っても普通に行動出来るくらいに成長をしていた。
僕は相変わらず成長していないのでどれくらい変わっているのかはわからないけれど、この二人が強くなっている分くらいは強くなっていて欲しいと願った。
野に放たれた害獣も時々僕達の前に現れたりもするのだけれど、リリン達との戦闘時に出くわした害獣はほぼ逃げ出してしまった。
僕達も害獣を追うつもりはないし、集落を作っている怪物達も今のところは関心を持っていないようであった。
そんなことを時間にしてどれくらい経っただろう、季節が変わらないのでわかりにくいのだけれど、体感的に数年は確実に過ごしていた時にそれは発生した。
僕とリリン達の戦いの間はほぼ空気だったアスカがどこからか見つけてきた人形があったのだけれど、いつも僕達の戦っているそばにあったためなのか、その人形が突然自我を持って僕達の前で急に歌いだした。
その歌声を聞いている間はなぜか体に力が入らず、立っているのもやっとの状態になってしまった。
人形は歌を歌うだけで他に何もしようとはしなかったのだけれど、いつ歌いだすのかがわからなかったので、割と無防備な状態で攻撃を食らったりもしてしまった。
もっとも、そのような無防備の状態で攻撃を食らったとしても、僕は致命傷を受けることもなく、多少は怪我をしてしまったりもしたので、その歌が聞こえる前よりは訓練になっているように感じていた。
不思議な事に、その歌声で体力が奪われるのは僕とリリン達だけで、アスカやたまに見物に来る怪物たちは何の影響も受けていなかった。
それどころか、その歌声を聞くことも無いようであった。
何度か試してみてわかった事だけれど、歌を歌うのはリリンが魔法を使って数分経った時が一番多かったのだ。
もちろん、魔法を全く使っていない時にも歌を歌っている事はあったのだけれど、魔法を使って僕に対してもう一人のリリンが武器を構えて向かってくるときが一番多かった。
その歌は多くても一日に二回くらいで、全く歌わない日もあったのだけれど、その違いは全く見当もつかない状態であった。
さて、そのような状況がしばらく続くと、アスカもその人形が歌うのか気になったようで、リリン達に加わって僕と戦うことになってしまった。
もっとも、三人に増えたところで僕の負担が増えるわけでもなく、人形の歌が聞かないアスカが鬱陶しく感じるくらいで大きな変化はそれほどなかった。
ただ、僕の魔力も実は限界があるらしく、アスカとリリンに魔力を与え続けるていると、僕の魔力が底をついたようで、人形の歌声とは別に体に力が無いらなくなってしまう事がたびたびあった。
その頃には人形の歌声の影響がアスカにも届いていたようで、僕の不調が長く続くことに疑問を感じたのか、気遣って色々と見てくれるようになっていた。
僕の魔力が頻繁に底をつくようになった時には、リリンは一日に数十回魔法を使えるようになっていたし、リリンも持って来た武器が耐えられないくらいの攻撃回数を繰り出すようになっていた。
結果的にそれまでは毎日のように戦っていたのだけれど、僕の魔力的な負担とリリンの魔法を使う事による精神的な負担と、リリンが回収する武器が足りていないこともあって、闘いは三日に一回のペースに変わっていた。
それでも何回か戦うとそれぞれの負担も大きくなっているようで、闘いが五回続くと更に三日休むようになっていた。
人形の歌も止むことは無く、気付いた時には一日に何度も歌を歌っているような状態になっていた。
相変わらずその歌を聞くと体に力が入らないのだけれど、それは皆同じことなので特別気にはしていなかったのだ。
見学に来る怪物達の中にはリリンの魔法を食らいたいものもいたのだけれど、それは唯の自殺願望でしかなかったで、自ら死にたいものを殺めるつもりのないリリンはその提案を拒否し続けていた。
それからまたしばらくたったある日、他の大陸に隠れていた怪物達も僕達の闘いを見物するようになっていて、いつの間にか僕達の闘いは一大イベントになっていた。
四季が無いのでわかりにくいのだけれど、年に数回は僕達でもちょっと多すぎだろうと思うような数の怪物たちが見学に来ることがあって、それは決まって二つの月が新月になる時であった。
この世界は月が二つあるんだなと思っていると、二つの月が満月の時には人形が全く歌っていないことに気付いた。
月の影響が怪物だけではなく人形にもあるのだと思うと、この人形は新しい怪物になりえる存在なのではないかと感じていた。
それまではいつも戦っている平地でも観客たちはそれなりに楽しめているようだったけれど、あまりにも数が増えすぎたためか特設の会場を作る事になってしまった。
僕はその会場づくりには参加していなかったのだけれど、アスカは率先して関わっていたようで、自分の世界の建築家や作業員などを連れてきていて、この世界の怪物達にも建築技法などを教えているようだった。
大きな建物を作る技術や道具が不足しているこの世界では、建物を一から作るのではなくもとからある環境を使って会場を作る事になったらしく、大きなくぼ地を魔法で作ってその中にすり鉢状に席を設置する方法をとっているようだった。
一番外から中心まで歩いて行くと一時間近くかかりそうな距離があったのだけれど、移動はアスカの『空間』を使うので問題はなかった。
僕達の闘いは基本的に夜になるまで続くのでいつから見ても大丈夫だとは思うのだけれど、この会場で闘いをするようになってからは、少しでも近くで見ようと戦いが終わった日の夜から場所取りをするものもあらわれるようになっていた。
次の日が闘いのない日だと知っていても、二日間徹夜するものも出るくらいにこの世界では娯楽が少なくなっているようだった。
一つ不思議な事に、アスカもリリンも人形を連れてきていないのだけれど、なぜか必ず僕達が闘うときには近くに人形が置いてあった。
普段はアスカの部屋に置いているのだけれど、闘いになるといつの間にか近くにあって、アスカの『空間』の中に入れておいても、いつの間にか闘いを近くで見ているのだった。
その日は新月でいつも以上に観客が多かったのだけれど、それだけが原因ではなく翌日から十日ほど闘いを休止する事になっていたのも影響していただろう。
会場は闘いが終わった後には一度完全に観客を外に出し、日付が変わってから再入場という形になるのだけれど、十日ほど休止する事を知った者たちが大挙して押し寄せたため、太陽が昇る前に全ての席が埋まってしまい、席の後ろに立って見る者が出たので今まで見たことも無いような数の怪物たちが集まっていた。
アスカが招待していた建築家たちの席も開放することになったので会場は闘いが始まる前から歓声が止むことは無く、太陽が昇り切って僕達が登場した時には暴動にも近い怒声が飛び交っていた。
いつものように開幕を告げるようにリリンの魔法が炸裂すると、その衝撃を感じた怪物が前から順番に静かになっていき、リリンの攻撃を目の当たりにした怪物が歓声を上げるとその後に続くように歓声がこだましていた。
僕はいつものように魔法を全身で受けてからリリンの攻撃を受け流しているのだけれど、いつもとは違ってアスカが追撃してこないのが気になってしまった。
リリンの攻撃を一通り受け切った時には魔法のスタンバイも終わっていたようで、リリンがその場を離れたのと同時に二発目の魔法が僕の全身に衝撃を与えた。
いつも感じない衝撃に違和感を覚えていると、その向こうから再びリリンの攻撃が襲ってきた。
一度目は大きな剣を振り回していたリリンではあったけれど、二回目の攻撃は両手に刃の付いた小手を装備しており、射程距離は短いものの攻撃回数は比べ物にならないくらい多かったので、その一撃一撃を交わすのも大変であった。
その後もリリンの魔法の後にリリンが様々な攻撃を繰り出してきたのだけれど、アスカの攻撃のタイミングがわからないまま時は過ぎ、気付いた時には太陽もかなり低い位置まで降りてきていた。
どれくらいリリンの攻撃魔法を食らったのかはわからないけれど、その攻撃とは別に色々な衝撃が僕の全身を襲っていた。
何度か気になって確認しようとしていたのだけれど、リリンの攻撃が終わってから魔法が飛んでくるまでの間が全くなく、確認しようにも魔法を全身で受けているため思うように体を動かせないでいた。
時々人形の歌声も聞こえていたのだけれど、今日は観客の歓声が大きいせいかいつもよりは歌声も聞こえにくく、リリン達もそれは感じている様子だった。
いつもより攻撃回数が多いリリンの動きが鈍くなってきたのだけれど、それを補うようにリリンの魔法が飛んでくるタイミングが短くなっていて、相変わらず僕が何かをするタイミングが掴めないでいた。
一つ目の太陽が沈み切って空がオレンジ色に染まった時に、リリンのコンビネーションに乱れが生じたのだが、そのタイミングでアスカの魔法が僕の動きを制限してきた。
そうか、アスカが僕の動きを制限する魔法を使っていたのでリリンの魔法を全身で受けることになってしまっていたのだろう。
次からはリリンの攻撃をかわしてから魔法を食らうまでのタイミングで何か対策をすればもう少し楽にさばけそうな予感がしていた。
今回は仕方ないと思ってリリンの魔法を全身で受け止めると、リリンの攻撃が……やってこない。
それどころか僕の体も動くことが出来なくなっていた。
人形の歌声も聞こえていないので不思議に思っていたのだけれど、先ほどまで聞こえていた歓声も鳴りやんでいて、会場全体が大きな影に覆われていた。
少しだけ動く顔を動かして空を見上げると、そこには大きくなった人形が浮かんでいて僕は口を開けたままソレを見つめることしか出来ないでいた。
人形の顔は見えないのだけれど、その大きな体が作り出している影は何とも不思議な感覚で、いい意味の緊張感を感じていた。
視線だけ落として周りを見てみると、リリンも上を見ているし、多くの観客も上を見て驚いているようだった。
そんな状況の中で僕は今まで体験したことのない悪寒を感じていた。
「そのまま上を向いていただけるとありがたいです。私の刀が一撃のもとあなた様の首を跳ねて差し上げます。……失礼いたします」
見上げていたはずの視界がゆっくりと動いていたのだけれど、気付いた時には自分の足が目の前にあったような気がしていた。
僕が光を感じ始めた時には消えていた歓声が戻っていたのだけれど、遠くなる意識の中で歓声が怒号と嗚咽に変わっているような感じがしていた。
ハッキリと覚えていないのだけれど、僕にはそう感じていた。





