即死するか大爆発で死ぬか
何だかわからないけれど、人間であるという理由だけでは説明がつかないくらいのもてなされ様に戸惑ってはいたけれど、アスカはそんなことは気にしていない様子で宴を楽しんでいるようだった。
見たことがあるような食材を今まで味わったことが無いような味付けで頂く食事は少しだけ刺激的ではあったけれど、体が拒絶するほどの物ではなく、一つ食べると次も次もと食べたくなるような味付けだった。
一通り食べ終えて満足していると、奥から今までとは雰囲気が異なる皿が出てきた。
見た目はなかなかにパステルな色遣いで、小さい子供や派手好きな人には喜ばれそうだとは思って見たが、僕はあまり派手な色の食べ物は好みでないので手は進まなかった。
そんな中、当然と言うべきなのだろうか、アスカはその可愛らしい手を伸ばしてカラフルな料理を口に運ぶと、無言のまま二つ目へと手を伸ばしていた。
僕も一つくらいは食べてみようかなと思ってお皿に向かって手を伸ばしてみると、そこは何とアスカが最後の一個に手を伸ばした後だった。
どんな味だったのか気になっていたけれど、最後の一つまで食べられてしまったなら諦めるほかなかったのだ。
なくなってしまったものは仕方ないと諦めていると、一度下がった怪物が再び戻ってきた。
その手には木で出来ているお盆を大事そうにしっかりと握っていた。
「このお菓子は見た目も派手なもんであんまり人気ないんですけど、こんなに気に入ってもらえた見たいで嬉しい限りです。よろしければ追加もお持ちいたしましたのでどうぞどうぞ」
勧められたお菓子を一口頬張ってみると、見た目ほどサイケデリックな味わいではなく、どちらかというと繊細な甘さの食べ飽きないお菓子だった。
甘いには甘いのだけれど、くどすぎる甘さではなく上品な甘さでいつまでも口の中に残る感じはなく、どちらかというと爽やかな甘さに包まれていた。
二口三口と食べ進んでいっても甘すぎることは無く、全て食べ終わるころには柑橘系の様な爽やかな酸味と甘さが口の中を綺麗にしていった。
「私もこんなのは食べたこと無かったんで驚いているんだけど、お兄さんも同じみたいだね。どうしてこんなに美味しいものを作れるの?」
アスカの質問に答えようとしている怪物はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「それはですね、以前この街にやって来た人間種の人に人間が好きな味付けを教わったからなんです。ただ、味はあなた方人間種の方の好みに寄せられたとは思うんですけど、私達は味と匂いの違いが分かっても色の違いが判らないんです。それで、教えていただいた方にも言われたんですが、味はいいけど見た目はまずそうだと言われてしまいまして。色の違いだけはどうやっても見分けられなかったのです」
「このお兄さんを含めてほとんどの人間は見た目から入る傾向があるんだけど、私はそう言うの無いんで最初から美味しく食べられたよ。このお兄さんは美味しいものとかを目の前に出されてもなかなか手を出さない人だからね」
こっちを見ながらニヤニヤしているアスカが気になってはいたけれど、心の広い僕はそのような事は気にせずに残ったお菓子を食べていた。
「食べ終わった後に言う話でもないと思うんですけれど、お二方様に協力してもらいたいことがございまして。もしよろしければお力をお貸しいただけないでしょうか?」
ただ歓迎されているわけじゃないのは何となく感じていたけれど、その頼みが面倒な事でなければ協力くらいしておこうとは思うくらい、ここで食べた食事は美味しかった。
「美味しいものをたくさんいただいたので出来る事なら協力しますよ」
僕がそう答えるとアスカもうんうんと頷いていた。
「では、簡単にこの街の事をご説明させていただいてから本題に入らせていただきますね。
まずは、この街なんですが我々も原理はわからないのですけれど強力な結界によって外部から隔離されております。
時々ではありますが、あなた方のように結界内に突然現れる方もいらっしゃるのですが、そのほとんどはこちらの問いかけには答えてくださりませんでした。
そんな時はあなたがかかったような罠か出口に誘導して外におかえりいただくのですが、中にはそれを全て躱して長い間この街で彷徨っているような方もいらっしゃいます。
あなた方のように話を聞いてくれた上に、私達の出したものを残さず食べてくれる方なんて長い歴史の中にも数えるほどしかありませんでした。
ですが、あなた様方は我々の願いを聞いてくれるというのは喜ばしい限りであります。
結界の話に戻りますが、仕組みはわかりませんが一人の魔導士がこの街の中央に大きな宝石の原石を設置いたしまして、その石に毎日魔力を注ぎ込むようにと言われました。
そうすると、その石を中心として結界が徐々に広がっていき、最終的には街の境界線まで広がり続けていきました。
その後も魔力を注いでいると、結界は丈夫を通り越して絶対に壊れなさそうな強度まで高まっていました。
その時に気付いたのですが、石に魔力を注ぐとき以外は一切魔法が使えなくなっていたのですよ。
結界の中に引きこもっていれば魔法は使えなくても問題ないので、全員平等に魔法を使えなくなってしまったため世界でも平和な村になったと思います。
どこからかそんな村があると言った噂が広まっていったらしく、戦闘が苦手だったり争い事が苦手なモノが集まる店になっていたのです。
そうしていつの間にか大きくなった村は、どこにも所属していないままなのに人口が増えていき、それに伴って結界の拡張範囲が大きくなっていったのです。
そんなわけで、この街の結界の中では魔法をお使いいただくことは出来ませんので、身体能力と頭脳で問題を解決するようになったのでした。
平和に暮らしていた私達ではあったのですが、最近になって突然強い人間がこの街を襲おうとしだしたのです。
そこで、その二人に対してこの街は他の人々に危害を加えないとお伝えいただきませんでしょうか。
それであの二人がここに攻撃を仕掛けてこなくなれば私達は嬉しいのですから」
要するに、この街の中では魔法は使えないのだけれど、この街にちょっかいを出してくる二人組を何とかしてほしい。
そんな感じだろう。
「ええ、どんな奴でも言葉が通じるなら何とかなると思いますよ。こう見えて、交渉事は得意なんですからね」
僕が選んだ以外で持っている『交渉』のスキルがあるのだから何とか話し合いは出来るだろう。
「その二人ってどんな感じなんでしょうか?」
「一人は剣士で一人は魔法使いですね。
私達も話しかけに行ったことがあるのですが、この結界を抜けてしまうと他種族の言葉が理解できなくなってしまいました。
私達が目の前に出ると、魔法使いの方が今まで見たこともない魔法を放ってきまして、その一撃で多くの仲間が倒れてしまいました。
その魔法はどうやら禁断の魔法らしく、我々の中で一番魔法の知識があるものでさえ対策方法は見つけられなかったそうです。
我々が長年かけて築き上げてきた街が消されるのはさすがに我慢できないのです。
そうそう、その魔法使いの魔法なんですが効果が二つあるみたいでして、一つ目は『耐性のないものを即死させる』というものでして、二つ目は『生き残った者に極大ダメージを与える』そうです。
それでも生き残った者がいた場合に剣士の方が出てくると思うのですが、我々は即死魔法をどうにかできても、その後のあほみたいに強力な魔法に耐えられる者もおらず、どんな剣を使うのかすら見たものはいないのです。
どうでしょう?
やっていただけるでしょうか?」
僕はこれだけの食事を頂いてしまったし、これから先も何かしらお世話になるかもしれないので協力はしようと思うのだけれど、アスカはどうだろうか?
「私は協力するんだけど、お兄さんはどうするのかな?」
「アスカが協力しなかったとしても僕は協力していると思うよ」
僕の答えを聞いたアスカは嬉しそうに微笑むと一番強い魔法を探してくると言って結界の外へと駆けだしていった。
一人取り残された僕はどういった対策を立てるべきか考えてみたのだけれど、直接会ってみない事にはどんな感じなのかもわからないので考えがまとまりはしなかった。
「その二人組なんですけど、どれくらいの頻度で会えるもんなんですか?」
「そうですね、結界の外に出たらほとんどの遭遇するくらいの確率だと思いますよ。そんなわけで結界の外に何かをしに行く事もほとんどできないんですよね」
「それってアスカが危ないんじゃないか?」
「危ないかもしれないですけど、爆発音も閃光も無いので遭遇しなかったパターンじゃないでしょうかね?」
「それならいいんですけど、僕もちょっと様子見に出て見ていいですか?」
「いいですけど、我々は結界の外まで出ませんよ。それに、結界の中に入る方法は一つしかないので忘れないように覚えておいてくださいね」
その方法とは、結界の周りを歩いていると時々どこにも繋がっていないドアがあるらしく、そのドアを何度も出入りするだけでいいらしい。
出入りする時に結界内の誰かがその行為を確認した時に、一瞬だけ結界の入り口を開いてくれるという話なのだけれど、運が良ければ数回で気付いてもらえるらしいのだけれど、運が悪い場合は何度も何度も繰り返さないといけないみたいだ。
僕はその時だけでも運がよくなっているといいなと思った。
「今ならまだ引き返せますよ。出るのは簡単ですけど、結界内に戻るのは大変ですからね。戻る途中で襲われてしまう場合もありますし、襲われてしまっていたらこちらに招き入れることは出来ないと思ってくださいね。最後にもう一度だけ確認させてくださいね。本当に外に出るんですか?」
僕は決意を秘めた目で見つめると相手も納得してくれたようで、外への道を開けてくれた。
「この道を真っすぐ進むと外に出ることが出来ます。三本目の木を越えるまでは簡単に戻ってこれますけど、三本目の木を越えてしまうと外に出てしまいますので、気が変わった場合はその前に戻ってきてくださいね。出来れば二人組に遭遇しないことを期待してますけどね」
見送りに来てくれている怪物たちを背にして僕は外への道を進んでいった。
結界があると言われてもわからないくらい外との違いが感じられなかったのだけれど、自然な風景の中に突然歪んだ景色が現れていて、そこから先へ進むと別世界を通ってまた戻ってきたような感覚になっていた。
すぐに後ろを振り返ってみても何も変わったところはなく、そこに結界があって中には怪物たちの暮らす街があるとはとても信じられなかった。
さて、外に出たもののどうしたらいいかわからずに歩いていると、誰かが使っていたであろう武器らしきものが色々と落ちていた。
一通り手に取ってみたのだけれど特別なモノは無く、どこにでもあるような既製品の武器ばかりだったので適当に選んだ持ちやすい槍を手に進んでいく事にした。
持っている槍で時々草むらを探ってみたりしてみたものの特に変わった様子もなく、時々出てくる小動物に驚く程度でしばらく歩いていた。
今は結界の近くにいるのかもわからない状況ではあったけれど、突然現れた一枚のドアを見つけたことで、ここが結界の近くだという事がわかっていた。
もう少し探検しないともったいない気がしてドアを素通りしたところ、知らないカップルから声をかけられた。
「すいません、お兄さんってこの辺りの人じゃないですよね?」
「この辺りに人は住んでないから違うと思うよ」
そう言って二人でくすくすと笑っているのだけれど、二人とも目は笑っていない。
「僕はこの辺りの人間じゃないけど、君達はこの辺りの人なのかな?」
「お兄さんと同じでこの辺りの人間じゃないよ」
「でも、不思議だよね」
「何が不思議なのかな?」
「こんなところにあるドアって不思議に思わないのかな?」
「私だったら怪しいなって思うけどね」
「確かに気になるけど、何かのトラップでも仕掛けられているのかなって思ったんだよ」
「もっともなこと言っているけど、お兄さんは不思議だね」
「うん、お兄さんは怪しさ満点だよ」
僕に話しかけている二人の目は相変わらず笑ってはいなかったけれど、割と敵意は感じられない気がしていた。
「でもさ、お兄さんってどこから来たんだろう?」
「さっきのお姉さんもどこから来たんだろうね?」
「お姉さん?」
「お兄さんと同じで急に現れたと思ったら消えたんだよ」
「お兄さんは消えなかったけれどね」
アスカは結界から出たと時にすぐさま『空間』を展開してどこかへ行ったようだけれど、この人達はそれをずっと見ていたのだろうか?
だとしたら、結界の出口の事は理解しているのだろう。
「僕達はとある事情でこの辺を見ているんだよね」
「私達は怪しい人を探しているんだよね」
「僕は怪しいかな?」
「「うん、怪しいね」」
その言葉をきっかけにして目の前まで一気に距離を詰めてきた二人は、距離を詰めただけで戦闘態勢になるでもなくニヤニヤと笑っていた。
「そんな槍で僕達と戦うのかな?」
「私達と戦うのはお勧めしないけどね」
僕は今のところ戦うつもりもなかったので、持っていた槍を地面に突き刺してから二人の近くへと進んでいった。
僕が近付くと、それと同じ距離だけ二人が離れていったので、二人に取って戦いやすい距離というものがあるのだろう。
僕はまだ自分の得意な距離感を掴んでいなかったのでそこまで気にしていなかったのだけれど、機会があれば誰かに適正距離を教えてもらうことにしよう。
「このお兄さんはいったい何なんだ?」
「私達に近付こうとしているのかな?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「こっちの質問に答えてくれたらいいよ」
「私も聞きたいことあるからね」
「どうぞ、何でも聞いてください」
「じゃあ、お兄さんはここの世界の人じゃないよね?」
「お姉さんも違う世界から来たの?」
「うん、僕はこの世界の人じゃないよ。どうしてそう思うのかな?」
「この世界の事をまだ知らないのかな?」
「きっと知らないからあんな感じなんだよ」
「この世界で生きている人間は少ないもんね」
「私たち以外はほとんどお城に住んでるもんね」
「この世界の事を少し教えてもらってもいいかな?」
「いいけど、お兄さんの事も教えてね」
「私もお兄さんの事気になるな」
「この世界ってどんなとこなのかな?」
「もしかして、お兄さんって転生者ってやつじゃない?」
「転生者って聞いたことあるけど見たことないかも」
「最後に発見されたのって僕達が産まれる前だったもんね」
「私達が産まれた時にはもう絶滅したと言われてたのにね」
「絶滅って、同じ人間じゃないか」
「本当に同じなのかな?」
「違うって聞いているけど」
「僕達と違って死んでも生き返るしね」
「見たこと無いけど何度死んでも平気らしいよね」
「本当に転生者なら死んでも平気じゃない?」
「そうよね、ちょっと死んでもらおうか」
「ちょっと待ってよ、僕は転生者だけど死んでもここに戻ってこれないと思うんだけど」
と、僕が言いかけている間に女の子が持っていた水晶から放たれた魔法が一直線に僕の方へと飛んできた。
気付いた時にはもう目の前に迫っていて避けることも出来ずにただ立ち止まって受けることになってしまった。
魔法が僕に触れた瞬間に何とも言えぬ冷たさを感じていたが、それは耐えられないほどではなく、その直後に襲ってきた爆発と熱も多少驚くくらいで特に何も感じることはなかった。
「ちょっと待ってよ、私の魔法で無傷ってどういうこと?」
「あんなにピンピンしていたら僕の剣技も聞かなそうだよ」
「今まで失敗したこと無いのに失敗したのかな?」
「きっとそうだよ、もう一回試してみなよ」
男の子にそう言われた女の子が再び水晶に魔力を込めて魔法を放つものの、結果は変わらずに僕は多少髪型が乱れたくらいで何の効果も無いみたいだった。
「急に現れた時から変だと思っていたけど、このお兄さんは人間じゃないよ」
「私の魔法が効かない生き物なんておかしいじゃない。死ぬか大怪我を負いなさいよ」
「そう言われてもね、僕だって今まで一生懸命生きてきたんだけどな」
『即死攻撃を無効化』のスキルで最初の魔法を無効化できたとしても、魔法耐性の低かった僕なら爆発に耐えられずに死んでいただろう。
今のように魔法耐性が強くてよかったと心の底から感謝していた。
「どうしよう、僕達殺されちゃうのかな?」
「私達もたくさん殺してきたから仕方ないよ」
「大丈夫、殺したりはしないよ。ちょっとだけ僕の質問に答えてくれたらいいからさ」
そう言って笑いかけてみたものの、僕を見つめる二人はおびえた様子でいた。
男の子はおびえながらも僕から目を離すことは無く、女の子は一切僕と目を合わせてくれなかったのが対照的過ぎて印象に残っていた。





