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罠と僕と

「お兄さんって本当に変なところに出るのが好きですよね。私だったらもう少しまともなところに出ようと思いますけど」


そう言ってあたりを見回しているアスカであったけれど、建物の角から少しだけ顔を出して覗いている姿は親に隠れて悪さをしようと企んでいる子供のように見えて少し面白かった。


「ちょっと笑ってる場合じゃなくなるかもしれないですよ。ここって人間の住んでいる街じゃない可能性が高くなっているって言うか、ほぼ人がいない街っぽいですね」


アスカの頭の上から僕もそっと覗いてみると、そこには今までたくさん戦ってきた怪物の様な生物が歩いていた。


それも一体や二体と言った単位ではなく、さながら町の中を歩く人の様も見えていた。


そう見えた理由は色々あったのだけれど、一番大きな理由は、歩いている怪物が全員何らかの衣服や防具を身に纏っていたからである。


基本的に怪物は人間よりも丈夫に出来ている体を持っているため、そのほとんどが生身の姿で戦いを挑んでくるのだけれど、ここにいる怪物たちは人間のように衣服を身に纏っていたり、全身を鎧で覆って顔だけを露出しているものなどもいて、まるで要塞都市を見ているような雰囲気を醸し出していた。


「ここって怪物の町なんですかね?」


「もしかしたらそうかもしれないけど、怪物が町を築けるような集団生活が出来るなんて話は聞いたことが無いな」


「私も家族単位で行動する怪物は見たことあるけど、ここまで多種多様な怪物が揉め事もなく普通に行動している姿は信じられません」


「何だか嫌な予感がするから一旦ここから離れることにしないか?」


「私もそれがいいと思うんですけど、ちょっと問題があるようでして……」


アスカは『空間』を開こうとしているようなのだけれど、いつもの調子でやっても『空間』を開くことは出来ないようだった。


いつもとは違うやり方を試したりもしているようではあったのだけれど、それでも『空間』を開くことは出来ないまま時間だけが過ぎていった。


「お兄さんは気付いていないかもしれないですけど、ここに飛んでくるまではお兄さんと繋がっている感覚があったんですよ。それが『空間』を通ってここに出たとたんにお兄さんの存在が遠くに感じたんですよね。目の前にお兄さんがいるから距離的には縮まったんですけど、精神的には離れたような気がしたんですよね。その理由が今わかりました」


アスカはそう言いながら僕の手を引いて壁の角から離れて中央あたりまで移動していた。


「お兄さんは魔法を使えないままなんですよね?」


確かめるようにアスカが僕に尋ねたので、僕はそれに黙って頷いた。


「それならお兄さんは違和感って言うか、魔力を抑えられているような感覚を感じていないんですかね?」


「魔力を抑えられるような感覚? それがどんな感覚なのかはわからないけれど、プールとか海の中にいるような圧迫感は感じているかも」


「そうなんですね。魔法を使えないお兄さんがそう言う感触を感じ取ったとしたら、私の予想は当たっていると思いますよ。それに、もうすぐ良くないことが起るような気がしてならないんです」


魔法使いの勘なのか、女の勘なのかわからないけれど、このままここにいては良くないことが起りそうだなとは僕も感じてはいた。


「と言っても、ここからどうやって抜け出せばいいかわからないよね」


「多分なんですけど、この建物は人通りって言っていいのかわかりませんが、怪物通りの多い道に面してはいるみたいなんですよね。でも、私達がいる裏側は見た感じで道もなさそうなのでこのまま木々の間を通って外まで出られるんじゃないですかね?」


「そうだな。このままここに居ても見つかっちゃうだろうし、どうせなら何か行動を取った方がいいと思うよ。このまま森を抜けてここから離れることにしよう。ただ、何があるかわからないから慎重に行こうな」


これから進む道は獣道すらないような鬱蒼とした森の中になってしまうのだけれど、大通り沿いの怪物に見つかって戦いになるよりは楽に感じていた。


見通しのきかない森の中を進むにあたってどのような怪物と遭遇するかわからないのもあるけれど、出来る限りの準備は万全にしておこうと現在の状況を確認してみた。


アスカが持っているものと言えば、腰に装着している鞭と手のひらに隠れそうな短い杖が目に入った。


鞭は最近覚えたてのようでイマイチ使いこなせていないと言っていたけれど、僕も使ったことが無いのでどんな塩梅かはわからない。


もっとも、今の僕のスキル構成だと完璧に使いこなせてしまうと思うのだけれど、僕の見た目と鞭のイメージがお互いの価値を殺してしまうように感じてしまい、借りることは無かった。


一方の短い杖であるが、こちらの杖は見た目は短くて弱そうにも見えるのだが、その機能は普通の杖と変わらばいばかりか、先端の宝石の効果で本人の能力以上の強さに魔力を増幅してくれるらしい。


原因はわからないがここでは魔法の類は使えないようなので今は宝の持ち腐れ状態になってしまっているのだけれど。


僕の持ち物は身につけている衣服以外は何もない。


ポケットの中を探ってみても、何かこれと言って役に立ちそうなものはなく、役に立たなそうなモノすらも持ち合わせていなかった。


「私って結構やらかしちゃう側の人間なんだけど、今回はきっと大丈夫だと思うから安心してね」


そう言ってしっかりとフラグを立てたアスカではあったけれど、そのフラグが回収されることは無かったのだ。


なぜなら、その役目は僕が恙なくこなしてしまったためである。


森の中を一歩ずつ慎重に歩いていると、あからさまに怪しいロープが張られていたので、ソレを避けるように横から迂回すると、そこに罠が仕掛けられていた。


僕が地面に隠れていたスイッチのようなものを踏んだと感じた瞬間に体は宙に浮いていた。


正確に言うと、見事にトラップを稼働させた僕は右足首をロープによって吊るされている状態になっていた。


「ごめんな。本当だったらアスカが引っかかるべきなんだろうけれど、僕の方が先に引っかかっちゃたみたいだよ」


ちょっと照れ臭そうにそう言うと、アスカは笑うでもなく本当に心配している様子で、どうにかロープを外そうと持っているモノを確認してみたものの、ナイフのような刃物はもちろんのこと、金属製品自体ほとんど持っていなかった。


「いや、魔法を使う立場上金属製品は持ち歩けないんですよ。日常生活では使いこなしてますし、こういった場面でもロープを切って助けることも出来るんです。でも、今はそう言ったものを持っていないだけでして。お兄さんは何か持っていないんですか?」


「僕も普段から何か持ち歩いていたりはしないんで、アスカの気持ちはわかるよ。でもさ、僕が貸している『死神の鎌』はどうしたのかな? アレがあればこれくらいのロープなら簡単に斬れると思うんだけど」


僕がそう言うと、アスカは思い出したかのように鎌を出そうとしているのだけれど、『空間』を展開することが出来ないので取り出すことが出来ないようだった。


「すいません。私は力を失ってしまったのかもしれません。それで大事な武器をなくしてしまったみたいです」


アスカは魔法が使えない事よりも、僕が渡した鎌を取り出せなくなったことの方が精神的ダメージも深刻になってしまっているようだ。


「助けを呼ぶにも怪物しかいなそうだし、私が木に登ったとしてもロープまで届かないだろうし。そもそも私は木に登れないし。このままだと逆さ吊りになっているなっているお兄さんは、頭に血が上って大変なことになってしまうかもしれないし。上下逆さまになっているから頭に血が下ったなのかな?」


「そんなことはどうでもいいんで、アスカは僕に構わず逃げていいよ。僕はアスカと違って死んでも大丈夫な人間だからさ、罪悪感なんか感じることなく魔法を使える場所まで逃げ延びなさい」


「ちょっと待ってくださいよ。そんな言い方されたら逃げられませんよ。逃げるつもりだってないですけど、どうにかしてお兄さんを助けるから待っててください」


そう言ってアスカは僕を助けようと周りをウロウロと彷徨っていた。


本当に何となくではあるけれど、そんなアスカが僕と同じように罠にかかるような気がしてならなかった。


「そんなにウロウロしていると罠にかかっちゃうかもしれないから気を付けろよ」


僕がそう言うとアスカは驚くようなことを言い出した。


「あの、お兄さんがかかっている罠って、誰か親切な人が作ったみたいですよ」


「親切な人がこんな罠を作るわけがないだろう」


「いや、でもここ見てくださいよ」


アスカがそう言いながら刺している指の先を見ると、僕達の目線よりも高い位置に小さい矢印が打ち付けられていた。


この位置から出は矢印の先端が飛び出ている様子しかわからなかったのだけれど、その矢印に書かれていることが僕の思考を停止させてしまった。


「その一体と見えないと思うので読みますね。“この方向に罠あり。先に進む場合はロープを超えてください。”って書いてます」


「何のためにそんな罠があるんだ?」


「さあ、私にはわからないですけど、ロープを避けた何かをひっかける罠なんじゃないですかね?」


「だとしたら僕は動物と同じかそれくらいのミスをしたって事かもしれないね」


「この矢印を見なかったら誰でもロープを避けると思いますよ。私が前を歩いていたとしても、きっとそっちに行っていたと思いますからね」


「そう言ってもらえると少しは気が楽になるよ。どうにか上体を起こしてロープをほどこうと思うんだけど、さっきから体に力が入らなくなっているみたいでさ、だんだんと手に力も入らなくなってきたみたいだよ」


逆さまになっているためなのかわからないけれど、僕は全身の力が少しずつなくなっているような感覚になっていた。


そのまま目を閉じていきそうになったけれど、何とかこらえて目を見開くとアスカの後方から何かが近付いてくる様子がうっすらと確認できた。


「アスカ逃げろ!!」


僕がそう言った時にはすでに遅かったらしく、アスカの周りを怪物が囲んでいた。


当然のように僕の周りにも怪物は集まってきていて、そのほとんどが僕とアスカを交互に見ては不思議な表情を浮かべていた。


その中の一体が僕の目の前まで飛んでくると、何かを確かめるようにじっと見つめてくるだけで、今すぐに襲ってくるようには感じられなかった。


その怪物も僕とアスカを交互に見比べているようではあったけれど、地上にいる怪物に呼ばれるとそのまま地上へと降りていった。


何かのやり取りをしているようではあったのだけれど、僕の位置からは何をしてるのかも見えず、そこのやり取りが何だったのかわかった時には、目の前に分厚い刃の剣を持って飛んできた怪物がいるのだった。


怪物は何の感情も持たないような表情で剣を振りぬくと、僕の体は真っ逆さまに地上へと落下していったのだった。


このまま落ちて死ぬのだと思っていたのだけれど、地面に叩きつけられる前に、僕の体は柔らかい何かに包まれて止まっていた。


何事が起ったのか不思議になって目を開けると、僕は全身を羽毛のようなものに覆われている怪物に抱かれていた。


そのまま僕は優しくおろされると、一体の怪物が僕に近付いてきて、周りの怪物達もその様子を見守っている様子だった。


僕の目の前に来た怪物は身長はそれほど僕と変わらないようではあったけれど、腕や足や胸の厚みが比較にならないほどで、素手で戦ったとしても絶対に勝てない相手だろうという事は理解出来た。


「あなたは人間種ですよね?」


怪物がそう尋ねてきたので、僕はそれに答えるように頷いた。


「ここにどうやって来たのかわからないですが、人間種が来たという事は我々の念願がかなう時が来たようです」


僕はその時初めて怪物も笑うのだという事を知ったのだった。

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