闇と光と時間と記憶
柔らかい日差しに包まれて目を覚ましてみたものの、少しだけウトウトしてたのだが、いつもはやってくる賑やかな二人の兄妹が今日は静かな事が気にかかった。
窓から外を覗いてみると、今日はほどほどに雲も出ていて日差しも強すぎず絶好のピクニック日和に感じていた。
実際はピクニックに行くのではなく闇王を討伐するのだけれど、その目標を達成することが出来たなら、僕がこの世界に呼ばれた理由である魔王を殲滅するという事に近付くらしい。
確定情報ではないので少し不安ではあるけれど、やらないで逃げるよりは失敗したとしてもやり遂げることに意味があるような気がしていた。
頭も体もちゃんと起きてきたようなので食堂に向かうと、そこにはシンドさんとラームさんがいるだけで他の三人はまだ起きていない様子だった。
先に朝食を頂いて今日の準備をしていると、一番先にクリアが起きてきて次にアスカが起きてきた。
二人からかなり遅れてサトミもやって来たのだけれど、魔法使いの二人は僕達以上に疲労が蓄積しているらしく、食事を終えてもいつものように明るく元気な様子が見えなかった。
魔力を分け与えようとしたのだけれど、今は回復期にあるらしく最大値まで回復するまで待って欲しいとの事で遠慮されてしまった。
各々が食事も済ませてくつろいでいると、ラームさんが僕とアスカに御守りのようなものを渡してくれた。
なんでも、その御守りは聖域で時間をかけて作ったものらしく、効果のほどはわからないけれど持っていて悪いものではないと教えてもらった。
シンドさんはクリアとサトミに何かを渡しているようで、それは僕達が貰った御守りとは異なる何か魔法の道具のようだった。
「いざとなったらその球を割りなさい」
その言葉だけが聞こえたので気になってしまったけれど、それについて教えてもらう事はなかった。
二人の魔力が回復したのは昼も近い頃だったので、昼食を一緒に取ってから出発することになったのだけれど、誰も会話をすることなく黙々と食事をとっていた。
食事を終えて外に出ると、今まで会った事も無いような人たちが集まっていて、僕たち一人一人に激励の言葉をかけてくれていた。
それが終わると完全に正午を過ぎていて、明るいうちに全てを終わらせていたい僕は少し焦っていたけれど、他の三人は特に気にする様子もなく淡々と準備を再開していた。
アスカの開いた『空間』を通って門の内側に移動すると、昨日開けた門が再び固く閉ざされていたので、僕は門の内側に入っていてよかったと心から思った。
さっそく僕は強そうな怪物を何体も呼び出して、その全ての怪物に同じ命令を下した。
「襲ってくる全ての怪物を殲滅せよ。闇王の居場所を見つけたものは戻って報告すべし」
僕は色々なタイプの怪物を呼び出しては場内にいる怪物たちと戦わせていた。
三人は僕の近くで撃ち洩らした怪物を処理してくれていたのだけれど、その場面はほとんど無いに等しかった。
想像していたよりも僕の呼び出している怪物は優秀らしく、場内にいる怪物たちを圧倒的な力で蹂躙しているのだった。
時々強力な怪物が出現しているようではあったけれど、こちらもそれなりに数は出しているせいか、最終的には数の暴力で押し切る事になってしまっていた。
「もう少し僕の出番があるかと思っていたんですけど、死神さんの呼び出したアレって凄いですよね」
「私もお兄さんの役に立てるか不安で昨日眠れなかったのがバカみたいに思えてくるよ。でも、お兄さんがいなかったらここまで来れなかったんだし良かったんだよね」
「二人の言うとおりね。でも、もう少し私達が活躍する場面があってもいいんじゃないかしら? 見送りしてくれた人たちに何て言えばいいかわからないじゃない」
敵の本拠地に乗り込んでいる上に、相手の正体は姿すらわからないので緊張感が尋常じゃないため口数も少なかったのだけど、ここまで圧倒的に物事が進んでいると、みんな少しだけ気が緩んでいる気がしてきた。
「こんな時に油断していると思わぬ伏兵が襲ってきてやられてしまうかもしれないから気を付けよう」
僕がそう言ってみんなに気合を入れなおそうとしたのだけれど、そんな僕を見て三人はうっすらと笑っていた。
「お兄さんなりの冗談ですか? これだけ圧倒した上に、隠されている罠もお兄さんが全部見つけて解除しているじゃないですか。これなら私達じゃなくて町のご老人でもたどり着けそうですよ」
「死神さんが一人でやってきても闇王まではたどり着けそうですけど、闇王と戦うときは僕達にも活躍させてくださいね」
「そうよね、私って得体のしれない敵と戦う事がほとんどなかったから期待してたんだけど、このままだったら何もしないで終わっちゃいそうで悲しいわ」
「じゃあ、闇王のいる場所を見つけたら僕が一番に乗り込むんでサポートお願いします」
「何言っているのよ、クリアは魔法耐性そんなに強くないんだから先制攻撃食らったら死ぬかもしれないのよ。ここは私が一番手で行くから」
「ええ、ここは私が行くべきだと思うよ。昨日からあんまり目立ってないんだしお願い」
闇王のいる場所はまだ見つかっていないようだけれど、場内にいる怪物はほとんど殲滅したようだった。
殲滅した後は闇王を探すように命令してあるはずなのだけれど、僕が呼び出した怪物たちは一つの部屋に固まって動いていないようだった。
かといって、その部屋に闇王がいる様子もないので不思議に思いつつもその部屋に入ると、そこは僕とアスカが知っている場所によく似ていた。
「ちょっと待ってよ。何でここにこれがあるのよ」
アスカが驚いてるのと同じように、僕もその光景を見て驚きを隠せないでいた。
部屋の中央には召喚用の魔法陣が描かれていて、その中にある五芒星の頂点には魔力を秘めた鉱石が燦然と輝いていた。
「アレってあの時と同じ鉱石かな?」
「ちょっと違うと思うけど、大体同じだと思うわ」
僕達二人のやり取りを疑問に感じたのか、サトミが僕の手を引いてきた。
「お兄さんはアレが何なのか知っているんですか?」
「アレはアスカを召喚した魔法陣に似ているんだよ」
その言葉を聞いたサトミとクリアが一瞬にして固まったのがわかった。
「え? お姉さんって召喚されたんですか?」
「そうだよ。私もこのお兄さんもこの世界の人間じゃないからね。もっとも、このお兄さんと私は違う目的で召喚されているんだけどさ」
僕の手を握っていたサトミの力が強くなるのを感じていた。
「じゃあ、お兄さんはこの世界からいなくなっちゃうんですか?」
「僕がいなくなるのは死んだ時なんだけど、それはみんな一緒でしょ?」
「それはそうだけど、じゃあ、私が死んでもお兄さんは死なないでよ」
「それは難しいと思うよ。それに、今はこの魔法陣を何とか無効化して闇王を探さないと」
僕が魔法陣に近付こうとするとアスカによってそれを制止された。
「お兄さんが近付いちゃったら魔法陣だけじゃなくてあの鉱石も無効化されちゃうかもしれないじゃない。あの石はきっとこれからこの世界で必要になる物だと思うし、魔法陣だけ何とかしようよ」
魔法陣を壊す方法がわからなかったので、僕はサトミの力を借りて魔法陣が呼び出すモノを変えるように変更できないか考えてみた。
僕達が悩んでいる間も絶え間なく魔法陣から怪物が出現しているのだけれど、僕が呼び出した怪物たちが現れた瞬間に襲い掛かっていて、出現した怪物が何か行動する前にその命を落としているのが少しだけ気の毒に感じていた。
いくら考えても何も浮かばなかったので、アスカが再び『空間』を使って魔法陣に詳しい人を探して聞いてくることになった。
アスカが戻ってくるまでの間も特にやる事が無かった僕達は現れては消えていく怪物の種類を数えてみたり、次に出てくるのがどのタイプか予想する事で時間を潰していた。
それからしばらくするとアスカは僕達の前に戻ってきていて、一冊の魔導書を手に持っていた。
「魔法陣に詳しい人の心当たりはあったんだけど、ソイツは私が殺しちゃったんで著書を持って来たわ。あんた達も読めると思うから四冊持ってきたんだけど、大丈夫よね?」
そう言って各自に魔導書を渡すと、それぞれが魔法陣の効果を変える方法を探すことにした。
みんなが思っているよりも魔法陣は複雑なようで、僕にはその理論もメカニズムも理解出来ていないのだけれど、ある程度の法則は理解することが出来ていた。
魔法陣を有効化するために必要な条件などもあるらしく、何かを召喚するためには生贄が必要なのだ。
目の前にある魔法陣は魔道生物と呼ばれる怪物を召喚するための物らしく、生贄として魔力をささげる必要があるのだが、その魔力をささげる役割を担っているのがあの鉱石だった。
鉱石を魔法陣から外せば効果は失われると思うのだけれど、あの鉱石を動かそうと近付くと魔力を持っていかれて動けなくなってしまい、最終的に衰弱して死んでしまうとアスカが言っていた。
魔法を使えないクリアが行った場合も同様で、魔法を使えないだけで魔力自体はあるクリアも動けなくなってしまうらしい。
僕が近付くと魔法陣の効果は消えると思うけれど、鉱石が放出し続けている膨大な魔力を抑えきれずに大変なことになりそうだと、魔導書を熱心に読みふけっていたサトミに言われてしまった。
魔導書を呼んでも答えが見つからなかったので、僕は何となく昨日の城門を開けた時と同じ方法を取る事にした。
呼び出した怪物はどれも知識に自信があるようではあったけれど、魔法陣に関する知識は持ち合わせていないようで、役に立つこともなく無念のうちに消えていった。
「ねえ、死んでいる人も呼び出せるのかしら?」
「試したことは無いけど、どうして?」
アスカは少し間を開けて僕にある事を提案してきた。
「私を召喚したあの女を呼び出してみたらどうかしら?」
「それが出来たらこれは何とかなるかもね」
そう言われてすぐに僕はアッサムさんをイメージして呼び出すことにした。
怪物の時とは違って虹色に光る魔法陣の中から出てきたのは、僕が知っているアッサムさんとは少しだけ体型が異なる姿であった。
「ねえ、命令して魔法陣をどうにかしてよ」
アスカのその言葉を聞いてから僕はアッサムさんに命令を下した。
「あの魔法陣を怪物を生み出すモノから人にとって無害なものに変えよ」
僕の命令が届いたのか、アッサムさんは魔法陣に近付くと両手を広げて空間に何かを描き出した。
その描いたものを何重にも重ねて魔法陣の上に移動させると、少しずつではあるが怪物の出てくる間隔が広くなっているように思えていた。
「ねえ、あのお姉さんにお兄さんの魔力を与えたらもっと効率的に動けるんじゃない?」
サトミの考えでは、魔法陣を展開するのにも相当な魔力を必要とするらしく、それを補うために僕の魔力を与えてみてはどうかとの事だった。
僕はその提案を受け入れると、最初は控えめに魔力を注いでいき、少しずつ魔力を増やして与えていった。
しばらくその状態を繰り返していると、魔法陣の中央に出ていた紋章が消えて中央には何もない魔法陣がそこにあるだけになっていた。
それと同時に僕が呼び出していた怪物達も灰のようになって消えていった。
「闇王を見つけていないのに消えちゃったね」
「もしかしたら、この魔法陣が闇王だったのかな?」
「その可能性は十分にあるかもね。怪物が無限に湧いて出てくる様子が闇の世界の王に例えられていたのかもね」
「でも、お兄さんが呼び出したあの人っていつまであそこにいるんですかね?」
「魔法陣を書き換えたから消えてもよさそうなんだけど、まだ何かやり残したことあるのかな?」
無害になった魔法陣の上を歩いていたアッサムさんはその場で何かを探しているようにキョロキョロしていたのだけれど、僕を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきていた。
そのまま僕に抱き着いたアッサムさんではあったけれど、首元に顔をうずめると一気に顔を上げて僕の肉を噛みちぎっていた。
僕は肉と一緒に動脈も斬られてしまったらしく、だんだんと意識が遠のいていった。
最後に見た光景は何となくではあるけれど、アスカが『空間』を展開させてどこかに消えていたのと、サトミとクリアが持っていた球が激しく発光してアッサムさんの体を焼いているように見えていた。
クリアとサトミの呼ぶ声も聞こえていたのだけれど、その声に交じってアスカの声も聞こえているような気がしていた。
ハッキリと意識が戻った時は噛まれた跡などは無く、元通りの状態になっていた。
「今回も大変でしたね。でも、闇王は魔王の始祖ではなかったみたいですし、気を取り直して次に行きましょうね」
僕が繰り返してきたことに意味はあるのだろうけれど、いつか迎えることになる終わりはどんな感じなのだろうか?
その時は悲しい気持ちではなくみんなが嬉しい気持ちになれるといいな。





