闇王と死者と二人の兄妹
アスカはリンネの存在を知ってはいるけれど、サトミとクリアはリンネの存在を知らないはずだった。
結界は他の物からその存在を守るためにあると思うのだけれど、中には効果のない相手もいるらしい。
アスカもアイカさんもリンネの結界がある事には気付いていたと思うけれど、クリアのように結界の中の事をハッキリと見通しているような感覚はなかったはずだ。
もしかしたら気のせいかもしれないけれど、クリアは結界の中にいる僕と目が合っていたのだから思い過ごしではないと思う。
「死神さんって変わったお友達がいるんだね」
という言葉からしても、リンネの存在はハッキリと認識していると思うのだが、僕達の会話は聞こえていないようだった。
「アスカさんって死神さんの事をどれくらい知っているの?」
「私が? どうだろうね。付き合いは正直そんなに長くないんだけれど、君達が数年かけて知るようなことも私ならすぐにわかるくらいは知っているはずだよ」
「じゃあ、絵本に出てくる妖精みたいな友達がいることも知っているの?」
「もちろん知っているけど、どうしてお前がそれを知っているのさ?」
「お姉さんは知っているのか。じゃあ、この中で知らないのはサトミだけだね」
「ちょっと待ってよ、何の話か分からないけど、私を仲間外れにするのはやめてよね。私とお兄さんの仲は誰にも邪魔されたくないんだけど」
「僕達はサトミと死神さんの仲を引き裂こうとは思っていないよ。お姉さんは違うかもしれないけどね」
「確かに、私はお嬢ちゃんがあんまり死神のお兄さんと仲良くするのは嬉しくないかも。でも、このお兄さんは誰にでも優しいところがあるから心配になっちゃうかもね」
「お兄さんって私以外にも優しくしてそうだけど、今は私だけだから許してあげようかな」
「サトミと死神さんはそこまでお似合いだとは思わないけれど、二人が一緒になったら僕とも家族になるってことだし、それは嬉しいかも。アスカさんは他人のまま何も変わらないけどさ」
「私だけ除け者にされるのは悲しいけれど、その願望が現実になる事はないだろうね。このお兄さんは結構昔から一人の事しか考えてないみたいだしね」
「それって私の事は遊びだったってことなの? でも、お兄さんになら遊ばれてもいいかな」
そんな感じでワイワイとしていると、僕は再びリンネの結界の中へと入り込んでいた。
珍しく慌てた様子のリンネが何かを言おうとしているのだけれど、それを遮るかのようにクリアが結界の中に侵入してきてリンネを右手で掴んでいた。
「妖精って本当にいるんだね。古い図鑑でしか見たこと無かったけど、それとは全然違って可愛らしいんだね。何となくだけど、僕のお母さんに似ているような気がするなぁ」
リンネを掴んだクリアが色々な角度からリンネを観察しているようだけれど、顔をじっと見つめてはリンネの顔とサトミの顔を見比べているようだった。
「ちょっと、なんでこの中に入っていこれるのよ。あんたはあの中でも一番魔法と縁遠い存在でしょ。いったいどういう事なのよ」
「そんなこと言われてもわからないよ。僕だってさっきは何かが死神さんの周りを飛んでいるなってくらいしか感じていなかったんだけど、不思議な空間が再び現れたら気になるじゃない。でもさ、サトミもアスカさんも気付いていないみたいだから気のせいかもしれないって思っていたんだよね。で、君は死神さんの何なの?」
「なんで私に質問しているのよ。
どうでもいいけど離しなさいよね。
それにしても、あんたってどっかで見たような気がするけど、そんなことはどうでもいいわ。
あんたもこの子も関係ある事だからちゃんと聞きなさいよ。
ここはあんたがずっと彷徨っていた世界よりもかなり過去の世界みたいで、この世界にいる魔法使いの親玉みたいなやつが魔王の始まりかもしれないって話なのよ。
そいつを倒したらあんたの旅が終わって元の世界に戻れるかもしれないってさ。
でも、そいつがだけじゃないって話もあるんだけど、倒さない事には何も進まないのよ。
ちょうどあの女もいることだし、協力してサクっと倒しちゃさいよ。
あと、この子は何だか不思議な感じがするけどイヤな気持ちにはならないのよね。
イヤな気持ちにはならないけれど、出来れば結界の中に入ってほしくないんだけど。
そんなわけで、次にこっちに来るときはこの子が近くにいない時にするからね。
あんたもずっとこの子と一緒に居たらだめだからね」
そう言って消えようとするリンネの体を掴んだクリアがまじまじと見つめていた。
「今まで死神さんを助けてくれていてありがとうございます。これからも死神さんをよろしくお願いしますね」
「お前に言われなくても助けるわよ。気やすく触らないでちょうだいよ」
リンネは僕の後ろまで移動すると、そのままクリアを気にした様子で消えていった。
そのまま結界が解けていったのだけど、僕とクリアが見つめ合って笑っている様子はアスカとサトミには不自然に映っている事だろう。
僕とクリアの様子を不審に思っているであろうサトミが僕達の間に入ってきて二人の顔を交互に見ていた。
「ねえ、クリアはあそこにいたはずなのになんでここにいるの? お兄さんも何でクリアと見つめ合ってるの? 二人は魔法を使えないはずなのになんで私がわからないような移動をしているの? ねえ、お姉さんもおかしいと思うよね?」
「ああ、時々不思議に思う事はあるったけど、それの原因は知っているから納得はしていたよ。でも、この子も一緒になっているのは理解できないね」
「その辺はどうでもいい事だと思うんで答えないですけど、僕が死神さんと聞いた話によると、闇王を倒せばお兄さんの目標達成まで一気に近付くらしいんですよ。だから、四人で協力して闇王を倒しに行きませんか?」
「協力して闇王を倒すってのはいいんだけど、お兄さんとクリアが見つめ合っていた事の答えはどうしたのよ?」
「お嬢ちゃんの言う通りよ。それについての回答は何?」
「僕と死神さんだけの秘密ですよ。男同士の秘密です」
その言葉にアスカとサトミは少しだけいら立ちを感じている様子ではあったけれど、僕とクリアが真面目に闇王対策を考えていることに気付くと、二人も真剣に協力してくれるようになっていた。
闇王の事は名前と怪物をたくさん生み出しているらしいと言ったこと以外は何もわかっていないらしく、今のところ有益な情報は何もなかった。
今まで何度も闇王が住む城に偵察をしようとしていたクリアであったが、城に辿り着く前に多くの怪物に行く手を遮られてしまい、一度も門にすらたどり着くことは無かったようだ。
「それじゃあ、私が魔女の力を使ってその城の中まで『空間』を繋いでみる?」
アスカがこの場で『空間』を展開しようとしているのだけれど、闇王の城まで繋げることは何度やっても無理なようだった。
それではと、城に出来るだけ近い位置で展開することにしたのだけれど、僕達が引き返したあの道までしか行けないのであった。
「闇王の魔力がどんなやつなのかわからないけど、強力な魔力は感じているし、そこに妨害するような結界が無いのもわかっているのよ。でも、そこに繋げられないってどういうことなのよ。ちょっと聞いてくる」
そう言い残してアスカは『空間』の中へと消えていった。
「アスカさんはどこかに行っちゃったみたいですけど、帰ってくると信じて計画を立てましょう。
まずは、あの城までたどり着かないと話にもならないので、そこまでの道は僕とサトミで切り開きます。
死神さんはサトミの魔力をサポートしてもらって、アスカさんは僕達が撃ち洩らした敵を殲滅してもらう形が理想だと思います。
城までたどり着いたとして、そこから先はアスカさんとサトミの魔法で一気に闇王のもとへと駆け抜けましょう。
僕もサトミも闇王の力は感じられないので、そこはアスカさんにお願いすることにします。
それで、闇王のもとへとたどり着いたらみんなで一気に総攻撃を仕掛けて討伐するって形でどうですかね?」
「私はそれで問題ないんだけど、それだとお兄さんの活躍する場面が少なくない?」
「僕はそこまで活躍することを望んでないんだけど、君たち二人が無事ならそれが一番だよ。僕は死んでも生き返ることが出来るんだけど、君達は違うだろうし、本当なら最前線に立ちたいんだけど、今回は役に立たなそうだしサポートに回るよ」
この二人の兄妹は戦闘能力だけなら僕が今まで出会ってきた中でも上位に入るほどの強さを持ち合わせているとは断言できる。
そうは言っても、この幼い二人に戦闘を任せっきりにしてもいいのだろうか?
何か手段は無いものかと考えていると、僕の持っているスキルが役に立つような気がしてきた。
「ちょっと試してみたいことがあるんだけど、二人に付き合ってもらってもいいかな?」
僕がそう言うと、二人は考える間もなく首を縦に振ってくれていた。
僕は二人を連れて外に出ると、『死者を呼び出す』スキルの発動準備に取り掛かった。
いまだにどうやってスキルを発動させていくのかはわからないけれど、いつもは自然に出来ているので今回も失敗はしないだろう。
少し前までは呼び出した魂を死体に定着させる事にとらわれてしまっていたけれど、今回は死者そのものを呼び出すことに集中してみた。
とにかく強そうな怪物をイメージしてみると、腕が六本ある剣士の怪物を想像していた。
僕がイメージした怪物はこの世界には存在しないと思うので出てくることは無いと思っていたのだけれど、目の前の地面に光り輝く魔法陣が現れると、その中から僕がイメージしていた姿に近い怪物が出現した。
「この怪物は強いのかな? 見たこと無いタイプだけど、僕達に襲い掛かっては来ないよね?」
クリアとサトミが僕の後ろに隠れて心配そうに見ているのだけれど、呼び出した僕もどうすればいいのか迷っていた。
「ねえ、お兄さんが呼び出したんだから命令とか聞くんじゃないかな?」
「そうだよね。死神さんの言う事なら聞くと思うし、命令してみてよ」
そう言われてみると、僕もそのような気がしてきてこの怪物に簡単な命令をしてみることにした。
「よし、今から闇王の城に向かっていくのでその道中で襲ってくる怪物どもを全て倒してくれ」
僕の命令を理解したのかはわからないけれど、一瞬だけ怪物の目が光ると、僕達の進む道の先を先導してくれていた。
途中に何度か怪物が襲ってくることはあったのだけれど、僕が呼び出した六本腕の剣士は想像していたよりも強いようで、何の苦労もなく城門までたどり着くことが出来た。
その城門は言葉には出来ないような圧迫感を放っていて、その前に立つことすらためらうようなオーラを出していた。
固く閉ざされた城門を前にして僕達が立ち尽くしていると、呼び出した六本腕の怪物は全身が灰になってしまい風に乗ってどこかへ消えていった。
「あの怪物さん、消えちゃったね」
「うん、思っていたよりも強かったからこの先も楽に行けると思ったんだけど、消えちゃったね」
「僕の命令が悪かったのかな?」
「そうかもしれないですけど、死神さんの力が無かったらここまでたどり着くこともなかったんだし良かったんじゃないですかね」
固く閉ざされた城門はクリアの力をもってしても破壊することはおろか日々一つ入る事もなく、サトミの魔法に至っては城門に届くことすらなかった。
ここから先はどうやって行けばいいのか悩んでいると、いつの間にかやってきていたアスカがそこに居た。
「私の『空間』の事を魔女に聞いてきたんだけど、この力って一度行った場所にしか繋げないんだって。でも、私とお兄さんは繋がっているからお兄さんのいる場所には行けるみたいなのね。そんなわけで戻って来たんだけど、ここって城門の前じゃない?」
「そうよ。お兄さんがとっておきを出したんでここまで来れたのよ。お姉さんの力はここまで来るのに必要ではなかったみたいね」
「それはどうでもいいんだけど、どうやってあの怪物たちを蹴散らしてきたのよ?」
「それはですね、死神さんが呼び出した怪物の力を使ってここまで来たんです」
「その怪物はどうしたのよ?」
「ここに辿り着くまでの命令だったので、それを達成したら消えちゃったよ」
「それなら新しいのを呼び出してこの門を開けさせればいいじゃない」
僕達三人にその発想はなかったので、アスカのその考えはここから先に進むために必要なものとなっていた。
「お嬢ちゃんはここに辿り着くまで何もしてなかったみたいだけど、ここから先に行くのにも必要ないみたいだったわね」
少し意地悪なアスカが見られたけれど、サトミはそれほど気にしていない様子だった。
「まあ、主役は最後に華々しく活躍すればいいってだけの話ですからね」
僕が怪物を呼び出して城門を破壊しようと試みてみたものの、先ほどのタイプでは城門に傷をつける事すらできないようで、体当たりに特化したタイプやハンマーで一撃必殺の攻撃を与えるようなタイプでも城門はびくともしなかった。
アスカとサトミも怪物を呼び出している間に何度か魔法を繰り出していたが、そのどれもが城門に届くことなく消えていってしまった。
魔法とは違って魔力が減るわけではないので魔法を使っている二人のように疲労感は無いのだけれど、体力的に限界が近いような気がしていた。
「アスカがこの場所を訪れたってことは一度戻ってもまたここからやり直せるって事だろうし、最後に一体だけ呼び出してそれで今日は最後にして出直すことにしよう」
魔法を使って疲れている二人と、時々襲ってくる怪物を一人で対処していてぐったりしているクリアもその考えに賛同してくれていた。
城門を突破するにはどういったものを呼び出せばいいのか考えていたのだけれど、とうとうまとまることは無くて、とにかく頭のいい怪物をイメージして呼び出して城門の構造を調べさせることにした。
魔法陣から現れたのはいかにも脳が発達したようなタイプの怪物で、体長の半分ほどを頭が占めていた。
その怪物が城門を調べていくと、一か所の場所で立ち止まっていた。
立ち止まった場所を念入りに調べてみると、小さな亀裂が入っていてその内側から強力な魔力が押し寄せていた。
その魔力を調べてみようと僕が近付くと、その魔力は少しずつ収束していき、最終的には圧迫感もオーラも何もない普通の城門になっているようだった。
それを感じ取った三人も僕の隣へとやってきて、一緒に門を押し込んでみると、今までの苦労が嘘のように開いてしまった。
「この城門って結界が張られていたんだね。そりゃそうだよな。こんなことなら死神さんに最初から直接見てもらえばよかったですね」
そう言ってクリアは笑っていたけれど、僕達はみんな疲れてしまっていたので渇いた笑いしか出てこなかった。
「じゃあ、門の内側まで来れたってことで今日はここまでにしましょうか。今日は帰ってゆっくり休んで、明日は一気に闇王を討伐するよ」
アスカがそう言うと『空間』を展開して僕達は仲良く手を繋いでその中へと入っていった。
いつもは食事を終えた後に話しかけてくるサトミも今日は疲れていたらしく、そのままお風呂に入って自室へと帰っていった。
アスカも疲れているようで、サトミと同じような感じで部屋へと戻って行った。
「明日は闇王を倒せるといいですよね」
クリアは僕の手を握りながらそう言ってから自分の部屋へと帰っていった。
「闇王を倒したら僕がこの世界に呼ばれた理由が一つはわかるかもしれないな」
そんなことを考えながら、僕は眠りについた。





