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二人の美女

ラームさんの作った食事はどれも美味しくて手が止まらなかったのだけれど、どれもこれも見たことのない食材だったので少しだけ気になってしまった。


食べ終わった肉の骨を持って観察していると、シンドさんがその肉の説明を簡単にしてくれた。


「そいつが気に入ったのかい? そいつは四日ほど前に狩りで仕留めたやつなんだけど、小型の割には赤身が多いので食べ応えもあった美味しいだろ。ただ、血液に少しクセがあるんで血抜きと下処理が面倒で他ではあまり食べないかもしれないよな。子供たちもあんまり好きじゃないんで滅多に食べることは無いんだけど、捕まえてしまったものは食わないと申し訳ないと思って料理してもらったのさ。あんたも気に入ったならたくさん食べてくれよ。この家じゃそいつを食うのは俺くらいしかいないんだからな」


そう言いながらも豪快にビールのようなものを飲んでいるシンドさんと、その肉をイヤそうな顔で見ているクリアとサトミの表情が対照的で面白かった。


意外なことに、アスカもその肉を美味しそうにモリモリと食べていたのだけれど、それを見たシンドさんが心底嬉しそうな顔でアスカにお酒を勧めていた。


これまた意外なことに、アスカは勧められたお酒を断っていて、食事のお供に出されているほのかに苦みの感じるお茶をグイグイと飲んでいた。


「お姉さんってそう言う野蛮な食べ物似合いますよね。うちのお父さんもそう言う野蛮な食べ物好きだからお兄さんよりお父さんの方がお似合いなんじゃないですか? でも、お父さんにはお母さんがいるからお姉さんの相手なんてしてくれないと思いますけどね」


アスカはサトミの言葉を聞いていないのか聞かなかったことにしたのかわからなかったけれど、僕の前にある肉を奪って食べ続けていた。


僕は正直そこまでたくさん食べたくなるほど美味しいとは思えなかったのだけれど、ふんだんに使われているスパイスが癖になる気持ちが少しだけ理解出来た。


「ああ、このお肉も美味しいんだけど、上にかかっているスパイスが絶妙なのよね。こんなに素晴らしい配合を出来るなんて素晴らしい腕前ですね。スパイスの配合ってどなたがされたんですか?」


「それは僕が作ったミックススパイスなんです。お父さんと散策に出かける時に見つけた植物を採取して色々試してみた結果なんですよ。そんなに喜んでもらえると僕は嬉しいです」


「オリジナルなんだ。それなら薬学の知識も覚えたらいいんじゃないかな? センスも非常に良さそうだし、私のいた国だったら高名な研究者になれそうな気がするよ」


「本当ですか? 僕は正直戦闘が得意ではないのでみんなを助けることが出来たら嬉しいなって思っていたんですけど、薬とかの知識があったらそれが出来そうですよね」


「うん、それも出来ると思うけど、マイナス効果の薬もあるんだし、強力な毒物を作って罠を仕掛けてみる事なんかも出来るんじゃないかな? 私はそっちの方は詳しくないんで力にはなれなさそうだけどね」


「それでも僕はみんなの役に立ちたいんで良かったら少しでも協力お願いしますね」


「私も美味しい食事のお礼がしたいと思っていたところなんで、ちょっと待っててもらってもいいかな?」


そう言ってアスカが席を立つと外へ出ていってしまった。


「アスカさんってちょっと怖い人なのかと思っていたけど優しい人なんですね」


「そうかしら? お姉さんが優しいのは男に対してだけじゃないかしら? 私にはまだ良い人には見えないんだけどね」


「二人の意見はそうかもしれないけれど父さんはみんなで仲良くしていけたらいいと思うぞ」


そんな会話をしているとアスカが再びやって来た。


左右の手にそれぞれ大きな袋を持っていて、それをクリアの横に置くと自慢気な表情で顔を見ていた。


「この世界の文字がどんなものなのかわからないけど、とりあえず私の国にある薬学とかその辺の本を持って来たわ。どうかしら? 読めると嬉しいんだけど」


その言葉を聞いてサトミ以外の全員の顔が一気に明るくなったのを感じていた。


その袋の中から一冊の本を取り出してパラパラとページを捲るクリアは嬉しそうな感じで、あっという間に一冊目の最後までページを捲っていた。


「書いている文字はさっぱり読めないけれど、やけにリアルな絵が描いてあって何となくだけど理解は出来たよ。これからはお姉さんに貰ったこの本たちを理解出来るように勉強していくね」


少しだけ寂しそうな表情を浮かべていたクリアではあったけれど、その瞳の奥にはこれまでは独学で学んでいた植物の知識が資料によって幅が広がった嬉しさで輝いているように感じた。


シンドさんもラームさんもその様子を見て嬉しそうに本を手に取って眺めていた。


一応サトミも本を手に取っているのだけれど、他の人達同様に書いてある文字が違うため内容までは理解できない様子であった。


僕も適当に一冊の本を手に取って眺めてみた。


「へえ、アスカの国って僕が知っている言葉なんだね。もしかしたら日本語が共通語なのかな?」


「日本語? 私の国はそんな言葉じゃないわよ?」


「でも、僕が読めるってことは日本語なんじゃないの?」


「ちょっとまって、そもそも日本って何よ?」


「日本は僕がいた国で、そこで使われている言葉が日本語だよ。この本もこの本も僕が理解できる言葉で書いてあるし、漢字だって日本で使われているものだし、中国で使われている簡易的なやつや難しい漢字とは違うじゃないか?」


「お兄さん、それはアスカさんの持ってきてくれた本じゃなくて僕が持っている本だよ。その本もお兄さんは理解出来ているの?」


「理解するも何も、同じ言語で書かれているんだからわからない方が変じゃないか?」


僕を含めたその場にいた全員がこいつは何を言っているんだという感情になっているのがまじまじと理解できたのだけれど、僕がなぜ違う言語を日本語に感じているのかがわからなかった。


今まで転送されていた世界も文字を読むことで苦労したことが無かったので、それぞれの世界でも日本語が使われていると思っていたのだけれど、それはどうやら僕の感じ方が他と違うからだったようだ。


「えっと、お兄さんが僕の国の文字とお姉さんの国の文字が読めるのは理解出来たけれど、どんな言葉なのか僕とお姉さんに説明してもらってもいいかな?」


僕がその提案に賛成すると、アスカに対してはなんでも否定していたサトミも興味津々な様子で僕の近くへとやって来た。


「お兄さんが読めても言葉を伝えられなかったら意味がないんだし、私の持っているペンと紙を貸してあげるわ。お兄さんがお姉さんの持ってきた本を私達にもわかる言葉で書いてくれたらいいと思うの。この大量の本を全部やるのは無理だと思っているから安心してね。ある程度の言葉を覚えたら私とクリアで手伝うことになると思うし、それが進めばお姉さんが持ってきてくれた本も嬉しいと思うのよね」


「そうだね、さすがに一人でこの量を翻訳するのは無理だと思うんで二人の力を借りることになるかもね。じゃあ、さっそくこの本から始めてみようか」


僕はペンを手に取ってスラスラと文字を書いていく。


普段はそんなに気を使って書いていたわけではないのだけれど、今回はみんなに見せることになると思って出来るだけ丁寧に書いていく事にした。


自分で言うのもなんだけれど、今まで書いてきた文字の中でもダントツで読みやすいモノが書けたと思う。


それをみんなに見せてみたのだけれど、アスカを含めた全員が微妙を通り越して呆れた表情をしていた。


「お兄さんさ、私の国の文字が読めてこの国の文字も読めるのにどっちとも違う文字を書いてどうするのさ?」


「そうですよ、文字の間に線を一杯詰め込んだり複雑な図形を入れたりって意味が分からないです」


「僕はお兄さんの事を信頼していたんですけど、こういうイタズラみたいなのは正直に言って嫌いです」


「俺もあんたの事は好きなんだけど、クリアの言う通りイタズラする場面ではないと思うぞ」


「まあまあ、みんなもそんなに強く当たらないでくださいよ。お兄さんだって何か考えがあってそうしたんでしょうし、意見はちゃんと聞くべきだと思いますよ。でもね、どっちの本も横書きなのになんで縦に書いているのかしら?」


自分ではちゃんと書いているつもりなんだけど、みんなの見ている文字と僕が見ている文字は根本的に異なる言語になっているらしい。


いくつかある転生の特典の一つにどんな文字でも読めるというのがあるのかもしれないけれど、文字が読めるならどんな文字でも書けるようにしてほしいと思ってしまった。


いつだかに会った日本語がやたらと上手な外国人の転生者の人が自分の名前を書くときに英語を使っていたのはそれが原因なのかもしれない。


その時は気取った男だと思っていたけれど今にして思えば、その理由を理解していなかった僕も彼もちょっと恥ずかしい気持ちになってしまうかもしれない。


僕には二つの言語を理解出来てはいるのだけれど、一方の言葉をもう一方の言葉に変えて書くことが出来ないのでどうやって伝えればいいのか方法が見つからなかった。


「サトミはペンと紙まで用意してくれたのに力になれなくてごめんね。僕がどんな言語でも書ける力を持っていればこんなことにはならなかったのに、力不足で役に立てなくて申し訳ない」


そう言って頭を下げると、僕の頭を軽く触る感触があった。


「何言っているんですか、お兄さんがこの本を読めるのなら音読してくれたらいいんじゃないですか? それを聞いてお姉さんがちゃんと合っているか確認して、それを私とクリアが文字にすればいいだけですよ。お姉さんもそれに協力してくれたらですけどね」


「私は別に構わないんだけど、お嬢ちゃんの提案には丸っと乗ることは出来ないかな。だってそうだろ、何ページか読んでもらって大きな違いが無かったら私も読む側に回ればいいじゃないか? こうして話すことは出来るんだから、その方が効率もいいんじゃないかな?」


「お姉さんって嫌味な人かと思ってましたけど、本当は良い人なのかくしているだけなんですかね?」


「お嬢ちゃんだってませたガキかと思っていたけど、家族思いのいい子ちゃんじゃないか」


お互いにいがみ合っていた二人がなぜか認め合う展開になっていたのを僕は心から嬉しく思っていた。


このまま揉め事もなく進んでくれたら嬉しいのだけれど、最後まで良い感じで物事が進んだ記憶がなかった僕は少し不安になってしまっていた。


お酒を飲んで機嫌がよくなっているシンドさんも、出した料理を全て平らげられて喜んでいるラームさんも二人のやり取りを見てより嬉しそうになっていたのを見ると、このまま平和に終わって僕がここでやる事がこれであってほしいと願うばかりであった。


「じゃあ、お兄さんが本を読んでください。僕とサトミはそれを文字に起こしていくので、読んでいることが間違っていたらアスカさんが訂正してくださいね。では、お二人は少し大変だと思いますけど、よろしくお願いします」


クリアが礼儀正しく頭を下げるとそれに続いてサトミも頭を下げていた。


釣られて僕も頭を下げていたのだけれど、横目で見た限りではアスカは全く頭を下げていないようだった。


「それでは最初のページから読んでいくね。アスカも僕が間違っている部分があったらその都度訂正をお願いね」


「わかったわ、それにしても、一冊の本を二人で読むのって結構大変なのかも。絵本とかだったら読み聞かせるのが前提に作られているんだろうけど、これは学術書だから文字も細かくて大変ね。どうやったら二人で見やすいかしら? そうだ、こんなのはどうかしら?」


そう言いながらアスカは右手を僕の左肩の上から首の後ろを通して右肩まで伸ばすと、そのまま椅子に座っている僕の太ももの上に座ってその右手を左手でしっかりと掴んでいた。


僕の上に座って抱き着いているようにしか見えない体勢で本を読もうとしているのだけれど、文字が小さいせいか離れた位置から出はハッキリと読めないようで、頭を僕の頭とくっつけるほど接近させて本を覗いていた。


「この位置なら二人とも邪魔にならずに同じ本が読めそうね。さあ、始めましょうか」


アスカはそう言って本を読むように僕に促してきたのだけれど、クリアは僕達の様子を見て照れているのか顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。


一方のサトミは肩を震わせながら顔を真っ赤にしてアスカを睨んでいた。


「お姉さんって私の敵ですか? それともライバルですか?」


「うーん、ちょっとよくわからないけれど、私はお嬢ちゃんの味方よ」


そう言ってアスカはサトミにウインクしていたのだけれど、その後に微妙に顔を動かした影響なのか体が倒れそうになって腕に力を入れていた。


アスカは下に落ちないように手に力を入れて僕を引き寄せようとしていたのだけれど、同時に僕はアスカが下に落ちないようにアスカの方を向いて左手を本から話して体を抱き寄せるような形になってしまった。


お互いに顔を向き合わせて抱き寄せる形になっていたので、結果的に顔が正面同士で急接近する形になっていた。


落ちたくないアスカと助けたい僕の力が入っていたせいか、目の前までアスカの顔が迫っていたのだけれど、鼻と鼻がぶつかってそれ以上接近することは無かった。


思っていたよりも顔が近かったのと、鼻と鼻が綺麗にぶつかって止まったことがたまらなく面白く感じて、僕は声を出して笑ってしまった。


それに釣られたのかアスカもこんな笑い方をするのかといった感じで豪快に笑っていた。


「お姉さんが何かするのかもってちょっとは思っていたんですけど、お兄さんまでそういう事するとは予想外でした。でも、あとで私もお兄さんに二人っきりで教えてもらうときは楽しみにしていますね」


心なしかサトミのテンションが落ち着いているようで、その表情も相まってか僕は背中に寒いものが何度も走っている感じを味わい続けてしまった。

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