墓を守る人とその家族
近くで鳥が鳴いている声が聞こえているのだけれど、鳥が羽ばたく音が聞こえないので僕は鳥に監視されている気分になっていた。
今まで転生してきたどの場所よりも薄暗く陰湿な気配を感じているのは、今いる場所が墓地だからなのか鳥の鳴き声は聞こえても生命を感じられないからなのかはわからなかった。
正確に言うとここが墓地なのかはわからないけれど、こんもりと盛られた土の中央にややいびつな形の十字架が建てられているのを見る限りは、ここが墓地で間違いないと思うしかなかった。
視界を右に向けても左に向けても後ろに向けても見えるのは無数のいびつな十字架と、遠くに見える森以外は何もない寂しい場所であった。
遠くに見える森も誰かが整備している様子はなく、何か所か獣道らしきものが見える以外は人が出入りしているような道もなかった。
さて、これからどうしたものかと考え込んでいると、僕の目の前にリンネが現れて手を伸ばすように言ってきた。
真っすぐに伸ばした僕の腕にリンネが座ると、僕と同じようにあたりを見回してから状況を整理し始めていた。
「あんたがどうしてここに来たのかわからないけれど、ここって私達が来る場所じゃないと思うのよね。
どこに飛ばされたとしても、私には大体の場所がわかるんだけど、ここに関しては全く見当もつかないのよ。
それどころか、あんた以外にスキルを使える人もいないみたいだし、この世界には魔王がいる気配もないのよ。
もしかしたら、あの金髪女の仕業かもしれないわね。
ちょっと不安だから結界を張って様子を見ることにしましょ」
リンネがそう言うと僕が横になっても窮屈じゃなさそうな範囲で結界を張ってくれていた。
実際に座るわけでもないのだけれど、気分的に少しは楽になりそうな感じがして気持ちにも余裕が出来てきた気がする。
「それにしても、私達が知らない世界に来ていると思うんだけど、あの金髪女はどこに居るのよ?
あんたなら簡単に見つけると思ったんだけど、ここに来てから一度も感じていないわけ?
私としてはそのまま繋がり状態が解消されると嬉しいんだけど、そんな事にはならないって知っているわよ。
そんな事より、なんで墓場みたいな場所を選ぶわけ?
あんたが選んだスキルのせいだと思うけど、何が目的でこんな場所に来ちゃったのよ。
私も元の世界からどれくらい離れた場所なのか把握したいんだけど、ここはいったいどこなのよ?
あんたもボーっとしていないでなんか考えてよね。
ちょっと待って、あの十字架って墓標もないみたいだしお墓なのかしら?
さすがに掘り返すことは出来ないけど、周りを調べてみる価値はありそうね。
あんたがその辺を調べている間に、私は元居た世界がどの辺にあるのか探してみることにするわ。
あんたが選んだスキルは戦闘向きじゃないかもしれないけれど、私よりは戦えると思うし何とかなるわよ。
じゃあ、早く結界から出て調べてきてよね。
私の体の大きさでこのサイズの結界を維持しているのは大変なのよ」
僕はリンネに言われた通りにあたりを調べてみたのだけれど、墓標が無くて誰の墓なのか、そもそも本当に墓なのかすらわからなくて、困ってしまっていた。
森の中にある小さな墓地と思われるこの場所はそれほど広いわけではなかったので、一つ一つの十字架を調べたとしてもそれほど長い時間は必要なさそうだった。
一つだけ三角屋根を付けた十字架があったのでそこを始まりの位置として他の十字架を見て回る事にしたのだけれど、一つだけ三角屋根がついている十字架は屋根がついている以外は他の十字架と変わらず、何を調べればいいのかわからないままだった。
どの十字架も大きさはそれほど変わらず、左右の長さはほぼ一定であった。
三角屋根の付いている十字架が無ければどこから見始めたのかわからなくなりそうなほどで、何か変化を見つけようとしても自然に曲がっていた枝を使っていたのだろうという違いしかないのであった。
一通り調べ終わってわかったことは、横幅は微妙に違う事はあっても高さ自体は一定であった事と、僕がいる位置を正面側だとすると、縦と横の枝が縛られているのは全て後ろ側だという事だけだった。
特に成果もないままリンネのところに戻ると、リンネは結界を解いて僕の前へとフラフラと飛行してきた。
「はあ、あんたはこれといって発見がなかったみたいね。
この状況じゃ仕方ないと思うけど、あの金髪もあんたを見つけられてないみたいだし良しとするわ。
一つ分かったことがあるんだけど、この世界は私達のいた世界と微妙にズレている気がするのよね。
何度か試した結果で通信は何とかできるんだけど、どうやらリアルタイムではなくて微妙に時差が出来ているみたいなのよ。
数百年単位なら通信に時差なんてほとんどないんだけど、色々と調べてもらって分かったことは、数十万年単位で時代が離れているみたいなの。
ここが過去なのか未来なのかは詳しく調べないとわからないんだけど、それっておかしい事なのよね。
私達の影響力ってそこまで遠い時間軸まで及ぶわけもないんだし、普通の人間が持っている魔力量じゃそこまで遠くの時間に転送なんて出来ないんだけど、あんたの場合は魔法を使えないのに体内に蓄積されている魔力量がえげつない感じだからかしら?
それって結構迷惑な事なんだけど、あんたは自由にそれを使いこなすことが出来ないんだから気にする必要も無いわね。
そうそう、私は元の世界へ戻れることになったんで帰るわね。
この世界の事がわかったら戻ってくるけど、その前に死んだら私の努力が無駄になるから気を付けるのよ」
リンネが結界を解くと身に纏っているオーラが淡く光りだして、そのまま光に包まれたまま小さな点となって空の彼方へと飛んでいった。
その様子を見届けると、僕はその場から離れて森の様子を観察することにした。
自然に包まれているこの場所は手入れが行き届いているようで、十字架がある場所には草一本と生えている事もなく、虫や他の生き物を見かけることもなかった。
一方、森の中へ一歩足を踏み入れると、そこら中から生き物の気配を感じ取ることが出来て、先ほどまでは鳴き声しか聞こえなかった鳥の羽ばたく音も聞こえていた。
「ある意味あの場所は結界みたいな感じなのかな?」
僕が思っていたことを口走ると、どこから現れたのか一人の男がそれに答えてくれた。
「あそこは結界というよりは聖域に近いかもしれないですね。あなたはこの辺の人じゃないと思うのですけれど、どこから来たのでしょう?」
僕はどこから来たのかと聞かれても元々この世界の住人ではないのだし、さっきまでいた場所もどこなのかはわかっていなかったため、その質問にどう答えればいいのかわからないでいた。
「えっと、言葉は通じているみたいなんですけど、もしかして答えられない場所から来たって事なんでしょうか?」
男は僕の目をじっと見つめながら何かを考えている様子だった。
そのまましばらくの間はお互いに目を逸らすこともなく、長い沈黙が続いていたのだけれど、その沈黙を破ったのは前髪の長い美少女だった。
「お父さん、その人は誰なの?」
「ああ、この人が誰かはわからないんだけど、気付いたらあの聖域にいたんだよ。どこから入ったのかはわからんのだけれど、お前なら何か感じるかもしれないのでこっちに来なさい」
そう呼ばれた少女は男性の後ろに隠れるようにして僕を見つめていた。
頭の先からつま先まで嘗め回すように何度も何度も視線が上下していたようだったけれど、可愛らしい子に見つめられるのはイヤな気持ちになりはしなかった。
「お父さん、僕はこの人が誰なのかはわからないけれど、この人が凄い人だってことはわかるよ。良い人なのか悪い人なのかまではわからないけど、とんでもなく凄い人だという事は間違いないよ」
前髪の隙間から時々見える瞳は左右の色が違うオッドアイで、それとは関係ないと思うのだけれど、頬も紅潮している様子だった。
だんだんと僕を見つめている瞳が潤んでいるように感じていたけれど、目が合うとその瞬間に逸らされてしまってハッキリと確認することは出来なかった。
「ねえ、あの人を家に招待しようよ。もしかしたらお母さんの病気を治す手がかりを知っているかもしれないし、サトミの力を少しは抑えることが出来るような気がしているんだよね。あの人を連れて行った方がお父さんも楽出来ると思うよ」
「そうは言ってもな、素性のわからない人を家に入れるのは危険だと思うんだよ。お前の直感を信じていないわけではないんだけど、今の状況では良い人なのか判断ついていないだろう? それが確信に変わった時に招待することにしような」
「それもそうだね。僕が間違っていたよ。お父さんの言う通り確信を持てるようになってから招待した方がいいよね」
僕っ子がそう言うとお父さんも納得したようで、再び僕の近くへと歩いてきた。
「お父さん、僕はこの人が良い人だって確信したよ!」
僕とお父さんは僕っ子の発言を聞いてお互いに驚いてしまっていた。
「おいおい、さっきと何も変わった様子はないのに何を感じ取ったのだ?」
「感じ取るも何も、その人はとんでもない魔力を秘めているのに僕達に対して一切敵対心を持っていないんだよ。もしかしたら全くの格下相手にそんな感情が無いだけなのかもしれないけれど、僕達が話しかける前から何かに敵意を向けているように感じることもなかったんだよ。だから、この人は大丈夫だと思うよ」
「そうなのか、お前がそこまで言うならこの人は安全な人なんだな。よし、すまないが私達の家まで一緒に来ていただけないだろうか? 色々と伺いたいこともあるし、あなたも聞きたいことがありそうだしな」
「自分で言うのも何ですけど、もう少し知らない人を疑った方がいいと思いますよ」
僕がそう言うと二人は顔を見合わせて笑い出した。
「確かにそうだ、でもな、本当に悪い人間だったらそんな事は言わないだろう」
「そうだよね、正直僕は完ぺきに信用していたわけじゃないんだけど、そんなこと言われたら信用しなくちゃいけない気になるよ」
二人が僕の手を取るとそのまま森の奥へと連れていかれてしまった。
「僕の名前はクリアです。お父さんはシンドです。お兄さんの名前はなんて言うんですか?」
僕は自分の名前をいまだに思い出すことが出来ないでいたので、最近まで呼ばれていた『死神』と名乗っておいた。
「死神さんって言うんですね。秘めている力だけじゃなくて名前からも強そうな感じがしているんですね」
クリアは僕の手を引きながらそう言うと、少しだけ握られている手に力を込めているようだった。
「僕も死神さんみたいに強くなって、お父さんみたいに立派な男になれるように頑張りたいんですよ。どんなことをしたら死神さんみたいに強くなれるんですか?」
立ち止まって振り向いたクリアの顔はどう見ても美少女そのものだあったけれど、先ほどの発言と握られている手の感触を総合すると、クリアは男の子らしい。
「僕の場合は周りの人に助けられてここまで来たんで、君も周りの人に頼っていいと思うよ」
「そうなんですね。僕は周りに助けられてばかりだったんですけど、これからは今まで以上に遠慮しないで助けてもらおうかな」
「おいおい、そんな事をサトミが聞いたら怒って助けてくれなくなるかもしれないぞ」
「大丈夫だよ。サトミは優しいし僕も少しは何とかするからさ」
僕はクリアに手をひかれたまま一軒の家に着いた。
その家は丸太を組み合わせただけのようにも見えていたが、近付いてみると何かの術式が施されているような紋様がうっすらと浮かんでいた。
僕は何となくその紋様が気になってしまい、なかなか家に近付くことが出来ずにいたのだけれど、僕の手を握っているクリアはそんなことをお構いなしに家の方へと僕を引っ張っていった。
「どうしたんですか? ここは僕達が住んでいる家なので安心ですよ。中にお母さんとサトミが待っていると思うので入りましょうよ」
「ああ、中に入るのは僕も賛成なんだけど、家のいたるところに浮かんでいる紋様って何なのかな?」
「死神さんも紋様が見える人なのかな?」
「ハッキリと見えているわけではないのですけど、何だかどこかで見たような気がするんですよね」
「私もコイツもその紋様は見えないんで何とも言えませんが、娘のサトミの話では邪悪なモノを寄せ付けない結界だって話なんですよ。この辺は今でこそ落ち着いてはいるんですけど、つい数年前までは中型の怪物がうろつくような環境でしてね。そんな環境でもあの森の聖域を維持管理する人間が必要なもんで、私らがその仕事を引き受けたってわけなんですよ」
「へぇ、それは大変なお仕事ですね。最近は怪物がうろついたりはしないんですか?」
「そうですね、最近はちょくちょく討伐隊もやって来たり、うちの娘が魔法の力で退けたりしていますんで平和なもんです。娘が散策中に怪物が出たら、逆に追いかけまわしたりもしてるみたいなんですけど、親としては心配なんで止めて欲しいと思っているんですがね。うちの娘は大陸でも随一の魔法使いだったりするもんですから、私の心配をあざ笑うかのように楽しんで狩りをしてますよ」
シンドさんはそう言って少し悲しそうに笑っていたのが印象的だったけど、クリアはその話を聞いている間は複雑な表情でずっと地面を見つめていた。
「サトミの話はこれくらいにして中に入りましょうよ。あんまり遅いとお母さんも心配しちゃうと思うからさ」
掴んでいた僕の手を離したクリアはぴょんぴょんと跳ねるように家の方へと向かうと、僕達を手招きしながら玄関の前に立っていた。
「一つだけ確認させてください。あの結界って殺傷能力高いですか?」
「そりゃ、結界だから邪悪なモノを寄せ付けないくらいには強いんじゃないですかね? ただ、その邪悪なモノがあの結界に今まで触れていないのでわからないですね」
僕は今までの自分の行動を振り返ると邪悪なモノになっているような気もするけれど、全部良かれと思ってやってきたことだし、結果的に邪悪なモノだとしてもそれは確信犯的なものだから仕方ないとしよう。
「さあ、妻と娘に死神さんを紹介したいのでどうぞどうぞ」
僕は勇気を振り絞って紋様の浮かんでいる手すりに触れてみた。
自然なままの形を生かした造りの木造建築はほんのりとぬくもりを感じるような気がしていた。
紋様に触れていた手のひらだけが熱くなっているように感じていたけれど、結果的にはそれ以上の事は何も起きなかった。
邪悪なモノの定義がわからなかったので心配だったけれど、今の僕は邪悪なモノではないという事らしい。
これから先にも人を殺めることはあると思うのだけれど、なるべくなら邪悪な存在にならないように心掛けていくことにしよう。
シンドさんがドアを開けて中に向かって声をかけると、奥からそれに答える二つの声が聞こえてきた。
更にクリアが声をかけると奥から二人の女性が出てきた。
「あら、今日はお客様がいらっしゃるのね。お食事の用意はこれからなんですけど、ご一緒にいかがですか?」
「お邪魔でなければよろしくお願いします」
「主人もこの子も外で働いているのに普段は小食なんですけど、たまに凄くたくさん食べることがあるのでいつも多めに作っているんですよ。今日はきっと小食の日なのであなたの分もたくさんありますからね」
「ありがとうございます。僕はちょっと名前を思い出せないのですが、仲間からは死神と呼ばれているのでよろしくお願いします」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。私はシンドの妻のラームと申します。私の後ろに隠れているのが娘のサトミです。ほら、お客様にご挨拶なさい」
ラームさんの後ろに隠れている少女はクリアよりも髪は長めだけど前髪はすっきりとしていた。
クリアとは違って両目とも同じ色なのは意外だったけれど、髪の長さと目の色を除くとほぼ同一人物なのではないかと思ってしまうほどそっくりだった。
あんまりジロジロと見るのも失礼だとは思うのだけれど、少女がブツブツと何かを呟いていたので気になってそれを眺めていた。
すると、クリアもシンドさんもラームさんも少女の後ろに隠れるようにして身を寄せ合いだしていて、明らかにおびえたような表情になってこちらを見ているのだった。
「あの、どうしたんですか? 僕の後ろに何かいるんですか?」
そう言って後ろを振り向いたのだけれど、そこには今来た道が続いているだけで、左右に生えている木の間にも不審な影は見当たらなかった。
「何か悪い事でもしましたかね?」
そう言って四人がいる方へ体の向きを戻すと、サトミの持っている杖の先端に魔力が集中しているような気がしていた。
というのも、それに気付いた時にはもう魔法が発動していて、僕の体に向かって圧縮されている強力なエネルギーが飛んできていた。
僕はそれに気付いた時にはもう当たる直前で避けることも何かで守る事も出来ない状態であった。
強力なエネルギーが僕の体に触れた瞬間、そのエネルギーは消滅した。
そう言えば、僕の体はアスカの許可した魔法以外は魔力を無効にするという事をすっかり忘れていた。
その反応に一番驚いていたのはサトミであって、後ろの三人は相変わらず身を寄せ合って震えていた。
「ちょっと、なんで私の魔法が効かないのよ?」
そう言いながらもサトミは僕に向かって詠唱を続けながら魔法を五月雨式に放っていた。
「どんな奴だって仕留めてきたのに、なんで人間のお前が私の魔法に耐えられるんだよぉ」
そう言いながらも、魔法をとめどなく打ち続けたサトミはしばらくしてその場に座り込んでしまった。
「もういいわ、私の魔法が効かないんじゃこれ以上抵抗したって無駄よね。私が目当てなら私を連れて行きなさい。その代わり、私の家族には手を出さないでください」
そう言って僕を睨むその眼は潤んでいるように感じていた。
「あの、僕は君達を襲いに来たわけでもないし、戦うつもりもないんだけど」
「え? 結界を破って中に入って来たからてっきりそうだと思ったんだけど、本当に戦いに来たわけじゃないの?」
「うん、僕は君のお父さんたちに助けられてここにやって来たんだよ」
森からここまで来た時の事を説明するとサトミは少しだけ笑顔をのぞかせていた。
「もう、それならそうと早く言ってよね。でも、結界を壊されたのにそのまま中に入れるなんてお父さんもクリアもどうかしているわ。二人はもう少し用心した方がいいと思うよ」
「僕達はサトミと違って結界が見えないんだし、そんな事言われても困っちゃうよ」
「それもそうだけど、私の魔力がほとんどなくなってしまって、壊れてしまった結界はどうしようか?」
そう言えば、僕が選んだスキルに『魔力を分け与える』ってのがあったので、それを試してみるいい機会のように感じていた。
「あの、良かったら僕の魔力を分けようか? 僕は魔法を使えないんだけど、わけあって体内に魔力をたくさん蓄えているらしいんだよね。それが原因なのかわからないけど、ある条件以外の魔法は全て無効になっちゃうんだよね。だから、君の魔法が効かなかったのは君のせいじゃなくて、僕のせいってわけなんです」
「はあ? 人に魔力を分けるなんて無理なこと言わないでよね。そんなことは魔法の神様だって無理だと思うわよ」
魔法を使えない僕がどうやって魔力を分けるのかはわからないけれど、とりあえずサトミに向かって魔力を分ける事を念じてみた。
念じるだけでは効果がないのか何事も起こりはしなかった。
僕のスキルの使い方を模索していると、急にサトミが僕の手を握りながら僕を真っすぐな瞳で見つめてきた。
「ねえ、本当に魔力を分けることが出来るのね。それに、一瞬でフルパワーになった気分だわ。今までは色々と調整をしながら魔法を使っていたんだけど、お兄さんが分けてくれた魔力ってそう言うのも必要無いくらい洗礼されているように感じるわ。ちょっと外に出て試させてもらってもいいかしら?」
サトミは僕の手を引いて外に出ていこうとしているのだけれど、僕の返事は聞こうともしていなかった。
この兄妹は人の手を引いて連れ出すのがクセのようだった。
家の裏にある広大なスペースの中央に僕が立たされると、先ほどと同じようにサトミの後ろに三人が隠れながら僕を見ていた。
先ほどと違って四人の表情が明るいのはいい事だけれど、この世界では何の罪も犯していない僕はまるで今から死刑を執行されるような気持になっていた。
サトミはどこから持ってきたのかわからない杖を両手にそれぞれ持ち、その先端に膨大な魔力を集中させていた。
結構な時間をかけて完成させた魔法は左右で異なる形式の魔法のようで、杖から放たれるとそれぞれが反発し合うような動きを見せつつも、標的であると思われる僕に向かって一直線に飛んできた。
大丈夫だとは思っているのだけれど、魔法をそれほど感知できない僕にすらわかるほどの強大なエネルギーが向かってくるのは恐怖以外の何物でもなかった。
結果的には先ほどと同じように僕の体に触れた瞬間に魔法は消滅したのだけれど、先ほどとは違ってサトミは興奮している様子だった。
「ねえ、あんなに凄い魔法を撃ったのにまだ動けているよ。お兄さんから貰った魔力ってそこが知れないんだけど、どれくらい私にくれたの?」
「それなんだけど、僕は魔法を使いこなせているわけじゃないんでよくわからないんだよね」
「よくわからないからこんなにくれたのかな?」
そう言いながらも僕に細かい魔法をぶつけてくるサトミが少し鬱陶しい感じになって来た時に、聞き覚えのある声の主が現れた。
「やあ、お兄さんの魔力を探してここまでやっとたどり着いたよ。でも、お兄さんって魔法使えないからどうやって探そうか悩んでいたんだよね」
そう言ってアスカが急に現れると、それまで和気藹藹としたサトミの空気が一変して戦闘モードになっているような気がした。
「お嬢ちゃんを襲ったりはしないから安心してね。もちろん、そこのご家族にも手は出したりしないからさ」
そう言ってアスカはサトミに微笑みかけてはいたのだけれど、サトミの戦闘態勢は崩れることが無かった。
「このお姉さんはちょっと怪しい感じだけど、僕の仲間だから大丈夫だよ」
「本当に? お兄さんの仲間なの?」
「うん、僕に魔力をくれた人だよ」
「そうなの? でも、お兄さんと違ってこのお姉さんの魔力って何だか怖い感じがしているの」
僕には魔力の違いが判らないのだけれど、僕とアスカの魔力はそれほど違うのだろうか?
「そう言われると、私とお兄さんって魔法に対する意識とか違うからそう感じちゃうのかもね。私もお嬢ちゃんと一緒で戦闘タイプの魔法が得意なんだよ。でも、お嬢ちゃんのよりは実戦向きかもしれないね」
「それよりも、お姉さんってどうやってここに現れたんですか?」
「ふふ、詳しくは教えないんだけど、お兄さんの魔力をたどって見つけて移動してきたって感じかな」
「私の魔法の中にお兄さんの魔力を感じたってことですか?」
「そう言う事になるね。このお兄さんは自力で魔法を使うことが出来ないってのを忘れてたんで、お嬢ちゃんの協力に感謝するよ」
「つまり、私の魔法ってお兄さんの魔力と共同作業で作り出してるってことですよね?」
「え、それは微妙に違うような気もしているんだけど、間違いとも言い切れないような感じがしてる?」
何だかおかしな方向に進んでいるような気もしているんだけれど、帝国の魔女たちをやり込めたアスカが圧されているように感じるのは新鮮に思えた。
「お母さん、私とお兄さんのために美味しいご飯をお願いします」
サトミがそう告げると、少し離れて見守っていた三人が一斉に玄関の方へと走り去っていった。
「お兄さん、これから末永くよろしくお願いしますね」
そう言ったサトミの瞳には曇り一つなくどこまでも透き通っているように感じていた。