世界を変える魔女
「私とお兄ちゃんが協力したら魔王のいない世界を作ることが出来るんだよ」
「そうだね、アリスちゃんと君が力を合わせて新しい世界を作っちゃいなよ。そのためには他の魔女の人達の協力も必要になると思うけど、その辺って大丈夫なのかな?」
アリスとアッサムさんの問いかけにやや戸惑っているアイカさんとミズキさんではあったけれど、皇帝陛下はその提案に乗り気であったようだ。
「他の世界の事はよくわからないけれど、我々のいる世界から魔王がいなくなるという事は、争い事もほぼなくなるという事ではないか。具体的にはどうしたらいいのだ?」
「特に難しい事は無いんだけれど、この国の魔女の力を知りたいんで、アリスちゃんと繋がってもらうのが一番早いかもね。」
「多分それが一番早いと思うんだけど、それをやるには魔力が大量に必要になるんで、この国以外にも隠れている魔脈があるか調べておくね。お兄ちゃんと離れちゃうのは悲しいけれど、ここから先の説明はアッサムに任せることにするよ。それじゃあ、ちょっと探しに行ってくるね」
アリスはそう告げると出てきた魔法陣の中へと入っていって、その存在すらも感じられなくなっていった。
アッサムさんがアリスが消えた魔法陣の一部を消すと、光の点滅を繰り返していた魔法陣が落ち着きを取り戻していた。
「魔法陣を消しちゃっても大丈夫なのかなぁ?」
「僕にはわからないけれど、きっと大丈夫なんじゃないかな?」
「アリスちゃんなら大丈夫だよ。複数の魔法陣を展開してると、アリスちゃんもどこに出たらいいかわからなくなってしまうからね。私以外にも元使い魔は何人かいて、それぞれがアリスちゃんに協力的だからさ。ここじゃない小さい国の中にも協力者っているんだよね」
「その協力者を介して話し合いとか出来ればもっと円満に解決したりしないのかな?」
僕はこの世界の状況を詳しく知っていないので争い事が起らずに解決できるなら素晴らしいと思っていたのだけれど、それはほぼ不可能に近いという事だった。
「そうだね、君の言う通り話し合いで解決できるといいんだけれど、正直なところそれは難しいと思うんだよね。
我々帝国側も法国やその他の国も引くに引けないところまで来てしまっているんだよ。
一時的な休戦があったとしても、それは休戦であって終戦ではないのだよ。
我々の大義は向こうにとってはどうでもいい事だろうし、向こうの大義も我々にとっては意味のない事でしかないのさ。
もしも、終戦が訪れるとしたら、それはどちらかの勢力が滅亡した時だろうね。
今は三竦みの状態で上手い事均衡が保たれてはいるんだけれど、ちょっとしたことでバランスが崩れてしまう事だってあり得るんだよね。
あたし的にも争いが起きずに解決出来るなら大歓迎なんだけど、そいつが難しいってことは皇帝陛下が一番よくわかっていると思うよ。
向こうの代表と何度も会談しているんだけど、そのたびに交渉は決裂しちまっているし、お互いに落としどころってやつが見つからないのさ。
だいたい、今まで犠牲になった仲間たちにどんな顔を見せていけばいいのかもわかったもんじゃないね。
そんなわけで、一番円満に解決する方法はあたしたちが圧倒的な力を見せて相手を蹂躙することになるんじゃないかな?」
「それは出来ると思っているの?」
「今の戦力じゃ無理かもしれないけれど、あんたがもっと強くなれば可能なんじゃないかな?」
「僕が強くなったとしても、殺せるのは魔王だけだろうし、大して影響はないと思うんだけど」
「そんなこと無いよぉ。
私達の国には転生者は死神君しかいないってことだけど、法国にはたくさんの転生者が味方しているし、その人達を全て始末出来たら三竦みのバランスが崩壊して、一般戦闘員でも勝てると思うんだよね。
私達魔女は戦闘ではほとんど役に立たないんだけれど、魔王がいなくなってしまえばそれなりには戦えたりするんだよね。
銀魔女の防衛力だって魔王対策なんだし、それを敵地攻撃に振り替えれるとしたら相当な戦力増強になるんだよぉ。
私だって魔王がいなければ安全に移動して色々出来ると思うし、ミズキは戦闘では役に立たないと思うけど、あらかじめ無理かどうか判断できるってのは凄い事だと思うんだよね。
だから、死神君が今以上に魔王を倒してくれたら私達はそれだけでも大助かりなんだよね」
「だけど、魔王が転生者だとしたらまた戻ってきてしまうんじゃないかな?」
「それはそうだけど、死んですぐに戻ってくるわけじゃないんだし、戻ってきたところで法国が壊滅していたとしたら、魔王達はどうするのだろうね? あたしには想像もつかないけれど、きっといい気分ではないんじゃないかな?」
僕らのやり取りを見ていたアッサムさんが僕達に解決策を示してくれた。
「それなんだけど、アリスちゃんが戻ってきたら何とかなるかもしれないよ。
確実に解決出来るってもんでもないし、それなりに準備は必要なんだけど、今みたいに無理やり戦って消耗するよりはいいと思うんだよね。
そのためにいくつか協力してほしい事があるんだけれど、言ってもいいかな?」
「この戦争を終結させることが出来るのならば、出来る限り最善を尽くそう。何なりと申してみよ」
「はは、皇帝がそう言ってくれるとありがたいね。
まず、前提として覚えておいて欲しい事は、他の国に現れている転生者がこの国にとっては魔王ってことだね。
厳密に言うと魔王ってのも色々あるんだけれど、ここでは省略しておこう。
で、その魔王を倒したとしても、そいつが諦めない限り何度でも復活して立ちはだかってくるわけだ。
死神君が過去に大量に倒した魔王達だって向こうの国の違う場所に転生してると思うんだよね。
そこで、私が知っている限りでは、魔王を復活させない方法は二つあるんだけど、一つは復活を諦めさせて転生させないってことだね。
そいつは本当の意味での死を表しているんで現実的には不可能だと思うのさ。
もう一つの方法が、転生者が死んだ時に行く世界とこの世界の繋がりを塞いで他の世界へ強制的に転生させるってことだね。
みんなも見たことがあると思うけど、転生者が死ぬとその遺体は消えてしまうだろ?
その遺体が転送されている世界があるらしく、そこで何らかの体験をしてこっちの世界に蘇ってくるらしいんだ。
死神君は何度か体験しているようだけど、大体そんな感じだと思うんだよね。
で、その転送先は基本的には固定されているらしいんだけど、復活するのに必要な時間はその転生者とか送ってくるやつによって違うらしいんだよね。
私が見た時では、最短でも三日くらいかかっていたし、長い人では存在を忘れていた頃に復活していたりしたよ。
そんなわけで、死んでこの世界から消えてこちらに戻ってくる道を塞いじゃえば魔王はこの世界に復活出来ないと思うんだよね」
「それが本当だとして、どうやって道を塞ぐのかなぁ?」
「そのために君達の力が必要になると思うんだよね。
『時間と空間』と『破壊と創造』と『祝福と絶望』の力が一つになるときっと可能なことが増えると思うのさ。
でもね、それを三人で実行するのは難しいと思うんだよね」
「確かに、あたしたちはお互いの事は良く知っているけど、協力して何かをするってのは苦手かもしれないな。
特に、アイカとミコは助け合うって事はないだろうからね」
「うん、私は銀魔女とあんまり助け合うって気持ちは無いけど、世界が平和になるとしたら協力はすると思うんだよねぇ」
「その点は問題ないから安心していいよ。
君たちの力を少し借りるだけだし、そこまで負担は無いと思うんだよね。
それに、アリスちゃんも色々とやってくれているから大丈夫だね」
「ちょっと待って、転生者が戻ってくる道を塞いだとしたら、万が一死神君が死んじゃったら戻ってこれなくなっちゃうんじゃないのかな?」
「彼の場合は特別な状態なんで、どっちにしろ死んじゃったらこの世界に戻ってくることは難しいと思うよ。
死神君は他の転生者と違って、復活する世界も時間軸もバラバラみたいなんだよね。
どういう原理なのかわからないけれど、死神君が今より未来の世界でアリスちゃんとであっていたり、この世界とは違う世界で他の転生者と出会っていたりしてたみたいだし、彼だけが同じ場所に転生出来ない理由は私達にはわかりえないんじゃないかな?」
「死神君って帝国に味方しているって点でも特別なんだけど、復活する時も特別だったんだねぇ。
でも、死んじゃったら他の魔王と違って別の世界に行っちゃうってのは悲しいかも」
「それも解決する方法があるかもしれないんだけど、君達は興味あるかな?」
僕は自分でもどこに転生するのかわからないし、ある程度は転生先が優遇されてはいるんだけれど、全く同じところに転生する方法があるなら知りたかった。
その方法がわかればサクラを助けることが出来ると思ったからだ。
「じゃあ、死神君がこの世界に戻ってくる方法を教えてよ」
アッサムさんは少し困ったような様子でアイカさんの方を見つめていた。
「死神君をここに戻す方法は君の『空間』を使えばいいと思うんだよね。
死神君が新しく転生した場所まで迎えに行って連れてくれば良いのさ。
問題は、その場所がわからないってことなんだけどさ」
確かに、アイカさんの『空間』を使えばどこにでも行けそうだけど、皇都のように結界に守られていた場合はどうなるのだろうか?
その場合は僕が結界の外に出れば問題なさそうだけど、僕はアイカさんに居場所を伝えるスキルなんて習得できるかわからない。
「あたしの力を使ったって正確な場所までは把握できないと思うし、それはミコだって同じだと思うよ。アイカの力は便利だけど、目標地点が定まらないと危険だし、何度も何度も乱発できるようなものでもないからね」
「そこで、それを解決する方法があるとしたらどうするかな?」
「そんなのは試すに決まっているよ」
アイカさんとミズキさんが同時にそう答えていたのだけれど、皇帝陛下も同じことを言おうとしているみたいだった。
「君達ならそう答えると思っていたよ。
まずは、死神君と私達の誰かを繋げる必要があるんだよね。
ただ、転生者と魔女じゃ直接繋げることが難しいのは知っているよね?
そこで、転生者と魔女の中間の存在を作る事から始めるのさ。
その素材を集めるためにアリスちゃんは外に行っているんだけれど、それが見つかったら『空間』を使って取りに行ってもらいたいんだよね。
多分一人では無理だと思うから、君の騎士を連れて行くといいと思うんだけどどうかな?」
「ライト君なら強いからどんなところでも大丈夫だと思います。それで死神君と私達が繋がるなら嬉しいし」
「それじゃあ、アリスちゃんが戻ってきたらお願いするね。
そっちの魔女の人はなるべく魔力を使わないで貯めておいて欲しいんだよね。
君の魔力は自分で思っているよりも強力なんだけど、比べる対象とかも無いだろうし、一回一回の魔力消費も相当激しいみたいだよ。
もっとも、君は膨大な魔力の一部を使っているだけだから他の魔女よりも負担を感じていないだけだろうけどね。
それと、もう一人の魔女も出来るだけ魔法を使わないようにしてくれていてると助かるかも」
「それでは、余は何をすればよいのだ?」
「皇帝さんは何もしなくていいですよ。
今まで通りこの国を守ってくれていれば大丈夫です。
出来る事なら、小さい争いとかも起こさないでいてくれると成功する確率も高くなると思いますので、その辺だけお願いします」
皇帝陛下はアッサムさんのお願いを聞くとそのまま部屋を飛び出していった。
きっと、なるべく争い事を起こさないようにと伝えに行ったのだろう。
「死神君の持っている武器なんだけど、厄介な呪いがかかっているみたいだね。
私とか魔女の人達でも触るのがやっとの様な気がしているよ。
もしかして、死神君ってその武器に呪いをかけた人なのかな?」
「え? 僕はこの鎌を見たのは初めてだけど、自分のスキルがこの鎌と相性良いだけだと思うよ。違うスキルだったら近付くことも出来ないと思うしね」
「へえ、そうなんだ。そのスキルって君だけが与えられた特別な物なんだね」
「僕だけのスキルかはわからないけれど、特別な物に変わりはないかな」
「この街全体を覆っている結界が無効になっていたとしたら、その鎌の力でアリスちゃんの魔力が全部吸収されているかもしれないんだね。
そんなことになったら君はどうなっちゃうのかな?
でも、そんな事にはならないと思うから大丈夫だと思うな。
だって、アリスちゃんはこの街から外に出ることが出来ないからね」
「外に出ることが出来ないってどういうことなのかな?」
「アリスちゃんはもともと君と同じ転生者だったんだけど、転生者としての使命を放棄して魔道の世界に流れたんだよね。
今は魔女としての命が終わって幽霊みたいな存在になっているんだけど、元が転生者なんで死んだ後の世界に辿り着けないみたいなんだ。
私はアリスちゃんが転生者から魔女になる手助けをしたんでわかるんだけど、ちょっとやり残したことがあるみたいで、それを遂行しない事には成仏も出来ないんだって。
アリスちゃんのやり残したことに深く関わってくるのが君なわけで、君と出会うために長い時間をかけてどこかの世界に出現した転生者を探していたんだよ。
この世界のこの時間軸のこの街にずっといれば、いつかは君に出会えると信じて今まで過ごしてきたんだよね。
そんなわけだから、君に協力してもらいたいんだよね。
もちろん、三人の魔女の力も必要なんだけどさ」
「アリスの願いを叶えることが出来たのなら、アリスは無事に成仏できるって事かな?」
「多分そうだと思うよ。アリスちゃんは君に会えただけでも成仏しそうだったけど、君に会った事で思いがより強くなった気もしているしね」
アリスのやり残したことが何なのかはわからないけれど、僕が出来る事はなんでもやってあげよう。
過去に助けられなかった人を違う形ではあるけれど、助けることが出来るのならば協力しないわけにはいかない。
「魔女の人達が揃うまでは時間もかかると思うし、アリスちゃんのために君が出来る事を一つずつやってもらおうかな。
アリスちゃんの力を解放するために必要なんで、君が持っている鎌を借りてもいいかな?
大丈夫、この街の結界の中だと力を吸収されることも無いからね。
街の外に出なければ大丈夫だし、万が一結界が無くなったとしても、私の方が先に吸収されちゃうような気がしてるからさ」
僕が使っていた鎌は手元にないため後で持ってくるとして、他に出来る事はあるだろうか?
「死神君はアリスちゃんにとって特別な人だと思うんだけど、そんなに深い結びつきがあったのかな?」
「どうだろう?
お互いに協力して助け合ったりもしたけど、僕だけがアリスに出来る事って何かあるかな?
アリスが斬られた時だって僕が油断したことが原因だったりするし、それ以外でも僕がアリスに特別な事をしたつもりはないんだけどね」
「そんなことは無いよ。私はお兄ちゃんにたくさん助けられてたんだよ」
ふいにアリスの声が聞こえてきたのだけれど、姿はどこにも見当たらなかった。
「ごめんね、今は声だけしか届けられないんだ。でも、お兄ちゃんが協力してくれたら私もそっちの世界で活動できると思うよ」
「ああ、アリス成仏できるのならどんな協力だって惜しまないさ。
他の人達にも協力してもらって願いを叶えような」
「お話ししているところ申し訳ないんだけど、私はアリスちゃんの状況を確認するためにちょっと席を外させてもらうよ。
そうだね、二日ほど時間を置かせてもらうことになると思うけど、魔女の人達にもなるべく魔法を使わないようにお願いしていただけると助かるね。
アリスちゃんを成仏させるために必要な依代をこれから完成させなくちゃいけないんだけど、完成したら君達に知らせに行く事にするよ」
アッサムさんはそう言うと、空中に魔法陣を描くとその中へと入っていった。
「あの魔法陣ってアイカの『空間』と違う力なのかな?」
「さあ、私にはわからないけれど、きっと違う力なんじゃないかなぁ?」
その後、僕達は皇帝陛下にアリスの事を伝えて鎌を使う事を報告した。
皇帝陛下は特に疑問を感じてはいないようではあったのだけれど、ハヤマさんは少し感じるところがあったらしい。
アリスとアッサムさんの情報を調べてみると言ってどこかへと向かっていった。
去り際に、「疑問を持つことも大事だよ」とだけ言っていたのが印象に残っていた。
その日の晩、僕は新しく用意してもらった部屋でくつろいでいると、アリスが閉まっている窓を通って僕の部屋の中に入ってきた。
「あのね、お兄ちゃんに会えて私は嬉しいよ。
私は転生者として何も成し遂げていないけれど、お兄ちゃんには私の分も頑張って生きてもらいたいって思うんだよね。
私はもう少しでいなくなっちゃうと思うけど、お兄ちゃんの心の中で生き続けていけたらいいなって思っているよ。」
「そうだね、僕もアリスが幸せになれるならそれが一番だって思っているし、今が辛いならそれを終わらせてあげたいって心から思っているからね」
「ありがとう」
そう言ったアリスはどこか寂し気な表情をしていたけれど、僕はどこかでまたアリスに会えるのだろうと漠然と考えていて、その表情の意味を考えることは無かった。
それからアッサムさんが戻るまでの僕は特にやる事もなかったので、皇帝陛下と他愛もない話をしていたり、皇都にいる兵士の人達と魔王討伐の話で盛り上がったりしていた。
僕が思っているよりも準備に時間がかかっていたようで、アッサムさんが戻ってきたのは予定の日よりも三日ほど遅れていたのだった。
「思っていたよりも手間取ってしまって申し訳ない。
順調に準備は進んでいたんだけれど、アリスちゃんが途中でちょっといなくなってしまって自分の位置を見失ってしまっていてね。
でも、その分良いものを集めることが出来たんで、結果的には良かったと思っているよ。
じゃあ、『空間』を操る事の出来る魔女のもとへと向かおうか」
良いものが何かの説明はなかったのだけれど、アッサムさんの喜びようを見ていると、きっとアリスにとって良いものが手に入ったのだろうと思った。
僕はアッサムさんを連れて魔女の二人がいる部屋へと向かうと、途中でハヤマさんとすれ違った。
「やあ、これから魔女達とお出かけかな? あんまり遅くならないうちに戻ってきた方がいいよ。今日はすき焼きを作ろうかと思っているからね」
ハヤマさんに挨拶を交わしてそのまま魔女の二人がいる部屋へと歩みを進めた。
結界に覆われているので魔力は感じられないと思うのだけれど、その部屋はいつも以上に静かな感じがしていた。
ノックをしてしばらく待っていると、ゆっくりと開いた扉の隙間からミズキさんがこちらを手招きしていた。
「予定よりも時間がかかったみたいだけれど、待たせた分だけ良い報告が効けるんだろうね?」
「それなら待たせた以上の価値があるものを見つけられたと思うよ。それを確かめるためにも他の魔女のところに行こう」
「そう焦って物事を進めるのは良くないと思うよ。
ミコの事はアイカが迎えに行っているんでもうすぐ戻ってくると思うし、それまではゆっくりとお茶でも召し上がってくれるかな?
アイカの魔力の残量を気にしているのなら心配はいらないよ。
ミコは昨日の晩にここに着いて今は食事をとっている最中だと思うからね」
「へえ、いつの間にか魔女が三人とも揃っていたんだね。それなら話が早くて助かるよ」
僕達はアイカさんとミコさんがやってくるまでミズキさんが淹れてくれた紅茶を飲んでいたのだけれど、紅茶を飲んでいるとは思えないような重苦しい緊張感に覆われていた。
二人がやってくるまでは会話らしい会話もなく、飲みきれなかった紅茶が冷めてしまっていて申し訳ない気持ちを感じていた。
「お待たせしました。あなたがアッサムさんですね。私の名前はミコと申します。この二人と同じくこの国の魔女を務めさせていただいています」
ミコさんとアッサムさんがお互いに挨拶を交わすと、さっそく本題に入っていた。
「えっと、三人の魔女の方が揃ったので改めて説明させていただきますが、これから御三人様に協力していただきます。
主目的は、御三人様の魔力をお借りしてこの世界に新しい転生者がやってこれなくするようにすることです。
それによって、討伐した魔王が再びこの世界にやってくることを防ぐことが出来るようになります。
つまり、今までは無限に復活していた魔王が復活することもなく根絶やしにすることが出来るのです。
そして、それに付随する形になるのですが、アリスちゃんの呪われた運命を解き放って魂を成仏させることになります。
もともとは転生者であったアリスちゃんですが、わけ合って魔女となり今では幽霊としてこの街を彷徨っているのです。
主目的に注がれる魔力のほんの少しで結構ですので、アリスちゃんのために分けていただけると私も嬉しいです」
「もちろん、私達の目的はこの世界から魔王を根絶やしにする事なので問題ないのですが、先輩魔女であるアリスさんの力になれるのならいくらでも協力いたしますよ」
「ありがとう、それじゃあ、この街で唯一自由に魔法を使える場所に移動しようか」
「え? そんな場所があるのかなぁ?」
「アイカはあんまりこの街の事に詳しくないけど、それにしても知らなすぎでしょ。この場所が皇都になった理由がある場所だよ」
アイカさんは少し何かを考えているようではあったけれど、すぐに答えがわかったようでいつも以上の笑顔でアッサムさんを見ていた。
僕達が向かった先はこの街の中枢とも呼べる場所で、強力な結界を維持するためには不可欠な場所であった。
普段はどのような身分の者であっても立ち入ることは出来ないのだけれど、皇帝陛下と結界を維持することに力を注いでいる多くの魔法使いが立ち合いのもとで僕達は中に入ることが出来ていた。
部屋の中央には見る角度によって色が変わる鉱石が光を放っていたり光を吸収していて、僕はしばらくの間その鉱石に見とれていた。
僕がその功績に見とれている間にアッサムさんが巨大な魔法人を完成させていた。
魔法陣の中央はアリスが出入りしていた顔のようなものと少し異なるような感じではあったけれど、それ以外はほぼ変わらないように思えていた。
中央に描かれた顔を中心にその周りを五芒星が包んみこんでいて、その周りを見たことも無いような文字で何重もの円を描いていた。
五芒星の頂点にはこの部屋の鉱石が置かれていて、鉱石から時計回りにミコさんミズキさん一つ飛ばしてアイカさんが立つように指示されていた。
僕はその様子を他の人達と同様に黙って見ていたのだけれど、アッサムさんに持っている鎌を渡すよう持ってくるように言われて空いていた五芒星の頂点に刃を内向きにして置いた。
僕が鎌を置いて離れると、アッサムさんは鎌に触れないように慎重に近づくと、この部屋の物と比べると小さいのだけれど、同じように光を放っていたり吸収している鉱石を刃の上に置いていた。
「さあ、準備は整いましたので、皆様はどうかリラックスしてお待ちください」
アッサムさんがそう言うと、僕の隣に来て魔法陣の中央に注目するようにその場にいる全員に言っていた。
「これからこの世界と他の世界を隔離することになるのですが、元に戻すことは出来ないと思います。
止めるのならば今のうちですが、このまま続けてよろしいでしょうか?
異論は無いようなのでこのまま続けさせていただきますね。
では、これから起こる事から目を逸らさずにしっかりと確認してくださいね」
アッサムさんが魔法陣に向かって両手を向けると、それに呼応するように魔法陣が激しく輝いていた。
僕はしっかりと見ようとしていたのだけれど、あまりの眩しさに魔法陣を直視することが出来ずにいた。
皇帝陛下やその周りにいた魔法使いも同様らしく、誰も魔法陣の様子を最後まで確認している様子はなかったらしい。
魔法陣が落ち着きを取り戻していた時には、最後に置いた鉱石は光を失ってはいたのだけれど、最初からこの部屋にあった鉱石は最初と変わらずに光を放っては吸収しているようだった。
アイカさんもミコさんもミズキさんもその場に座り込んではいたのだけれど、特に大きな変化は無いようで僕達の方を向いて無事だという事を知らせてくれていた。
大きな光を放っていた以外は変化を感じさせていなかったのだけれど、僕が置いた鎌が無くなっていたことに気付いたのは魔法使いの誰かが指摘した後だった。
「ああ、皆さんの協力のお陰で大成功です。
私が想像していたよりも大きな成果が得られました。
それにしても、三人の魔女の方の力は絶大ですね。
どうしましょう、この喜びを今すぐ皆さんと分かち合いたいのですが、そうも言っていられません。
今の時間を持ちましてこの世界は完全に他の世界から切り離されることになりましたが、悲しむことはありません。
あとはこの世界に残された魔王達を屠るだけです。
その為の兵器も同時に完成させることが出来ましたよ」
アッサムさんが再び魔法陣に向かって手のひらを向けると、魔法陣の中心の顔が消えていた。
顔の消えた床から僕の鎌がゆっくりと出てきたのだけれど、それと同時に鎌を持った金髪の少女が現れた。
アリスに似ているような気もしているが、この前まで見ていたアリスとは別人のようにも感じていて、他の世界であった碧眼のアリスとも別人のように思えていた。
でも、アリスであるような気がして仕方がなかった。
「魔女の方々はしばらく動けないかもしれませんが、どうかそのままごゆっくりご覧ください。
彼女は自立型魔道兵器としてこの世に生を受けたのです。
あなた方は彼女が活動するために持てる魔力を注いでいただけるとそれだけ早くこの世界から魔王を根絶やしにすることが出来るのです」
「あの子はアリスなのか?」
アッサムさんは僕の方へと振り返って答えてくれた。
「あの子は君の知っているアリスちゃんとは違うけど、アリスちゃんの名前を付けてあげてもいいよ。
それに、最近会っていたアリスちゃんも君の知っているアリスちゃんと違う人だと思うけどね」





