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転生者と魔女と魔王

僕が知っているアリスと違う人のような気がしていたけれど、色々と話を聞いていると見た目は違っているのに僕の知っているアリスでしかないような気がしてきた。


僕と同じ転生者だったはずのアリスがどうして魔女になってしまったのか、それはアリスの口から語られたのだった。


「私はお兄ちゃんが知っているアリスとは少し違っているかもしれないけれど、色々あって変化しちゃったみたいなんだよね。

本当は何かをやらなくちゃいけなかったはずなんだけど、それをやらないで過ごしていたら、転生できなくなってしまっていたんだよね。

それで、今は幽霊みたいな感じで色々な場所で色んな人を助けたりしているんだよね」


「幽霊ってことは成仏するのが最終目標なのかな?」


「うーん、それはわからないけれど、私はみんなみたいに明確な目標もないし、何かをしてやろうって気持ちも沸いてこないんだよね。

それに、一番の目標だったお兄ちゃんをやっと見つけることが出来たのが嬉しいかも。

お兄ちゃんが転生する場所と時代がわからないから、どこの時代で待つことにするのか悩みに悩みぬいたんだよ。

今より先の時代に行っちゃうとお兄ちゃんの事を見つけるのが大変そうだし、今の時代なら皇国に居れば一番情報が集めやすいんじゃないかなって思ったしね。

時間はかかっちゃったけれど、お兄ちゃんっぽい人が他の転生者をバンバン殺しまくっていたって話を聞いた時は、この時代に来てよかったなって思ったよ。

それにしても、『死神』ってのはお兄ちゃんぽくないかも」


アリスは赤い瞳を鈍く輝かせて僕にだけ話しかけているようだった。


アイカさんもミズキさんもアリスの言葉を全て理解しているわけではなさそうなのだけど、何とか話についてこようとしているのは伝わってきた。


「あの、先輩ってもしかして、魔女の始祖って呼ばれてる人ですかぁ?」


「始祖って呼ばれてるのかわからないけど、私の前に魔女って呼ばれてた人はこの世界ではいなかったと思うよ。でもね、同じ話を何回もするのはちょっと面倒なんで、明日の夜にでも偉い人たちを集めてお話しさせてもらってもいいかな?」


「私達は大丈夫だと思うし、皇帝陛下にもお伝えしておきますのでその辺は問題ないと思います。先輩の姿って誰でも見えるんですかね?」


「それはどうだろう? 私も今まで何度か話しかけてみたりしたことはあったけど、反応ない人の方が多かったから、もしかしたら魔力の弱い人には見えないのかもね」


「見えなかったとしても私達は見えているんだし、きっと皇帝陛下も見えると思いますけど、私達は何をしたらいいんでしょう?」


「何もしなくていいんじゃないかな? 私とお兄ちゃんの邪魔さえしなければ問題ないよ」


「私達は邪魔なんてしませんよ。でも、死神君の力は私達も必要なんですよね」


僕に抱き着いているアリスを牽制するような形でアイカさんも僕の腕に抱き着いてきた。


「お前たちじゃお兄ちゃんの力をちゃんと理解できないと思うけど、出来るだけ頑張るといいよ。それじゃあ、明日の夜までお前たちはどこかに行っててね」


アリスの体から眩い光があふれてきたと思っていると、僕とアリス以外の人はみんないなくなっていた。


僕も自分の体がそこにあるのか不安になるような感覚に包まれていたのだけれど、アリスに触れられた手はアリスの手に触れている感覚があった。


それ以外の五感は失われているのか極端に感覚が鈍くなっているのかわからないけれど、僕は自分の意志で前に進むことも横を向くことも出来なくなっていた。


「お兄ちゃんは私のモノになって貰わないと困るんだけど、私一人じゃお兄ちゃんを独占できないんだよね。

お兄ちゃんって私達と違って、と言っても昔の私と違ってなんだけどさ、死んでから転生する時って全然違う時代に飛んでいるんだよね。

私の時ってせいぜい数日から数週間くらい先の時間に転生してたんだけど、お兄ちゃんは大きく過去に行っていたり、私の見えないくらい未来に行ってたりしてるんだよね。

自覚はないだろうけれど、私と最初に会った時って今を基準にすると凄い未来の世界なんだよね。

未来って言ってもこっちは文明も発達していかないし、国境が変わったり支配している国が違ったりって程度なんだけどさ。

それでね、お兄ちゃんに会って頼みたいことがあったんだ。

お兄ちゃんは本心ではイヤだって思っちゃうかもしれないけれど、きっと私の頼みを聞いてくれると思うんだよね。

それは明日の夜に取っておくとして、今日は前に会った時に出来なかったことをしなくちゃね」


アリスが僕に抱き着きながらそう言うと、僕の体は少しだけ自分の感覚を取り戻していた。


少しだけ動く顔をアリスの方へと向けて真っすぐに目を見つめてみたのだけれど、アリスの紅い瞳には僕の顔が映っていないようだった。


僕は声にならない声で尋ねてみると、アリスは僕の質問にあっさりと答えてくれた。


「お兄ちゃんが私の前から消えた時に一緒にいた女の人はサクラさんって人ではないよ。

結構前の事なんで記憶は薄れてきているんだけれど、サクラさんではなかったよ。

確か、アオイさんって名前だったと思うな。

お兄ちゃんと会う少し前に知り合ったんだけど、お兄ちゃんが消えてからの方が仲良くなってたはずかも。

ごめんなさい、記憶があやふやでハッキリとは思い出せないんだけど、私が今みたいにこの世界に来られたのも、転生者じゃなくなることが出来たのも全部アオイさんの協力があったからなんだよ。

その辺も明日になったらみんなに説明するからね。

それまではお兄ちゃんを独り占めさせてね。

人と触れ合うこと自体初めてに近いんだからさ」


アリスが僕の体を強く抱き寄せると、僕は再び自分の意志では体を動かすことも出来なくなっていた。


すると、姿は見えないのだけれど、頭の中にリンネの声が聞こえてきた。


『お楽しみのところ悪いんだけど、あんたはその子に深く関わらない方がいいと思うわよ。って言っても、あんたの未来はあんた自身で決めなくちゃいけないんだけどさ。それじゃ、私はもう少しあんたの事を見させてもらうわね』


リンネの声が聞こえなくなると、僕の視界はだんだんと狭くなっていって、何も見えなくなっていった。


しばらく経つと、僕の全身を柔らかいものが包みこんでいるような感覚になっていて、何だかとてもリラックスしてしまっていた。


それから先は何も覚えていないのだけれど、何だか幸せな感覚だけは話し合いが始まるまでは残っていた。



目が覚めると僕はどこだかわからない部屋の中にいるようだった。


右手を天井に向けてかざしてみたのだけれど、特に異常は無いようだったのだけれど、自分の意志で自由に体を動かすことが出来るという事に、僕は無性に感動してしまっていた。


「おや、お目覚めかい。ずいぶんと幸せそうに寝ていたもんだから見守っていたんだけれど、さっきまでアイカも一緒にいたんだぜ。ついさっきトイレに行くって出ていったんだけど、あいつもタイミングが悪いもんだね。でも、あたしがあんたを見守っていたんだから問題は無いはずさ。そんなことを言っていたら、アイカもトイレから戻って来たみたいだよ」


ゆっくり開いた扉の向こうにはアイカさんが立っていたのだけれど、少し機嫌が悪いようだった。


魔女とはいえトイレに行っている事を言いふらされて気分を害する女性はいないだろうと思って、僕はどうにかフォローしようとしたのだけれど、どれも上手くいくことは無かった。


「あのね、私はトイレに行ったことを言われたから怒っているわけじゃないんだよ。

そりゃ、トイレに行っていたのは事実だし、ちょっとは恥ずかしいなって思うけど、問題はそこじゃないんだよぉ。

何で私がいない時に目が覚めるのかな?

そう言うとこは良くないと思うんだよね。

ちゃんと聞いてるのかな?」


僕はどうしたらいいのかわからなくなってしまい、ミズキさんへ助けを求める視線を送っていた。


それを感じ取ったミズキさんは僕とアイカさんの間に入って仲裁を買って出てくれていた。


「そりゃさ、あたしらは生きているんだからトイレにだって行きたくなるさ。

魔女と言われてたって他の人より魔力が高いだけで、いたって普通の人間と変わらないからね。

死神だって魔王達を苦も無く殺しちまうような人間なのにトイレに行ったりすると思うぜ。

だからな、アイカがトイレに行く事は恥ずかしい事じゃないんだぜ。

結構長い時間戻ってこなかったから、そっちの方だったのかなって思って見ても、それには答えなくたっていいのさ。

つまりだ、あたしもトイレに行く事はあるし、アイカも死神ももちろんトイレに行くだろ?

問題は行くか行かないかじゃなくて、いつ行くかってことなのさ。

その点を踏まえてみると、アイカの行ったタイミングはあまりよろしくなかったと言えるかもな。

次の機会があったとしたら、起きてからトイレに行く事をお勧めするぜ」


「もう、怒っているのはそこじゃないんだってばぁ」


僕達の長い夜の始まりは意外とゆったりとしたスタートになっていた。



アリスが指定してきたのは夜という事だけだったので、何時から始まるのかわからないでいたのだけれど、僕はハヤマさんが用意してくれていた食事を頂くことになっていた。


この世界の食事に不満はないのだけれど、何か物足りなさを感じているのは僕だけのようで、アイカさんをはじめとする魔女の人達やこの世界の人達はとても美味しそうに食事をとっていた。


食事の途中で席を外していたハヤマさんが戻って来たのだけれど、左手に片手鍋のようなものを持って僕の席の近くまで歩いてきた。


鍋には金属製の蓋がしっかりとはめられているため、中を覗くことは出来ないが音からしてスープが入っているようだった。


「この世界の人達にはあまり好評ではないのだけれど、君ならきっと喜んでくれるんじゃないかと思って、こちらを用意させていただいたよ」


そう言ってハヤマさんが蓋を外すと、鍋の中から懐かしい香りが僕の全身を駆け巡っていた。


「どうだい? 驚いたかな? これは味噌汁だよ」


此方の世界に味噌があった事は今まで知らなかったのだけれど、とても懐かしい記憶が蘇ってきて、一刻も早く味噌汁を飲んでみたくなっていた。


「この世界には調味料が塩と甘いモノくらいしかないみたいなんで、味噌を作る事は結構苦労しているんだけれど、前に会った転生者の人が味噌とか醤油の作り方を知っていたみたいで教えてもらっていたんだよ。何度も失敗はしてしまったんだけど、ようやくここまでたどり着いたって感じかな」


ハヤマさんの説明をニコニコと笑顔で聞いている僕の事を不審に思ったのか、ミズキさんが僕とハヤマさんを何度も交互に見比べながら聞いてきた。


「あたしにはそいつの良さはわからないんだけど、あんたらの世界ではそいつがそんなに大切な物なのかい?

あたしはそこまで食に対して執着心は無いんだけれど、そこまで嬉しさを隠しきれないものがあるとしたら、そいつに対して羨ましいって思ってしまうもんだね。

そいつは何だか独特な風味もしてるし、塩っ辛い感じがしてしまって、どうも好きになれやしないんだよね」


お椀のような食器に味噌汁を注いでもらったのだけれど、ほのかに魚の香りも混ざっているような気がしてきた。


一口啜ってみると、懐かしい味噌の味の奥に魚介系の出汁がほのかに感じることが出来た。


具はネギだけと言ってシンプルな感じではあったのだけれど、こちらの世界に来てから初めて味噌汁を飲んだ感動で僕の心はこの皇都に残りたいと思ってしまうほどだった。


「どうだい? 懐かしいだろ? 本当ならカツオと昆布で出汁を取りたんだけれど、鰹節の作り方がわからないんで、釣りで獲れた青魚を乾燥させて、削り出しても上手くいかなかったので、魚粉にして味噌汁に入れてみたのさ。このにおいがこの世界の人達に不評な原因の一つだと思っているんだよね。こんなに美味しいんだからみんなに食べてもらいたいんだけど、こればっかりは慣れてないと厳しいもんらしいからね」


たしかに、美味しい事は美味しいのだけれど、魚の風味が強すぎて慣れない人が食べると生臭くて塩っ辛いスープにしか感じないのかもしれない。


僕は懐かしい味に感動しながらも、味噌汁に直接魚粉を入れるのではなく、出汁を取る段階で魚粉をガーゼかさらしで包んでうま味だけを取り出してみてはどうだろうかと提案してみた。


その提案をさっそく受け入れてくれたハヤマさんが裏にこもってしばらく経ったとき、さっき以上に嬉しそうな顔で先ほどよりも大きくなった鍋をワゴンに乗せてやってきた。


蓋が閉まっていないのでほのかに香りはしてるのだけれど、先ほどのように魚が前面に押し出されている感じではなく、良い感じに食欲をそそる匂いが鼻や舌を通り越して直接胃に届きそうな感じもしていた。


お椀に注がれた味噌汁を一口いただくと、先ほどよりも魚の風味は薄くなっているけど物足りないほどではなく、十分にうま味が出ている味噌汁が誕生していた。


思わず口から「うめぇ」との声が漏れていたようで、それを聞いた何人かが味噌汁の様子をまじまじと見ていた。


今までの味噌汁と違って魚臭さが押し出されていないからなのか、アイカさんが自ら味噌汁をお椀に注いで一口飲んでいた。


味噌汁を飲んだアイカさんは一口目で何かを感じたのか、今まで見たことも無いくらい大きく目を見開いて味噌汁を見つめていた。


熱さをこらえながらもグイグイと飲んでいる姿を見ていた他の人達も、物は試しとばかりに一口飲んでいたのだけれど、飲んだ人は誰もが満足そうにお椀を置いていた。


最後に残った皇帝陛下が味噌汁を飲もうとしていたその時、勢いよく扉が開かれて見たこともない少女が立っていた。


少女は淡い水色と白いストライプのロリータチックな洋服を身に纏っていて、年齢は十台にも見えていたけど、ここにいる魔女と同じくらい魔力が高そうな感じがしていた。


「アリスちゃんの準備が整ったから迎えに来たよ。おや、みんなはまだ食事中だったみたいだね。邪魔しちゃ悪いから待っていることにするけど、その土色のスープは何だい? 気になって来たから私も少しちょうだいよ」


少女が味噌汁に近付くといつの間にか自分の分を飲み干していた皇帝陛下が少女のために味噌汁をよそっていた。


「結構熱いから一気に口に入れちゃだめだよ。あと、このスープはスプーンを使わないのが正式な食べ方のようだから間違えないようにね」


「ありがとうございます。アリスちゃんも言っていたけど、ここの人達は一部を除いて良い人しかいないって言ってたんだ。おじさんは一部の悪い人じゃないみたいだね」


「そうだね、おじさんは悪い人になったとしてもそれを良い人に変えられるくらいは出来るけど、出来る事ならそう言う事はしたくないからさ」


二人がそう言って談笑していると、次々と味噌汁のおかわりの列が出来ていて、あっという間に味噌汁は空になってしまった。


ちょっとした工夫で味噌汁が受け入れられたことに気をよくしたハヤマさんが今度はデザートを持ってくると言って部屋を抜け出したのだけれど、ここにいる人達は結構お腹がいっぱいになってしまっていて、デザートを食べる余裕はなさそうな人ばかりだった。


各々が席に戻ると、女の子が皇帝陛下のすぐ横に立ってみんなの前で自己紹介を始めていた。


「えっと、私はアリスちゃんの元使い魔で、今はアリスちゃんが何か出来ない時のためにサポートしてます。

普段はみんなと関わることが無いんで私の出番はないんだけれど、こういった時とかは行動できないアリスちゃんの代わりになって、みんなに伝達したりしています。

私は元使い魔なんでフリーな感じなんで、ご主人様を絶賛募集中です。

そこの転生者のお兄さんとか、今の使い魔との契約を解除して私と契約してみませんか?

あなたの今の使い魔ってそんなに役に立たなそうだし、私の場合は人前に出ても問題ないんでお得だと思いますよ。

そうそう、私って今まで何人かの使い魔になっているんですけど、ご主人様は全員死んでるんですよね。

生きているうちに契約を解除されるのって結構なペナルティーあったりするので、お兄さんが私と契約してくれるとしたら、期間が満了になるまで死んだらダメですからね。

それと、アリスちゃんの新しい肉体となる依り代を持っている人がいたり、何か情報があった場合は私まで連絡くださいね。

そうそう、私の事はアッサムと呼んでくださいね」


それに続いて僕達も簡単に自己紹介をしていったのだけれど、皇帝陛下が自己紹介をした時にはアッサムさんは少しどころではなく派手に驚いているようだった。


「さっきまでの私はちょっと失礼だったかもしれないけれど、大目に見てもらえると嬉しいな。

さあ、皆さんのお腹もこなれてきたと思いますので、アリスちゃんが待っている場所に向かいましょう。

と、その前にデザートを頂いてから出発ですね」


いつの間にかハヤマさんがテーブルの横で給仕しているのだけれど、今回のデザートも大鍋に大量に用意されているタイプの物のようだった。


「お待たせいたしまして申し訳ございません。本日のデザートはこちらでございます」


持ってきた鍋の蓋を取って中身を見せてくれているのだけれど、大きく傾けるとこぼれてしまうためか、やや控え目に傾けて鍋の中身を見せてくれていた。


「そうです、今回はスペシャルゲストの死神さんがいらっしゃいますし、私と同じ国に産まれたものとして、こちらを用意させていただきました。

『小豆に似た豆と餅に見せかけた芋団子を使ったお汁粉』であります。

どうぞご遠慮なさらずにたくさん召し上がってくださいませ。

栄養もカロリーも満足度も高いデザートとなっております」


僕はお汁粉が好きだったので嬉しい事は嬉しいのだけれど、先ほど大量に飲んだ味噌汁のせいか、今までに無いくらい満腹感を覚えていた。


他の人も似たような状況だったらしく、誰一人としてお椀を手に取るものは現れ無かった。


そんな中、アッサムさんは唯一人だけお椀を持っておかわりをしていた。


「これも美味しいんだけど、君はプロの料理人なのかな?」


「いえいえ、私は唯の料理好きな男ですよ」


何か二人だけに通じるものがあったのだろうけれど、僕にはそれが何なのかわからないまま二人のやり取りを見守っていた。


「今度は最初から君の料理を食べてみたいけど、私達もいつまでこっちにいるかわからないし、次会えた時にお願いしますね。

それじゃあ、アリスちゃんが待っている地下四階に行きましょう!」


アッサムさんの言葉に僕以外の人達はざわついていたのだけれど、その理由は単純な物だった。


「なぜ地下四階にアリスさんがいるんですかぁ?」


「だって、この国で一番魔力が集中している場所じゃないですか。今のアリスちゃんって自分自身の魔力はまだまだ健在だけど、この世界に出てくるために必要な魔力ってこの世界の魔力だったりするんで、結論から言っても地下四階の魔力があふれている場所が一番なんだよね」


「でも、地下四階は皇帝である余でも気軽に入れる場所ではないのだが?」


「その辺は幽霊だから何でもありなんじゃないですかね。詳しい事はわからないけれど、地下四階にアリスちゃんがいるからそこまで移動しましょうね」


そのままの勢いでアッサムさんが部屋を出ていくと、僕達もそれに続いていく事にした。


残った料理は侍女の人達が美味しくいただくようだったので、帰ってきてから食べるようにお汁粉を四人前だけ残しておいてもらうことに成功した。


「地下四階まで行く抜け道ってないもんね。じゃあ、仕方ないから歩いて行こうって思いがちだけど、魔女のあなたの能力使っていきましょうよ」


「えっと、使いたいのはやまやまなんだけれど、この結界の中では無効化になっちゃうんだよね」


「そんな事なら大丈夫だよ。私が近くにいる時だけは結界が無効になっているはずだからね。それなんで、『空間』の中に入ったとしても、私から離れない限りは同じ場所に出られると思うから安心してね」


「それって、結界を無効にして私の『空間』のルールや決め事も変えられるってことですか?」


「簡単に言うとそんな感じだと思うよ。さあさあ、久しぶりに能力を使っちゃいなよ」


恐る恐るではあるけれど、『空間』を展開したアイカさんは久しぶりに会った子供と再会した時の母親のような表情で入り口を見つめていた。


本来ならば、アイカさんと物理的に繋がっていない状態で行動してしまうと、どこかわからない場所に転送されて過ごしていく事になるのだけれど、アッサムさんの近くにいるとそれも無効化してしまうらしい。


どれくらいの距離ならはぐれたりしないのだろうと思っていたのだけれど、結局はアッサムさんの近くで出口まで一緒に行動するのが一番のようだった。


アイカさんが作った『空間』の中を通って少しだけ歩くと、いつもならば方向感覚が狂ってしまいそうな場所があるのだけれど、アッサムさんの近くだけが真っすぐな普通の道になっていた。


何度か中に入った事のある僕は『空間』の変化に驚いていたのだけれど、ミズキさんも驚いている様子だった。


あっという間に通過していたのだけれど、最初のころに感じた吐きたくなるほどの感覚のズレは一切感じないくらい普通の道になっていた。


アッサムさんの影響が届かない場所からは僕も見慣れた景色になっていた。


「この扉の向こうにアリスちゃんが待っているんだけれど、この扉を開けるには鍵と何かの条件が必要みたいなんだよね。

鍵は皇帝さんが持っているし、開ける条件は死神の君に任せることにするよ」


何やら重大な任務を任されていたような気がしていたけれど、なんてことはないただの扉の開閉作業でしかないようだった。


鍵の空いている扉は思っていたよりも軽く、普通に開けたはずなのに思いっきり壁に当たってしまっていた。


少し強く開けすぎたかと思って反省していたのだけれど、他の人達は特にリアクションもなかったので気にしないでおくことにしよう。


部屋の中は無数の魔法陣が描かれていて、特別な儀式が何度も行われていたのだろうと簡単に想像がつくような感じだった。


誰も部屋の中に入ろうとしないので何かあるのかと思って見ていると、部屋の中央に小さな穴がいくつか空いていることを発見した。


その穴が気になって近付いてみると、ほんの少しだけ空気が重い感じがしていて、廊下よりも涼しく感じていた。


穴の一つ一つはピンポン玉くらいの大きさで、床と天井の穴が同じ位置に空いていることに気付いた。


床の穴を覗いても天井の穴を覗いてもどこまで開いているのかわからなかったけれど、穴の一つ一つから少しだけ冷気が出ているようだった。


魔法陣と穴がいくつか空いている以外は特に変わったことも無いようなのだけれど、もう少し部屋の中を見ていると、奥の壁に描かれている魔法陣だけ他の物と異なる形式のようだった。


その魔法陣だけ梵字の様なものでいくつもの線が作られていて、中央には人の顔の様なものが描かれていた。


何となくそれに触れると、その魔法陣全体が赤と黒の光で点滅しだして、少しずつ点滅が早くなっていくと、次第に他の魔法陣も同じような点滅をしていた。


どうしたらいいのかと思って周りを見ていたのだけれど、その時になって初めて他の人達が部屋の中に入ってきていないことに気付いた。


みんなのもとに行こうと思っているのだけれど、なぜか体が動かずその光景を黙って見ている事しか出来なかったのだけれど、点滅が落ち着いた時には特に変わった様子も感じられなかった。


僕が動けるようになってみんなのもとへと歩き出すと、外にいた人達も僕に駆け寄ってきてくれていた。


「扉を開けた死神君がこの部屋の中に入ったと思ったら急に姿が消えたけど、今度は急に現れるしこの部屋にはいったい何があるんだろ? 私は一応魔女だから魔法とかは見極められると思うんだけど、皇都に来てからちょっと自信なくなってきちゃったかも」


「あたしも何だか今まで通用していた力が発揮出来ていなくて何のために来たのか疑問に思っていたところだよ」


魔女二人がそう言うと、皇帝陛下が中央の穴を見ながらハヤマさんに指示を出していた。


「以前来た時にはあのような穴は無かったはずなのだが、いったい何があったのか調べておいて欲しい。上の穴はそれほど深くはないと思うのだけれど、下の穴が他の部屋に届くようだと対策が必要になってしまうかもしれないな。何か気付いたことはあるか?」


「とくにはありませんが、この穴に近付くと何か力が湧いてくるような気がしますね」


僕の横にいつの間にか立っていたアッサムさんが穴を覗き込んで他の人達に話しかけていた。


「ここで待っているってアリスちゃんは言っていたんだけど、隠れる場所も無いみたいだけどどこに居るのかな?」


「私ならここにいるよ」


奥の魔法陣の顔の部分から登場したアリスは僕たち一人一人を確認するように、ゆっくりと歩いてくると、部屋の中央の穴がある位置に浮いていた。


「勝手に穴を開けてごめんなさい。

でも、この穴が無いと私がこの世界に存在するために必要な魔力が集められないんだよね。

それに、この部屋はもう使っていないみたいだけど、残っている魔力は相当な量だし、私がアッサムに言って描いてもらった魔法陣の効果も出ているみたいだわ。

このお城にある魔力が徐々に集まっていて、少しくらいなら私もこの世界に留まれているしね。

あなた達魔女がいてくれたことも幸運だったわ。

さあ、始めましょうか」


僕達は自然とアリスを囲む形で立っていた。


アリスはアッサムさんを呼ぶと二人で僕に近付いてきた。


「これから話すことは君にとってそんなに意味のある物かは分からないけれど、他の人達には意味のあるものになるかもね。

私ももともと転生者だけど、どうして魔女になったのか、転生者が魔王と呼ばれる存在になっていくのはなぜか、その辺がわかれば他の勢力に対して大きなアドバンテージになると思うのよね。

皇帝さんは争い事がそんなに好きじゃなさそうだし、私がこの世界にある全ての魔力を貰う事も出来るからね。

そのためには魔女の人達の協力が必要になるんだけれどね。

私のお姉ちゃんをここに呼びだして全て穏便に済ませちゃいましょうよ」


アリスが説明してる姿を真剣に見ていた僕達をニヤニヤと見つめていたアッサムさんではあったけれど、僕の顔のすぐ前まで顔を近付けてきた。


「あなたはこれから先も魔王になる事は無いけれど、他の魔王を増やすことを止められたらあなたの利益にもなるんじゃないかな?」


「他の魔王が新しく誕生出来なければ僕の目的が達成しやすくなると思うんで助かるけれど、どうやったらそれが出来るのかな?」


「そんなの簡単だよ。

この世界にやってくる転生者を他の世界に行くように操作しちゃえばいいだけだからね。

そのためには世界の仕組みを少しだけ変える必要があるんだけれど、それは結構面倒なことになると思うんだよね。

だから、そのためにも魔女の人達とこの世界にある魔力を少しだけ拝借させてもらうけどさ、大丈夫だよね?」


「転生者がこの世界に来なくなるってことは、転生者はどこに転生することになるのかな?」


「そんなのは知らないわ。この世界にこれなくなれば他の世界に転生することになるだろうし、他の世界に新しい魔王が生まれていくだけじゃないかな?」


「この世界の問題が解決したとしても、僕の目的である魔王討伐が出来ないじゃないか」


「うーん、お兄ちゃんと私が力を合わせて他の転生者の行ける場所を限定させれば何とかなるかもね。

それに、魔王を倒したからってすべてが解決するとは思わないけれどさ。

じゃあ、転生者と魔女と魔王がどういう関係なのか教えて上げるね」


アリスはみんなにそう言うと僕に抱き着いて嬉しそうな笑顔を向けてきていた。

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