皇帝と死神
馬車の中を吹き抜ける風が徐々に冷たさを増していくと、皇都が近付いてきているという証拠になるらしい。
この大陸でも結構北寄りに位置しているらしい皇都は、夏でも暑くなることは稀であるが、夏以外の季節は肌寒い日の方が多いとの事だった。
しかし、冬場が厳しいかというとそうでもなく、朝晩は多少冷えてはいるが、日中は少し汗ばむ程度の過ごしやすい気候になっているらしい。
ユカタウンを出てから三日ほどしか経っていないのだけれど、いくら北上しているからと言っても寒くなるのが早すぎるような気がしていた。
「あの、いくら何でも寒くないですか?」
僕がそう尋ねるとアイカさんとミズキさんはお互いに顔を見つめ合っていたが、ミズキさんが僕の質問に答えてくれた。
「そりゃ寒くなるだろう。あんたは気付いていなかったと思うから教えて上げるけれど、あたしたちがいたあの町もその周辺もミコが気候を調整していたから過ごしやすかったもんだけれど、本来ならあの辺は生物が生きていけるような場所じゃないのさ」
「なんでそんな過酷な場所に住もうとしたの?」
「それはね、あの場所に魔力の源になる物質が大量に埋蔵されているからだよぉ」
「人はおろか、植物も生育できないような過酷な環境で長い時間をかけて溜まっていたソレをあたしらが頂いているってわけだね。それも、あたしとアイカはミコが住みやすくしてくれてからやって来たんだけどね」
「そうそう、私達って銀魔女に比べたら新参者だもんねぇ」
「あいつが長寿過ぎるってもんだけど、あたしらだって普通の人に比べたら長生きな方だけど、ミコはあたしらと二桁くらい生きている時間が違うんじゃないかって思うときが多々あるさ。そんなに長生きしてる奴なんて他に見当もつかないけれど、皇帝陛下もあたし達よりは確実に長生きしてると思うよ」
「皇帝陛下の年齢ってわからないけれど、見た目年齢なら死神君とそんなに変わらないかもねぇ」
「皇都はここより北にあるってことは、今よりも寒くなっちゃうのかな?」
「皇都自体は寒くないよぉ。ユカタウン以上に気候が管理されているから安心だよ」
「皇都もユカタウンみたいに魔力資源が豊富に埋蔵されているらしいんだけれど、その分環境は過酷なんだよね。
しかし、ミコ以上に環境操作に特化している集団がいるから比較的暮らしやすい環境にはあるんだぜ。
だけどな、そんな管理された区域から一歩でも外に出てしまうとそんな自分を呪いたくなるくらいに過酷な環境が待ってるのさ。
どうだい? あんたが向かっている場所は地獄を抜けていくと思えないか?」
「死神君はきっとあの環境に耐えられないと思うけれど、安心していいんだよぉ。そこに着く前に私の魔力も回復してると思うし、そうなったら『空間』を利用して皇都の入り口までは行けるからね」
「町の中までは移動できないのかな?」
「そいつは無理だね。
皇都全体が何重もの巨大な結界に守られていて、結界の中ではあたしたちは何の魔法も使えやしないのさ。
あんたのその武器が結界を壊しちゃわないか心配だけれど、そうなったらあんたは生きて帰れないかもしれないな」
アイカさんは僕を癒してくれるけれど、ミズキさんは僕の不安を煽ってくるので少しだけ嫌いになりそうだった。
「そう嫌そうな顔をするなよ。あたしだってあんたの事を心配しているんだぜ。それに、あんたの武器は皇都では役に立たないと思うよ」
「結界の中だと特殊効果が消えてしまうのかい?」
「もともとその武器は対魔王用の切り札として色々な術式を施してあったらしいんだけれど、何がどうなったかわかったもんじゃないが、気付いたら今みたいに普通の奴じゃ持って振り回すことも出来ないような代物になってしまったってわけさ。
そんなわけだから、皇都にいる頭のいい連中が何の対策もしていないわけがないんだよ。
もっとも、皇都に居座っているやつらは皇帝陛下を御守りするって名目を利用して、自分たちが暮らす場所を世界一安全な空間に仕立て上げているのさ。
だけどな、普通に歩いて行けるような場所じゃないし、世界でも一番と言っていいほど強固な結界に守られているんだから、中にいる奴らはよっぽど心配性なんだろうな。
それくらいじゃなきゃ、皇帝陛下を御守りする事なんて出来ないんだろうけどな」
今でもミズキさんの魔法で多少は気温をあげて風を防いでいるようなのだけれど、自然と小刻みに体が震えていて、普通にしているだけでは体温を維持出来なくなってきているようだった。
アイカさんは魔力を回復させるために外の風を浴びているようだけれど、特段寒がっている様子も見受けられないので、もしかしたら僕達よりも手厚い保護を受けているのかもしれない。
心なしかミズキさんが向けている魔力もアイカさんに対する割合の方が多いように思えていた。
「なあ、これだけ寒いと普通にしてても耐えられないかもしれないし、宿についたら三人で仲良く風呂に入るってのはどうだい?」
「ええ、女の子同士ならそんなに気にならないけれど、死神君と一緒に入るのはちょっと抵抗あるかもぉ」
「あはは、あたしは平気なんだけど、アイカが嫌がっちまうんなら仕方ないな。あんたはちょっと期待していただろうけれど、残念だったな」
「いやいやいや、僕だって三人で入るのは恥ずかしいですよ」
ミズキさんは僕の顔をニヤニヤと見つめていたけれど、アイカさんは耳まで赤くして俯いていた。
そんな中、少しだけ風が弱まってきていたので、もう少しで今日の宿に着くようだった。
「さっきまでと比べると優しい風になってきたねぇ。私も明日の朝には一回くらいなら『空間』を使って皇都まで行けるかも」
「そいつは良かったな。
でも、あたしはこのまま馬車で行く事にするよ。
アイカの事は信用しているんだけれど、あの『空間』の中を通ると気分がすぐれないんでね。
何回も行けば慣れるってもんだろうけれど、あたしには慣れる前に精神がどうにかなっちまいそうな気がしてならないんだよ。
あんたは平気なのかい?」
「僕ですか? あんまり平気とは言えませんが、そこまで気持ち悪くなったりは無いですね」
「そうかい、あたしは一人で馬車に乗って皇都に向かうことになると思うけれど、一人と一頭分の結界だったら今までよりも快適空間を作れるかもしれないってもんさ」
そんなことを言っていると、本日の休息の地へと到着していた。
皇都へと向かう道はいくつかあるみたいだけれど、基本的には僕達の通っている道を進むのが一番簡単で安全らしい。
その理由の一つが、現在辿り着いた集落のように休める場所がある事だった。
これから先にもいくつか集落はあるのだけれど、皇都に近づくにしたがって集落の感覚は狭くなっていっているらしい。
それは、馬車を使ったとしても一日に進める距離が短くなっていて、環境が過酷になっている証拠になっていた。
各集落の中央には帝国の魔導士が作り出した装置のようなものが設置されていて、その装置に魔力を注ぎ込むことによって周囲の環境を生活しやすいモノに変えてくれるらしい。
装置には魔力を貯めておくバッテリーのような物が搭載されており、立ち寄った旅人がそれに魔力を注いでいく事がマナーであり厳格なルールにもなっていた。
僕は魔法を使えないので魔力を注ぎ込むことは出来ないのだけれど、アイカさんとミズキさんは非常に強力な魔力を持っているので、立ち寄る集落の人達に大変喜ばれていた。
もっとも、二人からしてみると右手を上げる程度の疲労しか感じない程度の魔力でしかないらしいのだけれど、よほど酷い天候にならなければ一月は平和に暮らしていけるほどの魔力になっているらしい。
「どれだけでも貯めこめるってんならいくらでも注いでやるんだけれど、あんまりやりすぎるとオーバーヒートしちまうらしい。
あたしは身を守る基本的な魔法しか使えないんで、よくわかっていないんだけど、無駄に垂れ流してしまっていたものが役に立つって言うのは嬉しいもんだね」
そう言いながらも、ミズキさんは照れ臭そうに魔力を注いでいた。
「さあ、明日はアイカとあんたは皇都に着いているだろうし、今夜はちゃんとしたものを食べてゆっくりと休んでいこうぜ」
魔力を注ぎ終わったミズキさんの言葉に反応したのか、集落の人達が宴会の用意をしてくれることになった。
僕達は決して豪華ではないけれど、心を込めて作られた料理に舌鼓を打ち、身も心も幸せに満ちていく中で、ゆっくりと休むことが出来た。
お風呂は一人用しかないようだったので、ミズキさんの計画通りに事が進むことは無かったのだ。
翌朝、目が覚めるとミズキさんはすでに出発した後だった。
僕は用意されていた朝食をいただくと、アイカさんに皇都での注意点などを確認していた。
「えっとね、皇都の中では魔法とかスキルとか使えなくなっています。
それは、皇都の中にいる魔導士の人達が結界を作っているんだけれど、その結界の中では皇帝陛下以外の人は魔法とかスキルが使えないようになっています。
私も結界の前までしか『空間』を通っていけないんだけど、皇都の入り口の目の前までは行けるから安心してねぇ。
でも、死神君の持っているその武器の効果で結界が壊れてしまうかもしれないよね。
そうなったら一大事になってしまうけど、それは死神君しか手に持てないしどうしようか?
その辺は向こうの人達が考えてくれるだろうし、着いてからにしようか?
私も皇都に行くのは数年ぶりなんで変わっているところがあるかもしれないけれど、前に行った時も全部見てきたわけじゃないし、気にしなくていいかもねぇ。
あと、皇都って呼んでいるけど、正確には皇帝陛下の居城なんだよね。
中にいるのは兵士とか魔導士とか帝国軍関係者しかいないんだよ。
一般の人はそもそも皇都に近付くことも出来ないんだよね。
それは、皇都に行く一本道があるんだけれど、一年のほとんどが冬になっていて猛吹雪が行く手を遮ってしまうんだけど、それ以外の極僅かな期間は異常な数の怪物が通行人を襲ってしまうのさ。
私達は吹雪の方がまだ耐えられるんだけれど、普通の人は呼ばれたとしても自力で辿り着くことは難しいと思うよ。
だけど、詳しい事は向こうに着いてから話好きのおじさんが丁寧に教えてくれると思うんで安心してねぇ」
最後に忘れ物が無いかの確認を行ってから、この集落の人達にお礼を言ってアイカさんの『空間』の中に入っていった。
『空間』の中は相変わらず方向感覚が狂ってしまい、アイカさんがいなければどちらが正しい道なのかわからなくなってしまう。
今回も時間的にはそれほど長くはなかったのだけれど、どうしても体の調子が悪くなってしまった。
直接は皇都の中に入れないにしても、関所のような場所にもう少し近くてもいいのではないかと思うような距離に僕達はいた。
近場の木陰で少しだけ休んでいく事になったのだけれど、木陰から関所を見ていても、数えきれないほどの怪物が徘徊している様子が見てとれた。
「あの関所みたいなところに直接行く事は出来なかったのかな?」
「うーん、無理すれば行く事が出来るとは思うんだけれど、あの怪物の群れの中に無防備な状態で出ていく勇気があるのかなぁ?」
「そう言われると、ここみたいに安全な場所に出てくるのが一番だね」
「わかってもらえるだけでも嬉しいよぉ。でも、死神君一人だったらその武器で何とかなるかもね」
そう言いながらも僕の持っている鎌を恐る恐る覗き込んでいるアイカさんではあったけれど、僕の鎌に手を触れることは絶対になかった。
そろそろ体調も良くなってきたので、とりあえずの目的地である関所に向かうことにしたのだけれど、僕とアイカさんの間に割り込むような形でリンネが飛び出てきた。
「ちょっとちょっと、あの結界だらけの頭のおかしい建物の中に入ろうとしてるの?
やめといたほうがいいと思うけど、あんたは止めたってあの中に入っちゃうんでしょうね。
あの中は私たちの力も及ばなそうなんで、死ぬときは結界をブチ破っておくか、外に出てからにしてちょうだいね。
まあ、結界の中にいたとしてもこっちに呼び戻すことは出来るのよ、ちょっとばかし面倒なだけなんだけどね。
それと、あんたの持っている武器もやっぱり頭がおかしいと思うわ。
特殊効果がやり過ぎているから没収したいところなんだけれど、それに触ると私も大変なことになりそうな予感がしているのだから、今回は見逃してあげるわ。
いい? 絶対にあの中で死なないようにしなさいよ」
一方的にそう言ってきたリンネではあったが、僕達二人の顔をじっと見た後に一方的に去っていった。
「死神君があの中で死ぬことなんてなさそうだけど、一応気を付けておこうね」
アイカさんが僕に気を使ってくれていたのが心苦しいけれど、なるべく他の人の機嫌を損なうようなことをしないように気を付けていこう。
今いる場所から距離にして一キロメートルほど先に関所はあるのだけれど、その途中にはおびただしい数の怪物が全て僕達の方を向いて立っていた。
このまま戦闘になってしまうと、関所に着くまではいったいどれくらいの時間がかかるのかと心配になってはいたのだけれど、僕が近付いていくと怪物は避けるように一歩下がっていた。
「よくわからないけれど、戦闘にならないのはラッキーよね。私ってあんまり戦闘向きじゃないから、これだけの数の怪物相手に最後まで魔法が使えるか心配だったよぉ」
アイカさんが戦闘時に使っている魔法は主に『空間』を展開して閉じ込める方法なのだけれど、これだけの数をいっぺんに閉じ込めようとしても、『空間』の入り口を開けている間に魔力が尽きてしまうそうだ。
何となく鎌を振りながら関所に向かっていたのだけれど、鎌が近付いた付近にいた怪物はさらに一歩下がって僕との距離を開けていた。
「その鎌ってやつは怪物も恐れているんだねぇ。私もそんな武器が欲しいけれど、魔力を吸われてしまうとしたら、本末転倒な事態に陥ってしまうかもね」
関所の入り口には帝国軍の兵士が立っていて、僕の持っている鎌を見て興味深そうにしていたのだけれど、アイカさんが僕に変わって説明してくれると、怪物と同じく一歩下がってしまっていた。
中に通されてソファに腰かけていると、ふと気になったことがあったので尋ねてみることにした。
「いつも一緒にいるライトさんが一緒に来なくてよかったの?」
「ライト君も一緒に行きたいって言っていたんだけれど、ライト君程度の腕ではもしもの時に役に立たなそうだから置いてきちゃったよぉ。
ライト君が弱いとかじゃなくて、死神君も道中の全部は見ていないだろうけど、途中で何度も危険な目に遭うのがわかっているんだから、自分一人で何とかできない人は皇都への道に入る事も出来ないと思うんだよね。
だから、ライト君は来れないんだよ」
「そうなんだ、ライトさんは普通に強いと思うけれど、それじゃあダメなんだね」
「十回通って三回辿り着けばいいかもって程度だからね。私達は何回通っても全部辿り着くとは思うけれどね」
そんな会話を交わしていると、鎧は身に纏わず軽装の男性が僕達に向かって歩いてきていた。
直接戦わなくてもこの男が強い事を確信することが出来ていた。
もしかしたら、僕の鎌が触れるよりも先に攻撃されているのではないかと想像してしまうくらい、この男は底が見えない強さを秘めていた。
「お待たせいたしました。
私は皆様をご案内いたします『テラノ』と申します。
おや、『祝福と絶望の魔女』様がいらっしゃらないようですが?
そうですか、お二方が先にこちらに飛んできたのでございますね。
では、もう一人の魔女様が到着するまでしばしこちらでお待ちくださいませ。
私は魔女様をお迎えに上がりますので、いったん失礼いたします。
死神様の武器があれば外の怪物も難なく突破できるとは思いますが、ソレを使われてしまうと私も魔女様も巻き込まれてしまいそうですので、どうか此方でおくつろぎくださいませ」
テラノさんがそう言って出ていくと、アイカさんは誰も座っていないソファに横になって寝ていた。
少しでも魔力を回復させておきたいようなので、僕の鎌をアイカさんから一番遠い壁に立てかけることにした。
同じ部屋の中にあるのだからあんまり意味はないのかもしれないけれど、少しは気休め程度に違いが出るような気がしていた。
いつの間にか僕も寝ていたようで、目が覚めると外は茜色に染まっていた。
窓から外を眺めていると、おびただしい数の怪物で出来た山が出来ていた。
いくら探してもテラノさんの姿は見えなかったのだけれど、遠くの方から見覚えのある馬車が近付いてきているのは確認出来た。
今まで見たこともないようなスピードで近付いてくる馬車は、よくよく見てみると宙に浮いている状態であった。
地図で見ただけではあるけれど、僕達が今朝までいた集落からここまでは一度も戦闘が無かったとしても三日はかかる距離だと聞いていたので、ここまで早いのは予想外だった。
馬車から出てきたのは予想通りミズキさんだったのだけれど、一緒にテラノさんも降りてきていた。
テラノさんに案内される形で僕達のいる部屋に入ってきたミズキさんは少し興奮している様子だった。
「テラノさんって凄いよ!
あたしが吹雪の中ゆっくり進んでいるところに現れて、あたしの代わりに馬車を操縦してくれていたんだけれど、馬を見たこともない動物に変化させて一気に駆け抜けてきたからね。
馬がなんて動物になったのかわからないのが悔しいけれど、そんなことはどうでもいい話だよね。
それにしても、どれだけの魔法を使っていたのか理解できていないのに、テラノさんって魔力が枯渇している様子もないんだよね」
ミズキさんに少し遅れて入ってきたテラノさんにお礼を言うと、少しだけ嬉しそうにしていたようだったが、僕達がみんな揃ったのを確認したテラノさんはこれから皇都の中へと入る際の注意事項をいくつか説明してくれた。
「魔女の方々はご存じだとは思いますが、皇都入り口の門を通りますと、中は不干渉地域となっておりまして、皇帝陛下を除くすべての生物は攻撃行動及び身体能力向上系の技やスキル等も使用不可能となります。
一部例外があるらしいのですが、我々はその例外を見たことが無いのでわかりかねます。
もしかしたら、死神様のお持ちになっている武器がソレなのかもしれませんが、入っていただかない事にはわからないと言ったところでしょうか。
皇都内で何か問題行動を起こされますと、運が良ければ国外退去になりますが、ほとんどの場合はその場で粛清されることになりますので、冗談のつもりだとしても問題行動はお控えくださいませ。
これからお三方は皇帝陛下にご拝謁されるわけですが、特にその場での問題行動はご注意くださいませ。
大丈夫だとは思いますが、何かあった時は誰もかばうことが出来ませんので、その点だけはご理解いただけると大変助かります。
では、これから玉座の間へと向かいますが、魔女のお二方は武器となる者はあちらの者に手渡しをお願いいたします。
死神様の武器は我々では扱うことが出来ませんので、大変お手数ではございますが、結界内に入られてから効果が無効になっているか確かめたうえでお預かりさせていただきたいと思います。
魔女のお二方もご協力ありがとうございます。
では、これより玉座の間へと向けてご案内いたします」
僕は序列的にも魔女の二人よりは下になるとの事で、列の最後尾に並んでついていく事になった。
結界が貼られている入り口までは一分もかからない距離ではあったのだけれど、三人が僕の鎌を意識しているようだったので、数歩ごとに後ろを確認していて時間がかかっていた。
「ささ、こちらの門を通りますと結界の中へと入る事になります。
申し訳ございませんが、死神様のお持ちの武器だけ先に中へと入れていただいてよろしいでしょうか?」
そう言われて僕は右手に持っていた鎌の先端を結界の中へと入れてみた。
結界が解除されるようなことは起きず、見守っていた三人も安堵した様子でアイカさんとミズキさんはお互いに目を見合わせていた。
「申し訳ございませんが、死神様の武器を魔女のどちらかの方からお渡ししていただけませんでしょうか?」
「じゃあ、私が死神君のを受け取ってお渡ししますよ」
結界の中で効果が無効化されているとは思うのだけれど、アイカさんは少しだけオドオドしながら僕の鎌を受け取ってから、テラノさんに手渡していた。
「今はまだ結界の方が強いようなので安心いたしました。
死神様の成長に合わせて武器も進化していくかもしれませんので、死神様が次回こちらにお越しの際はどこかに隔離できるようにしていただけると助かります。
例えば、『時間と空間の魔女』様の『空間』で保管できるようになっていらっしゃいますと、こちらも大変喜ばしい事だと思いますので」
「私もそうしたいんですけど、死神君の武器に触れられないので入れることは出来ても取り出すことが出来ないんですよぉ」
「それは困りましたね。では、皇都内にいる魔導士に頼んでどうにかすることが出来るか相談してみましょう」
「あたしの力が使えれば少しは助けになるかもしれないけれど、そのためには魔導士の人を結界の外に出さないといけないから、難しいかもしれないね」
「そうですね、魔導士の方が戦闘以外で外に出るのは今まで例が無いですからね。
後で色々と調べておきますね。
さあ、こちらが玉座の間となっております。
皇帝陛下がいらっしゃるまではリラックスしてお待ちくださいませ。
立ち位置ですが、中央に死神様がいていただければ両隣はどちらの魔女様でも構わないとの事ですので。
私はいったん失礼いたしますので、後程お会いいたしましょう」
僕達が扉を開けて中へ入ると、壁沿いに多くの兵士と魔導士と思われる人がこちらを向いて立っていた。
中にいる人達一人一人がここにいる魔女の二人よりも強いのかはわからなけれど、使い込まれている鎧を見ていると、実戦経験は想像以上に多そうではあった。
部屋の中央まで進むと、両隣にいるアイカさんとミズキさんに止められて玉座に近すぎない位置で待機する事となった。
「これから皇帝陛下がいらっしゃいますので、これ以上近付くのは禁止らしいですよ」
「それに、あたしは良く知らないんだけれど、皇帝陛下の間合いには行っちまうと、あんたの武器みたいな効果もあるらしいぜ」
二人の話を聞いていたところ、周りにいた兵士や魔導士たちが一斉に玉座の方向に向きなおしていた。
玉座方向にある扉から髪の長い男が入ってくると、周りの兵士や魔導士たちの声が一切聞こえない状態になった。
「これより皇帝陛下がお見えになります。お三方はどうか緊張なされずに皇帝陛下をお迎えくださいますようお願い申し上げます」
そう言って頭を下げてきたので、僕も頭を下げ返していた。
その様子を見ていたアイカさんとミズキさんも僕に続いて頭を下げていた。
僕達が頭をあげると、玉座に向かって右手側にある二枚扉が大きくあけ放たれた。
全身を白銀の鎧に覆われた兵士に囲まれて中に入ってきた男がおそらく皇帝だとは思うのだけれど、想像していた姿と違って好青年といった出で立ちであった。
全身鎧の兵士に挟まれた好青年が玉座の前に立ち止まると、こちらに振り向いて右手を軽く上げていた。
僕はどうしていいかわからずに頭を下げると、アイカさんとミズキさんを含めて多くの兵士と魔導士たちが同じように右手を軽く上げていた。
青年が玉座に腰を下ろすと、扉からもう一人の男が入ってきた。
男は何事もなかったかのように玉座の隣に立つと、僕達の様子をじっくりと嘗め回すように見ていた。
「魔女のお二方は死神殿のご案内ご苦労であった。皇帝陛下も大変喜んでおられます。では、これより皇帝陛下よりお言葉を賜るので心してご拝聴お願いいたします」
玉座の隣に立っている男がそう言うと、皇帝はその男をじっと見つめていた。
「なあ、遅れて登場して偉そうにしてて感じ悪いなぁ。魔女ちゃんたちも死神ちゃんもごめんね。こいつは時間にルーズなところがあるから待たせちゃってしまうことが多いんだよね」
「陛下、私の事は良いのでこれからの事をお話しくださいませ」
「そうだね、死神ちゃんの武器を見せてもらったけど、皇都から出たら余も扱いきれなそうな感じだね。
じゃなくて、この度の魔王討伐ご苦労であった。
魔王の拠点があとどれくらいあるのか予想もつかないが、これからも協力いただけるとありがたい」
皇帝がそう言って頭を下げると隣にいた男も頭を深々と下げていた。
僕も頭を下げていると、隣にいた男が兵士と魔導士たちに部屋から出ていくように指示を出していた。
「さあ、これからは我々だけの話になりますので、魔女の方もいったん席を外していただいてもよろしいでしょうか?」
アイカさんとミズキさんがその言葉に従って部屋を出ていったのを確認すると、皇帝と隣の男が僕の横まで降りてきていた。
「死神ちゃんって他の転生者と違うみたいだけど、何か特別な力でも持っているのかな?」
「いや、陛下が思っているよりは単純な事なのかもしれませんよ」
「ハヤマも転生者なんだから何か感じるのか?」
「ええ、死神君の武器は転生特典で貰えるレベルの武器ではないと思いますので、こちらの世界で何者かが作ったものだと思います」
「じゃあ、魔王と呼ばれている転生者を根絶やしに出来る武器をこっちの世界でも作って量産できるかもしれないのか」
「そうですね、ただ、死神君のように強力な効果を期待しますと、副作用が心配になってしまいますね」
「あまりにも協力過ぎても使いこなせなければ意味が無いものだな」
僕が二人の会話にあっけにとらわれていると、それに気付いたハヤマさんがあらためて自己紹介をしてくれた。
「僕の名前はハヤマです。
あなたと同じ転生者で、能力は他の人の魔法を強化する事です。
つまり、僕一人では全く役に立たない能力だし、同じ転生者同士でも魔法使える人がいないからこっちの世界の人に頼らないと無能なんです。
でも、縁あって皇帝陛下に拾っていただけたので今に至ります」
「僕はなぜか自分の名前を思い出せないので、今は死神と呼ばれています。
スキルはどんな武器でも上手に扱えることなので、あの鎌も普通に使うことが出来ています」
僕達の自己紹介を聞いていた皇帝は何か思い出したようで、ハヤマさんに何かを伝えるように話していた。
「どんな武器でも使えるとしたら、倉庫にある呪われた武具も試してもらったらどうだろう?」
「あの呪われた武具は効果も未知数ですが、死神君なら使いこなせるかもしれないですね」
「そんなわけで、死神君にはこれから色々と助けてもらうことになると思うので、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。でも、お二人は仲が良いんですね」
「そうだね、ハヤマは余の身分や立場を超えた友人であるので自然とそうなっておるかもな。死神殿も良ければそのような関係になれると嬉しいものだが」
僕が返答に困っているとハヤマさんが助けてくれた。
「僕達転生者はこの世界の住人じゃないし、身分とかも無いようなものだから一人の友人として付き合ってみるのもいいと思うよ。でも、他の人がいる場所では節度ある行動を心がけないといけないんだけどさ」
「余は人前でも変わらなくて結構だと思うのだが、周りの者の目が気になってしまうので許していただきたい。死神殿はしっかりしておられるので問題ないとは思うのだがな」
皇帝が握手を求めてきたのでそれに応えるとハヤマさんもその握手に加わってきた。
「魔王を全部倒した後は、僕達をこの世界に転生させたやつらの正体を暴いてこの世界もあっちの世界も全部支配してやろう!!」





