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死神と魔王の群れ

僕が死神と呼ばれるようになって良かったことと言えば、怪物討伐の任務に誘われやすくなった事と、鎌を持ってさえいれば初対面の相手でも自己紹介の必要もなくなった事くらいだろう。


怪物討伐に誘われる際は、最後の切り札のような扱いでほとんど闘いの場面で役に立っていないとは思うのだけれど、何度か僕の鎌を振る機会があったのだけれど、相変わらず手応えが無いまま相手の命だけを奪っていた。


討伐隊は討伐対象の強さにもよるのだけれど、八人から十五人前後が多かった。


その隊の中でも戦闘に直接関わるのは半分もいない事が多く、ほとんどの隊員は怪物を探したり情報を集めたり討伐隊の警備をしていたり、食材調達から調理と言った感じで、戦闘以外の仕事がメインだった。


もちろん、討伐対象の怪物に遭遇した場合は戦闘に参加もするのだけれど、戦闘用の魔法を使うまでの時間稼ぎと逃げないように足止めをする役割の方が強かった。


この世界では魔法を使うための制約が多いようで、魔法を乱発できるようなものは魔女を除くとほとんど存在しないらしい。


実際問題、戦闘用の魔法を使えるものはかなり貴重なようで、万が一の場合は他の者を差し置いてでも魔法使いを助けるようにと念を押されていた。


その中でも討伐隊を組んでいる魔法使いはほぼ固定されていて、戦闘の役割は完全に決められていた。


他の隊員は流動的に変化しているようで、中でも索敵能力の高いものは重宝されていた。


その他にも警護要員の人達は魔法以外のスキルを使える者が多くいるようで、スキルを使える者はどの隊にも人気があるようだった。


調理班はそこまで重要扱いをされていないのは、長くても一週間に満たない旅になる事が多いので、多少は料理が下手でも満足できるからであって、食べられるものを探すことと飲み水を探す事が重要視されているようだった。


僕が直接戦闘に参加した数少ない場面は全て魔王と遭遇した時であって、それ以外の場面では戦闘の際には非戦闘員を守っていることが多かった。


魔法使いが魔王と戦わないのにはいくつか理由があって、そのうちで大きい理由としては、魔王には人間の使う魔法が効きにくいというものと、魔王を討伐してもお金にならない事があげられる。


魔王も魔法を使うものがいたり、僕のように固有スキルを使うものがいたのだけれど、僕の持っている鎌がそのほとんどを吸収したり無効化していた。


その効果は敵だけれは無く味方にも影響してしまうため、仲間の攻撃魔法を僕の鎌が勝手に吸収してしまったり、隣に座っていた人の体力を奪う事も何度かあって、僕は移動する際は隊列の一番後ろを歩いてついていく事が暗黙の了解となっていた。


そんな事がありつつも、遭遇した魔王の中には僕の鎌を奪おうとする者もいたのだけれど、僕と同じスキルを持っていない限り、鎌を持っているだけで魔力と体力を吸収されるので、何もしなくても自滅していく事が多かった。


そんなことが何度かあったころから、僕の鎌を見ただけで魔王が逃げていくような事が頻発するようになっていった。


たまにではあるけれど、僕を倒すことによって名を上げようとする者もいるらしく、持てる限りの力を振り絞って挑んでくるのだけれど、僕はただただ攻撃に耐えて相手が疲れるのを待って首を跳ねれば良いだけであった。


魔王を倒しても倒さなくても報酬は変わらなかったので、僕以外の人達は魔王との戦闘をどうにかして回避していたのだけれど、僕がいる時は討伐対象と一緒に魔王を探してくれることも多くなっていたりする。


討伐対象の怪物を見つけることもなかなか難しくて、討伐隊を結成して五回以内に遭遇出来たら運がいい方で、魔王と遭遇することはそれよりもはるかに難しい事ではあった。


僕が何度か討伐隊に参加してたまに遭遇する魔王を退治してると、いつの間にか『魔王殺しの死神』と呼ばれるようになっていた。


この世界での目的が魔王討伐なのでその点は問題なかったし、他の地域でも有名になっていたようで、遠くから勝負を挑んでくる魔王の数も次第に増えていっていた。


しかし、魔王の襲来が多くなると討伐隊の目標に遭遇する機会が極端に減ってしまい、僕は次第に討伐隊に参加することをためらうようになっていた。


そんな状況を見ていたのかはわからないけれど、討伐隊とは別に騎士団の人達が魔王討伐のサポートをしてくれることになった。


おそらくミコさん達のお陰だと思うのだけれど、騎士団の人達に聞いても何も答えてはくれなかった。


魔王討伐に褒賞は無かったため生活に困ってしまうと思っていたのだけれど、魔王討伐のための騎士団育成との名目で結構な額のお金をいただくことになってしまった。


僕がしていることは相手の攻撃を鎌が吸収して僕が鎌で相手の首を跳ねるだけなので、育成と言っても何の成長も得られていないとは思うのだけれど、それでも間近で魔王の攻撃を見られることは意義のある事らしかった。


魔王討伐も終えて屋敷に戻ると三大魔女の誰かがいることが多かったのだけれど、魔女がいないときはリンネが嬉しそうに結界を張り巡らせた部屋の中を飛び回る様子を眺めていた。


「今回のあんたはいい感じね。

それなりに魔王も倒してるし、帝国に恩も売れているんじゃないかしら。

でもね、あんたが魔女とかと仲良くしすぎているのは問題よ。

何が問題かって?

あの魔女たちがいたら私がのびのび出来ないからじゃない。

ほぼ毎日誰かが来ていて、帰ったと思ったら別の魔女がやってくるなんてあんたはバカなんじゃないの?

まあいいわ、今のペースじゃ魔王を全員討伐するのは無理だと思うけれど、少しでも駆除しておくことに越したことは無いわ」


「でも、魔王ってのは僕を転生させている人と違う人が転生させている人間なんだよね? そんな人をあの鎌で殺しても大丈夫なのかな?」


「あんたは本当にバカなのかしら?

あの鎌で斬ったからって転生できなくなるわけじゃないのよ、今頃別の世界で楽しくやっているわよ。

あんただって死んで転生するたびに違う場所に現れているでしょ?

だから、そんなに気にすることは無いのよ。

それに、その鎌が気になるなら毎日せっせと合成しているその凄い事になってる刀を使えばいいじゃないの」


「これは鎌で斬れないやつが出てきたように育てているんであって、そんなに気軽に使いたくないんだよね」


「あんたの持ってる物騒な鎌は私には影響ないと思うんだけど、何となく嫌な感じはするのよね。

だから、どうにかしてしまえないか魔女に聞いてみなさいよ。

魔女の空間にその鎌がどんな影響をもたらすのかはわからないけれど、あんただって四六時中その鎌を近くに置いておくのも気が休まらないでしょ?

何でもいいから魔女に会った時にでも聞いておきなさいよ」


「なあに? 私の『空間』が必要なのぉ?」


「ちょっと、なんであんたがこの部屋の中に入ってこられるの?」


「あれれ? 死神君に呼ばれたような気がしていたから来たんだけれど、死神君と違う声が聞こえるよぉ?」


「私の姿は見えないのに声が聞こえているの?」


「あ、やっぱり死神君と違う人がいるんだねぇ。私の前に姿を現してくださいな」


アイカさんは空中に何かを描くと見事な装飾を施された鏡を取り出して部屋の様子を鏡越しに覗いていた。


部屋の中を無造作に映していると時々リンネの姿が映っているようではあったが、アイカさんはその姿をはっきりと認識することは無いようだった。


「もう、姿が見えなくてもいいもん。私はこれから死神君と二人で遊ぶから君はそこで見ていてねぇ」


「ちょっと、この魔女は頭おかしいの?

私の姿が見たいなら転生者になればいいわ!

でも、あなたはこの世界の人だし、転生者になれないからあきらめた方がいいわ」


「転生者になればいいのぉ? それだけなら簡単かも。死神君こっちに来て」


僕はアイカさんの近くに行くと、アイカさんは僕の事を思いっきり抱きしめていた。


「これで私も転生者になれたかなぁ?」


「何抱き着いてんのよ!

帝国の三大魔女だか知らないけれど、やっぱり頭おかしいわ。

あんたもこんな奴は相手にしないでさっさと魔王倒してきなさいよ」


僕とアイカさんの横で怒っているリンネではあったけれど、アイカさんの視線が的確にリンネの動きを捉えているように見える。


「もう、あんたもこんな女に抱き着かれてニヤニヤしてないで、さっさと離れて切り殺しちゃいなさいよ! って、なんで私の動きを目で追っているの?」


「ふふふ、やっと見ることが出来たねぇ。私の事はアイちゃんって呼んでいいよ」


「ちょっと待って、なんで見えているわけ?」


「うーん、私もわからないんだけれど、私の空間の中で私が触れた相手は私と同じ感覚になるんだけれど、それの逆を試してみたんだよぉ」


「なになに? 今はあんたの空間の中なの?」


「私もこんなに凄い結界の中で魔法を使うことが出来ないよぉ。でも、感覚を共有する事くらいは出来ちゃったかも。アイちゃん天才かも」


「はぁ、見られちゃったなら仕方ないとして、お前はこいつの鎌を『空間』の中にしまうことが出来るのかい?」


「しまう事は出来るけれど、取り出すことは出来ないよぉ。だって、私が触ったら魔力全部吸われちゃいそうだもん」


「確かにそうかもね。じゃあ、お前の魔法をこいつと共有することは出来るのか?」


「それは出来るかもしれないけれど、死神君は魔法を使えるタイプじゃないから時間かかるかもね。子供が習う基礎から覚えていけば何とかなるかもしれないよぉ」


「今から習うんじゃ時間がかかりすぎるわね。いいわ、お前の『空間』は諦めるとして、何か解決策はないかしら?」


「それなら、王都に行けば何とかなるかもしれないよぉ。あそこには私達よりも頭のいい人たちがたくさん集まっているからねぇ。きっと、死神君の問題も解決してくれるよぉ」


「じゃあ、さっそくそこに連れて行きなさいよ」


「それは無理かな。私達は特別なことが無い限りここを離れられないし、死神君が行ったって門前払いされるだけだと思うよぉ。もっと大きな実績を積んで皇帝陛下に認められないと近づくことも出来ないと思うよぉ」


「なんでなのよ。行って調べ物をするくらいなら大丈夫じゃないの?」


「あのね、王都にはここよりも強力な防衛網が張り巡らされていて、無許可で近付くと私達魔女でも攻撃されちゃうのよ。それに、一番頭のいい何でも知っている人って皇帝陛下だから、直接呼ばれて謁見することが出来ない限り具体的な解決策は出てこないかもね」


「ああ、もう。こうなったらドンドン魔王を討伐して名声を高めて皇帝から呼ばれるようにしなさいよ。

今のあんたならどうにかなりそうだし、魔王を呼べる人を探しちゃいなさい」


「ねえ。魔王を殺すのが目的ならいい方法があるよ」


「もったいぶらないで早く言いなさいよ」


アイカさんは僕から離れると手と手をしっかりと握ってからゆっくりと離して、その間に出来た空間から一枚の地図を取り出した。


アイカさんは僕を椅子に座らせて後ろから抱えるように抱き着くと、目一杯腕を伸ばして地図を広げて見せてくれて。


どうやら、今現在いる場所が緑色に点滅していて、右上の方に赤く点滅している場所が三つほどあった。


「あのね、この赤く点滅している場所は、魔王が拠点にしている町なんだけど、私がそこまで『空間』を使って連れて行ってあげるんで、そこから先は魔王を勝手に倒してもらうのがいいと思うよぉ」


「確かにいいアイデアね。そうと決まれば明日から実行していきましょう」


二人が勝手に話を進めたせいで、僕は明日から魔王の拠点に乗り込んで出来るだけ多くの魔王を討伐しなくてはいけないようだった。


「じゃあ、話もまとまったしお前は明日の朝までどこかで過ごしてなさい」


「ふふふ、それは出来ないかなぁ。今日は死神君と一緒に寝るもん」


「な、な、何言ってんのよ。お前はさっさと帰って明日の準備をしていなさいよ」


「もう、そこまで言わなくてもいいじゃない。二人っきりになれないのは悲しいけれど、私は帰る事にするよぉ」


玄関までアイカさんを見送ってから気付いたのだけれど、結界の外に出た時に『空間』を利用して帰った方が早かったんではないだろうか?


「それにしても、あいつは使えるのか使えないのかわからないわね。

あんたもあの手のタイプには気を付けるのよ」




翌朝目覚めると、外はいつも以上に静寂に包まれているようで、いつも聞こえるような喧騒は全くなりを潜めていた。


昨日のうちに用意しておいた朝ご飯を食べていると、いつにもまして小さくなっているリンネが僕の周りをクルクルと飛んでいた。


「あのね、あんたは気付いていないかもしれないけれど、『死神』って名前に引っ張られすぎないように気を付けなさいよ」


「それはどういうこと?」


「これは言っていい事なのかダメな事なのか私には判断できないんだけれど、今のあんたは自分の名前を憶えていない状態じゃない? そんな中で名乗っていたりする名前が自分の名前だと思えば思うほど、その名前に引っ張られてその名前にふさわしい行動を取り始めると思うのよね」


「つまり、このままいくと僕は『死神』になるかもしれないってことなのかな?」


「でも、『神』を自称する人間は大体悲惨な末路をたどる事になるだろうし、あんたには相応しいかもしれないから、それはそれで楽しみかもしれないわ」


「僕が『神』になってこの世界を支配すれば元の世界に戻れるかもしれないのかな?」


「あんたがこの世界の『神』にならなくても魔王を全部駆除すれば元の世界に戻れるんじゃない?」


「そう言えばそうだけれど、そうなったとしたら元の世界に戻るのはもったいない気もしちゃうな」


「あんたは元の世界に戻って何をしたいの?」


僕は元の世界に戻って何がしたいのだろう?


昔の記憶はあまり残っていないんだけれど、これから先もこっちの世界で過ごしていた方が自分にとっていい事のような気もしている。


「ま、あんたがいなくてもあっちの世界は何も変わらないと思うんだけど、こっちの世界はあんたがいないと何も進まないのよね」


「それはどういう意味なのかな?」


「ふふふ、あんたがそれを見つけられればいいんじゃないかな」


そう言って笑みを浮かべたリンネは僕の食べ残したパンを持って消えていった。


「パンが欲しいなら新しいのを用意したのにな」



朝食も食べ終わり約束の時間が近付いてきたと思っていたところ、何の前触れもなくアイカさんが部屋の中に現れた。


「約束の時間に遅れそうだから『空間』を繋いでやって来たんだけど、なんで死神君の部屋に繋がらないの? 私って一応この国で凄い方の魔女なのにぃ」


僕の部屋にリンネの結界が張られているのだけれど、何重にも張り巡らされている結界は魔女の魔法よりも強力な物に仕上がっているらしい。


「昨日も帰る時に『空間』を繋げなかったんで不思議に思っていたんだけれど、この部屋には繋ぐことが出来たみたいなんだよねぇ。死神君の鎌の効果で魔法を打ち消してるわけでもないみたいなんだけれど、何だかあなたの寝室にだけ繋げないみたいなのよねぇ」


「寝室には繋げなくてもいいんじゃないかな?」


「え? え? そうだよね。寝室じゃなくても……いいよね」


アイカさんは顔を紅潮させて俯いてしまっていたけれど、何かを思い出したように突然立ち上がった。


「ああ、これから死神君を魔王の拠点まで送るんだけど、準備はいいかな?」


僕の準備と言っても鎌を持って行くくらいだし、他に必要な物があったら教えて欲しいくらいだ。


「じゃあ、準備も必要ないみたいなんでさっそく送り届けるんだけれど、私はあの町に長くいられないんですぐ帰るからね。でも、死神君がピンチになったらすぐに駆け付けるからねぇ」


「僕がピンチになったかどうかってわかるもんなのかな?」


「私は帝国の魔女なんだからそれくらい余裕だよ。本当はあの町を監視してる魔法使いがいるからわかるだけなんだけどね」


何にせよ僕がピンチの時に駆けつけてもらえるなら心強い。


でも、僕がアイカさん達のピンチの場面に颯爽と登場する方が格好良い気がしていた。


「じゃあ、私の『空間』を通っていくんだけど、私の手を離さないでね。もしも、はぐれてしまったらこの『アルデの水晶』に魔力を注いでね。これもなくしたらさすがに探せなくなるから気を付けるんだよぉ」


アイカさんが僕の手を握るとそのまま景色が変わってしまって、今まで見たこともないような不思議な空間の中に入っていた。


真っすぐ歩いているのか上下左右が正しいのかわからない空間で、僕は手を引いてくれているアイカさんの後をただただ着いていく事しか出来なかった。


時間にしてほんの数秒の出来事だったと思うのだけれど、それ以上に濃い時間を過ごしていた気分になっていた。


「本当は町の中に行ければよかったんだけど、私が町の中に現れたら町の人も驚いちゃうだろうし、死神君もいきなり敵の本拠地に放り込まれても困るだろうしね」


少しだけ気分が良くなってきたので町の様子を観察してみると、今まで行ったことのあるどんな街よりも壁は低く、場所によっては柵が設置されているだけだった。


「全く、あんな貧相な壁なのに魔王がたくさんいるせいか鉄壁なのよね。でも、貧相な壁ほど良いって誰かも言っていたからいいよね。そうそう、死神君が町の中に入ってからあの貧相な壁に結界を張るみたいなんだけど、魔王が外に出ないようにするためのものだから安心してねぇ」


魔王が外に出れないってことは、転生者である僕が外に出れなくなる可能性もあるわけだけど、帝国の人達は魔王と転生者が所属している勢力によって違うだけで、本質的には同じだとわかっていないのかもしれない。


僕は右手に持っていた鎌を強く握りしめると、拠点と呼ばれている町へと歩みを進めた。


入り口には門番もおらず、誰でも自由に出入りしているようだったけれど、僕が入り口に近付くと近くにいる人達の視線が僕の右手に集中しているのがわかった。


「そんな物騒な物を振り回しちゃ危険だと思うよ。さあ、そんなものはしまってこちらへどうぞ」


いかにもベテラン転生者と言った感じの男が僕に話しかけていたのだけれど、僕に言っている言葉とは裏腹に、男の手は腰の剣から離れることは無かった。


「君はこの町が初めてかな? 良かったらこの世界の事を簡単に説明しようか?」


男は優しく話しかけてはいるのだけれど、僕に対する警戒心が消えてはいなかった。


「ぜひ、お願いします」


男はカフェのテラス席椅子をひいてくれて、僕はそこに腰を下ろした。


「では、簡単に。

この世界では大きく分けて三つの勢力が争っているんだけれど、僕達はその勢力とは関係ない別の存在と思ってくれて結構だ。

一番大きく強い勢力は帝国なんだけれど、帝国は我々とは違って魔法を使いこなしているので厄介な存在だね。

魔法使いの数自体はそんなに多くは無いみたいなんだけれど、その一人一人が恐ろしく強く出会った時は死を覚悟して逃げた方がいいみたいだよ。

その中でも、三人の魔女と呼ばれる悪魔とそれを護衛している騎士には遭遇しないことを祈る事しか出来ないかもね。

そして、帝国は魔法の力を使って怪物を使っているという噂もあるんだよ。

帝国領で殺された転生者の中には新しく転生することも出来ず、その亡骸を使って怪物を作り出しているって噂があるのだけど、この町から魔女の町に侵入して戻ってこなかった人もいるのさ。

次に、帝国よりは勢力は劣るのだけれど、なかなか侮れないのが法国だね。

ここは法王を頂点とする組織なんだけれど、固有の領土を持たずに色々なところで活動しているみたいだね。

もともとは帝国に滅ぼされた国の人達が集まって出来たみたいなんだけど、何百年か前の世界に転生した先輩が助けたことによって、奇跡の力を信じてより強固な組織となって今に至る感じだね。

帝国との最大の違いは、法国の人達は神の奇跡を信じている事かな。

神の奇跡も本当は先輩が使った武器やスキルなんだろうけど、その事によって帝国軍を退けた記録は神の奇跡として今も残されているね。

一方、帝国側なんだけれど、帝国にいる魔女や魔法使いが僕達より強力な魔法を使っているためか、そのような奇跡とかは信じておらず、皇帝以外を崇拝している法国は駆除対象として怪物と同じ扱いになっているようだね。

最後に連合国なんだけれど、ここは正直よくわからないんだよね。

たまに行くことはあるんだけれど、これと言って強力な戦力があるわけでもないのに帝国とも法国とも大きな戦争を起こしていないみたいなのさ。

もしかしたら、皇帝と法王が恐れる何かがあるかもしれないと言われているんだけれど、それはここにいる誰も知らないんだよね」


僕が今まで聞いてきた話と微妙に異なる部分もあったのだけれど、立場が変われば見る目も変わってしまうのだろう。


周りを見ると数えきれないほどの人が集まっていたようで、相変わらず僕の右手の鎌から視線を外していないようだった。


「さあ、ここまで聞いても君は帝国の味方をするのかな?」


その言葉をきっかけにして周りの人達が一斉に武器を構えていた。


「君が帝国の味方をやめて僕達に協力してくれるなら嬉しいんだけど、君は帝国の『死神』と呼ばれる存在だから難しいかな?」


「どうしてわかったのですか?」


「そりゃ、そんな死神みたいな大鎌を持っていたらすぐにわかるだろ。この世界の人達は死神を知らないかもしれないけれど、我々は君と同じ世界からやって来たんだし、その鎌を見たらすぐに気付くと思うけどね」


僕は持っていた鎌をテーブルの上に置くと、男は一転して嬉しそうな表情になっていた。


「そうか、やっぱり君はわかってくれたんだね。これからはみんなで協力してこの世界を導いていこう」


「導く? どういうことですか?」


「我々は元の世界では中心になることは出来なかったけれど、それぞれ貰った武器やスキルを使えばこの世界を支配出来ると思うんだよね。そのためには邪魔な帝国や法国を消してしまえばいいんだけれど、それぞれのトップは簡単に人前に出てくることは無いと思うし、そこに辿り着くのも現在の戦力では難しいと思う。そんな中、君みたいに帝国の魔女と行動を共にできる君のような存在が味方になればこれほど心強い者はいない」


そう言いながら僕の置いた鎌を持った男は、徐々に魔力を奪われていたらしく、演説の途中でその場に倒れ込んでいた。


何人かの人が駆け寄った際に鎌に触れていたらしく、その人達も少しではあるが魔力を奪われていたようであった。


「お前は、帝国の犬として死にたいようだな」


そう言いながら斬りかかってきた男がいたのだけれど、隠し持っていたナイフで攻撃を受けることが出来た。


「何で僕のスピードにこんな小さなナイフで対応出来るんだ」


僕に斬りかかってきた男はスピード系の武器かスキルを持っていたみたいだけれど、何本も合成して強化されすぎているナイフと、僕が攻撃された瞬間に動きが遅くなったように感じたおかげで、何の苦労もなく攻撃を受けたことに心底驚いていた。


「なんで、僕の、攻撃が、こんな、ちんけな、ナイフで、防がれるんだ!」


言葉の合間合間にも攻撃を繰り返してきてはいたのだけれど、そのどれもを確実に受け切っている僕の姿に徐々に間合いが広くなっていった。


間合いが広くなって攻撃もおさまったので鎌を手に取ると、僕を囲んでいた人の輪が数歩後ろに下がっていた。


「僕は帝国でも法国でも連合国でもこの町でもいいんだけど、自分たちの方が優れていると思っている人には、いい印象は持たないかもね」


僕は右手に持っていた鎌を軽く振って見せると、その方向にいた人達が一斉に左右に逃げていった。


「ウエノさんが何も出来ずにやられるようなやつが相手だって聞いてないぞ」

「イナダさんのスピードについて行ける奴に俺がかなうわけないじゃないか」

「これなら私も帝国につくんだったわ」


などと言いながら逃げ惑う人達ではあったけれど、町の壁際に張られた結界のせいか、誰一人外に出ることは出来なかった。


逃げ回る人を斬る事は僕の趣味ではなかったので、多くの人が逃げ回っている中でも立ち向かってくる人の相手はしてあげることが出来た。


なるべく苦しまないように首を狙っていたのだけれど、その様子を見ていた人達はさらに逃げ回ってしまっていた。


相変わらず鎌に手ごたえはないのだけれど、次々と転生者の体が消えていく事が更に人を殺している実感を感じさせなかった。


何人の首を斬り落としたかわからないけれど、半分にも満たない数であったので、僕は結界が消えるまでの暇潰しに残りの人達の首も跳ねることにした。


太陽がやや傾いてきたころになると、隠れていた人達ももういないようで、入ってきた町の入り口に向かってみることにした。


入り口の外にはアイカさんが待っていたようで、僕の姿を見つけると結界のギリギリまで近づいてくれて、両手を大きく振ってくれていた。


「いやぁ、私は全部見ていたわけじゃないんですけど、この町を監視していた人に少しだけ見せてもらったところ、物凄い活躍でしたね。でも、映像だけで音声は記録さてないらしくて、魔王どもの断末魔は聞けませんでしたよぉ」


そう言って笑顔で僕に話しかけると、結界の中に入ってきた。


「残った魔王どもは私達が駆除しておきますので、死神君はゆっくり休んでいてくださいね。この町に残っている魔王もあとわずかですし、これくらいの残存勢力なら私達でも十分だからねぇ」


アイカさんが町の中へ入っていくと、帝国軍の紋章を背中にまとったローブに身を包んだ集団がそれに続いていた。


僕が紅茶を飲んでいる間に、アイカさんと一緒に入っていった集団が戻ってきた。


「死神君がほとんどやっちゃったから私達の出番はほとんどなかったねぇ。次はもう少し残しておいてくれると助かるかも」


いたずらっぽい笑顔でそう言うと、この町を覆っていた結界が解かれたようだった。


最初に降り立った場所まで移動すると、町を囲んでいたローブの集団が一斉に魔法を使って町を炎の海に沈めていた。


「これで魔王の拠点が一つ無くなったねぇ。でも、まだまだ油断しちゃだめだよぉ」


そう言って僕の手を取ったアイカさんが『空間』を使って僕の屋敷まで連れて行ってくれた。


「今日の事を報告しないといけないんで、一緒にいることは出来ないんだけど、明日は大丈夫だと思うから我慢してねぇ」


アイカさんは去り際にそう言っていたけれど、僕がアイカさんと明日ある約束をしていたのか思い出せなかった。


自室に戻ると満足げな表情でリンネが僕を迎えてくれた。


「今日はたくさんの魔王を討伐出来たようね。この調子で頑張ればいい事あると思うし、わたしも嬉しいからあんたも頑張りなさいよ」


「リンネが言っていた名前に引っ張られるって感覚が少しわかったかも」


「あら、そうなの? でも、それに気付いたなら大丈夫よ。本当にそうなった時は自覚してないんだからね」


最近は僕の行動で喜んでくれる人が増えているような気がしているけれど、それ以上に僕との距離を開ける人が増えているような気がしてならない。


服を着替えて料理の準備をしていると、ミズキさんがいつの間にか後ろに立っていた。


「やあ、死神の活躍は凄かったらしいね。あたしは直接見てはいないんだけれど、今は街中があんたの話題で持ちきりだよ。そこでだ、これからあたしと一緒に皇都に行ってもらえないかな? もちろん、断ってしまったらよくないことが起っちゃうと思うぜ」


そう言われてしまうと断りにくくなってしまうのだけど、僕はせっかくの機会なので皇都に行く事にした。


僕がその事を伝えると、ミズキさんは例によって手の間から紙を取り出していた。


『達成難易度 極低

 成功報酬   無』


皇都に行くだけなのだからそうだろうなとは思っていたのだけれど、ミズキさんはその結果に驚いていた。


「おいおい、皇都に行くのは結構骨が折れる事なんだけど、あんたと一緒なら何の苦労もなくたどり着けそうだね」


皇都までの道のりは思っていたよりも長く、馬車を利用しても一週間くらいかかるようであった。


もっとも、アイカさんの『空間』を使えば相当短縮できるみたいだけれど、それを使うには魔力が少し足りないらしい。


魔力が回復するまでは馬車で少しでも近づいて、魔力が回復してから『空間』を通って皇都に入る計画らしい。


「そうそう、大事なことを言い忘れるところだったんだけど、皇帝陛下は死神の事に興味津々らしいぜ。でも、皇帝陛下に謁見出来るかは期待しない方がいいと思うぜ。私達でも何回かしか皇都に呼ばれたことが無いし、皇帝陛下のお姿を拝見したのは遠くから一度だけだからな」


「それなら僕が呼ばれた理由って何なんだろうね?」


「そんなのはあたしは知らないね。皇帝陛下直属の魔導士たちがあんたの事を見極めるためじゃないかね?」


僕は準備らしい準備をする事もなく、用意された馬車に乗り込むとそこにはアイカさんが座っていた。


「これからミコさんを迎えに行くんですか?」


「銀魔女はこの町を守っていないといけないんでお留守番だよぉ。それに、三人が皇都に行くときはこの町がその役目を終えた時だけだからね」


アイカさんの魔力が回復するまでの間、僕達は馬車に揺られて皇都に向かう事となった。

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