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僕が異世界に行った理由と行かない理由  作者: 釧路太郎


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魔女との契約と報酬と代償

僕はなぜなのかわからないけれど、この世界の酒をいくら飲んでも酔うことは無かった。


いくら飲んでも酔わないとはいえ、ずっと水分を取り続けることも出来ないので時々トイレには行くのだけれど、トイレから席に戻ると新しい酒が追加されていた。


「今日はこれからもずっと飲み続けるんですか?」


「何言ってんだい、あんたが潰れるまで飲み続ける覚悟は出来ているんだよ。それとも、あたしが先に潰れちまうかもな」


そう言って豪快に笑っているミズキさんの周りには空になった酒瓶が大量に転がっていた。


多少は片付けられているので正確な本数はわからないけれど、他の客たちが飲んだ量よりも多い事は間違いなさそうだった。


もっとも、僕も同じような量を飲んでいたのでこの店の在庫がどれくらい残っているのかも心配になってしまうくらいだった。


ほぼ空気になりつつあるライトさんはマイペースで料理を注文しているのだけれど、何か摘まむものが欲しいミズキさんにそのほとんどを横取りされていた。


「なあ、転生者ってのはみんなあんたみたいに酒が強いもんなのか?」


「僕はあっちの世界ではほとんど飲んだことが無いんでわかりませんけど、強い人ならもっといると思いますよ。それに、こっちの世界のお酒とあっちの世界のお酒は違うもののような気がしてます」


「そう言うもんなのかい? 前に一緒に飲んだ転生者の女もそんなことを言っていた気がするけど、そんなことはどうでもいい事だね」


僕が他の席を見ていると、先ほどまでいた客がほとんどいなくなっていた。


「お前らが酒を飲みつくしてしまいそうだから他の客が帰っちまったじゃないか。まあ、こちらとしては酒が売れるのは助かるんだが、もっと食い物を頼んでくれると助かるってもんだけどな」


追加の酒を持ってきたマスターがミズキさんに向かって軽口を叩くと、ミズキさんは空になった酒瓶を使って周りを覗くしぐさをしていた。


「そうだな、あたしたちはそんなに食べないんで、こいつの付き添いの騎士にたくさん食べさせてみようぜ。どれくらい食えるかわかったもんじゃないけれど、こいつは一週間くらい旅に出ていたんだし、ここの飯でも喜んで食うにきまってるぜ」


「確かに、私は一週間くらいまともな食事はとっていませんが、ここの食事はそれを差し引いても好きなんですよ」


「嬉しい事言ってくれるね。騎士様はどこぞの魔女とは味覚が違って美味い不味いが区別突くんだね」


「おい、あたしはここの飯が不味いとは言ってねえよ。ただ、美味いとも感じたことは無いがね」


険悪なムードになりそうな気配がしたが、一瞬の間をおいてミズキさんとマスターは同時に大きな声で笑っていた。


「いや、すまんすまん。ここのマスターはちょっと無礼なところがあるんだけど、それも多めに見てやってくれよ。あたしはここの店が気に入っているんだけど、この騎士以外にはあんまり評判良くないもんでね」


「お酒の味はわからないですけど、運ばれてくる料理はどれも美味しいと思いますよ」


僕がそう言うとミズキさんはニヤッと笑っていた。


「おいおい、マスター聞いたか。この騎士以外にもあんたの料理のファンが一人増えたぜ。こいつは転生者だからちょくちょく来ると思うし、宣伝させとけばそれなりに繁盛するんじゃないか」


「余計な心配してないで出されたモンを黙って平らげてろ」


そんなやり取りをしながらも、二人はどこか嬉しそうな感じだった。


先ほど運ばれてきた酒瓶も全て飲みつくすとミズキさんは少しだけ真顔になってこちらを見つめていた。


「さっきも言ったと思うけど、あたしは『祝福と絶望の魔女』なのさ。

他の魔女たちよりもわかりにくい通り名だと思うんだけど、それ以外には例えようがないんだよね。

物は試しだ、あたしと何か契約してみないか?」


ミズキさんの提案を聞くと同時にライトさんがスプーンを動かす手を止めていた。


「契約ってどんな事ですか?」


「どんな事でもいいんだよ。例えば、この皿の上の料理を今日中に食べつくすとかでもいいのさ。ただ、その契約が成立して達成できた場合は何かしらのいい事があるのさ。いい事の度合いは今のあんたにとってその契約が難しいかどうかで変わってくるね」


「つまり、ライトさんが怪物を倒すのと僕が倒すのでは同じ怪物でも見返りが異なるってことですか?」


「そんな感じだね。単純な強さだけではなく、その場面に出会いやすいかどうかも関わってきちまうんだけど、そんなに難しく考えることは無いさ。どうせだったらさっきまで飲んでた酒でやればよかったかもな」


「でも、失敗した時はどうなるんですか?」


ミズキさんは口元だけ笑いながら答えた。


「そりゃ、悪い事が起きるだろうね」


何となく予想はついていたけれど、思った通りの答えが返ってきてしまった。


ライトさんは僕とミズキさんのやり取りを心配そうに見てはいたのだけれど、新しい料理が運ばれてくるとそれどころではなくなっていたみたいだった。


「どんなのがいいですかね?」


「あんたなら他の人が出来ないような事でもなんとかなりそうな気がするし、一か月以内に怪物を百匹倒すってのはどうだい?」


「ちょっと待ってください。この辺りはほとんど怪物も出ないんですよ。これからどこかに遠征に行ったとしても、百匹に出会えるかどうかすらわからないじゃないですか」


「それはそうなんだけど、こいつがあんたより強くなるのか気になったりはしないのかい?」


「それは気になりますけど、まずはご本人の意思を確認するのが先決ではないでしょうか?」


「それもそうだね。あんたはこの契約を締結するかい?」


僕は少し迷っていたけれど、この契約は見送る事にした。


「百匹を倒せるかどうかはわかりませんが、一か月以内に百匹に出会うのは無理だと思いました。この世界に転生してからどれくらい時間が経っているのかわかりませんが、通算でもそんなに怪物と戦っていないような気がしますので」


「まあ、あんたがそう言うんなら契約は不成立で流れちまったね」


ミズキさんは残念そうな顔の前で両手を握ってから両手を開くと、その間から一枚の紙が出てきた。


「ほら、これが今の契約の難易度と報酬だったものだよ」


渡された紙を見てみると、


『達成難易度  低


 成功報酬 金五百』


とだけ書いてあった。


その紙を見たライトさんは何が書いてあるのか理解できなかったようで、何度も紙と僕の顔を交互に見ていた。


「ちょっと待ってください。この難易度は無難かもしれませんが、報酬が低すぎます。普通に弱い怪物を討伐したとしてもこれよりも多くもらえますし、一匹当たりの報酬が隣の家に何かを届けるのと変わらないじゃないですか」


「まあまあ、そう興奮しても何も変わりはしないよ。あたしだって驚いてはいるけれど、あんたもご存じの通りこいつを決めているのはあたしじゃないんでね。何だったら同じ条件であんたもやってみるかい?」


「いいえ、私は遠慮させていただきます。何より、私はアイカ様の騎士ですので、他の魔女様とは契約を結べません」


「そんなに固く考えなくてもいいんだけど、あんたがそこまで決めているってんならあたしも無理強いはしないさ」


僕の契約の結果はどうあれ、契約の内容が先に見れるのはありがたい。


報酬が微妙なやつやドンドン流していけば楽に暮らしていけそうだ。


「あ、そうそう、勘違いしてないとは思うんだけれど、今みたいに難易度と報酬が見られるのは成功した時と不成立の時だけだからね。失敗した時はまた別のモノが見られるかもね」


僕の甘い考えはお見通しのようであった。


「難しければ難しいほど報酬は良くなっていくんだけど、報酬にも限りがあってさ、ある程度失敗している人がいないといけなかったりするんだよね。その辺はあたしの騎士たちが何とかしてくれているんだけどね」


「ミズキ様は他の魔女の方々と違って、直接何かをするわけではなく、対象となる相手が契約して初めて発動する魔法なんです」


「少しだけ細くさせてもらうとね。

あたしが魔法を使えるのは対象の相手と契約を締結した場合のみだね。

その契約が達成された時は、あたしが今まで貯めていた魔力で祝福を与えるのさ。

だいたいが金か能力向上なんだけどね。

あんたら転生者はこっちで能力が上がることは無いらしいから、ほとんどは金になってしまうのかもね。

もしも、契約が失敗してしまった時は魔力と寿命を少しだけ頂くことになってるのさ。

あたしにとってはどっちに転がっても損はないんで、どうせならドンドン契約を取っていきたいんだけど、そうも上手くいかないもんだからさ。

ちなみに、難易度が高ければ報酬は良くなるけど失敗時の代償は少なくなる。

難易度が低ければその逆になるってわけさ。

あたしとしては是非とも低難易度で失敗してもらいたいもんだね」


ミズキさんがそこまで説明すると、最後に取っておいたらしい酒瓶の中身を一気に飲み干していた。


「それじゃあ、あんたをいいところに連れて行ってあげるよ。騎士の坊やは銀と黒の魔女をあの場所へ連れてきな」


ミズキさんは中身の詰まった麻袋をカウンターの上に置くと、マスターがその中から金貨を数枚とっていた。


「こういう時はなんでも現金払いに限るね。ツケにすることも出来るんだろうけど、お互いにとってマイナスになりそうだし、払えるもんは先に払っちまうもんさ」


店を出たミズキさんの後をついていくと、目的地に着くまでに様々な質問が繰り返された。


そのほとんどが些細な事ではあったのだけれど、中には答えにくい質問なども織り交ぜられていた。


「一人で歩いてここまでくると結構遠く感じるもんだけど、あんたと話しながらだとあっという間に着いちまったね。さあ、他の魔女たちが来る前に中に入っちまおうか」


ミズキさんに着いてきてたどり着いた場所は上の町の外壁よりも高い壁に囲まれてた。


壁の中に入ると中央部分に小屋が建てられていて、その周りを堀が囲んでいた。


どこからも水が流入しているような場所が見当たらなかったのだけれど、堀の中の水は緩やかな小川程度に流れていて、流れを追っていくと最後にはお風呂の栓を抜いた時のように水が吸い込まれていた。


「この場所はちょっと訳があって、周りを聖水が流れて少しでも清めようとしてるのさ。もっとも、そんなことをしたって何の気休めにもなりはしないんだけれど、何もしないよりは精神的にマシってだけで、特に意味はないのさ」


流れる水を追っていた僕にそれを教えてくれたのだけれど、ミズキさんの表情はなぜかうかない感じであった。


「いいかい、これからあんたに確かめたいことがある。

この小屋の中にはあるものが安置されているんだけれど、そいつはたいそう危険な代物だ。

どれくらい危険かと言えば、そいつを持っただけで命を失ったものだっているくらいさ。

そいつが何か気になるようだから先に教えとくが、そいつはあたし達も見たことが無い形の武器だと思う。

なぜそう思うかって?

そいつがここに出現してから数百年経っているらしいんだけど、そいつを持った奴は近くにいる奴にソレで襲い掛かってしまうんだ。

不思議なことにソレで斬られたヤツは切り口から一滴の血も流すことは無いのさ。

どうしてそうなるかって?

そいつはあたしらにもさっぱり見当がつかないんだけれど、他の世界から来た全く未知の武器なんじゃないかって話題になっていたよ。

で、ここからが肝心な事なんだが、斬られて死んだヤツの死体には魔力反応が消失しているんだよ。

死んだって魔力はそう簡単に消失したりしないってのに、ソレに斬られて死んだヤツは魔力が空になっちまう。

もしかしたら、斬られたことによって魔力が無くなって死んでるのかもしれないんだけれど、あたしには確かめようがないってもんさ。

それに、一度手に取っちまったヤツもダレかを斬らないと自分の魔力が奪われているようで、最終的には魔力を失ってあの世へおさらばってわけさ。

どうだい?

あんたはこの話を聞いてどう思った?」


「見てみない事には何とも言えないですけど、それだけ強い武器だとしたら、使いこなしてみたいとは思いますよ」


ミズキさんは今まで一度も見せてこなかったような真剣な顔で僕を見つめていた。


何度も何度も自分の中で言う言葉を選んでいたように感じていたが、ミズキさんの発した言葉は単純な物だった。


「それじゃあ、その武器をあんたが使いこなすって契約を結ぶかい?」


「形とか大きさとか見てみないとわからないんですけど、確認してもいいですか?」


ミズキさんは少しだけ驚いた様子だったけれど、すぐに元の感じに戻っていた。


「いいのかい?ソレを見てしまったら戻れなくなっちゃうかもしれないんだぜ。その昔、確認したいと言って中に入ったヤツがいたけれど、ソイツは中に入った勢いのままソレを手に取ってそのまま死んじまったって話もあるんだけどな」


僕のスキルだと問題ないとは思うのだけれど、もしダメだったとしたらもう一度やり直せばいいだけの話だ。


「じゃあ、出来るだけあたしから離れないようにして中に入ってくれよ。あたしも少しくらいなら守れるとは思うんだけれど、他の魔女とは違って普通の魔法は使えないもんだから期待しすぎないでくれよ」


そう言いながらゆっくりと扉を開くと、今まで嗅いだこともないような不快なにおいと体にまとまりつくような湿った空気に全身が包まれた。


ミズキさんの方を見てみると、ミズキさんもこのにおいと空気に耐えられるわけではないみたいで、少しだけ顔色も悪くなっていた。


ミズキさんの肩越しに部屋の中を覗くと、部屋の中央に折り重なるように人型の影のようなものがあって、そこの一番上にソレは刺さっていた。


「あんたも確認したと思うけど、あのてっぺんにぶっ刺さっているのが例のヤツだ。あんたはアレに見覚えがあったりするのかい?」


目を凝らしてよくよく見てみると、形状的には大きな草刈り鎌のような感じではあるが、草を刈るには大きすぎると思う。


「死神の鎌なのかな?」


ミズキさんは僕が思わず口に出した言葉の意味が分からないようで、それはどんなものかと尋ねてきた。


「僕も死神を実際に見たわけではないんですけど、僕の世界の話であのような鎌を持った死神と呼ばれる神様がいるんですよ」


「神様ってのはなんだい?」


「えっと、神様ってのは人にはない知識や能力があったり、人類を超越した能力があったりで信仰の対象になっている存在ですかね」


「つまり、あたしら魔女って事かい?」


「うーん、どう言ったらいいかわかりませんが、僕がもと居た世界ではミズキさん達みたいな魔女と呼ばれる存在はいなかったので、そうじゃないとは言い切れないんですけど、教団が信仰している存在とかですかね?」


「教団? この世界にはいくつかの教団はあるけれど、それは神様とやらではなくあんたら転生者の存在を拠り所にしているぞ」


どうやらこの世界では僕の思っている神様的な存在は身近にいるようで、そう言った対象は存在していても感じ方は我々とは違っているみたいだった。


「その神様ってのはアレみたいに人を襲う事もあるのか?」


「神様にも色々いるようでして、良い神様もいれば良くない神様もいるようでして、悪い神様の中には疫病神ですとか死神なんてのが有名ですね。死神は対象者の命を奪ったりするって話なので、話を聞いた限りですが、あの武器が死神の鎌だとしてもおかしくはないと思います」


「あんたの世界はあたしらの世界と違って色々大変そうだね」


僕の方を見ていたミズキさん越しに見ていた鎌は僕の言葉に反応するかのように、青白く不気味に光を反射させていた。


光源となりそうなものは僕達のいる入り口だけのようで、部屋の中には窓も無ければ照明もなかったので、鎌の刀身が光ったことは意外な事であった。


「あんたは他のヤツらとは違ってまだ冷静そうだ。どうする? 契約しないで戻った方がいいと思うぜ」


僕はミズキさんの心配とは裏腹に契約する気は満々なのだ。


失敗したとしてもやり直せる僕にとってはメリットしかないような気がしていたので、ミズキさんが次に出した言葉は少しだけ寒いものを感じてしまった。


「あそこに高く積まれている影は全部転生者なんだよ。あんたは当然していると思うけれど、転生者ってやつは死ぬとこの世界から消滅しちまうだろ? でも、アレに斬られて死んだ転生者はなぜか消えずに残って影になっちまっているんだ。もしかしたら、アレに斬られたヤツは転生してやり直しが出来ないのかもな」


その言葉を聞いて少しだけ戸惑いはしたが、僕のスキルだと使いこなせると思って契約を結ぶことにした。


「本当に良いのかい? 一度結んだ契約は絶対だぜ。もし失敗したとしても、あたしらであんたを助けられるかはわからないぜ。もう一度だけ聞くけど、本当に契約を結ぶのかい?」


何度聞かれても僕の答えは変わらなかった。


「そうかい、そこまで自信があるなら止めはしないさ。上手くいく事だけ祈っているよ。悪いとは思うけれど、あんたがアレに手をかけておかしい感じがしたら、この小屋の扉を閉めさせてもらうよ。それで、あんたが死ぬまで何年も扉は閉まったままにさせてもらうからさ」


僕はミズキさんとの契約を結ぶと、右手の甲に見たこともない紋章が現れた。


その紋章は時計の文字盤と同じような形で十一時の部分が点滅していた。


「その紋章は契約を結んだ者の証さ。その契約内容によって制限時間が決まっているんだけれど、ある時間ごとにその点滅が消えていき、最終的に無くなると失敗になっちまうよ。あんたは全部無くなる前にどうにかしてアレを使いこなしてくれ」


ミズキさんはそう言うと入り口から外に出ていた。


僕は一歩ずつ鎌に近づいているのだけれど、積み重なった黒い影が思いの外邪魔であった。


少しづつ影を上って鎌まであと半分くらいの距離になった時には、紋章の点滅が九時の部分に変わっていた。


そのまま、時々は手も使って影を上っていると、ついに鎌の目の前までたどり着いた。


僕は紋章の浮かんでいる右手で鎌を持って引っこ抜くと、鎌は予想していたよりも重さが全然感じられなかったためか、思いっきり後ろによろけてしまっていた。


「大丈夫です。今のところ変な感じがしません。どうしたらわかりますかね?」


ミズキさんは入り口の向こう側から大きな声で叫んでくれた。


「とりあえず、そいつを思いっきり振り回してみなよ。それで右手の紋章が残っていなければ達成だと思う。それでも消えないのなら、何かを斬ってみるしかないんじゃないかな」


斬るものと言っても見える範囲ではミズキさんしかいないので、何とか振るだけで紋章が消えることを祈っていたが、当然だけれど紋章が消えることは無かった。


「ちょっと、あんた何やっているのよぉ。お兄さんに変な事するなって言ってなかった?」


ライトさんに釣れらえてきたアイカさんが僕の姿を見るとみるみる顔が青くなっていくのが遠くからもわかった。


「え? なんで? アレをお兄さんが持っているの?」


アイカさんは取り乱したようにミズキさんの肩を掴んで揺らしていたけれど、ミズキさんは僕から目を話してはいなかった。


アイカさんから少し遅れてミコさんがたどり着いたけれど、僕の手に握られているモノを見ると全てを悟っているようだった。


ミコさんが僕の方に向かって空中に魔法陣のようなものを描くと、その中から人のような形をした生物を呼び出していた。


「お兄さん、ソレでソイツを斬ってみなよ。何とも無ければ成功だと思うよ」


ミコさんが呼び出した生物はこちらを見ているだけで動くことは無く、ただ黙って立っているだけだった。


僕はそれに向かってゆっくりと近づくと、持っている鎌を軽く振りぬいた。


生物に触れた感覚はほとんど無かったのだけれど、鎌を右から左に振りぬく途中にその生物は確かにいたようで、鎌を左に振りぬいた時には生物が上下二つに分かれていた。


右手に浮かんでいた紋章はいつの間にか消えていた。


「やったね、あんたはあたしの想像よりも格段に凄い人だったみたいだね」


「ちょっと、お兄さんは無理しないで私と楽しく過ごしていればいいのに。でも、これは凄い事だよ。おめでとう」


「いやいや、貧魔女の言う通りお兄さんは凄い事をやってのけたよ。今まで誰も使いこなせなかったソレを完璧に使いこないしてみせたね」


「ちょっと待ってください。ミコ様が召喚したのは訓練用の決して倒れることも斬ることも出来ない怪物ですよ? なんでそんな簡単に斬れるんですか?」


僕が初めて交わしたミズキさんとの契約は無事成功を収めることが出来た。


個人的には手にした時も生物を斬った時も手ごたえが無く、何の達成感もないのだけれど、報酬には期待していた。


「さあ、お待ちかねの報酬の確認だね。今回はどんな凄い報酬をあんたは手に入れるのかな」


ミズキさんが両手を握ってゆっくり開くとその中から一枚の紙が出てきた。


『達成難易度 極低

 成功報酬   無』


とだけ書かれていた。


その髪を見た一同は驚いていたが、ミズキさんは何か納得したような感じでいた。


「つまり、あんたにとってはこの程度の事は朝起きて目を開けるような事で、特に意識してやる事じゃないって契約だったのかもね」


その言葉を聞いてライトさんはその場にへたり込んでしまっていた。


「私よりは強いとは思っていましたが、そこまで差があるとは思ってもみませんでした。もしも、私に何かあった際にはアイカ様の事を御頼み申し上げます」


そう言って深々と頭を下げるライトさんの背中をアイカさんは何度も叩いていた。


「あんたの話だと、その武器は死神の鎌ってやつなんだろ? この世界じゃそんな形状の刃物は見たこと無いんだけど、そこはかとない恐怖を感じてしまうな。そうだ、あんたはまだ通り名が無いんだし、これからは『死神』って名乗るといいよ」


「死神? 何だかわからないけれど凄そうな名前だねぇ。私もそれで読んでみようかなぁ」


「言葉の意味は分からないけれど、何か恐ろしいものを感じさせる通り名じゃないか。私もそう呼ばせてもらう事にするよ」


「恐れながら私も死神様と呼ばせていただきます」


僕はこの時から『死神』と呼ばれるようになった。


『死神』はきっと僕が死ぬまでの間の呼び名になるのだろうけれど。

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