【大切な人のために】 十四章
目指していた所に行くため、努力した。なのに、その目指す場所は、急に高々としたところになってしまった。
俺はその高々とした所に手を伸ばしきれず、落ちて落ちて、また落ちての連続。
「諦めよう」そんな言葉がよく出るようになった。
今までの無駄な努力。今までのクソみたいな協力。
すべて、すべて台無しになった。
「あぁ・・なんなんだろうな…」
壁に強力なパンチをして、頭を壁にぶつける。
中学生の頃に何度もしたことだ。
今は異世界で、苦しんでいる。もがいている。悲しんでいる。そして、大切な人を守ろうとしている。
俺は、大切な人を守りたい。その一心で、今、こうして戦っている。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
声を出して爆風のような風を起こし、流れ星のようにカゲロウの方へと一直線に向かっているのはレルスだ。
瞬のスピードで駆け巡り、瞬のスピードで剣を振るレルス。
俺はその姿を後ろから見ていた。
見ていることしかできない現状。正直、悔しい。
だが、俺が今ここで攻めに入ってやられると、余計に迷惑をかけてしまう。
こんな命がけの時に、俺の一つの怪我で被害が拡大してほしくない。だから、今は黙ってここで見ている。
今俺ができることは、それしかない。
「瑠璃様、そろそろ私も攻めに入ります。何かあったら避難を。少しでも時間を稼いでくだされば、こっちも瑠璃様の方に飛んでいけると思います」
そう言って、ベラトリックさんは瞬のスピードで攻めに入った。
「逃げろって、そんなことができるなら今頃しているし」
そして、ベラトリックスさんがカゲロウの攻撃を避けて俺の近くに来た時ーー、
「ベラトリックスさんっ!」
俺は一つ、カゲロウを倒す方法が思いついたので、一度ベラトリックスさんに相談してみることに。ーー時間はない。だから早く済ませる。
「どうしたんですか瑠璃様?」
こちらを見て、カゲロウを見ての繰り返しをしているベラトリックスさん。
「実は、一つ作戦が浮かんだので」
そして、俺はその思いついた作戦をベラトリックスさんに話す。
その頃レルスはーー、
「にしても、しぶとい男だ。全然死にやしない」
レルスは少し苦戦しながらも、剣を振り続けた。ーー剣を振り続蹴るレルスだが、レルスは今使っている魔法がカゲロウにあまり聞かないことを知らなかった。
レルスは攻撃することで精一杯、他の事を考える隙もなかった。
今使っている魔法をより効かせるため、カゲロウの体内に精霊を送り込むが、カゲロウの中に入った精霊も苦戦していた。
カゲロウとレルスの耐久勝負。これにレルスが負ければ俺たちの負けが決定したも同然。
レルスの体、精神共々削られていった。
「このままじゃ切りがない。一体どうすれば」
そうレルスが考えていた刹那、
「ーーそこをどけっ!」
でかい体でガタイのいい男が走ってカゲロウに自分の着ていた鎧を投げた。
「団長っ! それは大事な鎧ではっ!?」
急な出来事に、レルスは驚きが隠せないでいた。
「重たいし、あんな重たい鉄をずっと身に着けていたら、本気を出せないし、素早く動けないからな」
レルスは、んじゃあどうしてつけていたんだ? と思っていた。
「とりあえず、カゲロウをできるだけ俺たちの方を向かせておけっ!」
ベラトリックスさんはそう言って、攻め始めた。
レルスも何が何だかわからない状態だが、攻め始めた。
二人でカゲロウの体を切り、避けてを続けた。ーーベラトリックスさんはできるだけ自分たちの方に気を取らせるようにカゲロウを何度も切った。
だが、そのベラトリックスさんの攻めは、怪我を負うのも承知だった。
「うっ!?」
レルスは、避けた先に魔法をかけられ、地面から出てきた岩石に背中と肩を強打し、血を流す。
ベラトリックスさんは、カゲロウの繰り出す宙に浮く岩で怪我を負った。
鎧を外すと、召使いの格好と似て居た。ーー俺は、その服に汚れや血を付けることに抵抗があったが、この勝負に勝つためにこうするしかなかった。それに、俺もこの作戦を立てたからには、自分もカゲロウに攻めに入ることにしていた。俺の場合、命懸けということだ。
「レルスっ! 大丈夫かっ!」
ベラトリックスさんはそう言って、レルスに声をかける。
「はい、大丈夫です」
レルスは肩を抑えてそう言う。
「もう少しの辛抱だ。耐えろっ!」
ベラトリックスさんはそう言って、再び攻め始めた。
「ーーはっ」
レルスもベラトリックスさんの後を追うような形でカゲロウに攻め始めた。
「とりあえず今は時間を稼げっ!」
ベラトリックスさんはレルスにそう言って、剣を振り続けた。
「承知いたしました」
そう言ってレルスも剣を振り続けた。
レルスとベラトリックスさんは剣を止めることなく振り続けた。
その時俺は、暗くて狭い何かの中に入っていた。
「ってか、ここ汗くせぇな」
まぁ、戦う人の物だし、汗をかかないということは絶対ないだろう。
「にしても、本当にこの作戦が成功するのか?」
俺は少し心配しながらも、ずっと狭い物の中に隠れていた。
「団長、少し下がった方が身のためです」
レルスはそう言ってベラトリックスさんを一度後ろに下げようとしていた。ーーベラトリックスさんの服には、ベラトリックスさん自身の血がついており、あまりにも血だらけなので、レルスは大怪我をしていると見て、一度下がらせようとした。
「いや、このまま攻める!」
「ーーでも団長っ!」
「私のことはどうでもいいっ! 今はこいつを倒すのに集中しろっ!」
ベラトリックスさんはそう言って、剣を振り続けた。ーー振り続けた剣に当たるのはほとんどカゲロウが出した石の塊。
カゲロウの体に当たるのはほんのたまにだ。
だが、俺は確実に剣をカゲロウに当てる方法を考えた。とりあえず、その作戦を実行するタイミングをうかがう。
精霊がいつ、カゲロウの体を支配するかがわからない今、俺はカゲロウの隙をついて、剣で切ってライフを減らさないといけない。
最後のとどめはレルスの剣技、『フェバリットアステリナ』だ。
「レルスっ! 奴の動きが変わった。その場から絶対に動かせるなっ!」
「ーーはっ!」
ベラトリックスさんがそう言うと、レルスは承知して攻めに入る。
ベラトリックスさんは血を出し、歯を食いしばり、耐えて耐えて剣を振り続ける。
レルスも同じだ。
俺は今隠れて、隙間からその様子を見ていた。
はっきり言って、さっさとこの場から出て戦いに参戦したい。だが、ここで参戦しても二人の足を引きずることになる。
それに、俺が考えた作戦もすべて台無しにしてしまう。
せっかく協力してもらって、血を出すようなことばかりさせているのに、途中で作戦を破棄して自分の勝手な思いだけで二人に迷惑をかける。ーー最終的には死んでまた振り出しに戻るのだろう。俺はそう思っていた。
そんなことを考えていると、俺が出る時が近づいてきた。
「しっかりとするんだ。深呼吸深呼吸」
そう言って、俺は深呼吸をする。
そして、カゲロウの隙を狙ってーー、
「よそ見は禁物だぞごらぁぁぁぁぁっ!」
俺は、ベラトリックスさんが置いた鎧の中から急に飛び出して、間近くにいたカゲロウの胸に剣をさした。その刹那だった。
「なんだ…? 一体、この光は…?」
俺がカゲロウに剣をさしたとたん、剣が赤く光って、俺とカゲロウの周りに小さな七色の光たちが舞っていた。
「もしかして、これはっ!」
レルスが何かに気付いて、剣を上げた。
「やはりそうか、これはこの勝負に終わりを告げる光だったか」
レルスの剣が剣を上げると、俺の周りに舞っていた光たちが反応をした。
「これで最後としようか。我が敵、カゲロウ」
そう言って、レルスは眉間にしわを寄せて、剣先をカゲロウの方に向けた。
「私が、ここで終わるなど、ありえないことなのですっ! 岩たちよ、あいつを殺せっ!」
すると、レルスの方に向かって岩の塊が飛んでいく。一度は岩に包まれたレルスだが、
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
声と共に、岩から勢いよく出てきて、剣先をカゲロウに向けたまま思いっきり走った。
そしてーー、
「次こそっ! フェバリットアステリナ!」
レルスはカゲロウの胸に剣を刺し、そして抜いてからいろんな方向から剣を振って、カゲロウを切り刻んでいく。
「あぁぁぁっ! 私の肉がっ! 私の血がっ! 私の命がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ーー黙れっ! これで俺の攻撃は最後じゃおらっ!」
俺はカゲロウに刺していた剣をそのまま上の方へと刃を進めていき、カゲロウの肩から剣を体から離した。
「これで本当に最後だ!」
そう言って、レルスが最後の一撃を食らわせた。
カゲロウの体には、斜めに大傷が入り、その後一切カゲロウが喋ることはなかった。
「これで終わったんだな…」
ラスボス、といいたいところだが、いろんな物語を読んで見てきた俺は、この先にカゲロウより強い敵が襲い掛かってくるんだなと思っていた。
そして、何より今心配なのはアリアとリア。そしてお約束の生き返りパターンはないかと心配した。
精霊殺しからすると、俺がラスボスみたいなもんなんだろうなと少し思いながら、立ったまま血を吐き、胸から血を流して死んでいるカゲロウを見る。
「ネア」
レルスがそう言うと、カゲロウの死体は激しく燃えた。
「これで心配することはないだろう。やっとこの勝負に終止符を打つことができた。正直、疲れましたよ」
ベラトリックスさんはそう言って、地面に座り込む。
「あぁ、ご苦労様。二人のおかげでどうにかこいつを倒すことができた。感謝する」
そう言って、俺は頭を下げる。
「あぁっ、瑠璃殿が頭を下げることでは」
「ーーいいや、下げさせてくれ。これが、何もできない無力な俺ができる、唯一の礼だ」
レルスが慌てて頭を上げさせようとするが、俺は頭を上げてくださいと言われる前に下げさせてくれと頼み、ごり押しした。
ベラトリックスさんはレルスと一度目を合わせて、笑みを浮かべる。
そして、俺は顔を上げる。
「さっ、これで一安心か…」
と一息をついていた俺とレルスとベラトリックスさんだったが…。
「団長っ!」
剣聖団だと思われる男性が、馬に乗ってやってきた。
「どうしたんだそんな慌てた様子で?」
ベラトリックスさんは疲れた表情で、部下に問う。
「実は、移動中の馬車が精霊殺しの信者、手下たちによって襲撃されていて」
「ーーそれは本当かっ!」
俺は慌ててそう問う。
「はいっ! イルさんと私たちで今はどうにか耐えていますが、もうそろそろ…」
移動中の馬車、そこにはアリアもリアもいるはず。このままではまずい。
ベラトリックスさんも動けるような状態でもない。レルスも同じだ。二人とも体を血だらけにしていた。
「俺を、その移動中の馬車の所に連れて行ってくれっ! 早くっ!」
そう言って、俺は頼み込む。
「でも」
「ーーでもじゃないっ! 今、大切な人の命が危ないんだ。そんな時にここで休憩していて、あの二人の身に何かあったら俺は…」
歯を食いしばり、手を強く握る。
部下の人は、一度ベラトリックスさんとレルスの方を見る。レルスとベラトリックスさんはうなずく。
「わかりました。とりあえず、私がそこまで連れていきます。瑠璃様、馬に」
そう言って、俺を馬の方へと案内する。
そして、俺はレルスたちの部下の人に案内されるまま馬に乗り、アリアとリアのいる馬車の所に向かった。
「一体何があったんだっ!?」
俺はそう部下の人に問う。
「実は、道中に精霊殺しの団体が待ち伏せしていて、馬車はどうにかその精霊殺しの人の壁を突破し、移動を続けているのだが、いつまでもしつこくついてきて、何人かが犠牲になりました。それに、避難場所の領に精霊殺しを連れて行くわけにもいきません。だから、今は遠回りをして精霊殺しと戦っています」
部下の方はそう説明してくれた。
「長々とした説明あんがとよっ! それともう一つ。今、団のリーダー的存在の人はいるのか?」
「はい。イルさんが今必死に馬車を守っています」
イル。ーー元々俺たちの護衛として来る予定だった人だ。だが、何かあってレルスが俺たちの護衛に来た。
一体どんな方なんだろうかと思いながら、アリアとリアのことを心配していた。
「もうすぐフェナル草原に入りますっ!」
「なんだそこっ!?」
と俺が言うと、
「リージェル領に行く途中の草原です。現在そこで応戦中ですっ!」
そして、暗い森の中を抜けると、広々とした草原が目に飛び込んできた。
その草原の一部では、爆発が起きて馬車が何台かが猛スピードで走っていた。
「思っていた以上に敵が多い…」
遠くから見ると、敵が一つの塊となり、馬車を襲っている様子。
このままじゃあ、間に合わない。
「どうする…どうする…」
俺はそうつぶやき、うつむいて考える。
「瑠璃様の足元に、大きいポケットみたいなのはありませんか?」
馬を動かしてくれている剣聖団の人が俺にそう問う。ーー俺は両方の足元を見て、片方の足元にポケットがあることを確認した。
「あぁ、あるけど…これがどうした?」
俺は剣聖団の人に問う。
「そのポケットの中にガラスの塊があるはずです。その塊は魔法で作られたガラスの塊でして、その丸いガラスを投げると、大きい爆発が起きます。このリージェル領の五分の二は焼け野原になるほどの威力です」
説明を聞いたのち、俺はポケットのようなところから、ダイヤモンドのようなガラスの塊を取る。
「それを使うのはあまりお勧めできません。でも、自分の命を懸けても守りたいという覚悟があるならば、その塊をお使いください」
剣聖団の人は、馬車の方を見てそう言う。
「あなたは一体…」
俺がそうつぶやくと、
「剣聖団所属、イル・アルタと申します。団長の命令で配属先が瑠璃様の所から別に移動したので、知らなくて当然の事。これから長い付き合いになるでしょう。どうかお見知りおきを」
俺を馬で馬車近くまで連れてきてくれたのは、元々俺たちの所に配属される予定だった剣聖団のイルさんだった。ーーイルさんの代わりに、レルスが配属された。レルスは今、城の前で休憩中だ。大怪我を負い、少し休憩が必要となったレルスは、今ここに来られなくて当然なのだ。
大怪我をさせるほどの勝負をさせた俺も、彼をここに連れてくるのには心の中で反対していた。まぁ、結局は馬一頭しかいなかったため、強制お留守番になったのだ。ーー勝負前に居た馬は大きい音に驚いてどこかに行ってしまった。
「ん? ちょっと待って? イルさんがここに居るとしたら、あの線上には…」
「はい。私がそろいにそろえた優秀な部下たちです。弱い部下は何人かあの世に逝きましたけど…」
と、イルさんはおっしゃる。
「そうですか…。それじゃあ、もう少し持ちこたえられると信じて」
俺は、どうするか考えた。
この塊を使って、この勝負に終止符を打つか…ってか、それ以外に思いつくことはない。
「イルさん。俺、この塊を使います」
そう言うと、イルさんは指をパチンと鳴らした。すると、急に顔が老人のような顔になった。
「驚かれるのは当たり前です。さすがに、イルは戦場にいますと言っておきながら、団長に話をするのは気が引けますし、数日後にはあの世ですからね。とりあえず、命を懸ける方を選んだということでいいですね?」
イルさんはそう言って、俺の方を見る。
「はい。覚悟はできています」
俺はそう言って、うなずく。
「わかりました。馬車の方はわたくしにお任せください」
イルさんはそう言って今を走らせ続ける。
「わかりました。頼みましたよ」
俺はそう言って、だんだんと近づく馬車を見る。
「つかまっていてください。精霊殺しの爆発魔法で言ってしまうかもしれません」
イルさんはそう言って、さらにスピードを速める。
そして、俺は一度深呼吸をする。ーー今までのことが、走馬灯のように脳裏を過る。
一度過去のことを思い出し、支署が出ていると事は飛ばし、思い出した。
嫌な思い出も、いい思い出もすべて。
ここで死ぬかもしれない。本当ならばさっさとおさらばしたい。でも、俺は生きる目標ができた。ーーそれは、アリアとリアと笑って過ごすために。
俺は二人が笑っていられる日々が送っていられるのなら、命だって懸ける。
それに俺は、この世界に来て二人を守ると決めた時から死ぬ覚悟はできていた。
「瑠璃様、もうすぐアリア様の馬車の横に着きます」
イルさんはそう言う。
俺はこぶしを強く握る。そして、アリアの乗っている馬車を見る。
「あぁ。覚悟はできている。君を守るために命だって懸けてやるさ」




