9話 始まり
「いや〜、ここの飯美味いっすね!」
道たち4人は西区1番地、大学校西門前の『西伊太利亜料理店』で少し遅めの昼食を取っていた。否、その内一人はワインを注いで既に打ち上げムードである。
「飯も美味いっすけど、やっぱ"勝利の美酒"てやつっすかね〜」
「ほら言われてるよ 道」
「言わせておけ」
金髪男が道を挑発するように視線を向ける。その野生的な顔立ちが煽りを一層引き立てている。それに光が便乗するが、道は適当にあしらった。
『はあ……何故こうなった?』
道は今朝の時点では他人に関わって気をつかう事にならぬようひっそり学校生活を送ろうと目論んでいたが、入学から数時間でその希望が潰えてしまった。そんな兄を見て曙がニコニコとしながら生パスタを頬張っている。
出来事の発端は、今日の午前にまで遡るーーー
「それではこれより、第412改年、東京新大学校の入学式を執り行う。まず初めに、大学校指導教官長、飯ヶ原丸による開会宣言および挨拶を…」
道たちは入学式に出ていた。
今年の入学数は128人で前年度より増えている。近年は漸増傾向にありそれが新人類としての現社会に対する不安や焦りの増強と関連しているらしい。
それもそうかもしれない。新人類がなまじエチルに対抗できる力をつけた事で、新人類への威嚇を隠さなくなった。いずれ威嚇で済まなくなった時への恐怖はあって当然だ。
式が行われているのは大学校の横に併設された教会であった。そのため立派な壇があるわけではなく、新入生より少し高い位置にある演台の前で演説者が話すようだ。そのため道たちは少し見上げるような形で待つ。
一人の銀長髪の人物が登壇する。背は高く裾の長い薄茶のコートを羽織り、服の上からも感じられる鍛え上げられた体、そして何よりその男性が纏った空気を見て道は思った。
ああ、底が知れないな、と。
飯ヶ原丸。十年前のシンガポール大戦時に中将を任されて一個師団を操り、兵力差10倍ほどの実戦において文字通りエチルを圧倒して頭角を現した人物。
その眼は穏やかに見えて、奥底に相手を竦ませるような鋭い力がある。年は40後半あたりになるのだろうか、たゆまぬ努力と経験が蓄積され、熟成したであろうそのオーラはおいそれと真似できるものではない。存在自体が力を帯びている。
飯ヶ原は一瞬だけ道の方を向き、すぐに視線を逸らした。
『…?』
道は彼と目があった気がしたのだ。偶然かもしれないが、逸らした後の視線も道の後ろにいる曙と光の方で止まったようにも見える。彼女たちも、心当たりは無いようだった。
彼はその後暫し目を瞑り、場にシンとした空気が広がっていく。
「412年。」
彼は語り始めた。
「これが何を表す数字かは皆もよく知るところだろう。我々新人類が誕生、いや、最後の旧人類がこの世を去り、新人類に全ての希望が託されてから現在に至るまでの年月である。
この間にかつて奪われし都市を7つ取り戻し、エチルに我々の存在を認めさせようと獅子奮迅の思いで先代達は駆け抜けた。その結果、我々はわずかばかりではあるが人権を取り戻しつつある」
しかし、と続ける。
「この先代達の努力の裏側には、数え切れないほどの苦痛と犠牲があった。
多くの時間を共有した愛する者も、同じ釜の飯を食った親友も…
…ありとあらゆる慈愛でもって育ててくれた親さえも
多くのものを失ってきたのだ」
その言葉に道はドキッとした。まるで自分のことを言われた気がしたのだ。曙も後ろから道の上着の裾を小さく掴んでいる。
「『悲しみの涙で喉を潤し、愛した人の亡骸で腹を満たす』…
かの永田春馬が世界各地を回っていた時の記録文献『弐』に書かれていた言葉だが、そんな負の連鎖を断ち切るために我々はここにいる。
君たちが現在、そして未来を変える立役者となることを期待しよう」
言葉を切り、飯ヶ原丸は大きく息を吸う。
「ではこれより412改年、東京新大学校の入学式の開会を宣言する!!」
その宣言は、教会内を木霊して長く響いていた。
多くの人の運命が巡り始めた瞬間であった。
「ねえ!お昼はどうする?」
曙が道に尋ねた。
入学式が終わり、道たち3人はそれぞれの学部の説明会へ向かうところだ。
学校の学部には軍事教育を目的とするだけはあり、実際の戦闘に関連する戦術理論学、戦術実戦学、警護警備学や主に後方支援について学ぶ生産学、情報学、軍事工学、医学などがある。3人の学部は別々で、道が戦術理論、曙が生産、光が戦術実戦で入学していた。
「光はどうするんだ?」
「私はあきちゃんと一緒に取るよ」
「うん!知り合った友達連れてき合ってさ、大勢で食べると楽しいと思うんだよね!」
曙は満面の笑みである。大勢の初対面である相手とこれから会うというのに緊張どころかもう友達ができる事を確信したかのような口ぶりだ。
「じゃあ僕は辞めとくよ」
「ええ〜どうして〜」
「道、人見知りも大概だと思うのだけど。」
曙が泣き顔で、光がジトっとした目を向けて道の返答を承諾しない。
「だって僕がいてもいなくても変わらないじゃないか。そんなとこにいても誰も得しない。
あと光、人見知りは認めるけどお前もだからな」
「何のこと?」
光がすっとぼけた。
光は道のように極端に人と話さないというわけではないが、道と曙以外には丁寧語で余所者扱いをする。猫被りといっても良い。
そんな事を指摘すると怒り出しそうだし、そんな事を考えている今でさえ心を読んでいるのかにらめつけられているから早く退散しようと道は思い、「じゃあここで」と言って別れて早足に説明会へ向かう。
道は背後から非難の声が浴びせられるので人に見られる前に校舎影に隠れた。