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COEXISTENCE  作者: medical staff
序章
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7話 雲行き

「大丈夫か?」



 道は少女に形式的な安否確認を取る。



 少女は通りの向かいで見た通り、桃色髪にパーマがかかって肩上まで伸びている。服装は白シャツと薄いピンクのカーディガン、かなり丈の短いスカートとブーツ。こんな強盗犯がいるのなら教えてほしい。



 少女は俯いていて顔がよく見えない。背中は丸まっており、その小さな手も体の前に綺麗に並べられていて全体として小さく見える。曙と光がその様子から察したらしい。




「怖かったよねえ、でももう大丈夫だよ!」


「そうね。あとそこのおじいちゃんは私たちの仲間だから怖がらないであげて」


「おい待て脳筋。だれがおじいちゃんだ」



 光の息を吐くような暴言に否定を申し出る道。煮物も日なたでの読書も好きだがまだ10代だよ、と心の中で噛み合わない意見を叫んだ。



 光はエチルのことが絡まなければ普段からよく道に突っかかる。特に年齢の割に老成した雰囲気と萎びた植物のような好みをもつ道を「おじいちゃん」と呼んでいた。ちなみに曙もそれに賛意を示している。



 しかし、そんなやり取りもこの張り詰まった空気をほぐす潤滑油となった筈である。これで少しは落ち着いただろうかと道は少女の方を見やると、体をふるふると震わせていた。そして







「しのぶぅ、ほんっっっっっとうに怖かったのですぅぅ〜〜」


「「「は?」」」







 甘えた声を出して道の胴に抱きついてきた。


 彼女の腕は道の背中まで回っており、その体は密着している。言葉とは裏腹に緊張していた様子は全く見られず、子猫のように庇護欲をそそられるその小さな顔を道の胸に擦り付けている。




『ああ こういうタイプか』



 道は彼女なりの感謝を受けながら虚空を見つめていた。

 確かにある一定の男性からはウケるかもしれないが、長く俗世間から外れて生きてきた道にとっては現実味が薄くて鬱陶しいという他にない。


 そして何よりあと2名いらっしゃる女性陣からの視線が痛い。特に光は、先ほどまでの少女の心を憂慮する面持ちは綺麗さっぱりなくなり、修羅が見える。そして徐々にではあるが大剣を構え始めている。まずい、まだ死にたくない。




「ところで怪我とかないかい?」



 道はそう言いながら、急いで自分にくっついている彼女を引き離した。離れる時に髪の毛からはかすかに甘い香りがした。




「うん!しのぶ元気爆発だよぅ」



 できればそのまま爆発してほしいと思いながら道は危機から解放されて息をつく。しかし光はまだじっと道の方を睨みつけており、空気が詰まっていることには変わりない。




「けどなんでこいつら(管理局)に追いかけられたの?」



 我を取り戻した曙がしのぶ、らしき少女に問いかける。




「うーんとねぇ。しのぶぅ今日お仕事の日だったんだけどぅ〜なんかいきなり手を掴まれてぇ〜バックの中見られたらぁ〜包丁が出てきたの」



 少女は人差し指を口元は当てながら不思議そうに首を傾げてそう答えた。どうやら彼女自身も包丁がバックに入っていた理由はわからないとのことだった。


 それを聞いて曙と光は事の深刻さを理解したのか、顔を険しくする。


 これまでであっても事件等濡れ衣を着せられて社会から葬られた、という事例は数多くあるのだろうが、今回は最早無関係の人類でさえ巻き込まれたのだ。それが本当であれば、どれだけ静かに新人類が生活していようと防ぎようがない。



 エチルの一部で広まっている、新人類の支配に次ぐその種の殲滅、または奴隷化という極めて醜悪な思想。そんなものがあるという話は聞いたことがあったが、これほど表面化していたのだろうか。




「そうか、それは大変だったな」


「そうなのぉ〜大変だったのぉ〜〜」


「この後、家に一人で帰れそう?もしよかったら送って行こうか?」



 光がしのぶに尋ねる。

 このことがトラウマになれば一人で外を歩くのも怯えるのではと気を利かせたのだろう。先程はイラついていたものの、既にお姉さんモードとなっていた。流石である。




「ううんいいのぉ〜おうちすぐ近くだしぃ〜そんなに危なくないよぉぅ」


「そうか、なら良いが…

  最後にひとつだけいいか?」


「うん何ぃ〜??」



 間延びした、甘えるような返答に対して道は、表情を改めて尋ねる。











「お前何者だ?」


「…………」










 少女の表情が一瞬止まってパッと消えた。何かのスイッチが押されたかのように雰囲気が切り替わる。

 少女の顔は笑ってはいるのだが、同じ笑顔でも別人の笑みであった。そこには艶めかしさが滲み出ており、沈黙して道の言葉を興味深そうに待っている。



「まず手を掴まれている状態から逃げられる時点でおかしい。管理局だって馬鹿じゃない、こいつらはエチルでも相当訓練された奴らだ。

 何故そんな新人類以上の能力者かつ精鋭相手に振りほどける?」



 エチルの筋力平均は新人類の数倍とも言われる。多少気を抜いたからといってその握力から力だけで逃げることは難しい。仮に抜け出せたとしてもその前に肩なり手首なり脱臼を起こしうる。


 そして彼女と管理局の間の距離は、最初見た時十数メートルあった。その距離差を作るには逃げ始める前に相当相手の体勢を崩してから逃げなければならない。そんな芸当ができる人物がこの世にどれほどいるだろう。




「さらに言えばブーツで管理局と同じスピードであったのもおかしい。しかも片方は速さ重視の下兵だった。

 何より…」



 道は上着の裾に取り付けられた米粒大の粒を取ってみせる。よくよく目を凝らして見ると楕円の長軸方向に無数の穴が空いていることが視認できる。




「こんな盗聴器を何故僕たちに付ける?」



 曙と光は目を丸くする。そしてそれぞれ探して自身の服の裾に同様のものが付いていることに気がつく。

 少女は戦闘を終えて気を抜いていた曙たちに、抱きついた時に道に、それぞれ絶妙な力加減で取り付けていた。


 証拠を提示し終えた道は、少女の反応を待つ。




「ふふふ…」



 少女は相変わらず艶美な笑みを浮かべている。

 少女のような甘さも、世間知らずな無垢な感じもそこにはない。彼女から発せられるのは、ヒエラルキーにおける高位が低位を見下すような凍てつく視線。それを受けて道たちは警戒する。




「頭でっかちな理論屋さんだとばかり思っていたけど、随分とクールなところもあるのね」



 一般人ではない、ということには言外の肯定を示した。しかしそれ以上には語ろうとせず、少女は道たちに背中を向けてスタスタと離れていく。細く伸びて背中で重ねられているその両腕から、敵意は感じられない。もう帰るようだ。


 少女は路地の交差点で立ち止まる。



「あっ!ちょっ…」



 曙が追おうとするが道がそれを手で制する。今はあまり深追いしない方が良いという直感を感じたのだ。




「大丈夫よ、またすぐに会えるでしょう」



 最後にこちらを振り返って、あたかも女王のような、優雅な笑みを見せると突如目の前に真っ黒なものが飛んできた。それも1つ2つではなく、道たちの視界を覆う。顔や体に打ち付けて来たので道たちは目をぎゅっと閉じてその何かが過ぎるのを待つ。








 数秒して視界が晴れると、そこには少女はいなかった。

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