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COEXISTENCE  作者: medical staff
第2章
51/51

50話 ダンボール

 


 東京と神奈川の県境。

 古風で簡素な木造住宅が所狭しと立ち並ぶ新人類の集住地帯、"贄床(にえとこ)"。贄床は本来この付近にある3つの市の一部を含めた地域名として用いられる。ただし、それが使われ始めたのはここ20年ほどからである。


 元々そこはエチルが管轄する化学工場やその従事者が住む一帯と隣接しており、新人類とエチルが衝突が絶えない場所として有名であった。そのため当時から新人類政府は、要注意地域として監視の目を光らせていた。


 10年前、七回目の新人類・エチル間の戦争として始まったシンガポール大戦。その火打ち石の役割を果たしたのが同じ地域であった。




「……今では"エチル唯一の汚点"とも言われてるが、なにが汚点だ………3日間で住民の約半分、3万人が何の建前もなしに、無差別に、女子供関係なしに殺された正真正銘の糞事件だ」




 道も自分が生まれる前だが、その事件については知っていた。エチルの汚点、と言われているのは本当にエチルらが新人類を殺しにかかった理由が不明であるためだ。

 しかし、その犠牲は当然無かったものとなるはずもなく、そこからエチル・新人類間の冷戦が温まり始めて最終的にシンガポール大戦へと繋がった。


 一説によればあの事件でエチルが発破をかけて戦争を起こし、それに勝って更なる圧政に持ち込みたかった、などとも言われている。ただシンガポール大戦は新人類の勝利として終戦したため真実は闇のままである。



「………まさか君はそこで…?」




 道は優に引っ張られながら尋ねた。



「ちょっと違ぇな。確かにあたしの生まれは多分贄床だ。だがその事件があった頃、あたしはすでにその地域には居なかった」



 それを聞いて道は首を傾げる。




「じゃあ、何故……」









「……あたしは赤ん坊の時一度あそこに捨てていかれたんだよ。実の親にな」



 優の、滾る湯を吹き出すような言葉に道は頭を殴られたような気がした。彼女の奥歯はそれを砕かんとばかりに強く噛み締められ、ギリギリと響く。その音は、彼女自身の過去の記憶を壊しているようであった。




「あの事件、"贄"が起こる前すでに兆候はあったらしい。それから事件が起こるまでの期間にかなりの住民移動が起きていた。


 そりゃみんな逃げるわな。だが問題が生じた。逃げるにも交通手段は限られてる。

 電車、バス、徒歩、まぁそんなもんだったろ。


 で、人々は考えるんだ。大勢の人と限られた交通網。どうすればスムーズに逃げられるか。その答えは本当に必要なものだけ(・・・・・・・・・・)持っていく、だろ?」



 優は、汚く笑った。




「住民らは、ある者は家宝を、ある者は金目になる物を持って逃げ始めた。






 ……あたしは両親にとっては必要のないものだったらしい。


 今でも、なぜかはっきり覚えてる。赤ん坊の時なんかろくに世界なんて見てやしないだろうによ。

 あたしは何故か外に出されてて、冬の叩かれるような冷気を直に浴びてるんだ。

 ダンボールのすえた臭いを肺に入れながら、ダンボール越しの人々の歩く音がコツ、コツとずっと聞こえる。

 見えるのは白みがかった水色の空。じっと見つめても何も変わらない空。太陽の光が目の前に溢れていき、チカチカと輝く。


 あたしは怖くなって泣く。腹の奥からワンワンと、でも、誰も来やしない」



 優がそこで急遽立ち止まる。

 優と道だけでなく、ほかの学生も進むのを止めて前の様子を伺っている。先方がなにかを警戒しているようだ。


 すぐに前の学生からハンドサインが伝達され、道たちはみな身を低くする。


 集団のすぐ前方に目指していた一般道がある。しかしそちらに出ないということは何かトラブルがあったのだろう。





「………あんたは言ったよな、あたしは生命が消えるのが怖いって。

 あんたは多分、あたしの態度からそう察したんだろ?」


「そうだな……それほどの戦闘力を持ちながら実践に所属していないのは不自然だった。

 けれど前線がピンチになれば必ず手を出している。そして感情的になる」


「あぁ、宵のやつか……奴は戦闘狂だからな。平気で面白がって人の命を棄てる。コロボウルヒのときは他の奴、特にお前がどう動くかを見てたんだろうよ。



 ただ、あたしは人が死ぬ、生き物が死ぬのが怖いわけじゃねぇ」



 小さな声で道に語り聞かせる。




「あたしは復讐したいんだ。

 あたしを捨てたクソ親を見返してやるために、自分はテメェらみたいなゴミ屑とは違ってな。


 あたしがこういうことに従事していながら最低限の殺ししかしねぇのも、医学部に入って人助けしてんのも、お前のいう通り中途半端な生き方してんのもな」




 道は黙って彼女の考えに耳を傾けていた。ひどく歪んだその意志を、それでいて強く、一本の矢のように真っ直ぐとした口調から語られるそれを聞き入れる。


 優の考えは、一般からみれば甘いものである。戦場という一刻・一瞬を常に争い、それを逃せばもれなく死の谷底を見ることとなる。そんな中で少しでも不殺、を意識することは間違いなく禁忌だ。それも技術や運でどうこうできるものではなく、背中に死神を背負っているのと同じくらいに。



 だが、それは結局のところ……




「僕たちと一緒だな」


「……は?」



 優は道の言葉に目を丸くする。




「境遇が同じくらい酷い、だなんて意味のない比較じゃない。


 僕が"糸"に入ったのと同じ理由なのさ。言っただろ?結城家の問題を」



 そう、結局のところ道たちの境遇と同じであった。

 結城兄妹と光、側から見れば強固な絆と愛情で繋がった関係、とでも捉えることができるかもしれない。しかし、それは虚像だ。実際にあるのは、脆くてボロボロな、見ていないうちに切れてしまうとのではと心配したくなるような、そんな結びつき。




「結城家と光は、だと少し違うな。あきはわからないけど、少なくとも僕と光は多分繋がっていないんだ。


 僕は今でも、光が背後からあきを、僕を刺し殺してくる幻を思い浮かべることがある。


 酷いだろ?命を救われているのに」



 道の告白が想定外であったのか、優は口を半ば開いたままなにも言わない。




「けど光がいなくなればいいとも思っていない。僕がずっと、彼女と一緒にいたい。彼女と話をし続けたい。彼女の笑顔を見ていたい。

 そういう思いはあるのに彼女から、影が消えてくれない。


 だから僕は一歩だけ進んだ。新人類とエチルの和解を目指す"糸"に入ることで、その目標に近づいたんだ」


「それは……あたしと違ってまともだろ…」


「違うな。君だってまともだ。

 君は自身が立てた意志に従って、君に与えられた権利で、君ができうる限りのことをして来たんだ。それの何がまともじゃないって言うんだ。


 それでも、親への復讐という名目で人の死を避けたり、人を治療することに抵抗するのが嫌ならこれから見つければいいだけ」



 道は首を振って優に支えられていた側の腕を彼女から外す。まだ少しふらつくようだが、もう支えがなくてもバランスは取れている。




「君が納得できる理由を。

 初めから高尚で解答例みたいな理由掲げて何かしようとする人自体、そんなにいるわけがないだろう?」





 その瞬間、ガガガガガガガガガガッ!!という掃射音が前方に鳴り響く。


 道と優は慌てて目を移すが、彼らの方には一発たりともやって来ていない。それに音源が少し遠く、自分たちより高い位置から放たれているのが分かる。

 木に遮られてちゃんとした姿を見ることはできないのだが、上空ヘリからの機関銃と思われる。



 緊張感が解けぬうちに、道の"糸"の端末が通信を知らせる。銃撃音とマッチするようなその着信音に、道は右手をポケットに入れて応じる。



「こちら番外」


「こちら絹。ついさっき、麻部隊が現地に到着して学生集団を上空から視認。近くにいた工作局を牽制しつつ、帰還援護するとの報告を受けた」


「了解」



 道はそれだけの応答で切る。どうやら銃撃しているのは味方のようだ。

 この長かった逃亡劇もいよいよ大詰めである。




「じゃあ、仕上げだな」



 目を少し伏せて、何かを考えるようにしている優を横目に、道は自身の端末で連絡を飛ばした。




「ちょっと頼みたいことがある」

















『なぜだ!?なぜだなぜだなぜだっ!』




 男は息を切らしながら森の中を走っていた。

 まさか作戦が失敗するなど彼は想像だにしていなかった。たとえ新人類が歯向かうにしてもそれは程度が知れている。本当ならば、今頃は都心の高級バーで、琥珀色の液体と艶やかな売婦の肢体を楽しんでいただろうに、と歯ぎしりする。


 公園で仕留め損ない、透獣のご援護をもってしても達成し得なかった。元々運が悪かっただけだ。そう自分に言い聞かせ、余裕がなくなった者特有の責任のなすり付けを考える。




「俺は悪くないっ!早く弁解しなければ…!」


「その必要は無いんじゃないかしら」



 突如、男の約十メートル先にあった木の枝が大きく揺れ、人が降りて来る。


 手を地面にもつけず、華麗に着地したのは一人の女。華奢な脚腰に細く伸びた腕、艶をもったネイビーブラックの髪だけを見れば恐るるに足りない。だが彼女の背中からは、その背丈と体幅では隠しきれないほどの大きな体剣がのぞいている。





「どけっ!貴様殺されたいのか!?邪魔するなら………いや、貴様先程の……」




「いやー 余裕が無くても最低限危険な人物くらいは見分けつくんすね」



 更に男の背後からもう一人現れる。

 金髪の、引き締まった体つきのその男は不敵に笑っている。しかし、その清々しい笑顔とは裏腹に、肩に担がれた彼の鎖鋸は枝葉の間をすり抜けてきた木漏れ日をギラギラと反射している。




「貴様ら……なぜ俺の場所が…」


「まあそれは俺の能力なんでちょいと複雑なんすけどね、誰が学生の集団から離(・・・・・・・・・・)れて逃げ出す(・・・・・・)のかさえ知っていればわかるんすよ」


「コロボウルヒの襲撃で混戦となっている中、学生が一人増えていても確かにわかるはずないわね。新入生が殆どだし。


 けれど少し貴方は動きすぎた」



 光は背中から大剣をゆっくりと抜く。そして体の横に構える。




「学生名簿盗難、リムーザに囲まれていると言うのに何故か投げ込まれて相手を刺激した手榴弾、最後には工作局が知りようがない山の裏側での待ち伏せ。内通者が学生の中に紛(・・・・・・・・・・)れ込んでいるのはほぼ(・・・・・・・・・・)確実(・・)


 で、新入生の顔を全て覚えている(・・・・・・・)人が気がついたってわけ」


「『そろそろ動くと思うから能力で見張っててくれ』ってすね」


「こんな事して……ただで済むと思うなよ…!


 俺のバックを知ってでの行動だろうなっ!?」



 男は唾を撒き散らしながら喚く。




「大丈夫っすよ。あんたがどこで合流しようとしてたのかは知らんすけど、この先は誰もいないっすから。

 リムーザの全部隊撤退、あんたは見捨てられたんすよ。だから……」



 男は絶句し、青ざめた顔を見せる。しかしそれも長くは続かなかった。


 男の後ろから急接近した光は、剣の背で相手の頸椎を打つ。絶妙な力加減で放たれたそれは瞬時に男の意識を刈り取り、沈黙した。




「ちょっと眠っててくれっす」




 男は殆ど世界の表舞台に現れてこない工作局、しかも破壊工作部の局員と思われる。情報源として捕縛するのが望ましい。そう考えた光たちは男を無力化することにしていた。







 陽哉はふうと息をつき、光に向かって手を挙げる。光は一瞬何か、と戸惑うが、すぐにその意図に気づいて陽哉の手に彼女の手を打ち合わせる。パンッ、と心地よい音とともに彼らの戦いが終わった。




「それにしても今回はひどい戦闘だったっすけど、こちらの死者は結局出てないんすよね?言い方は悪いかもしれないっすけど"不幸中の幸い"っすね」


「そうね……」



 光は少し物憂げに首肯する。陽哉はしまった、と自分の言葉を後悔した。

 彼らは道からの連絡で、彼が洞窟を抜けた先で何をして、どのような状態であるのかについて聞き及んでいた。命があるというだけでも陽哉は安心していたが、家族であり、並々でない想いを持つ光からしてみれば今の彼の状態が気がかりなのは当然であった。


 暗くなりかけた雰囲気に、陽哉がフォローを入れようと慌てて別の話題を考える。




「そっ、そういえば……さっきの頸椎打ち、光ちゃんうまいんすね!

 大剣って結構力加減が必要だと思うんすけど」



 彼の気遣いを知ってか、光もその言葉に頷く。




「ええ。力馬鹿、なんて道からよく言われるのだけれど、ほんっっっっと、不本意ね!

 ちゃんと私だって考えて戦ってるっていうのに」




 光は少し口を尖らせる。彼女にとってはそれほどに納得がいかないポイントなのか、大剣の腹を撫でながらぶつぶつと道への文句を連ねる。


 陽哉はその女の子らしいあどけない態度に微笑みながら適当に相槌を打つ。戦闘ではえげつない実力を発揮する彼女も、ちゃんとした少女であるのだな、と改めて認識した。


 陽哉は地面で転がっている先程の男を肩に抱え上げる。




「まあいいじゃないすか、古典的な技っすし。


 案外光ちゃんも五大流派とか始めたらいいところ行くと思うっすよ」



 さて帰るっすよ、と陽哉が先行して他の学生たちとの合流場所に行こうと促す。工作局のほとんどはいなくなったが、油断はできない。現在宵を中心として、非戦闘経験者組がいると言う一般道へと向かっている最中であった。




『それにしても……宵さんの最後の技…あれはやばいっすね』



 歩を進めながら陽哉は思い出す、最後の宵の斬撃。

 獣人に致命傷に近いものを負わせたそれは、偶然ではない。獣人も驚いていたが、それは彼も同じであった………伸びたのだ、彼女の剣のリーチが。それも数センチと言うレベルではなく、2倍、下手したら3倍というレベルでである。



 そのあとすぐに獣人を含めた工作局が撤退をしてしまったため、それ以上のことは分からなかった。が、その時生じた何か異質な強磁場や変な幻覚ーーー宵の位置がずれたようなーーーそんな感覚も、彼は感じ取っていた。原理は分からなかったが、もしかしたら道なら何か思い当たるところもあるかもしれない。陽哉は後で道と相談しようと心に決めた。




 一方、光は




『………私が……流派を…』



 ーーー陽哉の言葉を反芻していた。









 人がいなくなった森は普段のざわめきを取り戻した。落ち葉に垂れた誰かの血が固まり、乾燥して、まだ瑞々しかったその葉にパキッ、と割目を付けた。

ついに2章終わりです…!お疲れ様でした!

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