49話 恐怖
やっとかけました〜
言い訳は活動報告に書きます…
真の戦場は、殆どの時が静寂で塗られている。それは血が飛び散る類のものでも、精神的なものでも一緒だ。
自身も敵も動かない。戦場の掟は"敵を知る"、それに尽きる。策のない攻撃も、目的ない謀略も、その場しのぎでしかなくそれほど遠くない時間のうちに自身にツケが回ってくる。そうならないように戦士は情報を集めて冷静にその場に必要な最善手を打ち続けることが求められてくる。
連絡を受けて公園反対側の山面を、重機関銃のスコープ越しに睨んでいる透。彼女はその静寂を噛み締めていた。
少し前銃撃に成功して新人類らには十分な牽制になった筈だ。何人殺れたかと問われれば唇を噛む思いだが、少なくとも先頭を歩いていた者の腕を千切ったところはその目で確認していた。ギリギリ致命傷、それ以外は被射破片で重軽傷といったところだろうか。
それにしても、最初この出動をリムーザ本部から命じられた時は驚いたものだった。今回の対象は非正規の新人類軍事関係者、とのことだが、彼女はただの新米にも満たない軍事学生であることを知っていた。にも関わらず、作戦のAパート時点で既にエージェントの待機が急遽組み入ったらしい。一人か二人、本部が把握していないブラックフォースでもいたのだろうか。
……少なくとも、彼女はそんな存在を確認していないし当然報告もしていない。もう少し踏み込んで調べておくべきだった、と後悔する。
洞窟の入り口の真向かい、直線にして数百メートルくらいの崖淵で移動固定式重機関銃"ミリオン・ポレオ"とそれに体を密着させている彼女の姿は、新人類側からは視認できない。
彼女の能力【波長再現】は、身体背後から浴びた波長の光を認知・吸収し、自律神経を介して身体前面の表皮細胞から再現放出することでその身体があたかも光をすり抜けたかのように観測させる。こうして得られる擬態は、目前から見られれば多少不自然に思われるが、機関銃遠射程では人の目で判別がつかない。機関銃自体も感光性の擬態機能を備えている。
『さて……どっちに転ぶかしらね』
黙って洞窟の中に篭っていれば透獣局員が到着でエンド、飛び出せば蜂の巣、ボードゲームなら両手を上へ挙げる頃合いだ。
追い詰められた猿が、どちらを取るかーーー
『…ふふ。』
選択は後者であった。
ひとりの男、と思われる学生が飛び出してくる。
一瞬、走って逃げようとしているのかと勘違いするようなスピードで洞窟から飛び出すが、すぐさま地面を擦るように急ブレーキをかける。
立ち止まり、身体を透の方へと向き直す。がっちり足を地面に下ろし、恐怖を感じさせない毅然とした様子で睨めつけている。
ーーーそして、男は目を瞑る。
『命乞いかしら?』
しかし、たとえそうであろうとなかろうと彼女には安っぽい同情も、歪んだ正義感も持ち合わせていない。
ここは戦場。ただ目の前の敵を一人でも多く殺し、隣の仲間を一人でも多く助ける。それだけで成り立つ世界。子ども、おとな、男、女、関係なくその体液を散らすためだけの世界。
透は引き金に指をかける。
『さよなら』
銃口から火が吹き始める。
横に飛び散る空薬莢。機関銃の固定台から地面を伝う振動。硝煙がバックファイアの光を濁らせて灰色の星空を作る。
ーーーだが男には一弾さえ達していなかった。
『なっ!?』
こちらの姿は、男から見えていない。
最初の狙撃から大体の位置は割り出せるかもしれないがどこにいるのかまでは推測しようがないはずである。
それに固定型の重機関銃の銃弾を弾いた技量。男の腕の動きから殺糸を使ったのだろうが、あまりに速すぎる。撃つ時にその反動が受けきれないほどのエネルギーを持つために固定式にしているのだ。そんな火薬筒から出される鉄球は目で見えるかさえ怪しい。
それをことごとく弾丸側面を殺糸で擦ることで、自分の体に達する前に軌道を変える。少なくとも並の人間の所業ではない。
「奴は…一体……」
スコープ越しにその顔を見る。
ーーーそして同時に、2つの驚きが生じた。
洞窟からもう一人が出てくる。透は男に注目していたため、反応が遅れる。
出てきたのは女。栗色の髪をなびかせ、洞窟出口付近で立ち止まる。その眼は、スコープに覆われている。
斜め上に、真っ直ぐに透に向けられた銃口の中にはっきりと覗くそのライフリングは、完全に透が標的化されていることを示している。
迷いなく、引き金に指が掛けられる。
「……っぱ信…らんねえな……」
微かな声を、空気が運んだ。
指が曲げられ、鋭い発砲音と共に弾が飛び出す。
発射された3つの超高速弾は、太陽の光を浴び纏いながら大空を裂く。
鈍色には見えない。虹色に輝いている。
その一発は衝撃波で透の肩を切り、残り二発が"ミリオン・ポレオ"の銃身と固定台を破壊する。
飛び散った残骸がバラバラと地面へと落ちる。すぐに擬態機能も無くなり、黒のガラクタへと姿を変えた。
「っ!ちぃっ!」
透はガラクタからスコープを引き抜いて握り、全体を俯瞰する。
洞窟からは溜まっていた学生らが一斉に飛び出す。局員らは十分に到達しておらず、一点突破で逃げられるのは明白であった。木々の間を走り、土埃をあげ、透の視野から消えていく。
ムクドリの小さな群れが、その上空を飛んでいく。
透は切られた肩を手で当てながら肩を落とした。しかし、呆然とその様子を眺めてながらその口元に笑いを滲ませていた。特に最後の…男の見知った顔を思い浮かべながら。
「さて、どうするかな……」
地面にバネとかえしのついた針で止められている固定台も、上部分が破壊されてしまった為引き抜けず持ち帰るのも面倒そうだ。と言ってもあまり現場にガラクタを残すと後々処理が必要となる。
とりあえず、と彼女は相方に無線を飛ばした。
「走れ走れっ!!
北東の一般道から市街に出る!そこまで踏ん張れ!」
道たちは上級生を先頭に、山の中を突き進む。乾いた土とわずかに落ちた浅緑色の葉が蹴られて舞い上がる。それが汗ばんだ顔や腕にベタッと張り付く。
既に集まりつつあった破壊工作部の局員数人のグループとかち合うが、その程度では足止めにはならない。同じく数人の学生が向かい合い、その後ろをほかの学生が体を小さくして駆け抜ける。鳴り響く銃声にも、金属同士がぶつかり散らす火花にも意識を飛ばさずに、ただ一心に進み続ける。
「那月ちゃん 大丈夫?」
「ああ、曙すまない、心配かけて。
でも水燃料もここまであまり使ってなかったからまだ走れるし、いざとなれば大気中から光反応で作ればいいだけ」
「ならいいけど…無理そうだったら言ってね」
車椅子の那月は水燃料バッテリによる自動駆動で周りの学生と走っている。ガタガタとした山道、決して走りやすいわけではなく、時折大きくその車体を傾けることもあるがその辺りは那月自身も勝手知っているようであった。このままいけば問題ない。
業物取得まで至っている優は勿論、曙をはじめとする生産やほかの戦闘未経験者も付いてきている。怪我をした陸島も上級生に肩を担がれつつ同じスピードで移動している。しかし……
「それにあたしよりも……」
「うん。
兄、やっぱりふらふらしてるよ!」
「………あぁ…ちょっとだけだ…」
「それさっきも聞いた。ほら、肩貸すから」
「……まだいいから」
道はこの調子であった。
一応足は前に踏み出してはいるものの、どこかおぼつかなく不安定で時々よろけかける。目も焦点がどこかあっていないようにも見える。道は助けを断るが、周りからすれば安心できるものではない。
「…おい、腕貸せ」
「………いいって、別に…」
「お前が根拠のねぇ遠慮とかしてるのが異常なんだよ。もともとあたしの策に乗らせたんだからここで借りは返させろ」
優が無理やり道の腕を自分の肩に回して彼の体重を支える。道はそこまでされると流石に諦めたのか、優になされるがままに体から少しだけ力を抜く。
優の作戦は、道の銃弾弾きを利用した敵スナイパー位置の特定であった。
敵が恐らく何かしら、こちらの視覚を誤魔化すような能力を持っていることは推定していた。つまりは実体はあるわけで、あとは場所が特定し、敵の隙を作ることができれば優が"黒獄"による狙撃でダメージを与えられる。だが、その為には視覚に頼らず、敵の位置を知らなければならないのだがそれを可能としうるのが道であった。
道が公園広場での包囲射撃で見せた銃弾を弾く神業。原理こそ優には分からなかったが、あれがもし機関銃でも使えるのならと彼女は考えた。
銃の特徴は弾がまっすぐに進むこと。つまり撃たれる側としては弾丸の射入角度だけで、弾丸軌道を知ることができ、さらに狙撃者の位置が半直線上に示される。もし弾丸軌道が二本存在すればその直線の交点が敵の位置、ということになるわけだ。固定式機関銃ならば尚更だ。
道が銃弾を弾けば、当然その弾丸は地面に残る。そして弾いていても弾丸の軌道の2次元情報は手に入る。優はそれを観察することで頭の中で組み合わせ、敵の位置を導き出していた。
この作戦自体には非はない。あの状況でさらに怪我人が出ずに脱出できたのは本当奇跡としか言いようがない。だが、彼女は道の能力を知らなさすぎた。
「ここまでとは思わなかった。済まなかったな」
優が藍色の罪悪感を含んだ溜息をつきながら小さな声で謝罪する。
「……君が謝ることは無いだろ。僕が君の作戦に乗っただけだ」
「だが、救援が来てる最中なんだろ?
あの中で待つ手も……」
「無理だな。いつくるかわからない支援を待って蜂の巣にされているのが明らかだ。
それに糸の本部隊だろうと見えない敵にどう戦う?僕と君がタッグを組むのがあの場の最適解だよ。
僕だって死ぬわけじゃないしな」
道は乾いた喉を震わせるように言う。そして
「だから、君が嫌う事態にはならない」
「………へぇ、そりゃどう言うことだ?」
道の言葉に、急遽顔色を変える優。体にまとわりついていた汗が一気に冷めていく。
「優、君は命が消えるのが怖いんだろ?」