5話 前触れ
墓参りを終えた道たちは北区3番地のカフェ『トバリバリ』の中にいた。
墓地の隣にある公園周囲で次の予定まで一休みしようと店を探していたところ、この店名が目に入ったのだ。店員さんに店名について聞いてみると、どうやら店長の名前が帳のため命名されたらしい。それを聞いて曙は大爆笑していた。
「光姉、学校説明会って何時からだっけ?」
「確か15時からだったかな?」
「ああ。そうだよ」
曙はじっと座っているのが苦手だ。光に今日何度目かの予定の時刻を聞いては貧乏ゆすりしている。光から回ってきた確認に道は頷いた。
次年度から道たち3人は東京にある新人類の最高軍事教育機関、東京新大学校に通い始めることになっている。今日はその学校説明会の日であった。
はるか昔は滝を登る鯉のように一定のカリキュラムを地道にこなして学校に入ることが出来たようだが、エチルが世界支配をしている現在ではそんなシステムはなく、基準以上の実力さえ示せば誰でも入学できることになっている。
それでも結城家は奇特な新入生かもしれない。平均年齢が20以上であるのに対して、道と光は17歳、曙に関しては15歳である。今年の最年少組となるだろう。
「ねえねえ!暇だからさ!ピクリン酸ルーレットやらない?」
「店吹っ飛ばす気か」
そういうことを平然と公共の場で言わんでくれと道は思った。周りからサイコパスか無差別テロリストと勘違いされたらどうするのか。
ちなみにピクリン酸ルーレットとは爆薬にも使われるピクリン酸をどれか1つに含む、計7つの結晶を順に加熱していくゲームである。勿論道たちもやったことなどなかった。
道はため息をついて、正面で曙とおしゃべりしている光を静かに見やる。
曙と話すときの彼女は快活な表情を見せる。普段クールに気取ろうとしている分余計に、その端正な顔立ちが美しく映える。またそれと共に彼女の深いネイビーアッシュ色の髪が少しだけ揺れる。
深海のようなその色合いは本来、新人類には見られないものであるが、隣にいる、黒のショートヘアと少しだけ幼さの残った可愛らしい顔を覗かせる曙と並ぶとまるで本当の姉妹のようだ。
いや、血も種族も違くとも、道たちは光を家族だと、兄姉妹と思っていた。
彼女に命を助けてもらったことは間違いないし、彼女の怪我の治療を終えて3人だけで過ごした山小屋での5年間は、道たちの間に多くの思い出を残した。彼女の「光」と言う名も、記憶を失った彼女のために道らが考え出したものだった。
既に家族と同等の、いや家族以上に強い絆で結ばれた彼らは何も言わずとも互いに助け合い、協力し合う関係となっている。
なのに道はふと見た時、光をエチルだとして心を黒くする自分が稀にいることを知っている。
『自分でも最低な男だと思う。命をかけて守ってくれた相手に、親殺しの種族を重ねているのだから』
あれからずっと払拭しようともし切れなかった固定観念。それに悩まされながら足踏みして、道は心を変えられずにいるーー
気がつくと目の前で光が恥ずかしそうに顔を赤くしながらこちらを見ていた。
「何?レディの顔をジロジロと見て。もしかして変態?」
どうやらずっと見つめていたらしい。
道もちょっと恥ずかしくなったので光の毒舌には応じずに店内を見渡す。繁盛していると言えなくもないちょうどいい客数で、落ち着いた雰囲気が漂っている。
カウンターでは店名の由来にもなった帳さんらしき薄緑髪の人物が、新人さんに仕事を教えているようだ。その新人さんが失敗すると、ホールにいる女の子が少しだけ笑う。
芳醇な香りのコーヒーを口に運びながら、またここに来るのもいいかもなと道は思った。
「道、あれ」
光が窓の外を見ながら少しだけ緊迫した声を掛けてきた。道がその視線を辿ると向かいの歩道をショートパーマのかかった桃色髪の女の子が走っており、その十数メートル後ろには白色の制服を着た2人の男が追いかけている。
「物騒だな」
「うん、普通じゃないね」
曙の言う通り、追いかけている男たちは一般市民ではない。ただならぬ事態が起こっているようだ。
その時ちょうどカランという音と共に1人男性が入ってきた。待合がいるのか、店員を待たずにスタスタと中に入ってくる。
「おい、さっき向こうのとおりでよ。今日の強盗らしき女が管理局に捕まっててよ」
「マジかよ!あのコンビニのやつだろ?」
「ああ、なんかバックに包丁が入ってたかなんだかで」
そんな会話を横耳で聞いた道は少し顎に手を当てて考えると、会計伝票を持ってすっと立ち上がった。
「出よう」
勘定を済ませに行く道の後を慌てるように2人も続く。
店内の奥の席から、そんな3人の様子を眺める1人の男がいた