48話 透獣
ここから一気に2章片付けに行きます!
伏線もめっちゃ貼って行きます!(回収できるのか…?)
「ぐっ……!」
陸島は勢いのまま体勢を崩す。
彼には一瞬何が起きたのかわからなかった。ただ光る飛翔物が目の端に捉えたと思った次の瞬間には、その身体に強い衝撃を感じていた。
「おい、これは…」
誰かが唖然と呟く。が、寸秒も待たずに頭を殴られるような破砕音が辺りに鳴り響いた。
つい先ほどまで陸島が立っていた地面と入り口付近の岩壁が次々と抉られる。ひと山を支える強固なそれが、まるで水に浸されたままの豆腐のように次々と砕かれていく。
蜂の巣状に陥没を作りながら、その周囲には破片が撒き散らされる。岩壁を砕くのに使われたエネルギーの余剰分を殺人的速度に変えて学生を襲う。
その中のひとつの礫が、道の頬を掠める。
「くっ!!」
「はあぁっ!!」
思わず防御体制を取るが、その前に腕をもがれたはずの陸島が動き出す。
崩れかけた体勢を、体幹の力で無理やり引き起こし千切れていない左腕の手掌を大きく開いて地面に叩きつける。
すると叩きつけたよりも出口側の地面が盛り上がる。反作用ではない。そう言い切れるのは、盛り上がった地面は重力に逆らい、空中で静止したからだ。
「 "砂鎌首"…!」
突如出現した土の壁が飛び散る礫と人とを隔絶する。
激しく銃弾と衝突する音は聞こえるが、陸島によって作られたその壁は崩れるどころか、衝撃さえ微塵も感じさせない。鋼鉄を練り上げた巨大な城門のようだった。
周りが静かに陸島の頼もしい背中を見守る。次第に衝突音が消えていき、ついに数分前までの洞窟に戻った。
「救護班!!」
「はいっ!!」
「………」
銃撃が止むと、陸島はその場で膝をつく。地面から手を離し、それと同時に土の壁もガラガラと崩れ落ちた。
幾人かの学生が狭い通路を、さらに狭くしている学生の間を通りながら陸島の方へ向かう。優ももれなくその一人だが、静かに、そちらに向かう。道は彼女の表情を見ることができなかった。
ppppppppppp
ちょうどその時ベルが鳴る。が他の学生が気づいていない。誰の端末であるかは明白だ。
道はおもむろにポケットに手を入れて着信を受ける。
「もう山から出たか?」
「いや、生憎暫くは出れそうにない」
「どんな状況だ?」
「学生のグループは2つに解体、片方は恐らく破壊工作部と全面衝突、もう片方は重機関銃で一名右腕欠損だ」
「今回の状況で想定できる限り最大の最悪だな」
絹は感嘆するように言った。道はそれを聞き、あまりに軽率で他人行儀な態度に少し心を苛つかせる。
しかしすかさず絹は続ける。
「いい知らせと悪い知らせだ。まず前者は、すでにここから情報が新人類政府に流れ込んでいることで我々の出動が許可された。現在西区5番地に向けてすでに麻の実戦部隊を飛ばしている」
つまり現在の状況はいずれ世間に筒抜けになるだろうということだ。それを聞いて道は安心する。この事件が社会の裏側で朽ちゆく枯れ葉とはならずに済んだようだ。
「それは良かった。じゃあ後者は?」
「エイジェントが動き出した」
「エイジェント?」
聞き慣れない言葉に、言葉をそのまま返す。
「ああ、簡単に言えばリムーザの幹部…いや、正確には幹部の直属、と言ったところか。今回出張っているのは透獣だ」
「透獣……」
そこで道はハッと気がつく。破壊工作部の会話を盗聴していた時に確かそのような単語が出されていた。
「どんな奴だ?」
「いや…それが残念ながら情報が少なくてな。断片的な特徴しかわかっていない。
まず一人目は…」
「まさか複数いるのか?」
「エイジェントが全部そうという訳ではないがこいつに関してはそうだ。
一人目は獣人族の大男で、俊敏かつ素手で戦う近戦特化だ。主に沖縄に伝わるケトゥン流を使うと言われている。
あと2人目だが…一人重傷と言ったな。その銃撃は連射か?」
「ああ、それも岩石を蜂の巣みたいにするくらいのな」
道は横目でその惨状を見ながら答えた。陸島はその額に汗を滲ませて優の【神の涙】で治療中のようだが、どう見ても粉々となった右腕は戻りそうにない。
「なら恐らく奴だ。
能力は不明。設置型の重機関銃を使う狙撃手だ」
「設置型だと?そんな大きなものを運んで丸見えじゃないのか…そもそも能力が不明とはどういうことだ」
「簡単な話だ……誰もそいつを見たことがないんだ。
獣人のエージェントが現れる戦場には必ず参上していつも後方から機関銃で掃射してくる。そこにいた戦闘者たちは銃撃されていることはわかるが、どこから撃たれているかが分からないと言う」
「それで透か…」
「ふふ…君はどう思う?」
「普通に考えれば透明な人間と透明な銃を作るよりは透明と思わせるトリックを作る方が簡単だろうな」
端末越しで、絹が小さく吹き出すように笑った。
「話は済んだのか?」
「で、どうだったの?」
端末を切ると、すかさず那月と曙が尋ねてきた。
「部隊の指揮官クラスが来ている。外にいるのはそのうちの一人だそうだ」
そう、状況は絹の言葉通り最悪であった。
敵が使っているのは連射式の、本来なら厚い装甲に覆われた部隊戦車などを貫通するためのヘビーマシンガン。いくら走って躱そうにも掃射されて終わり。広場の時と同じようにはいかない。
かといってここで待っていたら連絡を受けた別部隊を歓迎しなければならない。進むも待つも、地獄。
それに問題はそれだけではない。
「………」
「兄?ねえ大丈夫?」
「ああ、僕の心配はいらない。やるべきことを考えていただけーー」
「なあ」
道は突然背後から声をかけられた。
彼の後ろには、相棒の銃身の傾きとボルトを確認しながら立っている優がいた。その表情は、乾き切った粘土のように乏しい。それは尋常ではない集中を意味する。
「お前、広場でやったあれ、さっきの機関銃で何発できる?」
「……恐らく、僕の精神が切れるまでかな」
「兄!!」
道はなんとなく、優がこれからやろうとしていることを想像していた。そのため自分の限界を正直に伝える。
が、同時に察した曙が割り入る。
「ねぇ!それは緊急時以外使わない約束でしょ!?それにさっきだって…」
「あき。今は十二分緊急だ。それに一日一回なんて制限はない」
「でも……無茶だよ…」
「…確かに、無茶・無謀という概念はこの世界には存在する。だけど僕はこれがそうだとは思わない。
だって、僕がこうしない限り前に進めないからな。真っ当に生きてる限り、それはただ単に超えるべき壁にすぎないだろ?」
顔に二重三重もの皺を寄せた曙の頭を撫でてなだめる。道の言葉を聞いて曙はより一層心配を滲ませるが、道はそこで言葉を切って優に向かい合う。
優は曙の突然の剣幕に、珍しく不穏な表情を浮かべている。しかし、優は恐らく道を信じるだろう。彼のいう通り、これ以外の方法はない。
道は目を閉じ、体を弛緩させる。そして再度緊張に戻す。
「じゃあ、始めようか」
「ああ」
道は上級生に作戦を説明する。これからするべきことを整理して、簡潔に作戦を伝える。
その様子を優はぼんやりと眺めていた。先ほどの道の言葉を、心の中で反芻する。
『……越えるべき、壁ね』
「ーーーおい」
「何?」
優は、説明最中の道に突然声をかけられた。
「これからが本番なのにそんなぼんやりしていて大丈夫…」
「さっきも大丈夫っつっただろ。で、何だよ」
「ならいいけど…あまり気にするほどのことでもないけど説明でちょっと気になってな。
君のその"業物"の名前は?」
道の質問を聞いた優は久し振りに薄い笑いを浮かべて、口を小さく動かした。
「"黒獄"だよ」
獣人のがっちりと固められた握り拳が鼻の先を掠る。
ワンステップだけ後退し、すぐさま重心転換。陽哉の鎖鋸が右上から振り下ろされる。
対する獣人も体をねじって回避。しかしその隙を光と健太郎が高速接近して打ち取りに行く。
それでも獣人の猛攻は止まらない。左脚を軸に、右脚で空間を一閃。
ーーー目で追えていないはずの光や健太郎の攻撃に合わせて、足背が剣腹を叩いた。
バランスを崩した光と健太郎。獣人は健太郎の方にその巨腕を伸ばす。
その前に陽哉がそのフォローへ向かう。獣人の腕が動く軌道に鎖鋸を持っていき、牽制するとそれを察知した獣人が飛び退いて3人から離れる。
このようなヒットアンドアウェイを繰り返して十数分が過ぎていた。3人がかりで対応しているのにも関わらず、光たちは体力の限界が近づいていた。一方、獣人の方は自身の太腿を強く叩いて咆哮を上げている。
「はぁっ……なんだか妙ね…」
「ふぅーっ……そうっすね、最初はもっとガツガツ来ていた感じだったっすのに今はなんかこっちの出方を待ってるっていうすか……」
「ああ…舐められているのか、それとも何か理由でも……」
獣人の攻撃は相変わらず、一部とはいえ新人類やエチルと共通した遺伝子を持っているとは思えないほど脅威的であった。が、何か一番最初の攻防戦とは違う様子であった。
少なくとも自分たちを本気で殺しに来ているという感じではないというのが彼ら3人の一致した意見だ。かといって何もしてこない訳ではない。単調な攻撃こそくるのだが、まさに単調という類のものである。それ以外は光たちの攻撃をいなすだけであった。
「といっても、これ以上はどうしようもないんすけどね…」
陽哉が珍しく、弱音を吐く。
光もそれに便乗しかけるが、辞めて弱音ごと息を吐き切る。そしてもう一度大剣を強く握り直す。
『勝てなくてもいい。時間が経てば非戦闘組もあきも那月さんも優さんも…何より道もこの魔獣の死骸と人血で塗られた山から脱出できる。それに救援が来る確率も上がっていく。それだけで十分』
また一合交えるため獣人の目を見る。その時
「ふふ…よく耐え忍びましたね」
視界の端に白銀の風が舞い上がった。
ゆっくりと、確かな足運びで横を通り過ぎていったのは居刃宵。血が地面を汚すこの戦場においても純白を保ちながら闊歩するその姿は、まるで彼女の周りだけ別世界になっているかのように感じられる。
だが、そこに優しさはない。全くない。何かあるとすればそれは、極北の地に降り注ぐ猛吹雪の中で凍りついた一輪の華。
「ここは私が引き受けますよ……もう他も終わってしまったので」
その言葉にハッと気がついたように光たちは周りを見渡す。
そこは戦場ではなくなっていた。何故なら誰も戦っていないからである
ーーーあるのは、襲いかかって来たはずの破壊工作部の局員らの死骸。死屍累々としたその光景は3人の度肝を抜いた。彼らが集中しすぎていた、という問題ではない……その光景が作り出されるのに、あまりに早すぎるのだ。
「さて、残るは貴方だけですが……我らを"猿"と呼ぶ貴方たちの残機が、よりにもよって獣人とは皮肉が効いていますね。
今からでもお山に戻って洞窟の奥底でひっそり暮らしてはどうですか?"猿"」
宵は蜂蜜色の笑みを浮かべて、甘くない声色でそう挑発した。
獣人が、先ほどまでと雰囲気を変える。抜けていたはずの殺気がまた立ち登り、その全てが宵に向かう。挑発が効いているというのもそうだが、光はそれとは別に、彼女にとっても馴染みのある類の怒りが混じっているように感じた。
「本当はこんなことしている時間はないかとは思うのですが…今日は気分が良いですから、少々遊んであげましょう」
そう言って、腰に携えた柄と鞘に手を掛ける。
獣人は地面を蹴る。宵との距離を縮めて、手刀を構える。
宵は動かない。そのまま獣人が来るのを待つ。
獣人が渾身の力を込めて手を宵の首元に振り下ろす。この時もまだ宵は動かない。
取ったーーーそう獣人は錯覚した。しかし手応えは一切なかった。
宵は獣人の手刀が振り下ろされた場所より2歩も後ろに立っている。宵は抜刀する瞬間だった。獣人が目を見開く。
しかし動きを止めずに、宵の鞘の長さから剣長を推定して後退する。当たらないはずの位置まで……
「だから言ったんですよ……頭が"猿"だって」
獣人の体が、深く水平に切り込まれた。
その中から吹き出す鮮血は、遠く離れた位置に立つ宵の髪を濡らすことなく地面を汚した。