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COEXISTENCE  作者: medical staff
第2章
48/51

47話 獣人

さて続きです

あと2章何話になるのやら…

 突如襲った、風船が弾けたかのような打擲は光のがら空きの脇腹を遠慮もなくねじり飛ばす。

 抵抗もできず飛ばされる。防御が間に合わなかったため、その力は余すところなく光の身体を破壊した。無理やりこじ曲げられた背骨が悲鳴をあげる。



 光はそのまま、岩壁に叩きつけられた。




「っ!、がはぁっ!! はぁ、はぁ…」



 一気に吐き出される空気。それと一緒に込み上げてきた鮮血。それが光の服に飛び散る。


 きしきしと鈍く響く椎骨と燃えるような皮膚の痛み。横目で確認すると、服の上からでも内出血による青あざが広がっている。受傷直後にも関わらず酷いものだ。もしかしたら内臓もやられているかもしれない。



 口を雑にぬぐい、ふらふらと立ち上がる。地面から視線を上げようとするが、その前に大きな影が光の影に重なった。




「っ!!ぐぁっ!!」



 反応が一瞬遅れ、そのまま胸倉を掴まれ持ち上げられた。女性なりの体格とはいえ、片手で軽々と持ち上げられるほど光は小柄ではない。

 ーーー相手が大きすぎるのだ。



 相手の顔を見る。しかしそこには人の顔はなかった。

 高く前に張り出した鼻背に、夜行性動物に特有の赤く光る瞳、顔の周囲を覆う硬く張りが強い黒体毛。口元はわずかに人らしさを残しているが、全体的には類人猿に近い。


 その頭を支える太い首の下には、さらに大きな体躯が漆黒の服の下に見られる。筋骨隆々とした肩や腕の張りは敵の剛健さを伝えていた。




『獣人類ね…』



 光は朦朧とした意識の中で事態を把握した。


 獣人と呼ばれる種族がいる。名前の通り、ヒトと動物の両方の性質を持つ生物である。その容姿は様々であり、人に似ている者もいれば、動物よりの場合もある。そして動物でもその種類によって犬に似ていたり、鳥の時もある。

 ただそれでも共通していることがある。彼らは基本、ヒトと動物のパターンを使い分けられることだ。それは能力ではなく体質であり、ヒトの時は外見、思考、肉体の全てがヒト寄りになって、動物の時は逆に動物寄りとなる。



 今目の前にいる男、いや正確には男に見える獣人は動物のパターンを示している。この戦場で脅威であった光への攻撃を選択する若干残った理性や、下化粧のように薄っすらと見えるヒトの顔貌を保ちながら、肉体はヒトとしての限界を超えている点は特にそうだ。普段どんな顔貌であるかは想像もつかないが。




 光は自身の胸倉を掴んでいる獣人の左手に力を込める。が、まるで木の幹に手を掛けているようだった。ビクともしない。


 地面から2m以上高い位置にある眼が光を捉えたまま、彼女を掴んでいない右手を引き下げる。その腕には力がこもり、黒衣の上からでも分かる怒張した皮静脈が蛇のように浮き出た。





『…まずいっ!』



 このままではただ殺されるだけだ。そう確信した光は靄がかかっていた意識を覚醒させる。

【狂戦士】を使い、蹴りのために体幹に力を溜め始める。しかしただ蹴っても時間稼ぎがいいところだろう。相手がそれで離してくれるほど軟弱とは思えない。



 ただ、それでもタイミングは訪れた。




「ふっ!!」


「おぉぉっ らあぁぁぁあ!!」





 視界にかかった人物を確かめて光が身体を捻り、足を振りあげる。


 狙ったのはオトガイ。衝撃を与えればたやすく脳震盪を引き起こし相手の動きを止める類人猿の急所の一つ。軸足が浮いてしまって威力は失われている上、簡単に躱されるだろうがそれは問題ではない。



 同時に獣人の背後から同時に切り込んできた陽哉の鎖鋸。攻撃のタイミングを合わせて挟み撃ちにする。




「ッ!!」



 獣人は自身の背中に鎖鋸が振り下ろされるより前にそれに気づき動き出す。


 光への攻撃を途中でやめて急旋回、鎖鋸の攻撃範囲から外れて陽哉と向かい合おうと身体を回す

 ーーー陽哉との間に光を滑り込ませるようにして


 急激な体位変化で光の脚もぶれる。その健脚は獣人の顔から少し右にずれ、空を蹴った。


 獣人は表情を変えず、目の前で仲間に斬られゆく憐れな子羊をその後の惨状を思い描きながら腕を振るう。光を盾にして、陽哉の鎖鋸を防ぐように。




 普通であれば光は盾としての役割を果たして、かの道と曙を護った日と同じ運命となるはずだった。


 しかし、今回斬り込んできたのは陽哉・・だった。





「ッオォッ!?」



 獣人が始めて人らしい反応を見せた。

 陽哉の鎖鋸は獣人の動きに合わせてすでに軌道を変えていた。その剣先は獣人が光を掴む左腕の前腕部を捉えている。



 綺麗に並んだ鎖鋸の小刃。それが一列のまま一斉に走り始める。



 その剣重はもちろんのこと、陽哉の全力の一振りは何十tもの重量と豪気を纏って肉を削った。

 前腕を覆う黒衣の袖とその下に生える黒の体毛が血で汚れ濡れ光る。




「ふっ、う!!」



 胸倉を掴む力が弱まって隙が生まれる。光は蹴り込んだ勢いのまま身体を捻り、魔の手から逃れる。



 そしてすぐさま落としていた大剣を拾い上げて獣人と対峙する。

 獣人は腕から出血はしているのだが痛がる素振りさえ見せていない。爛々とこちらをにらめつけてくる朱殷色の眼の玉は不吉を凝集させたかのような、不気味なものであった。只者ではない。




「ありがとうございます、陽哉さん」


「いいっすよ。光ちゃんに怪我なんて負わせたら兄貴の方に磔にされそうっすからね」



 陽哉は眼前の敵から目を離さず答えた。光も同じく、獣人の一挙手一投足を逃さぬよう注意を払いつつ頷く。


 陽哉の【捕食者(ラプチア)】だからこそ獣人の動きを先読みした、斬撃の軌道変更が可能であった。光が蹴る向き、獣人の旋回タイミングとスピード。それらを計算し尽くした彼の後出しジャンケン(・・・・・・・・)に初見で勝てる道理などない。




 短く言葉を交わしているうちに獣人が攻撃を再開した。体重何百キロとありそうな巨体が、光たちとの間にある十数メートルもの距離を疾駆する。その跡には腕からの流血で深紅の線条が描かれる。



 逞しい右腕がまっすぐと突き出される。陽哉は事前に予測はしていたが、あまりの急加速に追いつけず紙一重で回避する。


 続いてその腕が水平に薙ぎ払われ、負傷した左腕も敵を捕まえんと手の平が開かれて差し迫る。


 光は下手に隙を見せぬよう、猛攻を大剣の腹で凌ぐ。足を後ろへ引いて後退する。

 そして余裕ある時のみ打ち込む。


 それを躱されてさらに距離を詰められる。




 その時、光と獣人の間に大剣(・・)が現れる。


 獣人も少し目を見開くが、動きは止めず警戒をしながら大剣を潜って避ける。高速で回転する鉄塊は頭上を通り過ぎようという時、それは人の手で止められる。




 "壱の伝承 隠次(おんじ)の攻"



【全心】で投げつけた大剣に追いついた健太郎。彼は獣人の斜め後ろで鉄塊トルクを止めて、大剣を獣人の脳天めがけて振り下ろす。


 視界の外から、不意打ちで、であったが先ほどの負傷を反省したためか、獣人はこの時の健太郎の動きに適応してきた。振り返り際に大剣を手掌裏で弾いて、同時に中段蹴りで健太郎を牽制しておく。




 3人は一度下がり、息を整える。埒があかないとはこのことだろう。




「こんな時道がいてくれればよかったんすけどねぇ」



 陽哉が呟く。

 光も心の中でそれに少しだけ同意する。しかし、すぐにその考えを馬鹿らしいものとして捨てる。




『私が道を頼ってばかりでどうするのよ…』



 いつでも助けてもらうのは、光にとっては御免だった。

 光はいつだって道の強さに、その振る舞いに追いつこうと足掻く。それは彼女にとって彼が尊敬の対象であり、家族であり、かけがいのない存在であるからだった。


 こんな時、道ならどうするのか。それを思い巡らせる。光がいつも見てきた道の後ろ姿。それを今の自分に投影する。




 そうして、また一歩光は踏み出した。



















「おい!あれが出口じゃないか?」


「長かった〜」



 道の前の列からそんな声が聞こえた。その情報は各個人が増幅器であるかのように徐々に波及して、ひと塊りの安堵となって学生の心に余裕を植え付けた。集団心理に反発するかのようにそれが一層道の警戒を引き上げた。


 エチル政府も人材の数は有限だ。ここまで追いかけられることはまずない。そう思いはするのだが…




『これで本当に終わりだろうか…?』



 そう思って出口の方を見てみると、それは大きく開かれた狼の口のようにも感じられた。天井から鋭く突き出した氷柱状の岩や結露した地面の水溜まりが、残虐な牙や欲望に富んだ涎のようにも見えた。


 そこでふと、隣を見て道は気がついた。





「…どうしたんだ?」


「…何がだ?」


「いや……やけにぼーっとしていたからな」


「いや 気のせいだろ」


「………そうか」



 道は視線を前に戻した。


 目の前には、暗い洞窟の外から差し込む、目を覆いたくなるほどの外光しかない。チカチカと多数の光点が瞬きながら踊り狂うようにして出口を照らしている。今まさに先頭を歩く副責任者の陸島が外に出ようとしている時であった。


 その出口に向かってまた10歩ほど前に進むと、優が再度口を開く。




「…ああ、お前のいう通りだよ。確かにぼーっとしてたな。


 ただ別に何かしらの意味がある訳じゃねぇ…思い出していたんだ」


「?…何を…」







 道が優に問いかけた時、彼はブシュッ! という音と共に目の端で倒れる影を見た。赤紅色の鮮やかな液体が、周囲に撒き散らされる。



 少し後ろを歩いていた道の肩と頰にさえ飛沫した血で濡らされる。べたっとした温いその感触は、温度とは別に彼の背筋を震わせた。




『なっ…!』


「陸島どのっ!!」



 陸島の腕は根元から無くなっていた。




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