44話 策略
GW最終日、投稿という遅れの極みを尽くしたかのような、、
テスト祭りなので許して下さい
バスが飛ぶ、という表現を人生の中で経験する人が一体世界にどれほどいるのだろうか。
バスには当然、羽根が生えているわけではない。という事は何かしらの強い力でバスが飛ばされていると見るべきだろう。その強い力とは、時に衝突事故であり、時に爆風である。
確かに、エチルに支配され混沌と満ちたこの世界では、その摩擦熱が新人類への粛正として、エチルに対するテロとして形を見せることはしばしばあるのだろう。しかしその経験をした者、それを見た者がまた2度3度と経験するような事でもない。1度目で大抵の者はこの世を去るからだ。
まだお尻が青みがかった軍事学生らが、その場面に直面したところで一般人となんら反応は変わらなかった。
まず生じたのは驚き。それも心臓が飛び出るなどと生易しいものではなく、心臓を掻き出されるような強い動悸と生物学的に興奮した交感神経による冷汗、致命的な思考停止が彼らに襲いかかった。
そして遅発的に焦りがやって来た。足を動かそうか手を動かそうか、頭の中でシミュレーションするがどうしても現状を突破する方法が見つからず、産まれたての羊のごとくふるふると震えるばかりだ。目を瞑って現実逃避する人までいる。
それは幾多もの死神と出会って来た道や光とて例外ではない。他の学生ほどのロスはしないものの、最適な判断を下せないでいた。
『『ここの被害を最小化するにはどうすればいい…?』』
殺糸と大剣をそれぞれ握りしめて、ファーストモーションに向けてスタンバイするが、肝心の案が無かった。
迫り来るバス。
地面とは平行ではないため反重力によるブレーキも掛かっていない。運動量をそのままに公園広場に向けて突っ込んで来る。
それに加えて爆発。おそらく赤外型の高性能地雷によるものであるが、それが弾き出した岩片や土砂も放っては置けない。一個一個が数トンに及ぶであろうそれは新人類の矮小な体躯など蟻のように踏み潰す。
心臓は拍動を強める。
思考はシャワーの水滴のように次々と道の頭を叩きつける。
視界からは既に色が抜け始めていた。
身体中のニューロンを、自分の意識に載せる。
仮想上の、3本目の手の指先でそれを再構築するように。
その仮想の手は、彼の全てであった。
『…やれるところまでやる』
自分にそう言い聞かせる。全てを解放してでもいけるかは分からないが、取り返しがつかなくなるよりはマシだ。
殺糸を振るう。まず最も脅威であるバスの処理を…
しかしその瞬間、道は複数人の動きを空気の音と温度で感じ取った。
ボルツマン分布を乱すその僅かなエントロピー変化でさえ、道には明確なものとして捉えられた。
そこからすぐさま殺糸の向きを変える。
道が対処すべきと判断した対象は、飛び散った岩片。
視覚から得た距離情報と、聴覚から得た岩質の情報、を統合して最適解をはじき出す
そして対処の必要がないと判断した岩片も把握する
放物線運動の中の落下軌道に入った飛翔物。
それが空気を切る。
落ちてくる。
「はあああぁぁぁぁぁぁ!!」
その間に発生した複数の破壊力が、それを迎え撃つ。
バスはその車体の長軸の向きで飛んで来ていたが、突如その前面に光線が生じる。
その光線は上面と下面を横断して、左右を分割する真っすぐな線。
しかしその線を境に、バスは左右に分かれていく。バターを切るバターナイフのように、鉄の塊は2分される。
線に見えたのはただの錯覚である。それは一筋の、剣の軌跡。
来るときに乗っていた座席は中央通路で離れ離れとなった。
運動ベクトルを失い、作用反作用に従って1/2のバスらは学生達を避けてななめ後ろへと吹っ飛ぶ。
その次に来たバスも同じように完全切離される。
今度はバスの勢いが足りなかったのか、前方へと無残な切断体を投げ出した。
一方空を舞う岩片は、地面への着地を決める前に破砕されていた。
光は大剣で着地寸前の土砂を一太刀する。
一部だけ能力解放したその斬撃が、土砂の中に運動エネルギーと強烈な応力波を伝わらせる。
歪みは局所から全体へと広がっていき、亀裂が縦横無尽に走った。
一方、まだ高空域にあった岩片も鉄の高速弾によって喰われていく。
的のど真ん中に吸い込まれるようにライフル弾が走る。岩片は撃ち抜かれると、後についてきた衝撃波に耐えきれずに粉塵へと還る。
肝心の銃撃者たる優は表情を変えない。髪と同じ色の栗色の瞳は爛々と、標的のみを捉え続けている。
そして、その2人をすり抜けた残機を雲散霧消させる鉄線。
四散した砂埃がその場に立ちこめる。
滝のように小さな石飛礫が身体にぶつかる。学生は皆、腕で顔を覆い守りながら時間が過ぎるのを待つ。
道も同様に激しい砂塵の中、目を開けられずに顔を伏せる。
周りの人がどこにいるのかさえ把握し難い雑音と視界不良の世界の中。しかし、その中に響く複数の足跡を聞き逃すことはなかった。
煙が晴れていく。
隠されていた青空と燃え上がるバスの残骸。自然にマッチしないその光景は学生たちに否が応でも現実を突きつける。
道をはじめ、岩片処理に関わった者は咳き込んで、肺から入り込んだ砂粒を吐き出す。口を閉じるのに一歩遅れてしまい少し気管奥につっかえたのだ。
しかし状況は彼らに時間を与えない。
「何者だ!お前達は!!」
怒号が響く。
煙が風で飛ばされるにつれて、周囲が見渡せるようになっていく。
ブラウン色の中に生じた黒の人影は、徐々にその様相、白の特徴的な制服に携えられた武器に変わっていく。数十に達するであろう人員が隙間なく学生を囲うように立ち並んでいる。
「これは……」
「一体なに……?」
曙と光は呟く。彼女に限らず、誰もが事態を把握できていないだろう。
その混乱は道にも生じたが、すぐさま消沈した。しかし彼が出した結論は勿論想像したくないものである。
怒号に応じるように、その場では最高権限を持つであろう宵が前に出る。
「こちらは新人類の団体です。この公園に集団旅行していましたが、ご覧の通り帰りのバスが何故かやられてしまいましてね」
「嘘をつくな!!貴様らが仕組んだものだろう!!」
「……なるほど、こう流れるっすか」
宵と管理局と思われる兵士の会話から、陽哉は諦めたかのようにため息をつく。
相手の言葉から、空気が一気に悪くなる。
バスの破壊、というイベントそれ自体が全てこちらの責任になるような展開。学生達がそれを聞いて不愉快になるだけなら可愛いものだろう。だが実際は……
「テロおよびその類似行為とみなし、治安維持基本法に基づき全員拘束する!
反抗行為、およびその意志の表明は即射殺するものとする!!」
リーダーらしき人物がそう叫ぶと、周りに待機していた兵士達が銃を構える。
銃身の大きさから察するに、優の業物とほぼ同等レベルことはわかる。手足でさえ撃たれれば致命傷になり得る。
「少々よろしいですか」
「何だ?」
「いえ、不思議に思っただけなのですが。
何故黒い制服を着ていないのかと。」
「っ!貴様っ!」
宵の言葉に、男が明らかな殺意を見せる。
肝心の宵はうっすら笑いを浮かべながら、武器を地面に置き両手を静かに上げた。
それに倣うように学生らはまばらに、両手を上に上げ始める。先手を取られた時点でこちらが態勢を立て直すのは容易ではない。
しかし、全員が理解していた。拘束されようがされまいが、辿り着く終結は同じであろうことを。唇を噛み締め、緊張で硬くなった腕は悔恨を示している。
…実際は拘束さえ、相手はする気がないというのに。
カンカン、という音が横から入る。何か、と皆がそちらに目を向ける。
一方、道は目を伏せる。そんなもの、見なくても何であるかなど分かっていた。
「っ!!手榴弾っ!?」
「全員、伏せなさい」
「後息止めて走れ!!
あき!頼む!!」
「うん!!」
小さな爆音。しかしそれよりは曙がポーチから白いカプセルを出す方が早かった。
砂塵とは異なる、白い霧状の煙がカプセルから吹き上がる。それは人影どころか、目の先数センチまでの視覚さえ遮り、パチパチと拍手音のような化学反応音で耳を覆う。
皆が生存本能を頼りに、身体を縮めつつ走り出す。
数秒遅れて、大型銃による斉射音が始まった。