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COEXISTENCE  作者: medical staff
第2章
44/51

43話 鉄箱

いや、自分でも呆れるほどの遅筆で申し訳ないです(毎回謝ってますね、、)


テスト前なので次投稿は今週末かGW頭辺りですかね

「…うっ……うぁ…ぁぁああああああん!!!!」



キリキリと軋むような音に続いて、赤ん坊の泣き声が路上に響き渡る。


通行人らは一瞬そちらをちらと見るが、誰一人としてその赤ん坊の元へとは駆け寄ろうとしない。皆、自分を、自分の家族を守るため歯を食いしばり一日を生き抜いているのだ。一時の憐れみに任せて行動していては身がもたない。


ただ、その事を感じてではないだろうが、赤ん坊の声はより一層空気を震わせるものへとエスカレートしていく。それに従って、通行人らの視線も憐れみから辟易へ、辟易から不快へと黒い階段を登っていく。次第に、舌打ちをしてその前を通り過ぎていく者や、明らかに顔を歪める者も現れ始める。



無力な赤ん坊は新人類の恐るべき保守に殺されるべく、その首に見えない手が掛けられているも同然だった。水色の毛布の触感と、道行く人の暗い影だけを思い出にまさにしに行かんとするその時




「……もう、大丈夫だから……」



赤ん坊は、人の肌を知った。














「………っつ……!」



いつもとは異なる陽の当たり方に、気を張りながら意識を急速に浮上させる。ここが戦場なら、起き上がる僅かな隙でさえ戦の死神に首を刈り取られる事になる。それを何年も身体に刻み込まれてきた。


しかし状況を把握すると、それが無駄だった事が分かった。自分がいたのは戦場の、蛆や蠅がそこらかしこに潜んでいる草丈の高いぬかるみではなく、ログハウスの中にある2段ベッドの下段であった。起き上がる前から分かっていた訳ではないのだから、結果論に過ぎないのだが。


近くにあった時計を引き寄せて時間を確認する。5時41分を示していた長針が、トン、ともう1分体を揺らした。寝る前は確か6時に起きようと体内時計をセットした筈だったが、少し早めに起きてしまった。栗色の髪をかき上げて、はあと息を吐く。




「…釣られて昔を懐かしんじゃいました、ってか?クソが……」



寝床は目覚めの快不快には関わらない。いつだって関わるのは、自分の心だった。














「…なっ!どういう事だ!」


「どういう事か、か?能力を差し引いても、聡明な君なら2度3度説明せずとも分かるだろう?」



電話越しに、絹はあざ笑うかのようにそう答えた。しかし、言葉に反してその声色は真剣そのものだ。




「今朝、工作局が本格的に動き出した……つまり昨日の魔獣騒動は時間的陽動…?」


「まあそれを言うなら意識的陽動だな

魔獣を集積させた方法については調査中だが、おそらくホルモン系統を使ったのだろうな」


「それが意味するのは今回の登山ルートと予定時間が向こうに筒抜けになっているということ…」


「もしそうなら、暫く私も休めそうにないな」



昨日の襲撃については、道は既に糸への連絡を済ませていた。その時点でリムーザの動きは無かった、という事なので工作局は既にこの付近への移動を済ませていたと彼は思い込んでいた。しかし、今から考えれば甘すぎる推算だ。


工作局がこの付近にいるのなら魔獣などという回りくどい方法を使うはずもない。出会い頭にはい戦闘、というのはあまりに常軌を逸しているかもしれないが、エチル政府非公認の軍事団体という理由付けは工作局が新人類を攻撃するものとして上等だろう。



しかし、そこで道の思考は見晴らしの良い丘陵から、高い壁で仕切られた迷路に入った。




「いや…それなら何故奴らは2回に行動を分けたりしたんだ?

こちらは殆どが戦闘非経験者だ。一度に攻めた方が手間はかからないはずなのに…」


「……」



道の言葉に、絹は言葉を止める。どうやら彼も明確な解答は持ち合わせていないようだった。


道の言う通り、もしエチル側が完全にこの登山ルートを把握しているのなら、わざわざ予算を増やしてまで陽動を作る必要など無い。奴らとて殺しのプロだ。それも集団戦であっても、ひよこ学生の群れに怯える必要などどこにも無いだろう。



現状況において、1日目に奇襲を掛けるよりもエチルが取ったアドバンテージがあるとすればそれは……





朝が来たことを喜ぶように小さく、パラパラとさえずる野鳥の声も、身体をさらりと撫でて過ぎ去っていく朝東風(あさごち)も全てが不気味に思えてきた。


まるでそう、かつて母が殺された日、刀で切りつけられられそうになった時の、あの背筋が震える死の冷たさが含まれているかのように。




「あれ?道こんなとこにいたんすか」



道が振り返ると、そこには陽哉が立っていた。

まだ朝早いにも関わらずピンピンとしており、既にその意識は眠気からは脱している。学校生活および軍事教育で体内時計が強制されているのだろうか。


道は迷わず絹との端末の電源を切り、ポケットから別の電子機器を取り出してそれを陽哉に放り投げる。

陽哉はそれをキャッチして見てみると、どうやら小型の無線録音装置のようだった。有名なメーカーのもので、録音対象の機器の個別認識番号を設定さえすれば自動的に録音して固定端末などで確認できるメモリーにまで変換してくれるはずだ。




「今、 糸から情報を得たところだ。それに内容は入っているから護衛組に広めてくれ。

できれば対策会議も開いた方がいい」


「…了解っすよ。

まあ受け取った身として言うのも何すけど機密情報を放り投げるって…」


「丁寧に渡す暇もないくらいだ。

僕は光たちの方に伝えてくる」



道はそう言ってその場から立ち去る。「しょうがないっすねー」という声と共に機密情報をお手玉する音を背中に感じたが、突っ込むこともなく行動を始めた。



















「で、こう集められたって訳ね?」



光はピンと頰を張りながら言った。


周囲では新入生たちがざわざわと慣れないハプニングに興奮していた。昨日苦境を下手に乗り越えられたためか、若干ふざけ気味の者もいる。上級生がそれを窘めているが、こういうところは相手(工作局)の思い通りである。




既に情報は護衛の主幹メンバーには伝達され、朝早くにも関わらず緊急会議が開かれた。そこに参加していなかった道は想像でしかないが、かなり荒れたのでは無いだろうか。陽哉が情報元をまた隠してくれたのもそうであるし、内容もあまり信じたくない。


しかし結果としては学生全体に集合が掛けられてバスが来るまでの間警戒待機、との結論に達して今に至る。




「つまり工作局はこの状況を作り出さないと僕たちを狩ることが出来なかった。

1日目に無く、現在にはある状況は…」


「僕たちがいる場所の特定、かな?」



一緒に集まっていた健太郎も道たちの会話に参加する。




「いやそれだけじゃない…"僕たちがいる場所"、正確には"遠隔性"か」


「っ!なるほど!

そうきたか…」


「??どういうこと?」



健太郎は顔を歪ませて感心するように唸った。道のリードからある可能性を思いついたようだ。

しかし曙はまだ頭が覚醒しておらず、欠伸を噛みしめるようにしてその話に耳を傾けている。



道が言っているのは襲撃地点の差である。もし1日目に、仮に登山ルートが分かっていたとして、そのまま襲撃したとしてもそこはまだ山中、つまり撤退、という選択を取ることが出来たのだ。逃げに専念すれば被害は最小限で戦場から立ち去ることも不可能ではない。


しかし、現在のように山麓からかなり離れた場所での戦闘の場合ならどうだろうか。集団で逃げようにも時間が掛かり、散開戦となれば一層下山は難しくなる。そして互いの連絡手段も限られてきて安否確認もままならないだろう。



"ここにいる学生の殲滅(・・)"、それこそがリムーザの目的という結論が出せる。




「しかし問題はどうやってここに幽閉するかってことよ。あと数時間もすれば帰りのバスも来るのに、それまでに何も起こらなければ奴らは骨折りじゃない?」


「ああ。それに昨日の襲撃の理由もはっきりとはしていないな。

陽動で油断させておくことだけが目的なのか…」



光と那月が考えを付け足す。

しかし謎は更に深まっていた。


陽哉に尋ねたところ、登山ルートは護衛や今回の企画担当の上級生にしか管理されておらず、学校や学生委員会にも伝えられていなかったらしい。そんな場所で魔獣を引き寄せた方法も目的もはっきりしない。




「とりあえず、今からバスが来るまでは最大警戒態勢で乗り切るしかない。みんなも準備をしておいて…」



「何ぃ!?参加者名簿を無くしただと!?」



怒声がすぐそばで響いた。

そちらに目を向けると、どうやら護衛の上級生が同じく護衛の下級生を叱っているようだった。「すみません…昨日登山途中から無くなってて気のせいだと思ってたんですが…」と下級生は必死に弁解を続けている。



だが確かにその上級生が声を荒げるのも無理はない。参加者名簿が無ければ全員集まっているかどうかを確認することができない。しかも大半が新入生、ということは互いの顔も覚えきってはいないだろう……




『待て、登山中からだと?』



昨日参加者名簿を使う機会があったとすればバスの乗降車時と、登山中の休憩時。しかし道がいた南グループは休憩が始まった直後に襲撃されたため、そんな時間は無く、北グループも休憩前に混戦となったと言っていた。


名簿を使う機会が無いのに、それが無くなるなんてことがあり得るだろうか。





…もし、無くなったのではなく、それが人為的に盗まれ(・・・・・・・・・・)たのだとしたら?(・・・・・・・・)






「あっ!バスが来たよ!」



待ちくたびれていた曙が、斜面の向こうから少し頭を飛び出したバスを視認して叫んだ。


無人式バスは、学生たちの歓迎にも応じずに一定の速度で地面を滑ってやってくる。表情を持たずに、ただプログラムで与えられた責務を果たすために、ゆっくりやってくる。




それが、この窮地を救う希望の光に見えた学生もいたのだろうか。少なくとも道には、それは絶望の鉄箱(パンドラ)にしか見えなかった。





…もし、学生たちを帰さないのだとしたら?







その時、集まっていた人の鼓膜がドンッ!と激しく揺れた。より正確には、頭ごと揺らされたかのような衝撃が各々を襲った。


彼らは、現実を疑った。




地面が割れて吹き出す火の塊。上を向けたシャワーのように弾き飛ばされた岩や土塊。



絶望の鉄箱は、空を飛んだ。

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