39話 護優
次重要って言ってたのにそこまで行きませんでしたねえ(申し訳ない)…次です!次こそ!
「はあ……護優だ」
陽哉が無理に引き連れてきた件の女性はそう名を口にした。苦虫を噛み潰したような顔を浮かべているが、道たちに続いて自己紹介を促すとあっさり答えてくれた辺り根が悪そうには見えない。
「陽哉さんは何でこ…護さんを連れてきたの?」
健太郎が不思議そうに疑問を投げかける。彼が言う通り、陽哉と優の間には朝のバスの中での掛け合いを見る限り特に深い繋がりはなかったはずだ。
道は一応以前キャンパス内で会い、この日のバスでも隣の席という偶然が起きてしまったので初対面というわけではないが、それでも彼女の名前を聞いたのでさえこの場が初めてという体たらくである。
「まあ色々あるんすけど…
トイレから帰ってくる途中に偶々見かけたってのが一番っすかね!」
その答えを聞いた他の皆がはあ、と揃えたように溜息をついた。つまり彼女は、周りを巻き込みすぎる陽哉の被害者、というだけのようだ。
優は胡座をかいて、的の外れた答えを口にした陽哉に身体を貫けそうなほど鋭利な視線を向ける。陽哉はそれを受けてビクッと肩を強張らせた。
「今から僕らの話をしようとしていたところなんだが…」
「ああ!そう言うことっすか!
…別に聞かせてもいいと思うっすよ。多分今後手助けが必要になる時だってあるじゃないっすか。
彼女、相当役に立つと思うっすよ」
「何でそんな事…」
「だって彼女、業物持ちっすし。まあ銃っすけど」
その場に空気がひび割れるような衝撃が走った。それはつまり、東京新大学校の上級生の中でも高ランクの戦闘者、と言うことを意味する。
皆の集まった視線の先にいる優はうっすら笑いながら、虫けらの痴態でも観察するように横目で陽哉を見る。
「へぇ…お前、よくわかったな?」
「今日最後のゴロボウルヒを倒した時の連射…あれは早すぎるっすから多分ボルト操作の要らないセミオート射撃っす。
けどゴロボウルヒの体毛すら貫通する銃ってなると高威力のアンチマテリアルライフルくらいに限定されるんすから、その2つの特性を兼ね備えた銃なんて数知れてるっす。それに…」
陽哉はもったいぶるように顎に手を立てて優を見返す。学者然としたその態度は、酔った人間が到底真似できるものではない。
陽哉は、道とは異なるれっきとしたピエロであった。
「聞いたことがあるんすよね〜…
医学専攻なのにも関わらず、外部で資格取って業物銃使う人がいるって噂を」
先ほどまでとは違う静寂が訪れる。
学生にして外部、つまりプロに業物を扱うことを認められたプロ。その存在感はどれほどであろう。
『なるほどな…本当にお節介なやつだ…』
道はここまでの話の流れから事の運びを予測できた。これから彼が何を話すつもりなのか。そして彼がなぜここに彼女を連れてきたのかも。
それは彼の言の通りである。
「…で、推理ごっこした挙句にあたしに何を求めんだ?
それはあたしの狙撃手としての評価であって、あたしの人格に関するもんじゃねえぞ?
何の話だか知らねえけどな、あたしから漏れたらどうすんだ?」
「いや、大丈夫っすね。
外部の人に"高精密武器類取扱資格"を取らせてもらうなんて事が出来た時点で、アンタはその師匠さんに相当信頼されてるって事っすよ。
そんな師匠の名を汚すような真似はしたくないんじゃないっすか?」
「っ!」
その言葉を受けて優は馬鹿にするような薄笑みを辞め、目を線のように細くする。口を閉じ、何かを吟味するかのように陽哉との睨み合いが始まる。
陽哉は最初から彼女を取り込むために連れてきたのだ。
道が何度か陽哉に仄めかした結城家に関する重要な話。他人である陽哉にそれを明かすことに抵抗がない、という道の態度から、陽哉は別の重要性を見抜いていた。
それは"その話を知り得た上で現在の結城家に何らかの協力が必要"ということ
実際道はその考えがなかったという訳ではない。陽哉という存在は補助として優秀と言って差し支えないのだ。
上級生とのパイプ、能力による独自の観察眼、戦闘能力、そして道にも劣らぬ思考力。癖の強い性格を差し引いてもお釣りは余りある。
そんな論理的かつ打算的な道の考えを逆算して、さらに大きい獲物まで捉えてくる。道は彼に、心の中で多大な賞賛を送った。
音も光もないが、意識空間では青い火花が散っていた。
捕食者と狙撃手。相手を喰わんとする者と、相手を近づけさせんとする者。
風が、彼らの間を通り過ぎていく。多量の冷や汗を飛ばしながら。
木々はざわめき、揺れる。その戦いの不気味な結末を囁くかのように。
決着がつくのは予想よりも早かった。
「…はぁ、わーったよ。聞きゃいいんだろ?
ったく、うぜえったらありゃしねぇな、てめえ」
先に折れたのは狙撃手であった。優は前髪を片手で持ち上げるようにして鬱陶しそうに返す。機嫌はこの上なく悪そうではあるが、陽哉の目論見はどうやら成功のようだ。
陽哉はことが済んだ、と判断してその顔に再びピエロの仮面をつけ直す。
「まっ、それは俺の特権なんすよ。
"朝三暮四"ってやつっす」
くくりつけられていた重りが取れたように皆緊張から脱する。
体感したほど時間は経っていないようで、空に浮かぶ月は家に帰るのを拒む犬のように同じ場所に留まり続けている。しかしこれからは、すぐに帰る事になりそうだ
話が落ち着き、メンバーが1人増えたことを光と曙にさりげなく了解を取る。2人とも優を一片たりとも疑っていないのか、微笑しながら大きく頷いた。
道が皆を見回す。
「それじゃあ、すまないが少しだけみんなの時間をくれ
…結城家の成り立ちと、これからの話に」