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COEXISTENCE  作者: medical staff
第2章
31/51

30話 綿

ギリギリで投稿です

ゆっくりしすぎた…

 宵の北区3番地はひっそりとした佇まいを見せていた。脇の住宅の窓は点々と光を持っていて人の雰囲気を感じさせるが、それは温かみではなくあたかも自分が野外に締め出されたような疎外感と結びつく。



 道はカフェ『トバリバリ』の前まで来ていた。窓から見るに店内にはほとんど人はいないようだがカフェはまだ営業中のようで、入り口に掛かった"営業中"と書かれた板を、室内から漏れだした光が控えめに照らしている。横のボードに載っている営業時間を見ると、あと数十分で閉店になるようだ。



 閉店間際の店の中で人を待つというのも躊躇われて道がカフェの入り口付近でブラブラとしていると扉が開いて中から人が出て来た。




「あっ!いらっしゃいませ?」



 その人は店の制服を着ていた。薄い緑色の短髪に線の細い、一見女性と見間違えてしまいそうなその顔立ちを見て、道は前回来た時にいた店名のルーツこと(とばり)店長だと思い出した。


 店長はどうやら道がカフェに入ろうとしていた所と勘違いしていたらしい。




「ああ…すみません。人と待ち合わせているだけで…

 お邪魔でしたらどきます」


「あっ!いえいえ、こちらこそ申し訳ありません。店内をお探ししますか?」


「いや、少し覗いた所居なさそうなので大丈夫です」



 誠実な店長の申し出に断りを入れながら道はカフェの入り口付近からそっと離れる。店長はその間もペコペコと何度も礼をしながら外に出ていたメニュー表を店内に片付けていた。



 どうしたものかと道は考える。流石に政府機関からの呼び出しのためほっぽり投げて帰るというわけにもいかない。





 先ほどの連絡は彼が所属している第1糸、その部隊長であり同時に"糸"全体の総隊長でもある男、コードネーム"(シルク)"からの連絡である。

 "糸"は4つの部隊から構成されており、それぞれの部隊をまとめる部隊長、コードネーム所持者が存在する。


 絹が部隊長を務める戦闘専門部隊:第1糸


 綿(コットン)が部隊長を務める戦闘支援専門部隊:第2糸


 (ヘンプ)が部隊長を務める渉外専門部隊:第3糸


 羊毛(ウール)が部隊長を務める諜報部隊:第4糸


 そしてそれぞれの部隊内でもさらに1番:実践隊、2番:事務部門、3番:情報隊、といった風に役割が分かれているのだが、道はその中で番外:特務執行隊という異様な配属をさせられていた。



 特務執行隊の所属は道だけである。そもそも他の部隊にはそのような部門など存在しない。明らかに道の為に作られたようなものであった。

 確かに素人の道を集団の中にいきなり入れた所で大した貢献なども出来ないのだから独立した部門を作るのは合理的なのかもしれないが、そこまでして道を入れる必要があるのだろうか?







 道がそんな答えの出ない問題を頭の中で捏ね繰り返していると、近づいてくる人の気配を感じた。公園側の砂地をザッ、ザッ、と擦るようにして歩いてくる。


 顔を向けると思った通り、そこには絹が立っていた。しかし、今日は1人という訳ではなく側に別の人物が付いている。



 その人物は絹と同じように灰色のポンチョを着ている。驚くべきほど小柄で、身長は140cm程であろうか。ポンチョで完全に顔は見えず、細い首が僅かに覗く程度だ。絹と並ぶと凸凹が大きく、まるで親子のように見える。




「随分と呼び出してから時間が掛かったな」



 そう道がぶっきら棒に話しかけると、絹の隣にいた人物が道に向けて腕を伸ばした。

 …その手の中にはボウガンがおまけで付いている。




「綿、よせ。彼は仲間だ。

 それに彼には礼儀を排して接することを許している」



 絹がそう言うと、しばらくは警戒して構えたままであったがゆっくりと手を下ろす。

 どうやら絹は道が考えていた以上に仲間からの信頼が厚いようだ。顔を変化させて正体を現さない人物にここまで人望を集めることができるという事は相当なカリスマを持っているのか。




「それにしてもトップ2名が一緒にお出掛けとは、僕を待っていたと言うだけでは無いのか」



 道は絹たちから漂ってきた香りを嗅いで遠慮なく質問した。その香りは曙が用いるエチル認識阻害剤"不近"と同じだった。盗聴される心配はない。

 絹が言った綿、という単語は"糸"のコードネームの筈である。ということはボウガンを構えて来た人物は、第2糸の部隊長なのだろう。




「察しが良いな。まあそれは置いておこう。

 番外、2つ要件があって君をここに呼ばせてもらった」



 絹は苦笑しながらそう言うと1枚のチップを道に投げてよこした。

 道がそれをキャッチして見ると、固定端末用の記憶媒体であった。表面には何も書かれていない。




「一つ目は明日からのお出掛けは天気が悪くなりそうだ、と言う話だ。それを見ればわかる」



 それを聞いて道は表情を硬くする。

 つまり、エチルが本来知り得ない大学校の存在、その上新入生歓迎会の情報まで知っているということだ。




「何処かから漏れた、ということか?」


「あまり時間がないから詳しくは話せないが、事態は我々が思っている以上に進行している可能性が高い。今日まで連絡が遅れた理由もそれだ。

 二つ目の要件だが…」



 そこで絹は言葉を切り、隣にいた小柄の人物に合図した。

 すると小柄の人物は小さく頷き、道の方へゆっくりと歩いてくる。戦闘、という観点で道が観察してみたが案の定隙がなさそうである。少なくとも気を抜いていい相手ではない。



 道の目の前までやって来ると道を見上げてその目を合わせた。その顔を見て、道は驚愕した。




「どういうことだ?

 この子、どう考えたって子供だろう?」



 フードの下に隠れていた顔は、明らかに幼かった。肌色は白く頰はまだふっくらした丸顔であり、目が相対的に大きい。後ろを一つに束ねて前髪だけが垂らされた事務的な髪型は、全体的な容貌には不釣り合いである。

 部隊長を任されている人物どころか、まだ就業していい年齢ではない筈だ。




「あなたは、何のために"糸"に所属しますか?」


「は?」


「あなたは、何のために"糸"に所属しますか?」



 目の前の美少女が発したとは思えない、無機質な声を聞いて道は一度戸惑った。

 その抑揚のない、クールというより機械音のように紡がれた質問を投げかけた少女は、じっと道を見つめて解答を待っている。




「彼女は綿、つまりコードネーム持ちだ。

 事情はまた今度説明する。とりあえず彼女の質問に出来るだけ誠実に(・・・・・・・・)答えてくれ」



 絹は混乱する道にそれだけ言うと再び口を閉ざした。

 道は綿の方を向き直り、自分を凝視し続ける双眼を見ながら考える。そしてすぐに何を求められているか(・・・・・・・・・・)を察した。


 大きく息を吸い、出来る限り気持ちを込められるよう意識して口を開く。




「僕はエチルとの関係と向き合うために、ある人との関係と向き合うために、この組織に所属することを決めた」


「……」



 道の言葉を聞いた綿は、少し目を大きく開いた後、閉眼した。口元は小さく動いており、もぞもぞと何か言っているのはわかるが、どんな事を話しているかまでは聞き取れない。

 しばらく道の前で止まっていたがその後顔を伏せ、背を向けて絹の方へ戻っていった。



 絹はその様子を見て満足そうに頷く。どうやら要件というのは終わりらしい。




「以上だ。明日からは気をつけろ」


「…【読心(コールドリーディング)】か」



 道は仕返しつもりでそう呟く。絹は一瞬動きを止めたが、少し口元を歪ませてそのまま綿と共に去っていった。

















「まさかあれだけで能力を見破れるとはな」



 絹は歩きながら、道の洞察力に感心していた。



読心(コールドリーディング)



 相手の表情の微細な変化や動向の向き、唇の色彩による血行変化から相手が嘘をついているかどうかを読み取る能力。


 綿はその能力保持者であり、彼女の網膜視細胞が通常より密であるためピクセル分解能が高く、他人を高精度に観察できる。


 確かにあれだけじっと見られたら何か能力に関係することと推測できるかもしれないが、その場で自身のいる状況や他人の言葉の忖度も踏まえて能力内容まで言い当てるのは並ではない。




「彼は、嘘をついていませんでした」


「満足したか?」



 綿は絹の問いかけに首を縦に振る。部外者が入隊したという事で綿はどうしても道のことを信頼できなかった。そのため今回絹が彼と接触するついでに彼女自身が試験をしたのだった。




「彼はやはりこの組織に必要不可欠だな。勧誘して正解だった」


「絹、あなたは今、嘘をつきました」


「…"顔貌変化"でも見抜けるのか。君も優秀だな」



 いつのまにか絹を見上げていた綿がそう指摘する。


 絹は薄ら笑いを浮かべて、フードを深く被った。

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