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COEXISTENCE  作者: medical staff
序章
3/51

3話 墓参り

 朝食を終えて3人で家を出た。玄関を出ると待ち構えていた冷気が道たちを歓迎していた。

 骨芯にしみるようなその寒さに、まだ春の訪れどころかそのアポイントメントさえ取っていないのではないか、などと馬鹿なことを考えながら道は曙と光の様子を見る。



 食卓の重い空気は引きずっていないものの、光の表情は明るくない。こうした、エチルと新人類とを区別するような場面に直面した時の彼女は弱い。それを気にかける曙とおしゃべりしつつも、喪服の上から浮き出ている肩には強張りがあった。




「ねぇ!兄はどう思う?」



 道は突然曙から話を振られた。しかし光の方に気を向けていた彼は話の内容すら聞いていなかった。




「すまん。何も聞いてなかった」


「もぉ〜!いっつも聞いてないじゃん!」


「あきちゃん、道はおじいちゃんだから耳が遠いのよ」


「…僕がおじいちゃんだったら光は脳筋だろ」


「なっ!?」



 光が顔を赤くして、喉の奥から絞り出すように唸っている。それはまるで今朝のやり取りを繰り返しているかのようだった。それを見て曙はオレンジ色の笑みを浮かべている。


 ようやくいつも通りの雰囲気に戻った。そうして道が少し息をつくと、光にはそれが追加馬鹿にされたと思ったのか、唇を尖らせて不満を訴えている。




「女の子に脳筋ってないでしょ!脳筋って!」


「あいにくそんなルール僕は知らん。

 それで話って?」


「だからね!ママのお参りに持っていく花、何がいいと思う?」



 指をくるくる自分の前で回しながら道に尋ねた。なんだ、その指は、魔法でも使うつもりなのか、と思いながら曙の真意が読み取れない道は頭を傾ける。




「いつも通り菊とかりんどうとかでいいんじゃないか」


「だってほらママ、確かベラドンナ好きだったじゃん!それでもよくない?」



 魔法は魔法でも、あまり良くないものであった。腰に手を当てて、まるで出来の悪い生徒に教えるような態度で自信顔の曙。しかし道からすればそれは空虚なものである。





「…ベラドンナは毒草だから」



 はあと、道はため息をつく。お墓に飾る花が毒草って、縁起の悪いことこの上ない。その上、道たちの母がベラドンナを好きだったのは薬をよく作っていたからだった。




『家事の能力に関しては天才なんだけどな…』



 道はこれから暴走している曙の説得を行わなくてはならないことに頭を悩ませる。この日道は悩んでばかりであった。








 この日はまず東京北区3番地へ母のお墓参りに向かわなくてはならなかった。


 現在の東京は地理的には中心部から北区、南区、西区、東区と放射線状に分かれており、それぞれの区内で中心部から1番地、2番地という具合に区切りが付けられている。結城家は東区4番地にあるのでそこまで遠くはないが、その後の予定もあるのでゆっくりともしていられない。



 道中であっちこっちに目が行き時間を食べようとする曙を宥めつつ、道たちは菊の花を数本買って霊園に向かう。


 この肌寒い中のお墓参りは皆避けるのか、それともただ参りにくる人がいないだけのか、霊園の中は閑散としていた。葉が落ち切って、まだ新たな芽も付けていない枝と幹だけの樹木が骸骨のように見える。時偶ビュオオオと強い風が吹いて落ちている葉と何処からか飛んで来たゴミが目の前を通り過ぎる。この空間だけ、世界から色が抜け落ちてる。




「なんでお墓ってこんな静かなんだろう?」



 曙がその陰気臭い空気に耐えきれなくなって疑問を宙に投げる。精神的太陽のような性格の彼女からすれば、霊園はそれとは真逆の氷原であろう。




「人の死を悲しんである時邪魔されたら嫌だからじゃない?」


「生きてるこっちの人から見ればそうかもだけど死んだ人からしたらきっと迷惑だよー」



 賑やかな方がいいと思うけどなーと曙は投げやり気味に言った。そんな曙を、微笑みながら光が優しく撫でた。










 いくつかの見知らぬ人の墓の前を通り過ぎて「結城家」と書かれた墓石を見つけた。

 墓石の両サイドには先々月飾った菊が、しおらしく残っていた。墓石もそれほどは汚れておらず、石色のその面は人の影を映し出すほどに磨かれている。何かの加護でも掛かっているのでは、と思うほどに。




「…いつ見ても綺麗だね」



 光は墓石に映る道たちの影を見ながら、目を細めて呟く。




「まあ3人でいつも掃除に来ているからな」



 光は違った意味で言ったのだと道も分かっていたが、あえてそこには触れずに返す。


 生けるための水を交換して新たな菊を差し込み、墓石も水をかけて洗ったところで線香を焚いた。先ほどまで風が吹いていたのに、何故か線香の煙は真っ直ぐ登っていく。ずっとずっと登れば、母がいるであろう場所まで届くのだろうか。


 3人が手を合わせて、母との対面をする。











『母さん…僕は何をすべきなんだろう?』



 心でそう、母に問いかけながら道は瞼の裏側を見つめる。その暗い黒の中に母が居るつもりで思念する。



『エチルが憎い…その気持ちは真であると思う。エチルを許せない…それも今の所本当だ。


 しかし、母さんを実際に殺した奴も許せないし、母さんを罠に嵌めた叔父も許せない。さらに言えば…母さんと子を残して、家族を守るという役割を放棄した父も許せない』



 結城家には父がいない。死んだのか、それとも捨てて出ていったのか、それさえわからない。道は生前、唯一知っていたであろう母に尋ねたが、答えはあやふやにされた。道はそれで大体は想像がついた。大人だけの事情など、ロクでもないものだろう。



 つまるところ、ただ人の役に立つ薬を売って、そのわずかばかりの収入で生計を立てて、子どもへの愛情さえ欠かさなかった母が殺されなくてはならなかった理由を、この世界は説明してくれない……これが道がエチルを憎む理由であった。







『なら…(ひかり)は、僕にとって一体何なのだろう?』


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