19話 現場
「蛇谷さーん」
一人のナースが蛇谷、という名らしい女医の元へ駆け寄った。その息は切れている。よほど急いでいたようだ。
「どうしたの?」
「はあ……いやあ!偶然蛇谷さんの姿を見つけてしまったので一緒にご飯とかどうかなぁって」
女医が左手に付いた腕時計を見る。もうすでに1日が始まって半分が過ぎていた。
「…分かったわ。ただこのカルテだけ整理させてね」
そう言って手元の投影端末をいじる。
「蛇谷さんも今じゃ天才医師の一人ですね!24歳にして既にここ東京の殆どの患者見てるんですから。
こないだ飲み会でも部長褒めてましたよ」
「私は所詮新人類よ。褒められても出世することもないし、いい駒ってだけよ」
女医は自嘲的にナースの言葉を否定する。
「そんなの医療関係者で気にする人なんて居ませんよ〜
それに容姿だってイけてるし、私が男だったらすぐ口説きにかかっちゃうだろうなあ」
「安さん、一応仕事中何だからもう少し慎みを持って下さい」
ナースの安がテヘッと言って舌を出す。随分と気を使われるものだとその女医は思った。
彼女の言う通り、医学界では人種の違いで患者は選ばない、という主義を掲げているため社会ほど差別的に扱われない。おそらく体の構造が新人類とエチルで殆ど同じであることをきちんと理解しているためであろう。
しかし、医学を学ぶ機関が新人類には用意されていないため、彼らが医療に携わるためには独学だけでエチルの大学に入学する卓越した才能と在学中に差される後ろ指に対する忍耐力とが最低必要となる。
その難関を乗り越え、若くして都内の天才医師と崇められている蛇谷澪は、今やテレビ番組でも多く見かける有名人であった。
『まあ安さんはそれで近づいているわけでは無いから接しやすいのだけれど…』
安は澪をさり気なく支えようとしているのだ。数年前の事件以来から…
「終わったわ。奢るから店は私が決めてもいいかしら」
「はい!もちろん!
けど自分の分は自分で払うので奢りはいいです」
「そう?これくらいの値段なのだけど?」
澪は安に空気文字で示す。「うっ…」という安の声を最後に奢りが決定した。
「けど最近蛇谷さんほんと忙しいですね?聞くところによると睡眠障害の患者さんが多いらしいですけど?」
安は奢りの高級肉を食べながら尋ねた。
「…そうね。そろそろ年度終わりだし皆さんストレスが多いのだと思うわよ」
「まー確かに寝れそうにはないですね」
私も今月夜勤多いですしと言いながら安は食事に戻る。
「…ちょっとお手洗いに行ってくるわね?」
「わかりました!蛇谷さんの分のデザートも食べておきます!」
安のジョークを笑いながら座敷から出るため靴を履く。
履きながら周囲の人物を怪しまれないよう観察する。近くの会社の営業マン、中小企業の接待組、そして…
「………」
澪はすっと立ち上がって、お手洗いとは逆の方向に向かい、ハンカチをポケットからわざと落とす。
それを拾うついでにとある靴に手を一瞬だけかざした。
そして再び立ち上がってお手洗いの方へ向かおうとする。だが
「やあ、最近流行りの美人心療内科医さん」
そこには、餌を目前とした虎のような眼光を放つ、老成した雰囲気の青年が立っていた。
2月28日
ちょっとここまでの文章編集しましたが主に行間の数を変えて読みやすくしたのと少しだけ表現がおかしかったところを直しただけなので内容は変化ありません!
どうぞ続きもお楽しみください