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COEXISTENCE  作者: medical staff
第1章
12/51

12話 自己紹介

 こうして金髪男と、曙たちによる楽しい昼食会が始まったのだ。


 たしかに彼が言っていた通り西門付近には入店にICを必要とする、新人類お断りの店が立ち並んでおり、初めて来た学生は苦労するだろうと道は思った。彼に連れてこられたここ、『西伊太利亜料理店』でさえ客層はかなり身だしなみの整った人が大半で、もともとエチルへの特権意識が高そうな地域なのかもしれない。


 金髪男はグラスに注いだワインの香りを楽しんでキザに振舞っている。学校が終わったとはいえ、新入生の前で1人酒を飲むというのは果たしてどうなのだろうか。




「あきと光は同じ学部生との方は良かったのか?」


「だって兄っぽい人が戦ってるって周りの子たちが言ってて心配したんだもん!」


「また勝手にあんな事始めて」



 曙は頰に食べ物を詰め込んだハムスターのような顔で、光は呆れと諦念を混ぜ込んだような顔で道を詰った。しかし知らせに行く暇もなく目の前の金髪に絡まれて事が進んでしまった道としては、自分に非はないと主張したかった。




『まあこれも日頃の行いか』



 嘗ての山での生活において、道は相当量の無茶を重ねていた。今から考えればそれは、母を失ってぽっかり穴の空いた心を、激情や憤怒で埋める為ただ自身を解放していたというだけなのだ。


 しかし、当時その自暴自棄を見ていた彼女たちが、今でも彼の行動に苦言を呈するのは仕方のない事だった。









「ところでこの人は?」

「さあ僕も知らん」



 曙の質問に道は即答した。そして3人は問題の中心である、後輩の金で(・・・・・)遠慮なく料理を注文した金髪男を見る。

 道たちの視線に気づいた金髪男は、鼻に近づけていたワイングラスを離してニヤと笑う。



「俺の名前は界陽哉(さかいはるや)っす!今年度から一応大学校の3年っす!」


「え!こんなのが先輩!?」


「あき、失礼」



 そういう道もすでに陽哉に対する敬意は8割方失っていた。

 カラフルな服装に金髪、そして野生的な、肉食動物のように獰猛なその顔立ちだけ見るとふざけた奴にしか見えない。戦闘力に関しては申し分ないのだろうが、口調も中途半端で、よく大学校はこいつを3年まで登らせたものだと道は改めて思った。




「で、陽哉先輩(・・)


「あ 敬語はいらないっすよ。俺そういうのあんま好きじゃないんす」


「じゃあ◯ソ野郎」


「いきなり変わりすぎじゃない!?」



 曙が道の言動に突っ込む。馬鹿にされた当の本人はケラケラと笑うだけである。本当に上下関係に関しては気にしない性格のようだ。




「じゃあ陽哉、なんで僕たち新入生と戦ってたんだ?」



 道が率直な質問を投げかける。


 彼が行なっていたのは完全なる野試合、つまり学校側には実戦申請を通していないだろうことは道も予測していた。学校の施設利用は事前予約が必須で、明らかに書類作成の不得意そうな陽哉がそこまでするとも思えない。


 そんな非正規の試合までして彼が何をしたかったのか。ただ聞く前から道は何となくその理由の心当たりはあったが。




「簡単に言えば暇つぶしっすかね〜。

 たまにいるんすよ、アンタみたいな化け物のように強い奴が」



 跳ねるポップコーンのように、溌剌とした陽哉の解答を聞いて道はやっぱり、と落胆する。




「別に僕は化け物なんかじゃない」


「いやいや、多分アンタ達20くらい、いやそれよりも下っすか。

 その年齢で、かの五大流派の織流をあれだけ扱えるんすから、これでも表現の方が負けてるっすよ〜。

 いや、まだ化けられそうっすから"麒麟児"って奴っすね」


「その麒麟児をお前が倒したんだが」


「そりゃ俺は"麒麟男"っすからね〜」



 道は陽哉との疲れるやり取りですっかり抜け殻然に消沈する。どうやら陽哉は道をひどく気に入った様子で、今後も何かと固執されるのだろう事が目に浮かぶ。



 陽哉が言った五大流派とは、現在新人類で主流となりつつある武闘の流派のことである。


 順に暗田流(あんだりゅう)居刃流(いばりゅう)潮流(うしおりゅう)永田流(えいだりゅう)織流(おりりゅう)の5つ。

 全て合わせた頭文字を取って"あいうえお流"だとか、"仮名流"だとか言われることもある。



 道はその内潮流と織流に関してはほぼ皆伝に近い実力を持っていた。それは当然、彼の能力の裏付けとなる結果でしかないが、その事を知らない陽哉からすれば違う意味を持つ。

 体術が中心技の潮流と殺糸が中心技の織流。どちら1つにしてもそれらを極めるのは人生丸々捧げるほどの困難とされているため、陽哉の感心は真っ当なものであった。




「そういやまだ名前を聞いてなかったっすね?」


「僕は結城道だ」


「同じく妹の結城曙だよ〜」


「姉の結城光です」



 三者三様の返答が返る。




「へえー 兄姉妹だったんっすか。みんな揃って入学だなんて仲良いんすね!」


「えへへそうでしょー!」


「そう…ですかね?」



 褒められて曙と光は嬉しそうだ。道は先ほどまで自分に詰め寄って来ていた2人の機嫌を直してくれた陽哉に対して、ほんの僅かに評価改正した。




「うちも弟妹居てその気持ちはよく分かるんすよ。

 うちは弟4人と妹3人っすけどね」


「スッゴ!!めっちゃ大家族じゃん!

 ご両親育てるの大変だっただろうねえ」



 曙が目を丸くして反応する。


 エチル中心の世界となっている現代では、子どもを労働力とするために多く持つ家庭もあるにはあるが、陽哉のように大学校へ進学するほどの教育にはそれなりの苦労があるはずだ。もしかしたら彼の家はそこそこ裕福な家庭なのだろうか、と道たちは思った。




「まあ、うちにもいろいろあるんすよ…」



 しかし陽哉の幾分か落ち着いた返答を聞いて3人は首を傾げた。


 陽哉は懐かしむような目で、店の外を眺めていた。









 陽哉は豪華な限りを尽くした昼食を食べ終わり、「これは俺の奢りっす」と言いながら3人にコーヒーを注文した。やけに大きい態度であるが、どう考えても道の払う昼食代の方が大きいのである。


 道はコーヒーの液面に映る、ゆらゆらと揺れる自分の顔を見つめながら学校初日から随分と変なことになったものだと肩を落としていた。




「ところで結城兄弟の中で一番強いのは誰なんすか?やっぱし兄さんっすか?」


「いや、光だ」


「ちょっと!なんで私に振るのよ!」



 陽哉の突然の質問に道が答え、それに光が抗議する。それは戦闘狂の彼の興味を押し付けるために、というだけでなく道の本心での解答である。




「だってもくそもないだろ。どう考えたって僕たちの中じゃ、戦闘力という面では光には敵わないよ」


「光姉いいじゃん!褒められてるんだし♪」


「うぅ…」



 それは光はエチルであるというだけでなく、彼女の能力が際立って戦闘向けのためだ。しかし、光はそのことを褒めると恥ずかしがって避ける。そのことが道にとっては謎であった。




「まあまあいいじゃないっすか。別に強い女性でも好まれると思うっすよ」



 そんな道とは対照的に、陽哉は先ほどから見ていた光の様子から彼女の気持ちを察したようだ。面白いものを見つけたと思い、彼女を冷やかす。光はそれを悟り、ギリッと冷たい視線を陽哉に向けた。


 当の本人である道は文脈を把握しきれていないようだ。彼の思考回路がクエッションマークで埋め尽くされる。こちらの方面には、道は概して強くない。

 ここまでの流れは良かった、が、












「それに将来エチルに襲われても旦那さんを守れるっすよ〜」


「「……」」



 次の弄りは、不発に終わった。


 急に道と光が足元を見ながらおし黙る。

 陽哉にはそんな気は無かったのだろうが、彼の言葉は道たちの関係からすれば皮肉でしかないだろう。まさに過去を言い当てたようなその一節は、道たちから理性を擦り、彼らを感情の渦に飲み込ませる。



 曙は困ったような顔で視線を道たちと陽哉の間で行ったり来たりさせている。



 流石に陽哉も、その様子から自分がミスをやらかしたことを感じ取り「いや、何でもない」とひどく真面目な口調で謝った。




 コーヒーから出ていたはず湯気が、いつの間にかなくなっていた。店内も店に入った時より幾分か暗くなったように、道は感じた。

 道たちだけを置き去りにして、他の客の時間だけが動いているようであった。




『…仕方ない』



 道が耐えられず、そろそろこの空気を変えるため口を開こうと思った瞬間







 ガッシャァァァァァァン!



 誰かの嘆きのような破砕音が響き渡った。




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