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COEXISTENCE  作者: medical staff
第1章
11/51

11話 練習試合

 道はざっと観衆で囲まれたフィールドへ出る。足元は砂であり、少しこするだけで薄茶色の煙幕が巻き上がった。



 道の前に向かい合うようにして立つ金髪男は軍用鎖鋸を肩に担ぐようにしており、その腰を落としている。道が一見しても隙が見当たらない、実践的な構えであった。




『そしてあれだけの戦闘をしておいてへたれない持久力…技術だけじゃなくかなり経験もあるな』



 技術の優劣が一度の戦闘における勝敗の決定要因であるならば、経験の優劣は連戦や突発的戦闘におけるそれに当たる。

 いかに敵の奇襲に対処し、いかに次の戦闘を考慮して今を動けるか。そうした事が普段からできる者を"経験者"と呼ぶ。


 それに当たるであろう金髪に対し、道は自分の中で彼の順位付けを再考しながら彼の言葉に耳を傾ける。




「ルールを説明するっす。

 時間は無制限、フィールドも無制限にしたいとこっすけどまあここ学内っすし観衆に危害が及ばないとこまでで制限させてもらうっす。

 あと武器は自由で相手の態勢を先に崩したら勝ちっす。

 これでいいっすか?」



 金髪男が尋ねる。




「相手への攻撃で禁止事項は?」


「特にないっす。まあ致命的なやつは俺もアンタも躱せるし大丈夫っすよねー?」



 どうやら金髪男は道の実力を確信しているようだった。




「初対面なのによくそこまで信頼できますね?」


「まああれを偏ってるってわかった時点でいい線してるっすよ」


「それはお互いだと思うのですが」



 金髪男は笑みだけで返答し、ポケットからコインを一枚取り出して道の前に見せる。一般的に普及しているエチル銅貨だ。




「スタートはこいつが落ちたら試合っす。

 無手っぽいすけど準備はいいっすか?」


「ええ、いつでも」




 金髪男はコインを弾き、それがクルクルと宙を舞う。その面に書かれているエチル王族の顔が地下の照明に照らされて不気味に光っている。


 それに皆が視線を集め、戦闘開始の瞬間を見逃さぬよう集中する。静寂が辺りに響き渡る。














 チャリン、と言う音とともにコインは地面を跳ねた。





 その瞬間、道は両手の()()のみを動かした。



 シュルシュルという音とともに金髪の男を周りを砂が舞い、そして




「っ!」



 金髪男が間一髪のところで両足を取られそうになっていることに気がつく。

 しかし彼は慌てない。自身の鎖鋸を地面に叩きつけ、その反動で身体を逆さまにして()()




『あれを避けるのか』



 流石に道も驚きを隠せなかった。しかし、そんな道の隙を狙い金髪男が急接近する。



 その勢いのままブォンという音と共に道の胴めがけて水平に鎖鋸を振るう。



 道は上体を後ろに逸らしてその凶悪な斬撃を避ける。わずかに切られて散った前髪が鎖鋸の風圧で飛ばされた。





 そんな態勢を崩した道に向かって、切り上げの追撃が放たれる。慣性を無視したかのような、見事な身体操作。



 しかし鎖鋸がその歯を回そうとする前に、今度は道が仕掛けた。




 道は両手から伸びる何本もの灰色の糸をしならせてその動きを巧みに操る。金髪男と道の間に織物のように編み目が一瞬で作られ、それとタイミング良く金髪男の鎖鋸が衝突する。




 ガンッ!




 …否、完全に()()()()()()



 "山茱萸(耐久)"



 ギリギリと鎖鋸は強引に相手を断ち切ろうとしているがその歯は動かない。道が放った糸はその歯の全てに丁度噛み合って武器としては完全に殺していた。





 さらに相手を嵌めようと、相手の右手に糸を引っ掛けようとする道。しかし金髪男はその前に山茱萸から鎖鋸を捻りとって後退する。




 道はそれでも油断せず、自身と相手の周りに再度罠を指の動きだけで作る。




「なるほど、殺糸(さっし)っすね。

 それも五大流派の織流っすか」



 金髪男の顔に依然疲れの様子はない。それどころか道の得物を好奇心旺盛な目で見ている。




 殺糸。

 それは身体能力的に劣る新人類がエチルに対抗するために作られたと言われる、混合隔離型の武器。


 通常の武器は剣などの近距離とライフルなどの長距離の二種類に分けられる。どちらにもメリットデメリットがあり、戦場によってもその優位性が変わってくる。



 しかし殺糸は戦うための武器ではなく、()()()()()の武器である。


 嘗て新人類は野に放たれ、自分たちを追いかけてくるエチルに対して真っ当な勝負を挑むのは死と同義であった。なぜなら自分たちより物理的、精神的に優れたエチルに平等な戦いなど行いようもない。


 そこで彼らは敵から離れた位置に陣取りつつ相手を殺す術に特化し続け、結果生まれたのがこの武器であった。




 殺糸の特徴は技術の予備動作と技術の規模の関連である。


 主に殺糸に使われる糸は鋼鉄製のワイヤーであり、それらを手もしくは指の動きで操作する。その際戦闘環境のどこかに引っ掛ける事でテコの原理から、自身の動作を少なく、動きを最大限に引き出す。または自身の軽い力から、強力な力を引き出すことを可能としている。





「さっき見てても思いましたけど、あなたは反射神経が普通ではない(・・・・・・)ですね」

「………」



 金髪男は笑ったままで答えない。


 道はルールで試合前に罠を張ることが禁止されていないことを確認し、初手で決められるよう綿密に糸を日常の所作に混ぜて仕掛けておいた。糸は十分細くて見えない上、金髪男も最初驚きを見せたことから攻撃がバレていたわけではない。



 それにもかかわらず彼は不意打ちを避けたのだ。しかもエチルの兵でさえ回避がほぼ不可能と言われる、殺糸での罠を。


 どう考えても金髪男の能力に関係しているはずだ。




「さて〜どうっすかね〜

 俺に勝ったらそれも教えないこともないっすよ?」


「じゃあ早速勝たせていただきます」



 道は頭の中で組み立てていた攻撃を、指の動きで実行し始める。


 すると糸が一本一本意思を交わし合う生き物のように調和した攻撃を編み始める。




 金髪男は口を閉じ再び道へ接近を試みる。




「ふっ!」



 道は今度は指だけでなく思い切って腕を振るう。




 すると視認するのがやっとのような細い糸が、まず金髪の両腕、そして両足を捉えんと輪を作り、それが急激に縮んでいく。





 "地縛(束縛)"



「もうそれは知ってんすよ」



 金髪男がその輪を引き寄せて、掴まれる瞬間に逃れる。









「!!まじっすか!」



 更に逃げた先で新たな輪が生じて金髪男の動きを封じようと追撃する。



 道の能力【記憶道化師(スパイサークラウン)】は技術のみならず相手の癖を読むことも可能である。

 戦闘状況を一刻一刻を画像として記憶し、筋肉の張り具合や重心移動を読み取って脳内で動きの再構築、そして戦術に生かす。



 一度双剣使いと戦っていた金髪男を観察していた道は、それだけで金髪男の回避のわずかな癖を見抜いていた。





 しかし金髪男は驚きつつも、道の計算し尽くされた裁縫(攻撃)を次々とかわしていく。


 またそれを繰り返すうちに徐々に道と金髪男の距離が詰まる。金髪男は攻撃の合間を縫って道に近づいていた。




 道はそれに応じて後退する。








「!」



 道の殺糸による攻撃が、一瞬止む。



 準備に時間がかかる殺糸は連撃に適さない。それでも道は相手を攻撃で翻弄しつつ、次の攻撃の準備をする事でなんとか間に合わせようとしていた。




 しかし、金髪男の動きがそれを許さない。




 殺糸は緩み、その運動を制御できなくなった道に対して金髪男が全力で駆け寄る。


 金髪男はこの時に勝利を確信した。













 …しかしこの時だけであった。





 ズルッと金髪男が途中で足を取られる。




「なっ!?」



 その表情から始めて余裕が消えた。


 道はそれを待っていたかのようにトドメを刺しにかかる。




『このフィールドを選んだのは間違いだな』



 そう道は心の中でほくそ笑む。


 フィールドは砂地、しかも砂はかなり軽い。地盤がしっかりしているとはいえ、接近戦闘をするのにはある危険が伴う。



 それは"転倒"



 道は試合が始まった時から糸でフィールドを少しずつ変えて、少し大きめの小石が相手と自分の直線上に来るよう操作していた。


 軽砂の上にある小石を踏めばどうなるか。当然石と人が一つの剛体とみなされ、さらに地面との接地面積を大きく損ないバランスを崩す。




「チッ!」



 それでも金髪男は足掻く。



 なんとか掬われなかったもう片方の足を軸足として地面を蹴り、ロケットのような速度で道を迎え撃つ。





『…ギリギリか』



 道は相手との距離を目算し考える。相手の予想以上の復帰に自分にも余裕はない。



 金髪男は道を斬り伏せようと、鎖鋸を構える。




 場が静かに、緊迫した状況を見守る。




 道たちが地面を擦る音と、殺糸の空気を切る音だけが際立って聞こえる。




 その勝負が決まる瞬間、













「あ〜!兄じゃん!!」



 一人の高い声が突然聞こえてきた。



『しまっ!』




 道はその声で一瞬、指の動きを間違える。

 すぐさま訂正しようとするが、その前に金髪男は目の前まで来ていた。



「はっ!」




 鎖鋸を殺糸で防いで態勢の崩れた道を、金髪男は足を絡めて押し倒した。周りに砂が舞い上がる。









「…はぁ」



 背を地面につけながら道は、観衆の中にいる2人の少女の方を恨めしそうに見てため息を吐いた。


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