10話 歓迎
戦術理論の説明会を終えた道は、予想通り独りで大学内を探索していた。
この学校で戦術理論は、戦術実戦に次いで人気の高い学部で、かつ難解な学術試験に合格することで入学できる。そのため周りの学生は他の学部に比べプライドが高く、安易にコミュニケーションを取ろうとしない人が多かったため説明会後も自然な流れで解散することができた。道がこの学部を選んだ半分の理由でもある。
しかしそうは言っても入学したばかりでやる事もなく、道は時間を持て余していた。
『あきや光とも合流できないしな…』
彼女たちは今頃新しい友達と話している頃だろうか。道は羨ましいとは思わなくとも、暇してないのを不平等に感じた。
森に囲まれ、半分地下のような場所にある大学内は太陽光と近くの滝の水圧をもとに発電された電気によって照らされていた。学部ごとの棟の他に実戦施設やスポーツ設備、食品サンプルを安価な価格とともに外に設置している学食など、初めて来た人にとっては目新しいものばかりである。特に現在は学外で新人類の遊戯施設立ち入りを禁止していることも多いので、そんな社会情勢を気にすることなく施設利用できるここの学生は恵まれているのだろう。
時刻は既に12時過ぎである。特に働いてなどいないがそろそろ何か食べようかと道が行列のできた学食を素通りし、学外の静かな場所に店を探しに行こうとしたところ、
キィィィィィィィィィン!!
金属同士をぶつけた音が聞こえてきた。いや、ぶつけたと言うより擦り付けたような音だ。その音は不規則なインターバルで何度も鼓膜を振動させる。
「…鍔迫り合い?いや、それよりももっと…」
道は音から戦闘が学内のどこかで行われていることは見当がついたがどのような戦闘かは把握できない。少なくとも先程通った実戦施設からのものではない。
道は少しだけ神経を尖らせる。学内に何かしらの放送がないとはいえ、公式でない戦闘が行われているのだとしたら万が一のこともあり得る。
「…暇だし覗くだけはしておこうか」
そう誰に語りかけるという訳でもなく呟き、道は音のする方向へ足を向けた。
聞こえてきた音の発生源に関してはすぐに特定できた。僅かばかりだが人だかりが出来ている。
人と人の合間を縫って中を覗くと、噴水のある広場の中央付近で男2人が相対していた。片方は双剣を使い、右手側を牽制として前に出して左手側で相手の懐に一撃を入れんとタイミングを図っている。双剣の基本的な戦術の一つである。
一方でもう一人の方の武器はあまり見慣れないものであった。一瞬大剣かと見間違えるほどの巨大な腹に複雑な装飾が付いている。その刃の部分はギザギザとしていて、残酷さが滲み出ている。
『軍用鎖鋸か!』
道はその武器を知識では知っていたが本物も使い手も初めて見た。
かつて土木と呼ばれる分野で使われていた、回転式の刃で大木を切り落とすための道具。現在は超音波切断が一般化されているため木を切るための道具としては使われなくなったが、戦闘武器として改良されたという事であった。
その特徴は何とあっても破壊力である。普通接近性の刃物は切断による殺傷能力を高めようとするが、軍用鎖鋸は物を無秩序に破壊する事で敵を倒す。その切断面は小さくともギザギザと荒れるため少しの傷でも重傷となる確率が高い。
そして何より戦闘中に敵の得物を破壊することが出来る。攻撃でも防御でも敵の武具が触れている間、鎖鋸は自身が振られるときの求心力で発電された電気で歯を回転させ、粉塵へと還す。
双剣使いが先に動いた。金髪の鎖鋸使いに向かって走り出す。
まずは左剣による、大振りの水平切りを放つ。同時に右剣も顔への突き出しを放っているが隙を作る為だろう。
鎖鋸使いはそれを読んでいたかのようにまず右剣を顔を逸らして避け、次いで左剣を鎖鋸で受ける。
流れるように繋がれた双剣使いによる跳び上がり左回し蹴り。距離を詰められる前に相手の首を刈りに行く。
それにも動じることなく鎖鋸使いは回し蹴りの蹴る側の足に体を移動させ、蹴りの初速が着く前に鎖鋸の腹で受け止めた。ガンッと激しく衝突したが、鎖鋸は1cmも動いていない。
双剣使いがそこで攻撃から退散しようと後ろへ飛び下がる。その前に鎖鋸によって双剣を削らんと甲高い音が鳴り響く。
その一連の戦舞を前に観衆からオォというどよめきが起こる。
『…洗練されているな』
道は鎖鋸使いに心の中で賞賛した。
確かに双剣使いも腕前は一人前というに相応しいものであるが、本来対人戦で機動性の高い双剣は一撃が重く繊細には扱えない鎖鋸よりも優勢なことが多い。通常であれば鎖鋸側が最後の回し蹴りをいなせずに終わるだろう。
しかし、あの鎖鋸使いはおそらく相手の攻撃を予測している。相手の状況、熟練度、攻撃手段。それらを全て把握し動くのは簡単ではないが、出来れば武器の優勢を上回る。
その後も何合か続いたが、双剣使いが相手に接近する時に戦いは終焉を迎えた。
「いや、それは偏りすぎだ」
道はボソッと呟く。双剣使いは接近した時に疲れで集中を保てなかったのか相手のすぐ前で左足に、ほんのわずかであるが重心が偏っていた。
敵前での重心の移動は攻撃手段以外であれば致命的な敗因となり得る。
その瞬間、一瞬横目でチラと金髪鎖鋸使いが道の方を見る。そして案の定双剣使いの左足を弾き転ばした。
観衆から大歓声が上がった。
歓声の中、金髪男は相手の双剣使いに手を差し伸べる。双剣使いは「お強いですね」などと笑いかけているが、金髪の目線は道の方に固定されていた。
道は本能でめんどくさい事になりそうな予感を感じ取り、クルッと背を向けてその場を去ろうとする。
「なあ、アンタ」
しかしそれはあと少しのところで叶わず、道の予感が的中してしまった。その顔に不愉快、という文字を浮かべながら金髪へと振り返る。
周りにいた観衆は当然金髪男と、彼が呼び止めた道の方に注目している。完全に巻き込まれる形で被害を受けた道に気にする風もなく彼は言葉を続ける。
「そうっす、アンタっす
ちょい一戦やらないっすか?」
金髪はニコニコとしながら友好的な態度を示す。その口調は丁寧語のつもりなのか、余計不遜な印象だぞと道は心の中で毒づいた。
双剣使いについては分からないが、道はそれほどの戦闘狂、という訳でもなく、観衆に技を見せびらかしたいほど目立ちたがりでもない。彼の中で返答内容はすぐに決まった。
「いやこれから昼食に行こうとしていたところなので」
では、と道が周囲からの視線から逃れんと足掻く。いつもより少しだけ早足に、話が有耶無耶となるよう願って。
「そっち、西門っすよね?西門前って新人類お断りの店ばっかで事前に店知らないと苦労するんすよねー」
だが、その策も残念ながらすぐに撃墜された。撃墜した当の本人である金髪は楽しげだ。
この状況から逃げるのは流石の道でも体裁が悪くなり、完全に相手の手中で遊ばれてることに気がついた。光と同じ脳筋タイプと思っていたが、どうやら策略もそれなりにできるようだ。
「まあ、俺に勝ったら店を教える上飯も奢るっす。
まあ今丁度ー 新入生の歓迎ってことで戦ってたんでそんな趣旨からも外れないっすからねー
ほら"始めが半分"て奴っすよ」
どうっすかと金髪の提案に、観衆は戦うのが決定したかのような騒ぎっぷりだ。「ニュービーやっちまえーー!!」となんだか叱られているような勢いの応援を受ける。
道は曙たちの友達との昼食より注目と好奇の的にされて嘆息した。これでは先程曙たちにあれやこれやと非難させられたのに割りに合わない。
しかし金髪の言うことにも一理あった。
相手は上級生であり、学生生活での情報もそこそこ持っているはずである。ここで情報源と繋がるのは今後のことを考えるとメリットかもしれない。
情報、というのはどんな場面においても重要だ。特にこの学校のような軍事機関では場合によってはそれが命取りとなるような情報も流れてくる事だってある。戦闘に関する技術さえ磨けばいいという話ではない。
それにこの学校の学生の練度を知る点でも今後の為にはなるだろう。自分が、この学校でどのような位置にいるのか、どのような点でまだ劣っているのか、どれほど成長できたのか。
そんな自己評価の基準を作る、と思えばまだ金髪の提案にも魅力を感じないこともない。
そう自分に言い聞かせて金髪男に返答した。
「…受けます」
金髪は道の言葉を、その野生的な笑みを深めて応じた。